青の瞳は純粋で透明で、残酷だ。

「俺は、好きな人としかしたくない」

僕の兄弟ときたらとても純粋で可愛くて、まぁ大概はた迷惑な性格をしていることは経験知として存分に知らされているはずなのに、どうしても嫌いになりきれないっていう、ある意味やっかいな存在だ。

「そうかい」

だから今日も僕は彼の言葉に対してちゃんと‥‥まぁ相づちではあったけれど、言葉を返したし、真っ直ぐに見つめてくる、昔は『どうして僕はアルみたいな瞳の色をしていないの』なんて言って兄であった人を苦笑させた、その深い深い青に、真っ直ぐに視線を返した。
深い、深い青。僕の少しくすんだような水色とは全然違う、素直で透明で純粋で、そして、残酷な色。
ほら、今だって僕の相づちが気に入らなかったのか、瞳の青を濃くしてからきゅっと、ほんのちょっとだけ眇めて僕を見る。逆光だから僅かな色味の変化なんて判りそうもないのに、けれどそこは、ずっと一緒に居た兄弟だから。判ってしまうことなんだ。

兄弟の向こうに見える天井の見慣れたペンダントライト、背中と後頭部に感覚する自分と似てるけれど自分の匂いじゃないベッドリネン。
僕の手首を掴み圧し掛かるように押さえつけてくる手のひらの震えに。
密やかで狂おしい、情熱と絶望を孕んだ、声に。
判ってしまうことが、確かに、あるんだ。

「‥‥なぁ、マシュー。セックスっていうのは、好きな人と、好きあう人としか、したら駄目なんだぞ」

鼻先が触れ合う、ほんの数センチ。それだけのアクションでくちづけさえ出来てしまう距離の声は甘い囁き声にも似た密やかさで、けれど聞かないでいる、という選択肢だけは絶対に選べない音をしている。
吐息が唇に当たって生ぬるい。
自分とよく似た造作の顔からひたりと此方へ落とされる視線は、強引に組み敷かれる寸前に眼鏡を取り上げられたせいで剥き出しの、深い深い青。
だから僕も、ひたりとその瞳を見つめたまま、囁くように返す。

「そうだね。一般的な倫理から言えば、君の言葉は正論だよ」
「好きなひとと、好きだからこそ。愛し愛されて、成される行為だ」
「うん。それはとても理想的で、好ましい在り方だと僕も思う」
「ッ、なら、どうして!!」

深い、深い青。
僕のくすんだ水色とは違う、‥‥『兄』の、きらめく翠緑とは違う。
強い意志を持つが故の透明さ、愛されて育ったからこその純粋さ。
罅割れた声に似合いなのか否か、解らないけれど。




「どうしてっ、どうしてアーサーに、抱かれてるんだい‥‥ッ!?」




‥‥‥深く、深く。僕を愛してくれるからこその、哀しい残酷さ。




僕の兄弟ときたら酷く純粋で、愛されることに疑いを持たないひとだった。
愛を美しいものとして美しいままに知っているからこそ、幼い時分に深く深く愛されて、ひたひたに甘く優しい想いに満たされて育ったからこその。それは完璧な、完成された純粋さ。
ああ、とても美しいんだ。どれだけマイペースで強引で良かれと思ってしてくれることが全部裏目に出ちゃうようなちょっと空回り気味の存在でも、だからこそ可愛いしどれだけはた迷惑でも仕方がないなって笑えるし、美しい彼を兄弟として胸を張りたくなるくらい、誇らしく思う。

同時に、気が狂いそうに憎くも、思う。

僕には与えられなかった完全な愛情。いつだって僕の前に居て、僕が欲しくて欲しくて欲しくて堪らなかった『兄』の深い愛をまるで当然に享受して、満たされて、笑って。
美しい深い青の瞳をいつも誉められていたね?けれどあのひとは、僕の瞳が青いことすら知らなかった。違うか、青いのは知ってたかな、けれど君とは違う色だって、何の疑いもなく、考えていただろう。

『アーサーさん。どうして僕はアルみたいな瞳の色をしていないの』

深い、深い青。『兄』がいつだって誉めていた美しい色。
あんな色の瞳だったら、僕ももっと、もう少しくらいは愛してもらえるかな?愛してくれるかな?
必死に、欲しくて欲しくてたまらなかった愛情のために必死に言った僕に、あのひとは苦笑して言ったさ。





『それは、お前がアルフレッドじゃないからだ』




「アルフレッド」と、それ以外。なんて明快で純粋で、残酷な区別。
そうやって愛し尽くした「アルフレッド」の深い深い青を失った兄が、求めたことは。
‥‥ひとりぼっちになった彼に、僕が。望んだ、ことは。




「‥‥どうしてもなにも、僕がアーサーさんのことを好きだからだよ、アル。君も言ったじゃないか、『好きなひととすることだ』って。僕はアーサーさんが好きだ、だから抱かれてる」
「でもアーサーは君のことが好きじゃない!!」

兄弟の声は叫び声に近く、悲痛で、まるで言葉が泣いているようだ。
いや、実際にアルがボロボロと涙を零しているんだから、ようだ、なんて表現はいらないかな。
言葉が、泣いてる。裏表のないアルの言葉が、アルのままに。
彼の言葉が、純粋なものに満ち満ちた言葉が、涙になって僕に降ってくる。

「アーサーはッ、‥‥アーサーは、酷い、君のことを好きじゃない‥‥っ!だって、か、彼が、あのひとが好きなのはッ、」
「そうだね、あの人が好きなのは、君だけだね?」
「‥‥ッ、ぁ」

深い深い青からはとめどなく零される雫は、とても綺麗だ。
とても優しく透明で、彼をかたち作る美しい愛に満たされた、純粋で残酷な、涙だ。




兄に愛され尽くしたアルは、あっけなくその手を振り払った。
呆気なく、なんて言うべきじゃないかな。だってアルにもきっと深い葛藤があったのだろうから。けれどそれは僕が「アルフレッド」じゃない以上解らないし、兄にはもっと解らなかったことだろう。だって、あんなに愛してた。愛していた。

かつて「アルフレッドじゃないから」と言った、僕の姿に、水色の瞳に。「アルフレッド」を、見るほどに。

まぁ、兄弟だからね。そりゃあ、似てるさ、世界で一番。いくらあのひとが「アルフレッド」とそれ以外に世界を区別していようと、僕が兄弟に、アルに似てるのは客観的に見て事実だ。
そうして彼は、愛したたったひとりに良く似た僕に、手を伸ばした。
そうして、僕は。焦がれて止まなかったその手に、抱かれた。

愛していたからだ。純粋で残酷な兄を。
愛されたかったからだ。誇らしく厭わしい兄弟の、身代わりとしてでも。

ベッドに僕を組み敷き、縋りついて泣きじゃくる兄弟の身体は温かい。
深い深い青の瞳が羨ましくって、彼の瞳が見たくて傍に寄ったら、いつだって晴れやかに笑ってぎゅっと抱き締めてくれていた、懐かしく誇らしく、慕わしくて厭わしい、誰よりも近い温度。

「お、俺は、俺が好きなのは!好きなのはマシュー、君だよ、ずっと君だけが好きなんだ、君の事を、昔から、ずっとずっと愛してるんだ、」
「ありがとう、兄弟。けれど、僕はアーサーさんを愛してるんだ。ねぇ、ほら、好きな人に僕は、抱かれてるんだよ?」
「違う、そんなの間違ってる、間違ってるよ‥‥!」
「間違ってても、いいんだよ」
「‥‥駄目だよ良くない、止めなよ、止めてくれよぉ‥‥!こんな、こんなに俺は君が好きなのにっ、ねぇ、駄目なのかい?だって、あ、アーサーは君を愛してくれない、ぁ、あのひとは、っ、あのひとはぁ‥‥ッ!」
「うん、」

好きな人としかしたくない。
そんな綺麗な理想を堂々と言える、純粋で透明ではた迷惑なのにやっぱり憎みきれない、‥‥今も昔も僕が愛してるあのひとが、愛している、アルフレッド。

「‥‥ねぇ、兄弟?アルフレッド。君の言うとおりだ」
「‥‥‥‥マシュー?」

てらいもなく泣き続ける、僕のことを愛してくれている兄弟。
ボロボロと綺麗な雫を零し続ける深い、深い青は綺麗で、残酷だ。

「セックスはね、好きな人とすることだよ。‥‥君のことを、愛してくれているひとと、する行為だ」
「‥‥マ、」









「だから、僕は君とは絶対に、できない」









青い青い瞳から零される透明な涙。抱き締めてくる体温。
これは僕の愛している人が欲しがっているもの。
僕の欲しいものじゃ、ない。









君は残酷だ、と。

泣きながら僕を抱き締め、呟き落とされた言葉と、眼差し。
深い深い兄弟の青とはちっとも似ていない僕のくすんだ青い瞳は、きっと純粋で透明で。

とてもよく似た、残酷な青を、していただろう。









title/『blue and blue』

「一番に愛された」アルフレッドには、「一番ではない」扱いをされたマシューを生涯理解できない。
取りこぼしてしまった欠片は、二度と埋まることが無い。生涯、二度と。