唐突だが、アーサーは魔法使いだ。
因みに、正確を期すならば「魔法使い」ではなく「魔法が使えるひと」である。つまり、職業的なものではない。別に毎日毎日囲炉裏に据えた小さな壷で秘薬を煮詰めているわけではないし(まぁ時々システムキッチンのIHでやるが)、林檎に毒を仕込んでお姫様を殺しに出かけたりもしない(そもそも林檎に毒を仕込むなんて手間をかけるよりナイフや拳銃をぶっ放したほうが早いし、好みの相手ならば首尾よく助けてモノにするほうが人生としては正解路線というものだろう)。
さらについでに言うならば、魔法が何故使えるか、など訊いてはいけない。そもそも本人もそんなことは知りはしない。気がついたら使えていた。
翼持つ生き物が空を駆け水に棲まう者達が海を渡るのと同じくらい、あたりまえのことなのだ。
そう、当たり前にアーサーは魔法と共に星霜の年月を生きてきたし、現代では既に忘れ去られてしまった幻想世界の生き物や古い古い強大な秘術を記憶と書庫と薔薇園に押し込めたり住まわせたりしてやってきた。
魔法は日々の生活に、或いは空に、大地に、何より彼自身の身体の隅々にまで行き渡った、彼そのものであった。
「なぁ、アーサー、仔ウサギちゃん?俺の頼みをきいて、俺に魔法を、ちょーだい、な」
「断わる」
文字通りの一刀両断な言葉はワイングラスをテーブルに戻す片手間に、正面へ座る‥‥もとい沈む男に投げたものだ。比喩暗喩を好む英国英語には直截すぎる一言否定など全く好ましからざる傾向だが、そんなことを言っている余裕がない。というか、単純に面倒だ。
酔いつぶれた人間に韻を踏んだ美しき英国英語など勿体無い。アーサーは思う。
ましてや、普段であれば自国の言葉が一番美しいと公言して憚らない相手の、ぐずぐずに崩れきった、けれど甘ったるい歌のように聞こえる声をきけば、尚更。
「そーんなこと、いわずにさぁ。お前の魔法がぁ、俺には必要、なのよ」
尚も紡がれる言葉は、あっさりと無視した。そんなことより今日封を切ったワインをグラスに注ぐほうがよっぽど重大な仕事である。なかなかいいワインだ。さすが贈り主曰く「今日が勝負と思ってきました!」というに相応しい味。
まぁその「勝負」とやらには早々に、ぐだぐだになって今に至るわけだが。
「ねぇ、俺の魔法使いさん。可愛くって、とっても酷ぉい魔法使いさん?」
「酷ェのはお前の酔い方だ。むしろお前の存在だ」
テーブルを挟んで正面、ソファに沈んでクダを巻く相手は、ブーケ片手に己の足元に跪いていたりもしたのだが。‥‥ああ、ブーケは後で花瓶に活けてやらなければ。花に罪はないのだ。
目の前で告白に失敗して酔いつぶれたぐだぐだな求愛者にも、罪はない‥‥こともやはりないか。酔いつぶれている時点で迷惑は確実に被っている。アーサーは思い直す。
「フラニー?お前もう眠いんだろ、寝ちまえよ。なにも外に放り出すほど俺は鬼じゃねぇぞ」
「でも俺の告白には応えてくれない‥‥酷い‥‥」
こぉんなに美しくっておりょーりもお床も上手なお兄さんに何の不満が。さてはお前特殊嗜好か?まほうつかいってそういうもん?
ぐだぐだと呟き落とされるフランス語に特殊でもなんでもない真っ当な反応として殺意を覚えたが、ナイフも拳銃も毒林檎も取り出すのは面倒だ。
代わりに、言葉を投げる。
「魔法は、万能じゃねぇぞ」
其れは、真理だ。
アーサーは魔法と共に生きてきたひとであったが、其れゆえに「魔法」が何を可能にして、何が不可能かを良く知ってもいた。
そもそも魔法は、奇跡ではない。‥‥まぁ奇跡じみたこともできなくはないが(いや、あれは自分ではなく天使の所業なのだが)、話がややこしくなるから置いておくとして。
魔法は、知識の塊のようなものだ。薬草を煎じ、場を設定し、陣を描き術式を解して、発動させる。そういう手順は全て決まっているし、どんな小さな魔法にも理由がある。因果がある。
翼を持つものも羽ばたく練習はするし、海を行く魚も泳ぐために必死で身体を動かし、習得する。そう、結局は知識なのだ魔法は。ある程度までは修練次第で習得できる、知識。職業的に魔法使いとなることが可能なのも、そうだからである。ただ現代における一般人の、常識的な思考範囲外というだけで。
だから、困るのだ。
「ねぇ、応えてくれないんならいっそ、お前を嫌いにならせて?最高に可愛い、最高に冷たいお前への、この想いを消す魔法を、ちょうだいよ、可愛い、魔法使いさん」
無理難題をいう酔っ払いに、アーサーは心底呆れ、困るのだ。
アーサーはため息をつく。ソファに沈み込んだ恋する男はもううにゃうにゃと口元を動かすだけで、完璧に寝入るのも時間の問題だろう。アーサーへの、もう何度目か数え切れない「告白」という「勝負」の、何度目か数え切れないけれど一度目と寸ぷん違わぬ結末に、ブーケを抱き締めて。情けなく酔いつぶれている腐れ縁。
アーサーはワイングラスを置くと、既に半分以上寝入った男の傍らへと歩み寄る。そんな動きさえ解っているのかいないのか、ぐすぐすと情けなく鼻を啜る男は、それはそれは、大層に。
「‥‥‥‥可愛いんだが、なぁ‥‥」
盛大に、ため息。‥‥ほら、肝心なところを聴きもしない!まったく、実に駄目な男だ。
アーサーは酔いつぶれて半分眠る男のかたわらに、そっとひざを突いて顔を寄せる。「勝負」の景気付けにと飲んだワインの匂い、拗ねて抱き締めたブーケの香り。‥‥実に駄目で、駄目過ぎて可愛い、愛しい男。
「嫌いになれる魔法なんかあれば、とっくに使ってるっつの、自分に」
肝心なところで勝負弱い、強引に見せかけて臆病。酒癖も悪けりゃついでに趣味も悪い。
それこそアーサーが魔法と共に生きてきた年月と全く同じだけ、この男の傍にいるというのに。
「‥‥俺の本音くらい見抜け。空気読め。ばか。」
甘い甘い呪文は酔いつぶれた駄目男に届くことはなく。
アーサーはその腕から少しへしゃげたブーケを抜き取ると、己の羽織っていたニットのカーディガンを掛けてやった。リビングでさほど寒くもない時期だ、これで十分だろう。
「‥‥あとは、」
触れた唇はワイン味。零れ落ちるのは魔法の光。
口移しの酔い止めの魔法に、結局寝てしまった男は気がつかない。
そんな実に駄目で可愛い男に、魔法使いは笑って寝室へと引き上げることにした。
title/『魔法使いの恋』
うちのイギ様は本当に魔法使いです^^