To the lover's fond eye a pockmark will appear to be adimple.




ケトル、というものがある。
英語で書くと「a kettle」。訳をつけるとするならば「薬缶」だ。
ケトルとかくといかにもおしゃれアイテムだが、ヤカンと書くと途端に生活じみてくるのは、英語に対する己の最早無意識下の憧れなのだろう。英国は未だ我が国および己の憧れなのだツンデレ最高。‥‥いやいや、いや。
ともかく、ケトルである。
つまりは薬缶だ、というのは上記のとおりだが、けれどケトルはケトル、な気がするのだ。薬缶ではなく。
というのもなんとなく理由がある。あれだ。ホイッスルケトル、だ。
お湯が沸くとピィッと鳴いてお湯が沸いたことを激しく主張してくるという、彼ら。昔は外国映画などで見るたびなんというお洒落アイテム!と感動すらしたものだが。

しかし、自分はケトルが苦手。

何故といって自己主張が激しすぎる!
なるほど、彼らはケトルだ。薬缶だ。つまるところ、お湯を沸かすことが存在意義である。そしてお湯を沸かすという行為自体は火‥‥というかコンロさえあれば用意に達成できることではあるが、そこには火を用いる以上、ある種の危険がともなっていることは否めない。それは空焚き。空焚きは危険だ。まぁ火にかけたまま目を離すだとかぼんやりしすぎな持ち主が悪いと言えなくもない。お湯が沸いたことを主張しさっさと火から下ろせと主張してくるのは、親切、というか行き届いた設計、といえるのだろうが。

ビクッとするんですよね‥‥。

ホイッスルケトル。ああホイッスルケトル、そんなに甲高く呼ばなくても爺にもきちんと聞こえております。そんな独り言を呟きたくなる。いや、己の台所では使ってないのだが。我が家のコンロの主役は昔懐かしアルミの薬缶だ。ケトルなどというお洒落アイテムは素敵なツンデレ紳士ゲフンゲフン、我が美しき友人の英国であるとか、美の国フランスであるとか、北欧の(顔は怖いけれど)素敵家具大国スウェーデンあたりにあってしかるべきであって、我が家において様になるアイテムではないのだ、断じて!

薬缶はやはり、コトコトカタカタ少し蓋を揺するくらいが良い。
あるいは隣りに丸まって過ごすぽちくんが袖を引いて知らせてくれるくらいが良い。
うるさい呼び声も、けたたましい自己主張も、おせっかいなほどの親切も。己には不要なのだ。

‥‥なのだと、思っていたの、だが。




乱打される玄関の音。壊れるのではと危惧したくなる呼び鈴の連打。
うっそりと腰を上げれば、手元に丸まったぽちくんが鳴くでもなく、おっとりと見上げてくる。‥‥ああ、これくらいの静かな応対が、己にはお似合いだと、思っていたのに。

「日本!にほんにほんにほんにほーん!」

快活すぎて眩暈を起こしそうな、澄んだ呼び声。

「‥‥‥‥‥‥はいはい、なんですか」
「遊びに来たんだぞ!」

真っ青な空の夏の日差しのような、ホイッスルケトルなんて足元にも及ばない自己主張で全身をきらめかせた、大柄な姿。
‥‥ああ、自分はケトルが、うるさい呼び声が自己主張が、苦手なのだけれども。




「‥‥あばたもえくぼ、とはよくもいったものですね」




なんの話しだい?なんて。
きょとんとしている恋人を手招き、とりあえずそのケトルよりは耳に心地良い音声の唇を啄ばんで、黙らせることにした。









title/『或いは恋は盲目と』

Lovers are fools.‥‥恋は思案の外。