若い頃、ちびっこいのを膝に乗せていた記憶がある。

若い頃っつっても、ああ、どれくらいかなぁ、3、400年前。
人間で言えば、17、8?それくらいだな。それくらいの、身体だった。
もっと自分がガキの頃も、やっぱりチビどもを膝に抱えていた気がするんだけれど、実を言うともう昔過ぎて忘れてしまっていたりする。長く生きているといろいろあるものだから。‥‥忘れっぽいとかじゃないぞ、ないからね。
で、だ。ちっちゃい、ふわっふわなチビを、膝に乗せていた、そんな記憶が、ふわふわと今の自分の身体の中を漂ってる。
うん‥‥こう、ふわふわだった。なんでか甘い匂いがして、もう同じ人間(ではないのだけれどね)とは思えないくらいにクタクタで、柔らかいお人形さんみたいで。温かかったね。そして、ときおりふにふに動くんだ。
動くと言っても小さいもんだから、俺の膝からは自分では降りられない。
あぐらをかいた膝の上、ちびっこい身体がぽすりと収まって、じたじた、小さな小さな指や、脚が、時々ふにふにと動いて。温かい、可愛い、笑い声で。
ふらんす、さん。ふらんすさん。だいすき。
可愛い、甘い、温かい、可愛い、俺の。

「‥‥カナダー‥‥ぁ」
「はい?」

寝ぼけた声に返ってきた、甘い、温かい、可愛い、そしてクリアな声に、思わず全身をビクッと震わせて覚醒する。‥‥そう、覚醒、寝てた。
ぽふり、なんてちょっと間の抜けた音がして、のろのろと視線を巡らせれば、ぎゅうぎゅうと抱いていたせいか随分と形が変わってしまった、クッション。
ブラウンの混ざった赤、メイプルリーフの色が綺麗で、つい買ってしまったそれはふわふわと気持ちがよいもので、良い買い物をしたと思ったものだけれど。うん、まさかのまさかで、メイプルカラーのクッションを抱えて、甘いメイプルの匂いがする可愛いちびっこを抱き締めていたころの夢を見るとは、思わなかった。
あのこの方がずっとずっと、柔らかくて温かかったのに。
ああ、でもいい夢をみた。ふあふあのふにふに、可愛い可愛い、俺のあの子。

‥‥あれ、あの子?

「‥‥カナダ?」
「ですから、なんですかってば。」

なんですか、って。え、それはお前が言う台詞なの?
お兄さんが言う台詞じゃないの?
え、だって。

「えっと、なんでお兄さんのお家にお前がいるの?」




‥‥忙しい、忙しすぎる仕事はちっとも美しくも芸術的でもなくってやる気なんてこれっぽっちも起きなくてストライキ起こしたいくらいだったけれど上司がジリジリジリジリ後ろから睨みつけてくるから、なに、もう後頭部の髪が抜け落ちちゃいそう、あんまり俺睨むとメドックが温暖通り越してブドウの品種変えないといけなくなりますよっていったらとりあえず今年のボルドー産は確保したから来年干上がるも干上がらないもお前次第だ、だって。ちょっとワイン分けてくださいよ。仕事したら、って言われたからちょっと頑張ってそうしたら普段は典型的フランス人らしいケチさを発揮する上司が実に珍しく、本当に解禁前のヌーヴォくれたからウチに帰ってこっそり飲んでみたりして、まぁ若いのは若いのでいいけどやっぱりもう少し色気のあるほうが、うん、もうちょっと育ったくらいが?‥‥ああそうだいいワインがあったんだあれ開けよう、明日も仕事だしちょっとだけ、いやもう一杯、もうちょっとくらい、ああ此処に誰か一緒に飲む相手がいたらなあ、誰か、ていうか可愛い可愛いあの子がいたらなぁ。ごはんつくって、ワイン飲ませてあげたいなぁ俺の血だもんね、可愛かった、小さな小さなあの子は大きくなっても可愛くて、お膝じゃないところにも乗ってくれるけどゲフゲフ、いや、お膝に乗ってくれてた小さい頃もとても可愛かったなぁ、そうそうちょうどこのクッションくらい、ああ色が、色がメイプルカラーだよ、ああもう‥‥会いたいなぁ、会いにきてくれないかなぁ、あって、美味しいワインを一緒に飲んで、美味しいごはん食べて、お膝の上とかそれ以外とかに乗ってくれる、甘い、温かい、可愛いあの子に、会いたいなぁ、‥‥




「‥‥ていうお電話をくれたわけですけど、その調子じゃ本気で覚えてないんですね」
「‥‥‥‥‥‥覚えてません。」

そうでしょうね、今も貴方、半分寝てるみたいだし。
おっとり甘い声でクールに言う、俺のあの子は俺の寝室のクロゼットにあるパジャマ姿で、でも何故か片手にメイプルシロップの匂いのするパンケーキとメイプルシロップを持っていて、あと、なんか、あの、ちょっと近い。いや、かなり近い。ぽたりと足元に落ちた、クッションより、近い位置に。

「‥‥ええと、カナ?」
「‥‥‥‥一緒に飲みたいとか、ごはんとか、抱き締めたいとか、言うわりに来てみたら一人で全部ワインは開けて、ご飯も食べずに、しかもクッション抱きかかえて寝てるし。結局やりたいことの殆どセルフでしてるじゃないですか」
「え、あう、うん、ごめんね、ごめんねカナも忙しいのに、お兄さんが悪かったです、から、そ‥‥ふがッ」

パンケーキ。甘い甘い、この子の大好きなそれは甘くって温かく、ああ、作りたて、と眠気と酒精にぼやけきった頭で考えてた、ら。

「‥‥‥‥‥‥‥‥カナダさん?」
「黙って、」

ちゅ、ちゅってなんかもう気恥ずかしくなる音を立てるキス、膝の上に乗り上げてくる身体からは甘い甘い匂い、昔から変わらないけど、膝に抱けるサイズではもうなくなってる。
なくなってるから、乗せるんじゃなくて、乗り上げてくる可愛い子の腰を抱いて、撫でてみた。ふるん、と震える身体。‥‥温かい、甘い、可愛い。

一頻りのキスを貰って、伏せられてた甘い淡い色の瞳が、微かに笑う。
可愛い、温かい、甘い、もう小さくはない恋人、は。

「とりあえず、セルフじゃできない場所に乗ってあげるんで、機嫌直して明日も頑張って?」

そしてちょっと淫ら。いや、結構淫ら?

ああ、でも温かくて甘くって、そして可愛いのは変わらないなぁ。
うん、お兄さん明日もお仕事頑張るね、芸術的でも美しくもないお仕事だろうけれど頑張って、またあのケチな上司がびっくりしてワインをプレゼントしてくれるくらいに頑張って、そしたらワインをあけて、ご飯を作って、一緒に飲んで、食べよう。うん、お兄さんそうしたかったんだよ。寂しくって、お電話しちゃったんだ。膝が寒いのが、寂しかったんだ。

とりあえず今日は、なんでかやる気でお膝じゃない場所に乗ってきてくれた恋人に感謝しつつ、もう小さくはないけれどやっぱり温かい、甘い、可愛い彼を、抱き締めることにする。




(ああ、やっぱりクッションより何倍もいい!)









title/『最上級クッション』

よっぱらーな恋人に仕方がないなって付き合うカナダさん。