※普段の仏加とは違います。
※救いようは欠片もありません。
子どもを拾った。
とても美しくとても可愛い子どもで、だから俺はすごく可愛がったけれど、運がなくて、その子を捨てなきゃならなくなった。
俺の小さな可愛い子ども。俺のことを信じ切っていた。
俺の服の裾を握り締めた、小さな手を引き剥がすその瞬間まで必死に見上げてきていた瞳を見て、悪いことをしたなと少しだけ思った。
思いながら、その子を捨てた。
それきり、ずっと会わなかった。
アメリカが独立する時に、もしかしたらと思ったけれど、あの子はイギリスの傍から離れなかった。あの野郎が離さなかったのか、あの子が離れなかったのかは知らない。ただ、その時も会えずじまいだった。戦場にもでてこなかったしな。(アメリカと違い、まだ随分と小さい外見だったからだとは後々にアメリカから聞いた。宗主国の望むまま、幼い外見でいたのだと。)
それ以降も会わなかった。イギリスはますますあの子を外に出さなくなったようだし(というか、俺に合わせないようにしていたみたいだ)、伝え聞いたところではあの子もそれに抵抗も何もしなかったらしい。まあ、昔から従順な子だったからな、それもありだろう。それにしたって、あの子にはイギリスもかなりの自治権を与えてそれなりに自由にさせていたわけだし(母親宜しくまめまめしく面倒を見ていたようだが)会っても良さそうなものなのにな。
けれど、会わなかった。だから、あの小さな可愛い俺のあの子はずっとずっと昔の記憶になってしまって、小さな手を引き剥がした別れの記憶はずっとずっと遠くなってしまっていて。そうだ、だからあの日、お久しぶりですフランスさん、なんて透き通った、けれどきっちり男の声で優雅に挨拶をされた時も、あれーキミみたいな可愛いコお兄さんの知り合いにいたかしらん、なんてもの凄く普通にナンパしてしまったりしたわけだ。
だって、それほど違っていた。その美しい、少年の潔癖さと青年の色香を併せ持った男が、俺が捨てたあの子なのだと認識するのにちょっとだけ手間取ったくらいだ。ちょっとだけな。
母親のような兄の腕から緩やかに独立したあの子は、その後も順調に成長していった。そもそもアメリカのように宗主たる兄と喧嘩別れしたわけじゃないので、俺にとっては憎々しい腐れ縁だが名だたる大国(通貨危機だとか軍事対立だとかヒーヒー言ってたときもあったが、強国は強国だ)であることは確かなイギリスという後ろ盾はがっちりキープしていたわけだし、独立戦争時にはその伸ばされた腕を手酷く振り払ったアメリカとも兄弟として仲良くやっているようだった。その他の国にしても同じ。若い国ながらどこか穏やかでのんびりおっとりとした空気を身に纏って、急流もかくやの昨今の情勢を巧く乗り切っているように見えていた。事実、そうだったし。だから、あの子が俺に対しても穏やかな口調で、物柔らかな態度で接してくることも大して不思議に思ってはいなかったし、戯れに抱き締めた俺の腕を振り払わなかったのも、愛を囁きベッドに誘った俺を拒まなかったのも、純粋に俺のことを好いてくれているからかな、とさえ思っていた。愛しく思ったんだ。好きになった、彼を愛した。大切にしようと思った。シュガーカラーのふわふわした髪。霧のかかった湖のような青灰色の瞳。ああ、そうだった、こんな色だったな、昔から。子どものこの子は最高に可愛かった。可愛かったから拾ったんだ。俺好みに育てられるかなってな。それで、運がなくて手離すっていうか、捨てるはめになって。最後のあの時、俺に取り縋って必死に見上げてくる瞳に、俺は何を言ったんだったっけ?また会えるからとか、いつでもお前を思ってるよとか、元気でとか。たぶん、そんなことだったろう。ありきたりな別れの挨拶。あのクソ眉毛にぼろっぼろになるまでボコられて、またなんて来やしないと骨身に沁みて解ってたけれど(なんせあの頃のイギリスは鬼のように強かったからな)、それはほら、別れの挨拶の常套句だろう?
‥‥元気で。いつでもお前を想っているよ。また会えるよ、必ず迎えにいくから、俺の可愛い子。
「嘘ばっかり」
穏やかな声だった。のんびりおっとりとして、よく澄んだ声で。‥‥澄み切った、痛烈な侮蔑と恐ろしいほどの冷たさを宿した声で。可愛いこの子は俺に抱かれながら、吐き捨てるように言い放った。
「いつでも?必ず?‥‥馬鹿馬鹿しい、思いだしもしなかったくせに」
シュガーカラーのふわふわとした髪。霧のかかった青灰色の瞳。俺が最初に見つけた、俺が拾った可愛い子ども。可愛くて無垢で純粋で、俺のことをただ一途に愛してくれていた。俺だけがこの子どもの全世界だった。そういう風に育てて、俺の好みに、俺の都合の良いように育てて、捨てた。運がなかったなんて、ため息一つで。
なあ、悪いことをしたなって思っていたんだ。酷いことをしたと痛感したんだ。美しく育ったお前に再会して、お前を抱いて、お前を愛して。あの時手離して本当に、本当に悪いことをしたと、心から、後悔して‥‥
「だから?後悔したから、どうしたって?そんなの僕の知ったことじゃない」
今度こそって。今度こそ、お前を愛し抜こうって。
「フランスさん、ねぇ、今度はいつ捨てるんですか?言って。明日ですか、明後日ですか?それとも一通り抱いてもう飽きたから、今日かな」
お願いだカナダ、お願いだよ、俺の可愛い子、お願いだから‥‥
「僕はもう、貴方の言葉を信じない」
可愛い子。俺が見つけた、俺だけの。
取り縋る小さな手、必死に見上げてくる瞳。
俺の好みに、俺を愛させて、俺が全てだと信じ込ませて。
この子の全世界を砕いて、踏み躙った。
カナダ、カナダ。呼びかければ、彼は美しく笑う。可笑しいの、なんで泣くんですかフランスさん、澄んだ声で。壊れた声で。‥‥ああ、酷いことをした。酷いことをした。俺は、酷いことをしたのだ‥‥。
あの日捨てたものは、生涯一度しか手に入らなかったものだった。そしてもう、二度と戻らない。
ロストサンクチュアリ
la fin.(2008.10.19)
何をされても、どうされようとも構わない
構うべき自分は、あの日に死んだのだから