お前のしたいこと、叶えてあげる。
何でも言って?したいこと、やりたいこと。
君の為に、全力で叶えてあげる!




少しおっとりした手つきで根菜類が次々にカットされていく。
銀に輝くステンレスの刃はするりと吸い込まれるように野菜に沈み、大きさを揃えるように等分されてボウルの中へと落とされる。いつもきちんと手入れをしているナイフ類は切れ味抜群で、使用者の手を替えてもその勤勉さを損なうことはない。

「‥‥お前、結構手際がいいね」
「そうですか?まぁ、基本的に一人暮らしですから、これくらいはね」

それにクマ吉さんのごはんも美味しいの作ってあげなきゃだし。
そういって笑いながらニンジンをサイコロ状にカットしていく指先を、フランスはカウンターに肘をついた上、乗せた顎を少し引いて、ふぅん、とだけ応えたものだ。

フランスの家の、キッチンである。
住宅事情の関係上、広くもないが狭くもない、けれど道具と食材だけはたっぷりと揃えた台所はフランスの密かなご自慢なのだが、本日の使用者はその家主たるフランスではなく。

「フランスさん、胡椒どこ?」
「パウダー?」
「粗挽きの黒」
「カナから見て右手下の引き出しの手前2番目」
「はぁい」

良い子のお返事と同時に、おっとりとした手つきでカナダが指示通りの引き出しを開けるのを、フランスは手元に置かれたシードルを舐めながら眺める。此処に座らされたときに差し出されるまま受け取って以来、少しぬるくなった其れはなんだか懐かしい甘さだった。




『カナ、なにかしたいことある?』
『お料理がしたいです』

抱き締めた腕の中への問いかけに、返ってきたのはフランスにしてみれば予想外の回答だった。
遠路はるばるフランスの屋敷まで足を運ばせて、玄関扉を閉めるなり抱き締めキスと愛の言葉をシャワーのように彼へと降らせて。

腕の中でとろりと蕩けた恋人の瞳にとびっきり甘い声で囁いた言葉は、フランスにしてみれば掛け値なしの本気だったわけだけど。

‥‥うん、まぁこのコのことだから薔薇のブーケに隠したダイヤの指輪が欲しいのだとか、愛してる今すぐ抱いてベッドに連れてってとか言われることを予想していたわけじゃないんだけどね?

お菓子のように甘い酒を口にしながら、フランスは思ったものだ。
因みにそんなことを言われたとしてもフランスには期待に応えるだけの準備をしていたりもしたのだが。というか、むしろ自分が期待してもいたのだが。
けれど腕の中で、ほんわりと頬を染めた恋人が言ったのは、どういう理由か「料理がしたい」という回答で。
とりあえず、よくよくみれば両手に提げた食材を詰め込んであるらしきマルシェ籠をそっと取り上げて、キッチンへとエスコートしたわけだけれども。

「『美味しいお料理食べたい』、とかなら予測済みだったんだけどなぁ‥‥」
「え?フランスさん、何か言いました?」

ボウルの中身を木ベラで掻き混ぜていたカナダが、視線を上げてフランスへと綺麗な湖水色の瞳を向けた。ふんわりと揺れるメイプルシュガーの色をした髪は、その手元のボウルに入ったカスタード色のケーキ生地よりもふんわりと優しく、甘そうだと思う。

「いいや、何も。‥‥なぁカナ、お兄さんなにか手伝ことないの?なんでもするよ?」
「ないでーす。もう、いいからフランスさんは、そこに居てくれたらいいの」
「‥‥はーい」

キッチンの隅、座りっぱなしもいたたまれなくて申し出ること複数回。
そして断られること同数回。今回に限ってはそこに居て、と念押しまでされてしまっては、フランスももう動けやしない。
トールグラスに入れて出されたシードルが、細やかな気泡をグラスの底から押し上げている。淡い林檎とアルコールの匂い。金色の蜜めいた其れは、酷く懐かしい。‥‥そういえば、小さなこの子もこの甘い味が好きだったっけ。

「あ、木苺のソース‥‥。ねぇフランスさん、味見」
「ん。‥‥んー?ちょっと酸っぱくない?」
「生クリームの上にかけるよ?」
「ああ、ならこんなものかもね」

よかった、なんて。
ふんわり笑うカナダは無類に可愛くて、フランスはベリーカラーのソースが絡んだスプーンを差し出すその手こそを舐めたくて堪らない気分になったのだが、そっと細い手首を取ろうとした指先は、虚しいくらいに空を掻く。
がっくりうなだれるフランスの向こう、おっとり動くカナダに合わせて、軽やかな金属音。
自らが使い込んでいる料理器具達はカナダの言うこともよく聞いて、勤勉に、楽しく働いているようだ。
そう、その使用者と、同じくらいに、楽しそうに、軽やかに。

「‥‥カナ、なんだかご機嫌さんね?」
「え、そうですか?‥‥ん、炊けてきた。それじゃ次こっち、味見してくださいね。はい、あーん」
「あーん」

フランスが差し出されるままに串の先のニンジンを口にすれば、カナダはますます機嫌よく笑う。
野菜の甘みを引き出されてほっくり美味しい赤い欠片を咀嚼しながら、フランスはみるからに上機嫌な恋人の可愛い姿をぼんやりと眺めた。

「ご機嫌さん、カナダ」
「え、だっていつもフランスさんが、こうしてくれてるから」
「こう?」
「いつも居間に、味見のごはん持ってくるじゃないですか」
「‥‥ああ、そうね」

おっとりと甘い口調の恋人の言を聞きながら、フランスはやや力の入らない相づちめいた言葉を返した。

普段から彼に食事を作ってやるときは、なるほど居間に待たせているカナダへと小皿を携え味見させにいく。居間へと続くくぐり戸を抜けたところで、ソファに丸まるように座った恋人がぱっと顔を上げるのがとても可愛くて。
そして味見にかこつけてモソモソ動く唇に、美味しいごはんの味の可愛いキスをするのが、すごく楽しみで。

‥‥あ、今日はちゅーは無しかぁ‥‥。

フランスは甘いニンジンを飲み下しながら、出番のなかった己のニンジン味の唇をチロリと舐める。
彼にはややオーバーサイズなフランス愛用のエプロンを身に着けた身体が、おっとりのんびりカウンター向こうを行き来する。
軽やかな室内履きの音、身に余ってしまって仕方がなく、お腹の上で結わえたエプロンのリボン。

‥‥ああ、可愛い。可愛いの、だけれども!

「でも、今日はお兄さんにごはん作らせて欲しかったなぁ‥‥」

可愛い可愛い姿を見つめながらのぼやきめいた呟きに、ケーキの生地を型へと流し込んでいたカナダが、視線だけをフランスへと向ける。
カウンター越しの湖水色の瞳。縁取る柔らかな睫は、手元のシードルより少し濃い、ハニーゴールド。
其れを舐めれば可愛く鳴いて蕩ける、そんな姿ももう知っているのだけれど。

「だって、いつもフランスさん、作ってくれるし」
「でも、だって今日はお前の誕生日だよ?お兄さん張り切るつもりだったんですけどー」

もういっそ拗ねた口調で嘯けば、金型に生地を流し込み終えたカナダがスープポットをかけたコンロの火を後ろ手に止めて、ふぅっとひとつ、大きく息をついた。
向けられる、視線。
甘そうな蜜色の睫の縁、‥‥ほんのりと色みをまして。

「‥‥カナダ?」
「だって!」

思いもよらず強い声に、フランスは勿論のこと、声を出したカナダも驚いたようにぱちんと瞬きをして。
それから、ほんの少し視線を落として、呟かれた言葉ときたら。

「‥‥だって、いつも、リビングで待ってるの、つまらないんだもん。邪魔は、したくないけど。でも、‥‥でも今日は、僕の誕生日ですから、だから」




「誕生日くらい、ずっと一緒に居たいから。‥‥だからフランスさん、そこにいて」




『カナ、なにかしたいことある?』
『お料理がしたいです』




あなたのそばに、いたいです。




「‥‥ねぇカナ。お兄さん今すぐお前のことベッドに連れ去っちゃいたいんですが、そういうのってどうでしょうか?」

カウンター越しほんのり可愛く染まった恋人の瞳に、とびっきり甘くそして切実に囁いた言葉は、フランスにしてみれば掛け値なしの本気だったわけだけど。
けれどその言葉にほんの少し目を見開いて笑った恋人の笑顔は、どこかイタズラっぽく愛らしく。

「フランスさん、まだお料理できてないですよ?」
「‥‥‥‥デスヨネー」
「だからそれは、ごはんの後で」

がっくりとカウンターに突っ伏して、それからまたがばっと顔を上げて。
いっそばね仕掛けの玩具めいた動きに、甘い色をした髪をふんわり揺らして、カナダが笑う。
甘く小さく笑みを零す、可愛い唇。

「‥‥カーナ。カナダ、」
「ん、‥‥」

蜜色のシードルよりカスタード色のケーキの生地よりほっこりふっくらのニンジンより。
ずっとその唇が甘いこと、ずっとずっと前から知っている。

「‥‥フランスさん」
「ん、お料理の邪魔してごめんね?」

カウンター越し、唇だけを触れ合わせる甘い味のキスを贈って、甘く蕩けた声で名前を呼ぶ恋人に、一旦は謝罪したフランスだったのだ、けれども。

「フランスさん、いつだって僕のしたいこと先にしちゃうの、ずるい」




お前のしたいこと、叶えてあげる。
何でも言って?したいこと、やりたいこと。
君の為に、全力で叶えてあげる!




「言われなくてもわかっちゃう、お兄さんの愛、解ってくれた?」
「‥‥フランスさんこそ、今僕の言いたいこと、解ってくれる?」









そうしてもう一度触れ合わせた唇に、ケーキの焼き上がりが少し遅れてしまったのは。
恋人同士の仕方のない事情だった、かもしれない。









  ハニージャングル





the end.(2009.07.02.)

一日遅れだけど、カナダさんお誕生日祝いだよ!