少し意外だと思ったのは、事実。
ほしょ、ほしょ、ほしょ。
雪交じりの冬の霜をたっぷりと含んで土へとかえる段階の落葉は、まるで不可思議な音楽を奏でているかのように、小さな足へと返事をします。
小さな身体を包む、雪のように真白いふち飾りつきのケープは優しい朱。やはり縁飾りのついた足首丈のブーツが、柔らかな足にぴったりと馴染んでいます。ケープの下には丈の長い手編みのセーターと膝丈のパンツ。そして頭には動物の耳がついた耳当てといういでたちは、ともすれば昨今の我が国の子どもに較べると(そして明け方には氷点下を記録した本日の気温を鑑みて)、若干薄着な気がしなくもありません。しかし保護者いわく「寒い国だからな、あれでも暑いくらいだと本人は思ってるぞ」とのこと。
‥‥ああ、たしかにこの爺には(二重窓越しの室内に居てさえ!)堪えまくりな寒気をものともせず庭をほてほて歩く姿は、なるほどその保護者の言どおり、なのかもしれません。
ほしょ、ほしょ、ほしょ。
軽やかな音楽は小さな来訪者を歓迎するように慈しむように彼を追い、そしてその音楽に包まれる小さな存在は天上音楽を足元に従えておっとり駆けたり、しゃがみこんだり、空を見上げたり、‥‥隣りに佇む、保護者を見上げたり。
「いぎりすさん、いぎりすさん、ねぇ虫さん、いっぱいいるよ」
「そうだな」
冬の木立は閑散として、夏はあれほどに濃厚な緑の気配を漂わせていたのにといっそ驚くほどに寒々しいもの。
広くもないがかといって狭いわけでもない庭には、広葉樹を中心とした春夏咲きの花樹や多年草を気の向くままに植え込んでいます。秋ともなれば一斉に紅葉し、冬の入り口には中空から大地へと彩りを映すべく落花落葉し、やがて黒々とした土へと還っていく。そうやって再び花咲くその日まで年々歳々暖かく肥沃な土に姿を変える落葉の下には、冬を越す為に隠れた小虫たちがひしめき、まどろんでいたようで。
けれどこの屋敷の束の間の滞在者たる子どもには、格好の遊び相手として見込まれてしまったようです。
「ねぇ、見て。虫さん」
「ん。」
木の葉の下、眠りを妨げられたことへの抗議なのでしょうか、6足を緩慢に動かしている小虫を摘み上げた、柔らかそうな小さな指先が高く掲げられます。隣り立つ大人が良く見えるようにとの、子どもなりの優しくも他愛ない気遣いなのでしょう。
もっとも、身長差は子どもの腕で埋められるものではなかったのですが、そこは隣りに控えていた、大人のほうが優雅な動きで反応しました。
ざく、と子どもの体重とは違う重いものを受け止めた腐葉土の音は、革靴と、トラディショナルなスラックスに包まれた片膝と。
子どもの視線の高さへと己の其れを合わせた彼は、慈愛に満ち満ちた微笑を浮かべて皮手袋を填めた手のひらで、子どもの頭をゆっくりと撫ぜます。
「そうだな。ここにはたくさんの虫がいる。けれどな、カナダ。彼らはみんな、眠っているんだ。カナダも寝ているところを起こされたら嫌だろう?元のところに、戻してやれ」
「‥‥はぁい」
静かな、言い含めるような保護者の言葉は小さなカナダさんには叱られた、とでも感じたのでしょうか。
頭に揺れている跳ねっ毛がへちょりと落ち、それまできらきらとした目で保護者を見ていた顔は、もう一人の保護者に似たらしき形良い眉の端を落として、俯いてしまいました。おやおや。
「‥‥カナダ」
「う?」
けれどそれは、小さな頭に今は皮手袋に包まれた、やや筋や関節の目立つひんやりとした手がのせられるまでのこと。
ひょこりと上げられた顔を、優しく頭を撫でる手がそのまま辿り、寒さにか赤くなったふくふくとした頬をそっと、この上もなく優しく包み込みます。
そうして発せられた声は、そんな優しい手つきと正比例して。
「見せてくれてありがとう。‥‥さぁ、戻してあげな。ちゃんと虫たちに、おやすみの挨拶を言えるな?」
「うん!」
耳当てにつけられたクマさんのおみみさんがぴるんと揺れ、力いっぱい頷いたらしいカナダさんがその場にちょこんとしゃがみこみます。もそもそと、けれど慎重に腐葉土になろうとしている落葉を掻き分け、指先の虫を戻してから「おやすみなさい」といったのに、傍らに佇む痩躯が少しだけ揺れます。
‥‥ああ、笑ったのだな、と。
私が窓越しに知覚するのと同時に、フロックコートの上、愛らしい恋人の養い子のセーターと揃いの毛糸のマフラーが、ふわりと揺れました。
「意外でした」
思わず出した声は、窓の向こうの庭を散策する親子には、勿論聴こえません。‥‥因みに散策には私も誘われたのですが、爺の身体には寒さは堪え過ぎるので八つ橋に丁重に包んだお断りの文句を返させていただきました。
正月早々、最も冷える時期です。
私も恋人さえいなければ、アメリカさんよろしくPCを抱えて暖かくなるまで引き篭もっていてもいいくらいなのですが。まぁ、そこはアレですとも。格好良くも最高に愛らしいツンデ‥‥ゲフン、恋人と、その可愛いにもほどがある暫定お子様のお二人がいらっしゃったとあっては、ええこの老体といえども毎日がハッスルというものです。
「カナダ、転ぶぞ。ゆっくりな」
「はぁい」
けれど、意外です。再び思いました。
いえ、なんといいますか‥‥。はい、イギリスさんが、「親」である、とうのは存じ上げておりました。
太陽の沈まぬ国と謳われた大帝国時代、海を駆って彼が出会った小さな子どもを、彼が愛しぬいたことは歴史書を開くまでもなく、現代においてすらダダ漏れなほどに解ります。
カナダさんを筆頭とする世界各地に広がる連邦の皆さん。今もって、彼が多くの連邦の皆さんを弟妹とも我が子とも思い折に触れて大切に交流しているのを、知っている。連邦に属さないながらも、アメリカさんを特別に思っていることは世界中が知っていることです。
小さな弟妹を、子ども達を、彼は育て上げてきた人です。
時に苛烈な市政に恨まれ憎まれ、それでも今尚彼の元には多くの皆さんが女王陛下の名の下に集っている。そんな、歳若い皆さんを彼が慈しんでいることは、知っていたつもりです。
つもりだった、のですが‥‥。
「なんというか、予想以上にお父様、ですねぇ‥‥」
いえいっそお母様、でもいいかも。
まぁ、なんと言いましょうか。
私にとってのイギリスさんは、「お父様」ではありません。当たり前の話ですけれど。
昔々、お付き合いのあったスペインさんやオランダさんといった、人づてに聴いたり、僅かばかりの使節を派遣して聞き覚えた、海洋王国の名。
彼が世界に覇を唱えた時代も私はわりとのんびり極東の島で過ごしていましたし、‥‥ううん、その時代に会わなかったのは幸運といえばそうだったのかもしれませんね。私はいい加減爺さんですし、あまりガツガツしたひとはご遠慮願いたくて引き篭もっていたわけですし。まぁ大半引き篭もりつつもようよう東南アジアに赴いた際そこはかとなく聴いていた、遠い海の向こうの名前でしかありませんでした。
アメリカさんとのお付き合いが渋々ながらも始まって以来、西欧の皆様をお迎えするようになってようやっと対面した、イギリスさんは、ええ、‥‥わりと、いえかなり、御可愛らしい方でした。
思えば当時から私はツンデレ萌えだったわけで(ええ勿論当時はこんな言葉はありませんでしたが)、なんといいますか、‥‥ええ。可愛い方、でした。我が家の上司の住居近所に俺の家を建てろと強請られたり。「べっ、べつにココならお前にすぐ会いに行けるとかッ、そんなこと思ってないんだからな?!」‥‥ええ、ええ。実に可愛らしい方でしたねぇ、ツンデレktkr。姿のお美しさなどはフランスさんで見慣れておりましたが、まったくあの態度はけしからんもっとやれ‥‥ああ、失礼。
まぁ、ともかく私にとってのイギリスさんという方は。
「ひゃぅっ、」
「カナダ、ちゃんと足元に気をつけ‥‥って、言ったそばから」
「‥‥ふぅ、ぇ、えー‥‥」
「ああほら、泣くな。な?‥‥おいで」
「ふぇ、い、ぎりすさ、」
「ん。ああ下は土だし、怪我はしてないな?痛いところあるか?」
「おひざ、いたいぃ‥‥」
「ああ、よし痛いのは俺の手のひらが吸い取ってやるからな?‥‥ほら。もう大丈夫だ」
「ほんと?」
「本当」
そう言うなり、胸元に抱き上げた子どもの膝に手のひらを当てて頬に口付けを落としたりする、涙目の幼子を抱き締めて慈父の笑みを浮かべたりする方では、決してなかったのです。
私は彼の被保護者ではなく、彼もまた私の庇護すべき相手ではない。
‥‥時を経て、恋人という少々面映い立ち位置についた今も、勿論。
まぁそれに、どちらかといえば恋人づきあいする彼は、非常に可愛らしい方ですし。
なので、そんな可愛い恋人が、あのような「親」の顔をするのは、意外といいますか、ええ。
「‥‥そこそこ長い付き合いだとは思っていましたが、意外に知らない側面もあるものなのですねぇ‥‥」
温かな居間で午後のお茶の準備をしつつ、しみじみ言いたくなったりもするわけでして。
「親」の彼、「恋人」の彼。まったく人というものは、いやさ国というものは、意外に解らないものです。多くの顔を持ち合わせ、多くの想いを抱いて過ごしている。私も、彼も。
「けれど、まぁね、」
互いが知らぬ側面を、思わぬ機会で目にしながら、こうして共に過ごしていくのも、また。
3つの湯飲みに鮮やかな緑茶を注ぎ分け、こどもの甘い菓子を用意したところで(今日はプリンです。昨晩カナダさんが寝付いたあとそわそわと私の傍にやってきた恋人をガン無視してネットで調べ上げた究極のレシピのプリンは我ながら最高の出来栄えですね)、窓を開けます。‥‥うう、寒いです寒いです、寒いですったら。
本当、春がくるまで引き篭もっていたいですが、そこはそれ。
「カナダさん、イギリスさん。お茶の支度が整いましたよ。どうぞ中へ」
ぱっと、それはそれは親子らしい良く似た動作で一斉に振り返った二人の、色違いのきらきらした瞳ときたら!
美しくも可愛い恋人、それでいて頼もしい父であり母。そしてその愛情をたっぷりと受け取る子ども。
その二人の目が、あんまりにも同じ、きらきらしたものだから、ええ、なんといいますか、ねぇ?
「きくさん!ねぇ、今日のおやつなぁに?」
「ああ、菊悪ィな、俺も茶菓子を作る手伝いくらいすればよかったんだけど」
「いえそれは結構です。‥‥さ、どうぞ中へ。ああカナダさん、そこに温かい手拭きがありますから、それで手を拭って」
「はぁい」
駆け寄ってくる幼子を抱きとめて、その後ろから優雅に歩いてくる恋人を待って。
そうして迎え入れた温かな室内で、お茶とお菓子を楽しむのも、意外なほどに楽しくも愛しい日々であるのだと。
改めて実感した、いとおしき冬の日でございました。