イチゴのショートケーキ、美味しいですよね。
最近の日本は植物の栽培が好みであるらしい。
ボンサイ、と言ったか。鉢に植えた植物を、ミニマムに形を整えていく。
中には一つの植物のみではなく根元に苔類や他の植物も組み合わせ、石なども配して一つの庭を造ることもあるとか。西洋とは少し違った方向の楽しみ方だと思う。そういえば西の隣国であり日本の文化にも精通したフランスでは、ボンサイ趣味が密かに人気だと兄さんに聞いた覚えがあるな。

「それもその、ボンサイ趣味なのか?」
「いえ、これは少し違うと思いますが‥‥」
「む、」

苦笑する日本の前には、しかし鉢植えが並んでいる。
まぁ、確かにこれを「ボンサイ」というには苦しいとは、思うのだが。
なにせそこにあるのは自分にも見慣れた植物で、青々とした葉の隙間からは鮮やかな赤い実が垣間見えているのだ。

「イチゴか」
「はい」

鉢植えの、イチゴ。
最初から実を収穫するために育てていたのだろう、ランナーはなくややコンパクトな(このあたりに日本らしさのようなものが伺える)親株に、小ぶりながらも瑞々しい果実がいくつか頭を垂れるように実っていた。なかなかに美味そうだ。

「食べられるのか?」
「ええ、これは食用の品種ですから」

近年の若い女性の皆さんには、観賞用のイチゴも人気のようですが。可愛いですからね、苺。そんないつもながらに抑揚のない声へ、ぼんやりと相づちを打つ。
食用、ということは、これを日本は食べるのだろうか。いや、食用と言っているのだから、食べるのだろうもなにもないな。
けれど、なんとなく不思議な感じがしたのも確かだ。
どうも日本と、フルーツ、という組み合わせが、不可思議というか。
日本でフルーツ、というと柑橘類か、あるいは白桃のような水果の印象があるからだろうか。‥‥そう、大抵食事や間食に出してくれるものも、この類だった記憶がある。

けれど目の前にあるのはツヤツヤと愛らしい赤い果実、それも自家栽培。
不思議な光景だ。彼はそんなにイチゴが気に入ったのだろうか。

繁々と鉢植えを見ている俺の横、日本が相変わらずのとらえどころのない笑みを浮かべながら、慎重な動作で葉を掻き分け、バター色の指先が真っ赤な愛らしい実をもいでいく。
おっとりと丁寧な動きをする、指先は細い。自分に較べると遥かに年長であるはずなのに、まるで時間を止めてしまったかのように、細やかで滑らかな指先だ。人種が違う、という点を差し引いても、どう表現すればよいのか解らないが、‥‥典雅で、優美な指先だ。

勿論、典雅で優美なのは、指先のみならず。

ぷちりぷちりと、白い指先が赤い実をもいでいく。
赤に映える白。たわわに実った甘い果実を、たおやかな指先が摘み取っていく。‥‥ああ、それはなんと優美で、典雅で、

(なんと、蠱惑的。)

「ドイツさん?」

呼びかけに、薄く解けていた思考が一瞬で収束する。
ひとつ息を呑んで立ち返った視界には赤い果実を摘まむ、たおやかな友人であり、片恋の想い人。

「どうかなさいましたか」

問う声さえも甘く聞こえてしまう仕方の無さに、二度三度と瞬きをして気を取り直す。いけない。あまりに不審な態度に友人としての己までも見限られてしまうのは、辛すぎる。
なので、気を取り直し、良き友人に相応しい受け答えをする。

「なんでもない。君には少し珍しい選択だと思っただけだ」
「ああ‥‥そうですね、これまでに苺は、そういえばお出ししたことがなかったでしょうか」
「普段から食べないのか?」
「そうですねぇ‥‥どちらかといえば柿や無花果の様な樹果か、桃などのほうが多いような。昔から馴染みもありますし」

やんわりとした声での回答に、首を傾げてしまった。

「なのに、イチゴなのか?」
「ああ‥‥」

カチリと、目が合う。‥‥黒瞳。吸い込まれそうな色だ。
黒髪、白い手元、指先の赤。言葉を紡ぐ唇は、淡い、甘そうな薄桃色。
ああ、鮮やかな色彩に、幻惑される。

「我が国では、苺の旬は3月から5月頃なのですが」
「あ?あ、ああ、そうか」
「しかし最も需要が高いのは、12月なのです」
「‥‥?そうか」
「クリスマスのケーキに使うので」

‥‥はて。日本は時折脈絡のない話の接ぎ方をするのだが、今回もやはり脈絡があるのかないのかわからない。イチゴの旬の時期、クリスマス。と、

「‥‥ケーキ。クーヘンか」
「ですね」
「ふむ、うちのクーヘンとは少し違うようだな」
「ああ、そうですねドイツさんの御宅だと我が国のドライフルーツ入りのケーキのようなものでしたっけ」
「そうだな、そんな感じだろう」
「しかし、我が国ではケーキといえばクリスマスに限らず、苺のデコレーションなのです、苺と、生クリーム」
「そうか」
「なので、苺を作ってみようかなと」
「‥‥そうか」

‥‥‥‥はて。つまるところこれは、日本がケーキ、それもイチゴ入りのクーヘンを食べたくなった、ということだろうか。
む、クーヘン作りならば俺の得意分野だ。秘密だが。‥‥ああ、秘密というのは、アレだ。ムキムキの俺の趣味が菓子作りというのは、イタリアなどから「ムキムキにクーヘン作りっていうのもミスマッチ過ぎていいよね!うん!」と誉められているのか貶されているのか解らない感想を常日頃からいただいているせいだ。‥‥まぁ、確かにな‥‥。ムキムキとお菓子作り‥‥我ながら‥‥。

いやいや、気を取り直せ。
これは、いい口実なのではないだろうか。そうだ、クーヘンに添えるイチゴを分けてくれないか、だとかなんとか。
会話から察するに、ようするにイチゴを乗せたクーヘンが好きなのだろうか。だろうな。ケーキ、と限定してイチゴの話をするくらいだし。
日本は、イチゴを乗せたクーヘンが食べたい、ということか。
‥‥そして幸い俺には、それを巧く作る技術がある!
考えれば考えるほどいい口実なのではないだろうか。

「ドイツさん?」

蠱惑的な、日本の声。白い指先には赤い果実。‥‥ああ、その果実ごと食べてしまえれば。
甘くふんわりとしたクーヘンに赤い果実をのせて、それを嬉しそうに食べるその彼ごと、いっそ。

「日本。なんならその、俺がクーヘンを焼いて、」




それから暫くの間、俺は足繁く日本へと通いつめることとなる。
そうしてイチゴを摘み取る指先を捉え、イチゴを食む唇を味わうことが出来たのは、イタリア曰くの俺のムキムキが甘い砂糖とバターと小麦粉と、そしてイチゴの匂いに染まる頃の、ことだった。




「‥‥なんてこともありましたねぇ」
「あったな」
「作戦勝ちですね」
「ああ、あれは我ながらいい口実だと」
「いえ、私の。」
「え?」










title/『ストロベリープロジェクト』

可愛いひとよ、苺に誘われおいでなさい。
おじいちゃん、可愛い若者を篭絡するために苺作りを開始するの巻