『初恋の相手は?』

これは、実に困る質問だと思う。
きっとそれは、隣りで俺と揃って首を傾げてる兄弟だって同じこと。仕草だけなら困っているみたいにみえるだろうな、いや、寄せた眉毛とか、ちょっと考えるようにして瞬きする目とか、まるっきり困ってる仕草だ。

でも、そうじゃない。そうじゃないのは、お互い判ってる。

「困る‥‥?えっと、なんていえばいいんだい?」
「そうだね、困るっていうより、うん‥‥」

そこで言葉を切り、ことん、と妙に可愛らしく小首を傾げてほにゃっと笑う兄弟に、俺も思わず首を傾げてみせたものさ。だって、俺達は今同じことを考えているからね。
同じ事。同じ、‥‥困るとも違う、なんともいえない微妙な気分に駆られるこの質問を、どうしてくれようかと。

『初恋の相手は?』

兄弟の肩越しにはスイッチの入った年代物のブラウン管テレビ。ときおり音が聴こえるけれど、小さな画面の中で陽気に笑うアクターが何を言っているのかはまるで聴こえない。何故ならそれ以外の場所から聞こえる音だの衝撃だのが、やかましすぎるからだ。
俺は隣りに居るマシューに聴こえる音量で、少し肩を寄せて話したものさ。ことん、と俺よりも少し淡い金髪の頭が肩に預けられたので、それに擦り寄るように頬を寄せる。

「困る‥‥ことはないか。相手は判ってるし隠すほどのことでもないし。こどもっていうより殆ど赤ん坊の頃の記憶だしさ」
「だよね。ていうか当時の僕たちには選択肢がなかったじゃないか」
「キミ、わりと辛辣だなぁ‥‥。彼は普段から『お兄さんがカナに出会ったのは運命だからね!』ってくらいは言ってるんじゃないかい?」
「あはは、その声真似よく似てるよ。あれ?なんだいアルってば、じゃあキミはアーサーさんのこと、ちゃんと最初から恋愛的に好きだったとでも言うのかい?」
「ええええ?れーんーあーいー??」
「実に嫌そうな声ありがとう兄弟」
「いやだって目の前でいきなりべしょべしょ泣かれちゃほっておけないじゃないか。愛だの恋だの以前だよそんなの」
「だよね。僕なんて丘転げ落ちてるところ拾い上げられてそのままフランシスさんちに持って帰られちゃったし」
「うん、きっぱり誘拐だねそれは。賠償請求をしたらどうだい?いい弁護士を紹介しようか」
「わぁ、なにを要求しようかなぁワインはうちにもあるからプジョーの株とかどうだろう」
「具体的だね兄弟」

ほにゃほにゃ笑いながらバーボンをストレートであおる兄弟に、俺はトニックウォーターにつっこまれたストローを振りながら、兄弟の頭上を高速で通過しかけた瓶を片手で無造作に捕まえた。パシン、捕まえた手のひらは結構痛い。まぁ、これだけ中身がたっぷり入ったうえであの速度。いくらヒーローの俺だって、痛いものは痛いんだぞ。

「あ、こら駄目だよアルは飲んだら。19歳」
「‥‥キミだって同い年だろう。その手元のショットグラスの琥珀、アメリカンコーヒーだとでも言うのかい?」
「だってうちだと19歳でも合法だもの」

こういうときばかり妙に大人びて笑うマシューは、キャップをあけて傾けようとしていた俺の手から取り上げたブランデーを、勝手知ったる恋人の家とばかり、棚へ手を伸ばして取った新しい先すぼまりのグラスに注いでいる。俺はひとつ舌打ちをして、ストローを投げ捨てるとトールグラスからトニックウォーターを飲んだ。
床に転がったストローなんて、普段ならば礼儀に煩い俺の恋人が即座にぎゃあぎゃあ言ってきそうなことなのに。

「まあ別の意味でぎゃあぎゃあ言ってるけど。いややってるけど」
「はは、二人とも元気だよねぇ大人なのに」

やっぱりほにゃほにゃと可愛く笑う兄弟は、あ、このコニャック美味しいなぁあの人が秘蔵だってこの前飲ませてくれなかったやつだ、とかなんとか言いながらグラスを傾けて味わっていた。実に、優雅な姿にみえる。
視線の先の、フルボッコにされてる恋人なんてまるで見えてないみたいに。

「‥‥あ、いい音がしたねぇ。歯が折れてないといいんだけど」
「大丈夫だろ、彼はそういう力加減だけは抜群に巧いんだぞ」
「まぁフランシスさんも殴られ慣れてるから平気か。うん、翌朝にはもう顔の形が戻ってるとか、どういう形状記憶合金って感じだよね」
「‥‥ああ、あのアーサーの高笑いがでたらそろそろ終わりだと思うんだけど」
「そうだね」

そう言い合う俺達兄弟の目の前、フランシスの家の居間は嵐が通り過ぎたかのような惨状だ。
もっとも家主自ら参戦した闘いなんだから、それは俺達兄弟のせいじゃない。俺たちは行儀よく‥‥そうとも、昔むかしに優しく美しく偉大だった兄で初恋のひとたちに躾けられたときのとおり!行儀よく、アルコールだのトニックウォーターだのを楽しみ、くだらない理由で散々に暴れる大人たちを眺めていただけだ。

「だっから言ってんだろーがよ!!あの天使達の愛は俺のものだっつの!!‥‥ああもう、マジ可愛かったよなぁあの頃のアイツらさぁ‥‥『いぎりちゅー』『いぎりすさん』って舌とか回ってないし脚もちっせぇのにてちてち走ってきてさぁ‥‥。何度『大好きー』って言われたことか!はははははアイツらの初恋ゲットー!!!」
「ああああああああお兄さん負けないよ?!てかマシュー拾ったの俺!攫って持って帰ったの俺ですから!マシューの初恋は俺だろ!!だいたいフレッドだってお前があんまりべしょべしょ泣くから仕方なく俺の素晴らしい食事を振ってお前ンとこ行ったんじゃねーか!!あの天使最初に俺んとこにこようとしてたよ?!泣き落としとかありえねぇだろ!!おかげでマティはあんなに可愛い可愛い味覚になったのにアルフィと来たらあああああいまからでも遅くない、遅くないよお兄さんの素敵なお食事と愛で味覚改造とか遅くないよ!!」

いや遅いとおもうぞ。なんてこと、俺は呟かない。
やっぱり誘拐だったんだ。なんてこと、兄弟も呟かない。
ただゆるい目で、駄目な大人達を眺めるだけで。
駄目な大人な恋人達を、眺めるだけで。

『初恋の相手は?』

「‥‥初恋の、相手ねぇ‥‥」

心底嫌そうに呟けば、ほにゃりと笑った兄弟と目が合う。
そもそも初恋の相手って、‥‥相手って?

「‥‥そもそもどっちなのか俺は自分でもわかんないんだぞ」
「うーん、僕はフランシスさんな気がするけど、やっぱり僕のところでもほろほろ泣いてたアーサーさん、可愛かったしなぁ」
「フランス料理、あれ本当おいしかったんだよな。アーサーの居ない間に結構食べさせてもらってたし」
「アーサーさんも時々来ては紅茶飲ませてくれたり薔薇のブーケやポプリやレースのハンカチくれたりしたよ」
「‥‥‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥‥。」

当時の彼らは、強かった。美しかった。優しく、いい匂いがして、抱き上げてくれる腕は温かく、強く。
そうして甘く優しい声で、言うのだ。

『愛してるよ、可愛い天使たち。俺のところにおいで』

「だぁからアイツらの初恋は俺だって!絶対!結局二人とも俺のものになったじゃねぇか!」
「いいやお兄さんだね!!俺の美貌と料理に惹かれないはずない!!」

グダグダに酔っ払ったあげく昔話を始めた大人たちは、現在の恋人達をまるっと無視して過去の天使たちの取り合いときた。
コトン、とグラスを置く音に俺は隣りに座っていた兄弟を見る。かなり美味しかったのだろう、実に満足げに空になったコニャックの瓶をカウンター上へと置くと、こちらを振り返ったマシューはにっこりと笑って肩をすくめたものさ。

「ねぇフレディ、今日は一緒に寝よっか。どうやら今日の僕達の初恋相手は、忙しいみたいだから」
「‥‥ああ、そうだね」

差し出された、俺より少しだけほっそりとした手を借りて、俺は立ち上がった。
かつてはずっと一緒に繋いでいた手。
自分たちを愛し庇護してくれる大人たちに抱かれながら、それでもずっと手を繋いでいた。

‥‥今では、繋ぐ相手も違ってしまったけれど。

「そうだね、たまには昔みたいに一緒に寝ようか。まぁ、あの頃と違って寝しなの話は綺麗な初恋相手たちじゃなくって、駄目なおっさんな恋人の話になりそうだけどね」

そういって俺を引っ張りあげた身体を抱き締めれば、クスクスと昔みたいに可愛い笑い声。
背後では相変わらず、テレビの音さえかき消す言い合い殴り合いが続いてる。

『初恋の相手は?』

「俺だっての!」
「いいや俺だもんね!!」

‥‥まぁ、愛されてるのは確かだろうけど。
けれどね、二人とも。解ってないよ、やっぱりね。

『愛してるよ、可愛い天使たち。俺のところにおいで』




美しい二人からほぼ同時にそう言われ、どちらかひとりにだけ惹かれるだなんて、そっちのほうが難しいじゃないか!









title/『愛し愛されて生きるのさ』

強く美しい初恋相手はどうしようもないオッサンになりました
朝起きたら隣りにはお互いの恋人がむいむい割り込んできています
どうしようもないオッサンがでも好きだから、仕方がないよね(・∀・)