どんな生物でも、こどもというものは可愛く出来ている。
それはか弱い身を守る為、単純に言えば生存する為の本能、或いは進化の過程で編み出された防衛機能のようなものなわけだが、なにせ必要に迫られた機能だけあってかなり強力なものだ。
‥‥そう、自分たちのような存在さえ、その例外となることを許さない程度には。
「フランス、さん」
「んー、カナダは今日も可愛いなぁ。こっちおいで」
慣れない言語にどこか舌ったらずな呼び声を迎えるように腕を広げれば、とてとてと可愛らしい足音と共に小さな身体が腕の中へと飛び込んでくる。抱き締めた身体は柔らかくて、子ども特有の甘い匂い。
‥‥ああ、可愛い可愛い、本当に可愛い。
本能?防衛機能?可愛いんだから仕方がない。
「さあ、もう遅いから寝る時間。今日は一緒に寝ようか」
「ほんとう?いいの?お仕事は?」
「今日はもう終わり。さ、寝室行こうな」
抱き上げたまま歩き出せば、やったぁ、とのんびりと可愛い声が控えめに耳に届いた。メイプルカラーの髪は自分より若干金色が強く、けれど柔らかな髪質は似ているのか歩くたび空気を含んでふわふわと揺れた。寝台の上にそっと降ろすと細い腕が伸ばされたので、ベッドサイドに膝をついて目線の高さを合わせてやる。湖水色の、綺麗で可愛らしい瞳。頬にふっくりとした指先が触れて、擦り寄るように顔が寄せられる。
‥‥一途に心を寄せて慕ってくる、その目や指先の可愛らしさときたら、本当に。
「‥‥あー可愛いなぁもう。カナ〜、お兄さんのこと好きー?」
「うん、好きー」
真似るように伸ばされた語尾に笑み崩れてしまったのも、仕方がないのだ。だって彼は、そういう生物なのだから。
か弱くて、小さな小さなこども。見つけたものの保護欲を刺激する、愛情を引き出させる。そういう生物、本能、機能。それも強力な。
「お兄さんもカナのこと好きだよ。‥‥おやすみ」
可愛い子どもにそう告げて、柔らかな頬にキスをして抱き締めた。
どれもこれも仕方のないこと。
「‥‥うん、仕方がない」
「ん、え?‥‥何か、言いました‥‥?」
フランスさん、と。
少し掠れた声へ言葉を返す代わり緩やかに髪を梳いてやると、んん、と小さく声を上げたあとでその手のひらに懐くように頭を寄せられた。
そのどこか幼い仕草に薄く笑って、枕代わりに貸している腕とは逆の其れでやんわりとシーツごと抱き込めば、一つ深い息をついた身体が擦り寄るように抱きついてくる。先ほどまでの熱を残した身体はどこかしっとりとして心地よい。
抱き込むようにまわした腕で、尚も髪を梳く。見慣れたメイプルカラーは窓から零れる星明かりを宿して、硬質な輝きを増している。
メイプルシロップよりシュガーキャンディみたいだ、と埒もない事を思いながらその髪先を食むようにキスをした。
「‥‥フランスさん?」
「ん、寝ていいよ」
子守唄のようにふんわりと甘い口調で告げれば、まるで魔法の言葉を聞いたかのようにすんなりと眠りに落ちていく様子が見て取れた。
その姿を、静かに見つめる。
眠る顔立ちはどこか幼さを残しているものの、すっきりとした頬のラインやすんなりと伸びた四肢は思い出の中の小さな姿とは全く違う。
主権国家として身を立て、歳若いものの今やフランス自身とともに先進国のひとつとして肩を並べる身だ。当然といえば当然、なのだが。
(‥‥可愛いよなぁ)
相変わらず、と。
端整な顔立ちを眺めながら、心の中でしみじみ呟く。
小さな小さな子どもだった、あの頃。
守ってやらなければならないと思っていた甘い匂いのする身体、ふっくりとした指先、一途に寄せられていた心。‥‥一度手離して、もう一度出会って、そうして。
(もう、この子は子どもじゃないのに)
可愛いこども。『可愛い』という機能で危険を回避する本能、防衛機能。
それらは既に失われている。もう彼には自分で自分の身を守る為の力もあるし、行動力もある。何も持たなかったあの頃とは違うのだ。
違うのだ、けれど。
「‥‥可愛いし、大事にしたい、な」
そう、大事にしたい。
小さな手を取って抱き締めたあの頃からずっと。
再び出会って想いを交わし、その身を抱いた今これからも。
だってこんなに可愛いんだ、仕方がない。
「‥‥ラ、ンスさん?」
「‥‥‥‥カナー、俺のこと好き?」
半ば以上眠りの世界に浸ったままのカナダが、幼い頃とは違う滑らかな言語で、けれど同じ愛しい声で名前を呼ぶ。
幾度も交わした他愛ない問答。小さな身体を抱き締めて、返される言葉を今思えば滑稽なほどに待っていた。‥‥そう、思えばあの頃から、ずっと。
(ああ、本当に俺ってば仕方がない)
「ん‥‥好き、です」
「うん、俺も好きだよ。愛してる。‥‥おやすみ」
可愛い恋人にそう告げて、柔らかな唇にキスをして抱き締めた。
どれもこれも仕方のないこと。
仕方のない夜の話
la fin.(2008.08.02)
2日だから仏加。「え、3日だろ?」とか気づいても言っちゃ駄目。
もうこどもじゃないのにとかお兄さん言ってますけど
子どもじゃないから手がだせるのにね!(´ω`*)
※08/03 ちょっと手直し。一番重要なところ書き換えてなかった‥‥!!