※学ヘタとは無関係の高校生パラレルモノです。
※マシューさん・アル:高2(17歳) フランシス・アーサーさん高3(18歳)
※1月22日生まれの方へのお誕生日プレゼントです




















「ジョーンズ先輩、さようならぁ!」

少女達の澄んだ声が、煉瓦造りの瀟洒なペーブメントに響き渡る。
教育機関というには多分に豪奢で格式ばった校門の手前、侵入者防止用の柵を丁寧に刈り込まれた生垣に隠して守られたそこにいるのは、揃いの制服をまとった同年代の少年少女たち。
ある者は芝生の上に腰を落ち着けて参考書を開き、またある者は初々しく手を取り合ってはにかみ笑いながら、校門へとゆったりと歩いていく。
周囲を囲む溢れる緑は煉瓦舗装の大地にしっくりと馴染み、風に吹かれては小鳥たちの声や風鳴りを音楽のように辺りへと振り撒いていた。
声を上げた少女達もまた、その光景にしっくりと溶け込み、校舎を見上げて笑う。
思春期特有の華のある声音と視線はガラスのかけらのように煌いて、校門に勝るとも劣らない豪奢で重厚な佇まいの校舎へと。
いくつか開いた窓のうち、サラサラとした金髪を吹き込む風になびかせながら頬づえをついて佇む少年を、一心に見上げていた。
その、少女達の声に気がついたのだろう、やや気だるげに目を伏せていた少年は、ゆったりと瞼を上げると、二呼吸ほど置いてから優しく笑い、白い手のひらをヒラヒラと数回、階下の少女達へと振って見せた。
きゃぁ、とまたはしゃいだ甲高い声があがり、少女達は一様に頬を紅潮させて視線を交わすと、パタパタと駆けていってしまう。
ひらめくスカートから伸びた細い脚は、純粋に可愛らしく保護欲をそそるものだと、振った手のひらをそのままに、少年は思ったものだ。
活力に満ち満ちた、少女達。きっと帰る道々寄り道したファストフードショップでは、「自分達に笑いかけてくれた、一つ年上のジョーンズ先輩」の話で持ちきりだろう、けれど。

「‥‥まぁ、君達に手を振ったのは『ジョーンズ先輩』じゃないんだけどねー‥‥」

呟き落とされた言葉は優しく微笑んで手を振っていた、金髪の少年のもので。
彼以外の姿は途絶えた教室内に、妙におっとりと響いた。
笑いあう少女達が駆けて行った後も、まるで彼女達につられるように階上を見上げていた複数の視線ににこりと一度強く笑んだ後、何気ない仕草で‥‥かつ、其れらの視線から逃れるようにぺしょりと彼は肘をついていた机へとうつ伏せる。眩い光に溢れた校庭から、目に映るものは己の少しくすんだ制服のシャツから伸びる、貧弱な腕の白のみへ。カシン、とオーバルフレームの薄いグラスが飴色の机に当たって鳴いたのに、頭を伏せたままさも億劫とでも言いたげな動作でブリッジに指を引っ掛けて外し、傍らへと放る。先程よりも強い音がしたけれど、それももはやどうでもいい気がした。

新調したばかりの、眼鏡。

つい昨日までつけていた、スクエアでシャープな印象の眼鏡を、本当はすごく気に入っていた。視力が下がったわけでもない。
けれど、それがあんまりにも従兄弟に。そっくりだから、と。
そんな理由一つで買い換えた眼鏡は、けれど一向に効果を上げる様子もない。

「‥‥うー、」

ため息ともなんともつかない唸り声をあげて、机へとくっつけるように伏せていた額を僅かにあげて首を傾げ、今度はその、子どもらしさを仄かに残した柔らかな頬を、午後の光に仄かに温められた机へと、ぴたりとつける。
青灰色の瞳には午後の光を優しく受ける飴色の机と、眼鏡。
放り出した眼鏡のフレームを、細い指先がおっとりとなぞる。
くすんだシルバーのチタンフレームにメイプルリーフの小さなチャーム、すこし丸めのデザインは、買い替えに付き合ってくれたひとが勧めてくれたもの。

こっちのほうがお前らしいよ、俺はこういうフレーム、好きだな、なんて。

とろけるほどに甘い笑顔で言ってくれた、そのひとは。




「‥‥シス、さん」
「はぁい、マシュー。お兄さんのことお呼びかな?」
「めいぷるっ!?」

面白すぎる驚き声、けれど欠片も驚いた様子なしで伏せた肩と背を抱いてきた温かな手のひらに、マシューはビクリと身体を大きく震わせてしまったものだ。
けれど、身体は起こせない。‥‥やんわりと抱かれた肩とまるめた背中に感じる慣れた匂いと体温に、身体はそれ以上動いてくれない。心臓はこんなにも過剰回転気味なのに。

「ふぁ、ふらんし、す、さん」
「うん?マティってば、舌回ってないよ?そんな可愛い声でお兄さんのこと呼ばれたら、俺いろいろ我慢できなくなっちゃうから、気をつけて。‥‥あと、頭あげないでね、外から見えちゃうから」
「あぅ、う」

甘い声音の軽口にいつだって何と返せばいいのか判らなくて口ごもるマシューの伏せられたままの頭を、フランシスの大きな手のひらが掻き混ぜる。
横向きの視界、かすかに見えるのは自分より長い指先と、落ちかかってくる己の髪。
ふわふわと軽くクセのある柔らかめの髪は窓から差し込む陽光に金色に瞬いているようだけれど、本来は限りなく金に近いブラウンシュガーカラーだ。‥‥そこもやはり、あの煌くブロンドの従兄弟とは違うのに、なんだってこんなにも間違われるのだろう。

「マシュー、マティ?お兄さんほったらかして思索に耽んないでよ、寂しいよー」
「‥‥、もう、なに言ってるんですか」

再度の軽口に、ようやっと跳ねていた心臓が通常運転まで回転数を落としたのを内心でしっかりと確認して、マシューはおっとりとした動作で己の頭に乗せられたままの幼馴染みの手のひらをやんわりと払うと、頭は伏せたままでコロリと向きだけ、反対へ。

「フランシスさん」
「ん。なーに?」

漸くこっち向いてくれた、なんて言って笑うのは、纏う空気の根本から自分と違うのではないかと思えるほどに華やかな相手。
ひとつ年上にあたり、学校では最高学年になるマシューの幼馴染みは、従兄弟とはまた違った意味で強烈な存在感だとつくづく思う。

幼馴染みのフランシス。
幼い頃からほぼずっと、一緒にいた相手だ。
隣家に生まれ親同士も仲が良く、家族ぐるみの付き合い。文字どおり生まれた瞬間から傍に居たようなフランシスは、マシューの家へとアーサーに手を引かれて(‥‥むしろ、異母兄を引き摺って、だろうか)遊びに来る同い年の従兄弟、アルフレッドへと、当然のように「いらっしゃい」と言っていたほど。
実際、兄弟のないマシューはけれどフランシスを兄として慕い、ことあるごとに後ろをくっついてほたほたと歩き、フランシスもまたほんの一つしか年が違わないとは思えないほどに、マシューの面倒をみてくれていた。
一足先に小学校へと上がったフランシスに、毎朝のように泣きながら行っちゃやだと駄々を捏ねる自分を一度たり怒ることなく宥めたり、小学生になっても小さく些かぼんやり気味だったマシューの手を引いて毎日一緒に登校したり。中学生の頃など2年間、フランシスの漕ぐ自転車に毎日二人乗りして通っていたものだ。‥‥当時はあまり気にしていなかったけれど、今思えば、ものすごい数の女子から羨ましいやら恨めしいやらな視線を頂いていたことだろう。

今は、どうだろう。マシューはぼんやりと、現在を思う。

中学から高校へと上がる一年間、離れていた期間は二人の距離を微妙に、確実に変えた。
そもそも、いくら幼馴染みだからといって学年も違うし、昔のように始終一緒に居られるわけじゃない。高校ともなれば、それは尚更だった。
勿論同じ敷地内で学んでいるのだから顔を合わせれば挨拶もするし、たまには一緒にランチをとることもある。教室へと迎えに来る彼と一緒に帰ることもあるし、買い物にも付き合ってもらう。

けれど、関係は、距離は。確実に、変わってしまった。

しかしむしろ今マシューを困らせているのはそんな幼馴染みとの関係の変化、ではなく。それまで学校が違っていたアルフレッドと偶然同じ高校に入ってしまったことのほうが、マシューを参らせていた。
やたらと、ひと間違いされるようになったのである。
ひと間違いというか、ピンポイントでアルフレッド間違いというか。
先ほどのように遠目にみた下級生(同級生なことも、上級生なこともあるが)から黄色い声で挨拶をされるのは、まだ実害がなくていい。適当に、『アルフレッド・F・ジョーンズ』らしい仕草でいなしていれば済むのだが、アルフレッド宛の真正面からの(男女問わずの!)告白や、恨みをぶつけられるのはさすがに困る。
当初は告白あるいは復讐相手くらいちゃんと見分けてくれよ、なんておっとり憤慨していたものの、それも1年を過ぎた辺りで最早どうでもよくなり、2年目もそろそろ終わろうとしている今となってはすっかりと諦めた。
そんなに自分は、存在感が希薄なのだろうか。
いかにマシューがおっとりと鷹揚な性格で従兄弟のことが嫌いじゃないといったところで、ため息の一つくらい出てしまうし、ぺしょりと机に突っ伏してしまうというものだ。

「ねぇフランシスさん、僕ってそんな、うっすらしてますか?」
「どうだろうねぇ」

深く長いため息の後で零された言葉はフランシスにとっては唐突過ぎる質問だっただろうに、まるで動じた様子もなくマシューの肩を抱いたまま、まるで机に伏せるマシューに付き合うかのように己も頭を机の上へと、伏せる。
不自由な視界に幼馴染みが床へと直接膝をついてるのが僅かに見えたけれど、気にしないことにした。気にしたところで、きっとフランシスはこの体勢を変えないだろうから。
優しい、優しい幼馴染みは昔からいつだって、何をおいてもマシューの傍にいてくれていた。

関係は、確実に変わってしまった筈なのに。

「‥‥アルとは髪の色だって本当は違うし、身体だって僕のほうが痩せてますよ。眼鏡だって、‥‥みんなが、アルとおそろいみたいだねっていうから、換えたのに。誰も気がついてないみたいだし」

ほろほろと零す愚痴を、フランシスは優しく真摯な瞳で受け止めてくれる。
ごく近い距離だった。それこそ、昔よりずっと大人びた甘い匂いのする体温が、感じられるくらいに。
肩を抱いていたままのフランシスの手が、まるで宥めるように優しく撫でさすってくる。

「俺は気づいてたけど?」
「そんなの。‥‥気づいてたんじゃなくて、だってフランシスさんがこの眼鏡選んでくれたから、」
「そうだね、俺好みに、マシューを染めちゃいたかったから」
「‥‥はい?」
「あとごめんね、マシューがうっすらしてるかどうかっていうの、俺、本当に判んないんだよ」
「え?」




変わってしまった関係。‥‥否、変わってしまったから、こそ?




「うん、マシューがアルに似てるかどうかって、ホントのとこお兄さんにはわかんないんだよね、だって俺にはマシューしか見えてないし。うん、好きな子のこと見間違えるなんて絶対にないから。どこにいても判るし、なにしててもわかるしね。だから、お前がうっすらしてるかどうかっていうのは、俺には解んないんだよ、ごめんね」




まるで、泣いて駄々を捏ねていた自分を宥めるときのように穏やかな声で。
ぼんやりとしがちな自分の手を引いて、ゆっくりと歩いてくれていたときのような、柔らかな笑みで。
毎日毎日、その広い背中に凭れるようにして自転車に揺られていた、優しい体温で。

少しかさついた唇の感触だけ、初めてのもので。

一瞬だけ合わさった唇は直ぐに引かれて、けれどごく間近から真っ直ぐに空色の瞳が射抜いてくる。
幼い頃からずっと見続けてきた優しく愛情深い視線。
同時にこの2年、うっすらと抱き込むように絡みついてきていた、欲を含んだ、視線。




変わってしまった関係、距離。本当はもうとっくに、気がついてた。




「‥‥フランシスさん、言ってくるの遅いです」
「うん、ごめんね、ちょっとお兄さんもビクビクしてました」
「もう、フランシスさん卒業しちゃうのに」
「家から大学通うし、お隣さんなの変わんないでしょ。あ、車の免許取ったら学校までマシューのこと送ったげるね」
「中学生の頃みたいに?」
「あはは、自転車よりは格上げかなぁ。‥‥ホントは高校の間も毎日一緒に通いたかったんだけど」
「だから、言うの遅いってば」
「ごめんね」

好きだよ、と。
静かな教室で、顔を寄せ合うようにして、囁き交わす。

この距離だと、きっと従兄弟には間違われない。
この相手だけ、決して従兄弟とは、間違わない。

「ていうかさぁ、マシューもあんな、かーわいい顔で女の子に笑ったりしちゃ駄目でしょー。あのとき校庭に居た連中、お前に見惚れてたよ?」
「何言ってるんですか、あれは『ジョーンズ先輩』だから‥‥って、さっきの見てたんですか?!」

その言葉に、一瞬伏せていた上体を起こしかけて、けれど変わらず肩を抱いていた恋人の手のひらにそれを阻まれ、ガタリとひとつ、椅子が鳴く。 相変わらずの近距離にある空色の瞳はニヨニヨと楽しそうな‥‥ほんのちょっぴり、複雑な、ような。

(‥‥あ、これは。)

空色に混ぜられた微妙な色にマシューは気がつかないふりで、ヘンなところ見ないでくださいよ、なんて口を尖らせて拗ねてみせる。
そうすれば、果たしてマシューの思惑通りの、可愛い台詞が返された。

「見てたんじゃなくて、見ちゃったんだよ。言ったでしょーお兄さんお前のこといっつも見つけちゃうの、見ずにいられないの!‥‥ああもう、あんな風にいつだってニコニコしてるから俺がどれだけこれまでハラハラしてたか‥‥って、マシュー?」

それまで横向きにしていた顔をうつ伏せて忍び笑いを始めたマシューに、きょとんとした声で幼馴染みで恋人が、呼びかける。
‥‥穏やかに宥めてくる声、柔らかな笑み、優しい体温。どれもこれもずっと馴染んできた幼馴染みだからこそわかる、今のフランシスの瞳に宿る、可愛くも他愛ない嫉妬の色が、妙に嬉しくて、楽しくて堪らない。
可愛いひとだなぁ、と思う。
昔はこんなこと、思わなかったのだけれども。

けれど今は、変わってしまったから。
二人の関係も、この心を温かく熱くする、想いも。
‥‥これからも、きっと変わっていくだろうから。

「マシュー?マティ、何笑ってるのー。いや可愛いんだけどすっごく。ていうか本当その笑顔、俺以外に見せないでよ、頼むからさぁ。さっきの一年への笑顔とか本当、」
「何言ってるんですか、もう」
「だって、」

尚も言い募ろうとする恋人に、零れる想いを乗せた笑顔と。




「これは『ジョーンズ先輩』用じゃなくって、恋人用の笑顔です。それくらい、見分けてくださいね?」




ちゅ、と妙に可愛らしいリップ音に空色の瞳がまんまるに開いて、己の肩に乗せられた手のひらがピシッと固まったのをスターターに、マシューは従兄弟顔負けの素早さで立ち上がると机に投げた眼鏡を押し込むようにして掛け、ついでとばかりに伏せたままの恋人の耳元にもう一度キスをして。
それから、足元に置いていた鞄も放って駆け出した。
チラチラと人のいる放課後の廊下を、笑いながら全力疾走で駆け抜ける。
すり抜け様、驚いたような視線が次々に追ってきて、ああ、こんなことをしそうな従兄弟にまた間違われているのだろうな、なんてうっすらと思ったけれど。でももう、どうでもいいことだ。

「マシュー、待って!」









鞄忘れてる!なんて、慌てきった呼び声の恋人は、マシューを決して間違えることはないのだから。









  水色エイジ





the end.(2010.01.28)

因みに学園のヒーロー(笑)なアルは異母兄のアーサーさんを落とすのに必死です^^
アーサーさんはアルと間違ってマシューを襲撃する連中をフルボッコにするのに夢中です^^
兄ちゃんを可愛い感じにしたのは18歳(笑)だからだよ!(・∀・)

お誕生日おめでとうございました。素敵な一年でありますように。