普遍的な問い、というものは、いつだって答え難いものばかりって決まってる。

例えば、命とは、魂とは何処から来て何処へ行くものか。
例えば、死の先にあるものはなにか。
例えば、幸福とは何か。
例えば、愛とは、何か。

愛は、何処に?



(答えは、何処に?)




すり、と擦り寄られた感触にまどろんでいた意識が一気に覚醒レベルへと引き上げられる。さほど寝起きの良いほうではない自分にしては珍しい。
一呼吸置いて、視線をめぐらせる。
まず認識したのは見慣れたカーテン。ほろりと光を散りばめたような、ブルーグレイとアンティークローズ。柔らかな朝を宿している。
それから壁と家具、テーブルの上の飲み残したワインと、床に散らばった衣服。自分と、自分以外の。
正確に述べるなら、自分と、愛しい、大切な恋人の。
そして腕の中には、甘い夜を共に過ごした、白く滑らかな肌を晒しながら健やかに眠っている、身ひとつの、恋人。
擦り寄られる自分もやはり裸体なのだけれど、彼のほうが断然触り心地の良いふわふわの身体をしている気がするのは、はたして年齢差か、恋人の欲目か。
抱き寄せた年下の恋人は、すよすよと小さな寝息を立てながら健やかに眠っている。まだ早朝だ、それもむべなるかな。‥‥というか、

(昨日は、ちょっと無理させた、かな‥‥?)

のんびりおっとりしているわりに気配に聡い彼が起きないなんて、疲れている証拠、と言えなくもなく。
そして疲れさせたのは、自分以外の何者でもなく。

(あ、ヤバイ変な笑いが)

久しぶりだったから、つい。
或いは、可愛かったから、つい。
ありがちな動機は、ある意味恋人間での普遍的な動機、といってもいいのではなかろうか。
ともすればニヨニヨと笑み崩れそうになる自分の表情筋に喝を入れ、ゆるゆると息をはきながら、腕の中の恋人をそっと抱き寄せる。
女性のような柔らかさはないが、滑らかで瑞々しい身体は心地よく温かく。だからこそ、その愛しい体温とかけ離れた室内の温度に、不意に気がついた。
擦り寄ってきていたのはもしや寒かったから、だろうか。
彼の家と較べれば、夜とはいえ格段に暖かいはずなのだが、それとこれとは話は別、というやつか。
‥‥それとも、この国の気候に慣れたから、寒く感じたとか。

自分の家を、この国を何度も訪れ、夜を過ごして、この温度に慣れてしまった、とか。
俺の腕で眠ることに、慣れてしまったとか。

(‥‥ああ、まったく)

恋人はすよすよと眠っている。健やかな寝息。‥‥ああ、寝息だけは幼い頃と変わらない。

(それ以外は、すっかり変わってしまったけれど)

可愛かった幼子は健やかに成長し、美しく立派な青年となり。
澄んだ声での呼びかけは、絶対の信頼を宿した親へのものから、甘い甘い想いを宿した、恋人へのものへと、変化した。

『フランスさん、好きです。大好き』

ああ、俺もだよカナダ。可愛い子、俺の恋人。大好きだ愛してる、大切にするよ。
幸せすぎて怖いほどに。‥‥本当に、こんな幸せ過ぎていいのだろうか。

「‥‥ん‥‥ラン、ス‥‥さ」
「‥‥‥‥ッ、」

ああまったく、神様は俺のことを愛し過ぎなんじゃないのか?俺にこの子をくれて、この子の愛をくれて。サービスが良すぎるよ、本当。

「‥‥‥‥うん、ここにいるよ」
「んー‥‥」

すりすりと擦り寄られる。それを抱き締める。ただ、それだけ。
それだけなのに、‥‥ああ、こんなにも。

こんなにも、愛しい。
こんなにも。幸せ。

普遍的な問い。それは大抵の場合、答え難いものばかりかけれど。
俺はこの子に、答えを貰った。

例えば、幸せとはなにか。(それはこの温もり、このひととき。)
例えば、愛とは何か。(今この瞬間を満たしている、熱と、想いの、全て。)

カーテン越しの光が増していく。太陽が生まれようとしている。
ふるりと揺れる睫毛。彼の一日が始まろうとしている。
‥‥その瞬間に立ち会える、この幸せ!

「‥‥‥‥ん、ぅ」
「カナダ、」

密やかな、声で呼ぶ。
湖水色の瞳が、ゆっくりと焦点を結んで。
ふんわりと、笑顔を紡いで。

「‥‥おはようございます、フランスさん」
「うん、おはよ」

そして愛を紡ぐ幸福な一日が、始まる。




愛は、何処に?




(答えは、此処に。)









  水紅色の朝に寄せて





la fin.(2008.11.20)

『BLでどうする?バトン』の最初の設問から
水紅色:朱鷺色。アンティークローズ。朝焼け色を想像してください