‥‥なんでそんなにお料理が上手なの?
‥‥うん、それはね。









飴色の木目も素朴な木壁に、泡立て器がボウルの底を打つ音が優しくこだましている。
鋭いけれどどこか優しい規則性を持った擦過音はいっそ音楽めいて甘い匂いの漂う室内を優しく彩っているようにさえ思え、泡立て器を操るフランスの手元をいっそう軽やかなものにした。

美味しい料理には楽しい気分が必須だと、フランスは常々思っている。
苛ついた気分のまま調味すればどこか尖った味になるし、哀しい思いを抱えて盛り付ければ沈んだ彩りの料理になるものだ。

「フランスさん、お砂糖ぜんぶ、トントンて終わったよ」
「お、ありがとなー。それじゃ、それ持ってこっちおいで」
「はぁい」

こどもらしい甘い声が、同じくらい甘い匂いを伴ってフランスの傍へとやってくる。トタ、トタ、トタ、とのんびりな普段にも増して慎重な足取りは、まだまだ小さな腕にようやっと抱えられているボウルが理由だ。
泡立て器を操る手はそのままに、フランスはちらりと視線を其方へ遣った。
自分の腰よりも低い位置、メイプルシュガーのような髪がふわりと揺れて湖水色の瞳が顕わになり此方を見上げてくれば、己の口元から笑顔が零れ落ちるのはもう、仕方のない話だ。

「‥‥うん、ちゃんと出来てるな。カナダ、ご苦労様。ちゃんとお手伝いできるカナはいいコだなー」
「本当?」

ボウルの中に収まっている、丁寧に篩いにかけられた砂糖に目を走らせてからカナダと目を合わせ、甘い笑顔つきで言ってやれば、褒められた嬉しさだろうか、ボウルを抱える小さな指先にきゅっと力が込められたのが見て取れた。同時に、水面に落ちた雫が綺麗な文様を描くが如く、ふんわりと笑み綻ぶ。
その笑顔に、フランスはボウルと泡立て器さえなければ抱き上げてキスのひとつもするのになと埒もない事を思ったものだ。
フランスは砂糖を受け取ると、手早く腕に抱えたボウルの中にあける。
丁寧にふるいをかけられた砂糖は、泡立てられて嵩を増していた卵白に、溶け込むように消えていった。メレンゲを作っているのだ。

「このまま食べるの?」
「いや、この後オーブンで焼いてからな。ふわふわしてて美味しいぞー」
「わぁ‥‥」

甘い焼き菓子を想像してか、湖水色の瞳をまさしくきらきらと輝かせる子どもに笑いかけながら、フランスは更に力強く撹拌を続けた。泡立て器を操る手は全く休めない。カナダに砂糖を篩ってもらっている間もそうしていたことを鑑みれば、もうかれこれ15分以上は経っている。
メレンゲ作りは単純ながら結構な力仕事であったが、この料理の肝となる部分だけにフランスは手を抜く気などさらさらなかった。

美味しい料理には正確な過程も重要だと、これまたフランスは常々思っている。
なんとかなるだろうという手順で作れば、それは「なんとかなった」味にしかならないし、おざなりな過程を踏めば結局おざなりな料理にしかならないのだ。

「フランスさん、がんばって」
「あはは、カナの応援でお兄さんますます頑張っちゃうよー」

なんとも可愛らしい声援に、フランスは泡立て器を操りながら快活に笑った。泡立て器を放り出して抱き締めたい衝動をぐっと我慢し、代わりに足元に立っているこどもにウィンクを一つ。
お返しに貰った笑顔はメレンゲと溶け合って、砂糖以上のシュガーエッセンスだ。
慣れた手さばきで撹拌を続けるフランスを、カナダの一対の目がじっと見上げる。それに時折目を合わせては、微笑みを返す。微笑みが、返ってくる。繰り返し、繰り返し。

純度の高い、こどもならではの微笑み。そこに含まれるのは愛されていることを欠片も疑わない、養い親への絶対の信頼だ。

「フランスさんのおりょうり、大好き。いつも美味しいもの。どうしてそんなにお料理が上手なの?」
「うーん?」

可愛く無邪気な問いかけに、フランスは甘やかに笑った。
無垢な眼差しがフランスの心をふんわりと包み込む。




(料理のうまい理由、ねぇ‥‥。それは、)




「‥‥よーしメレンゲ出来上がり!それじゃ天板に並べて焼くぞー。カナダ、手伝ってな?」
「はぁい!」

再び巡ってきた手伝いの機会に目を輝かせたカナダが元気よく返事をしたのにフランスは微笑んで、最後にひとつ大きくボウルをかき混ぜた。ふんわりとしたメレンゲが、甘い匂いをあたりに振り撒く。
泡立て器でボウルの縁を仕上げ代わりに軽く叩けば、まるで美しい鐘の音の如く、暖かな陽射しに包まれた台所に高らかに鳴り響いた。




「‥‥はい、これで終わり。あとは焼きあがるのを待つだけな」

ガシャンと重い音を立てて閉じられた鉄扉を前に、軽く手を払い前掛けを外しつつ振り向いた。そこではカナダが笑顔で拍手をしてくれている。
フランスはそれに応じるように軽く気取ったポーズを取ってから笑って、小さな身体を抱き上げた。きゃぁ、と可愛らしい歓声があがる。‥‥泡立て器を持つのも楽しいけれど、この子どもを抱き締めているのもやっぱり楽しい。
そんな太平楽なことを思いつつ小さな額に羽のようなキスを落とせば、頬に同じようなキスをもらえた。
カナダがすんと鼻を鳴らす。

「フランスさん、あまい匂いがする」
「んー?まぁ、今日は砂糖たくさん使ったからな」

そう言いながら、抱き上げた甘そうなメイプルカラーの髪を撫でてやる。
砂糖はかなり高価なものだが、先日本国に戻った際に機嫌の良かった上司に分けてもらえたのだ。それを今回結構な量を使ったわけだが、それで一時の幸せが得られるのならば、悪いものではない。‥‥貴族連中のうんざりするような社交場に、下らない見栄や虚勢で陳列されるだけよりは、可愛いこどもの笑顔のもとになるほうが、砂糖も本望というものだろう。

「‥‥俺も嬉しいし」
「フランスさんもお砂糖、好きなの?」

知らず零れたフランスの台詞を、前後の台詞と合わせて言葉どおりに受け止めたカナダが素直な問いかけで返してくる。
それには直接答えることはせず、代わりに軽く微笑みを返せば「僕も好き」と、ふわふわした声で返ってきた。

「でも、お砂糖がたくさんでもそうじゃなくても、フランスさんのお料理、大好き」

ふわふわと甘く告げられる砂糖よりも甘い純粋な言葉に、フランスはこみ上げる愛しさのままに、ふわりと甘く微笑む。




もとより、料理は大好きだ。
これは遥か昔から。いっそ生来のものと言っても過言ではない。
食材選びから調理の手順に至るまで、いつだって楽しく真剣に日々こなしてきた慣れた過程、慣れた日常。
誰に出しても美味しいと言われる料理を作れる自信がある。
美味しい料理を作るのに必要なものは、殆ど持ってる。

‥‥けれど。




(本当に美味しいものを作るなら、必要なものは一つだけ)




「‥‥そう、俺の料理、好き?」
「うん!いつもね、今日は何かなって、楽しみ!」
「そう。うん‥‥そうか」

食材選びも正確な技術も、それよりも。









(美味しい料理を楽しみと、笑ってくれる君がいるだけで。)









「‥‥ああもう、カナダは本当にお兄さん嬉しがらせるのがうまいなー。そういう可愛いコはー‥‥こうだッ」

そう言うなり、胸元に抱いていた小さな身体を高々と放り投げるように頭上まで持ち上げてやれば、愛らしい歓声が星屑のように降ってくる。

「よーし、今日もカナのために腕振るうからなー。夕飯なに食べたい?」
「えっとねぇ、‥‥その前におやつ」

もっともなことを言ったカナダを、頭上から腕の中に落とすように抱き込んで、フランスは焼き菓子の甘い匂いが漂い始めたオーブンへと向き直る。
ふと見れば、窓から差し込む午後の光が、木製の調理台を甘そうな飴色に染め上げている。

「ん、そろそろ出来上がりかなー?‥‥カナダ、楽しみ?」
「楽しみ!」









そう言って笑うこの子の為にこの調理台で作る料理は、きっと甘く美味しい、最高の料理。









 dolcemente con amore





la fin.(2008.07.16//07.19 edit)

dolcemente con amore:(伊)甘く、優しく、愛情を持って。
甘い料理もお菓子も俺も。全ては君のため、君のもの。

後半部分を改稿しました。