澄みきった冬の大気を鮮やかに貫いて零れる陽光が硝子越し、飴色の板間と其処に佇む住人達を柔らかに包んでいる。
建物の縁を文字どおりに縁取る廊下より少し広い程度のこの板間は、『縁側』という場所らしい。南に位置する庭に面するように配置されたそこは、床から天井いっぱいまでとどくガラス戸が全面に填められていて、横に長い開閉可能なサンルームといった趣だ。夜や天候の悪い日にはガラスの外側に雨戸という木製の扉を閉める。ついでに言えば、今は全て開放されているが縁側と部屋を繋ぐ場所には障子という紙製の戸がある。
母国にはない不思議な家具に、ここが水に愛された遠い東の果ての国なのだと、イギリスは改めて思う。
そして、その家具に囲まれた生活に慣れてきた自分に多少の面映さと‥‥ごく近い視界内に、可愛い子どもと恋人を映すことのできる、喜びとを。

此方に背を向けて端座するネイビーカラーの和装に包まれた恋人が、向かい合って座る小さな姿に一抱えほどの箱を差し出した。
箱の全面に配された色柄鮮やかな文様は、和紙、というものだろうか。
ミニマムな造形美と過剰なまでの豪奢な装飾が和を乱すことなく並列できるのはどんな魔法なんだと時折思うのだが、今はそれは置いておくとして。

「さ、カナダさん」
「ふわぁ‥‥」

素直な子どもの歓声に、開けた紙蓋を手に支えた恋人がにっこりと笑うのを、イギリスは柔らかな想いを噛み締めながら眺めたものだ。
硝子越しの陽光が、箱に丁寧に収められたものを優しく照らし、煌かす。

「触ってもいいですよ」
「‥‥いいの?」
「ええ、勿論。カナダさんの為にお出ししたのですから。それに、結構丈夫なんで壊れることもありません。‥‥さ、」
「うん!」

愛らしい元気な返事。けれど手つきは普段のおっとりさに多少のおっかなびっくり加減を加えた、ふっくりとした子どもの手が、箱の中から大小も材質も様々な玩具を取り出していく。板間に置かれた小さなガラス片のようなものが、午後の光を弾いて瞬いた。
縁側に居る二人とは少し離れた畳の間で小さな卓で読書をしていたイギリスも、箱の中から次々と出てくる見慣れないものに興味を引かれ、そろりと恋人の背後から近づいてみた。
箱の中身に心を奪われながらも、近づいてくる保護者を見逃すことはないこどもが、青灰色の瞳をふんわりと緩めて名を呼ぶ。

「いぎりすさん、見て、きれいなの」
「ん。」

恋人の肩に手のひらを乗せ、背中を緩く抱くようにして傍らに膝をつく。既に接近には気づいていたのだろう、驚いた風もなく視線だけを流してきたひとに、指先で和装の襟をそっと辿って返礼とした。
それから、呼びかけてきた可愛い子どもに視線を合わせて微笑む。
その小さな指には、1センチ四方の角のない硝子片のようなものが摘ままれていた。

「へぇ‥‥。綺麗だな。何だ?」
「ああ、それはおはじきですねぇ。ガラスですよ。‥‥ああ、ほら、此方に」
「菊、」

しっとりと落ち着いた声と一緒に、細い指先が箱の中からこれまた見事な刺繍が施されている小袋を取り上げて口をあける。シャラシャラと少し硬質な音と共に、カナダの指先につままれているのと似た形状のものが飴色の板間に水滴のように零し落とされた。
転がるほどには球形ではない、少し扁平な硝子の中にはどうやったものか色がつけられた欠片状のものが仕込まれていて、辺りをあたためる陽光に煌いている。

「すごぉい!キラキラしてるの、きれいだよ」

カナダの素直な称賛に、恐れ入りますといつもながらの返事をする日本が、指先で軽くおはじきを弾いた。それは散らばっていた別の欠片に当たって、跳ね返ってまた別の其れを掠めて、床の上を楽しげに滑っていく。
それを見たカナダが、きゃぁ、と可愛い歓声と共に同じように小さな指先で弾いては跳ねるそれらで遊び始めた。日本がゆっくりと頷いているところをみると、そうやってぶつけたり弾いたりして遊ぶものらしい。

「これってルールとかあんのか?」
「そうですねぇ‥‥宮廷での遊びだったころにはいろいろ取り決めもありましたが、小さな子ども達が遊ぶには、それぞれで決まりごとを決めてしまいますからね。陣地取りや、石取りみたいなものでしょうか。狭い場所で遊べますから、どちらかといえば女の子の遊びですね。‥‥イギリスさんのお家にも、似たような遊びはあるのでは?」
「うーん、あるんじゃねぇかな」

イギリスは言葉を返しつつ、遊ぶカナダの邪魔をしない位置に転がったひとつをつまみ上げてしげしげと見遣る。

「綺麗なもんだなぁ」
「ええ。今は遊び道具というよりも純粋に見たり飾ったりして楽しむものとして、蒐集される方も結構いらっしゃるみたいですよ」

その言葉にさもありなん、と頷きながら、イギリスはまだ他にも収められているらしい箱を覗き込んだ。その視線に薄く笑った日本が、また別のものを取り出す。
錦で縫われたお手玉、金糸銀糸で縫い取られた鞠には房がつき、日本の伝統的な文様が透かし込まれた折り紙や、艶やかな立体装飾が施された羽子板まで。
そのどれもが色鮮やかで、子どもには勿体無いほどの繊細なつくりをしていることに、イギリスは驚く。

「‥‥なんか、遊び道具を通り越してないか?」
「ああ、もとになるものはやはり昔の貴族遊びですから‥‥。羽子板は魔除けという側面や女の子の誕生祝などにも含まれますし、鞠などは普段使うものはもう少し跳ねやすい、遊びやすいものですよ。ここにあるのは女の子の遊び道具が主ですし」

言いながら、ひょいひょいと「おてだま」を実演してみせる姿にカナダが歓声を上げる。
それににっこりと笑った日本は、とすとすと己の膝を叩いてこどもを呼んだ。小さな身体は遠慮なく大人の膝に這い上がって座り、にっこりと笑う。

「きくさん」
「さ、カナダさんもチャレンジしましょうか」
「うん!」

カナダの手のひらほどの小袋を投げ上げてはキャッチして遊び始めた二人の姿にイギリスはやんわりと目の縁で笑ってから、ひとり改めて箱に納められていた玩具を眺めた。
美しい装飾のそれらは丁寧に納められてはいたが、実際に使われた痕跡が僅かに窺える。羽子板の一枚落ちたはね、縁の欠けたビー玉。きっと鞠をつけば可愛らしい音がするのだろう、小さな鈴の入った鞠。
小さな女の子の、好きそうな。

「‥‥ああ、そっか」

遊ぶ二人に聴こえない声でイギリスは呟くと、ふと視線を遠くへと‥‥部屋の向こう、奥へと続く開けたままの襖のほうへと、向ける。
縁側に差し込む冬の光が微かに届いて暖められている、そこには。

「‥‥なぁ、菊?」
「はは、カナダさん御上手。次は2個で‥‥え?あ、はい、なんでしょうかイギリスさん」

膝上の小さな姿が小袋を投げ上げては遊ぶのを、優しい笑みで見守っていた日本が、膝上を気にしつつも恋人の呼び声に応える。
自分よりもずっと年を経ているにも関わらず、東洋人特有のどこか幼い眼差しに、視線を戻したイギリスは微笑み返しながら、小さな鞠を手にとった。

「ここに入ってんの、女の子の遊び道具が主だってさっき言ったよな」
「え?ああ、はい、そうですね鞠もおはじきもお手玉も‥‥。ん?あれ、そういえば何ででしょうね」

ふと、本当に今気がついたというのが解る素朴な声で、日本は言葉を繋ぐ。

「女の子の遊び道具で、私の遊び道具というわけでもないですし‥‥。あれ、本当に何でだろう」

最後のほうはごく小さな声出の独白で、軽く首を傾げながら言った日本であったが、膝上で楽しげに遊ぶこどもに直ぐに我に帰って、カナダの遊びをサポートした。
きゃらきゃらと、楽しそうな声が暫くの間辺りを満たす。
日本は遊ぶこどもへと楽しげに手を貸していたが、そこはそれとして恋人との会話も疎かにするつもりはなかったらしい。カナダがぎこちないながらも一人でお手玉遊びが出来るようになったところを見計らい、ふわふわとしたシュガーカラーの頭をなでて膝から下ろすと、恋人のほうへと膝先を向けて座りなおし、しっとりと落ち着いた声で話したものだ。

「そういえば、このお道具があるのは覚えておりましたが、どうして手元にあるのかは思い出せませんねぇ」
「‥‥そうか」
「ああ、でも」

落ち着いた、長の年月をこの地で、この家で経てきた者らしい柔らかな声で、言葉を継ぐ。

「‥‥でも、そうですね。大切な品だというのは、覚えております。私のものではありませんが‥‥この家に置いて、大切にしなければならないものだ、と」









お茶を入れてきますね、と席を立った恋人の背を見送り、イギリスはふっとひとつ息をついた。
縁側には、再びおはじきに興味を戻して遊ぶカナダの姿がある。
カナダは女の子ではないが、まぁ大概おっとりした性格なので自分のペースで出来るこの遊びが気に入ったのだろう。既に自分ルールでも作ったのか、見ているイギリスにはよく分からない動きでおはじきを弾いたり、自分の座る位置を移動したりしていた。すっかりと夢中らしい。
なんとも平和な姿にイギリスは暫し目を細めて見入った後、手の中の小さな鞠はそのまま、ささやかな声で先ほど視線を投げていた、開け放した襖へと声をかけた。

「‥‥ああ。久しぶりだな、会うの」

元気だったか?と続けた言葉に、襖の陰に隠れきれていない可愛らしい着物の裾がそよそよとそよがされたように揺れる。入り込んだ冬の陽光を弾いて瞬いているように見えるのは、絹糸のような漆黒を飾る髪飾りだろうか。
イギリスは暫し其方をじっと見遣った後、手にしたままだった美しい鞠に視線を落とす。
子どもの、女の子の手にちょうどいい大きさの、手鞠。
端につけられた房を巻き込まないよう注意しながら、イギリスはそっと襖のほうへと其れを転がした。
シャラシャラと、中に入った鈴が清らかな音を立てて、‥‥やがてふっくらとした子どもの腕に拾い上げられて、止まる。
襖の陰に隠れて、姿は見えない。縁側に居るカナダに遠慮しているのか或いは、今はもう姿を認識出来なくなった家主を思っての、ことか。純粋に、イギリスに姿を見せるのを恥らっているだけかもしれない。
何にせよ、可愛いものだとイギリスは思う。
小さな女の子らしい、恥じらいだ。

「『大切にしなければならないもの』、か。確かにな」

なんてったって、持ち主はちゃんと一緒に住んでるんだからな、と。
自分で言いつつ頷けば、やはりひらひらと着物の裾が振られる。

「ごめんな。暫くカナダにも、お前の遊び道具、貸してやってくれよ?」

密やかな声、家主の恋人からのお願いに返されたのは、軽やかで愛らしい、少女の笑い声だった。




一頻り遊んで道具を仕舞う際、手鞠がないことを日本は一切気にした様子もなく、きちんと鞠のスペースを空けて、丁寧に箱を閉じた。
後日、イギリスがそっと開けてみた箱の中にはきちんと鞠が納まっていて、イギリスはなんとなく可笑しくなって笑ったものだ。

「‥‥イギリスさん?どうかしましたか」
「ああ、いやなんでもない。‥‥カナダ、外に遊びに行くか?」
「行くぅ!」




軽やかだがおっとりとした子どもの声に、どこからか少女の笑い声が唱和した。