目覚めの感覚は、ぱちんと泡がはじけるときに似てる。
実際、予め設定してるアラームが僕の中でふるんって震えて僕を起こしてくれるから、あながち間違った形容じゃないかな。スイッチが入る、一瞬。
こうして僕の一日が、始まる。




「おはよ、クマ吉さん」

寄り添うように寝ていたクマ大門さんに手を伸ばせば、手のひらにフスフス言ってる鼻先を押し付ける挨拶が返ってくる。少しくすぐったい感触に僕は笑いながら立ち上がって、今日のスケジュールをメモリからすくいあげた。

「‥‥えっと、今日は上司さんと来月の協議の打ち合わせした後、一緒にマンチェスターでフットボールの観戦、と」

カーテンの隙間から覗く窓の外を見ながら、ネットに接続して天気予報のチェック。天候は晴れ、やや霧、時々雨。いつもどおりにこの国っぽいお天気だ。フットボールなら、雷以外は大丈夫だね。
それから、僕は机の上に畳んで置いておいたシャツを携えて立ち上がる。
ごく淡いブルーに同系色のピンストライプが入ったもの。この前変わったばかりの上司さんがまだ若いからって、最近のイギリスさんは前よりちょっとだけ着るものがカジュアルになった。訊けば、並んで立ったとき、違和感がないようにってことらしい。「そんなことしなくても坊ちゃんは十分童顔で可愛ぃたい痛い痛いごめんなさい髭毟らないでいやああああ」ってこの前遊びに来てたフランスさんが言ってた(泣いてた?)けど、まぁ其れについては、言及しないことにする。
‥‥そうそう、毟られた髭はあの後お掃除のとき勿論片付けたんだけど、イギリスさんに「2、3本瓶に詰めて置いといてくれ」って言われたから取っておいたよ。何に使うんだろうね?因みに、「置いて」おいた棚の横には干物になったトカゲ入りの瓶と触ってもないのにゆらゆら揺れてる液体が入った瓶が置かれてたよ。何に使うんだろうね??

「カナダ、ジカン」
「ふぇ?‥‥あ、」

ツイツイ、袖下を白いモフモフした前肢で引かれて、僕は我に返った。
しまった、また考えてることが逸れちゃったよ。これは本当に僕のよくない癖だ。いけない、いけない。そう!仕事を優先しなくちゃね!
僕はシャツを片手に歩き出す。行き先は、僕のマスターこと、イギリスさんが眠ってるベッド。

僕の一日、最初のお仕事は、彼を起こすアラーム機能だ。

「イギリスさん、朝ですよ。起きてください」

窓から差し込む淡い朝日に包まれて、イギリスさんは健やかに眠っていた。緩やかに上下する胸元、ごく小さな寝息をたてながら身体を丸めて眠るイギリスさんは、僕がいうのもなんだけど、ちょっと可愛いなって思う。
持ってきたシャツはそのまま、先ずは控えめな音量で、そっと呼びかけ。

「イギリスさん。おはようございます、朝ですよ。今日はマンチェスターダービーだって張り切ってたじゃないですか。起きて」
「んー‥‥」

ステップアップボリューム、少し大きめの声で呼びかける。子どもみたいにむずがって布団に潜り込もうとするのを、ぺちぺちと叩いて阻止しながら呼びかけると、もそもそと掛け布団が動いた。

「イギリスさんてば。朝ですよー」
「んー‥‥ん?ああ‥‥あさ、か」
「はい、朝です。現在天候は晴れ、やや霧、気温は19度。昼には霧も晴れますから、試合観戦にはよいお日和になりそうです」
「そ、っか‥‥」

眠たげな声は、まだベッドに横になったままのイギリスさんから。ううん、昨日寝たの、遅かったからかなぁ?僕のマスターは、ちょっと仕事が好き過ぎるのが困る。
「先に寝ていいぞ」って、僕のことを眠らせてくれたイギリスさん。
僕の一日の終わりは、彼の一日の終わりと一緒に、なりたいのに。

‥‥なーんて、考えてたのが悪かったのかもしれない。本当に、ぼんやりするのは僕の悪い癖だ!

「ふひゃっ?!」
「んー‥‥」

床から足が投げ出されるように浮いた。
くるん、一気に視界が転回して、処理速度が追いつかない。ああ、対ショック機能はついてるけど、僕は一応精密機械なんだからあんまり転びたくないのに!
‥‥けれど、ぎゅって強張った僕の身体が着地したのは、硬くて冷たいフローリングの上じゃ、なくって。
柔らかな寝台、柔らかな腕。くすぅくすぅ、優しい寝息は耳元で。

「え、ちょ、イギリスさ‥‥ッ」
「‥‥‥‥ぅ、ん」

体温、呼吸、脈拍共に正常値。ちょっと寝不足かな、目の下にうっすらとクマが見える。健康維持には毎朝のチェックが欠かせない。そんなメモリ機能までついた僕は、本当に多機能携帯って名前に相応しいとは思うんだけれど!

「‥‥‥‥イギリスさん?」

返事の代わりに、ぎゅっと抱き締められる。
もそもそと動いてシーツの中まで引き入れられた僕は、しまった、シャツを持ちっぱなしでこれじゃ皺になっちゃうなぁ、って思うのに。‥‥抱きついてくる腕。寒いのかな。そう思って体温を上げれば、ますますしがみ付かれてしまった。

「イギリスさん」

起こさないといけないのは、解ってる。
僕の一日の始まり、最初の仕事は彼を起こすことで、アラーム機能なんて多機能携帯がうたい文句の僕からすれば、初歩中の初歩な機能。けれど。

「ねぇ、」

「先に寝ていいぞ」って、僕のことを眠らせてくれたイギリスさん。
僕の一日の終わりは、彼の一日の終わりと一緒に、なりたいのに。




‥‥一緒に、眠りたかったのにって。
思ってたの、まるでばれちゃったみたいに、こんな風に一緒に、寝てくれるものだから。




「ううん、起こしたくないなぁ‥‥」
「ダメニ決マッテルダロウ、起コセ。アラーム機能」
「‥‥だよねぇ。」
モフモフとした白い前肢が僕とイギリスさんを包んでたシーツを一息で剥ぎ取った。あ、寒い。体温上げて対応‥‥

「体温上ゲルナ、ソイツガ起キナイ」
「えー」

厳しいアラームスヌーズ機能を作動させるクマ太郎さんの言葉に、僕はしぶしぶ体温を下げてから、抱き締めてきてるマスターを強引に揺すった。それっ、バイブレーション機能!
もそり、優しい腕が身じろぐ。

「イギリスさん、起きて!朝です」
「んー‥‥ん、んぁ?」

ふ、と耳元に響いていた寝息が途切れて、代わりに少し掠れた声が僕の耳を打つ。それから、僕の身体に回されてた腕がするりと離れていったのにあわせて、僕は起き上がった。はふぅ、息をつく。
窓の外は少しずつ明るさを増してきている。天候は晴れ、やや霧、時々雨。いつもどおりに、この国っぽいお天気。
そして、この『国』らしい、イギリスさんは。

「‥‥‥‥あー、おはよう、カナダ」
「おはようございます、イギリスさん。今日はフットボール観戦ですよ。上司さんと待ち合わせて」
「‥‥ぅあ、‥‥あ!?時間は!」
「まだ余裕がありますよー」

そう言った僕に、一瞬跳ね起きたイギリスさんはもう一度ぱすん、とベッドに逆戻りしてから、息をついた。ううん、やっぱり昨日、無理にでも僕と一緒に寝てもらえばよかった。まったく、働き過ぎなんだよ、このひと。
だから僕は倒れてるイギリスさんを覗き込んで、そっと言う。

「もうちょっと寝ますか?アラームかけなおしましょうか」
「ああ、いや‥‥もう起きる」
「はい」

そう言いつつも、ベッドの上でくたりとしているマスターを、僕はちょっと考えたあとで腕を伸ばして、抱き締めた。ほら、シーツ剥ぎ取られちゃったから。寒いかなってさ。

「あー‥‥あったかいな、おまえ」
「ハンドウォーマー機能つきですから」

ハンドっていうか、今は彼を抱き締めて暖めてるから、ボディウォーマー?なんだけどさ。
寝起きでくったりとしてる彼は、寝てるときと同様にやっぱりちょっと、可愛らしい。普段の照れ隠しが全開になった姿も嫌いじゃないけれど、これはこれで、ちょっといいよね。

「現在の気温は19度、日中は25度前後です。フットボールにはちょうどいいですね、選手にはちょっと暑いかな」
「ん。‥‥雨、降るか?」
「基本晴れ、時々雨です。霧はもう晴れます」
「んじゃ、お前のレインコート‥‥持ってかねーとな‥‥」
「ぼく、耐水機能ついてますよ」
「駄目だ。濡れんな。‥‥寒ィだろ」

少し掠れた声で僕の腕の中、もそもそ喋るイギリスさん。こんなイギリスさん見れるの、今は僕だけ。
うん、そうだね、昨日は一緒には眠れなかったけれど。いいかな、これで。一緒に眠れて、嬉しいな。うん。

「‥‥えへへ、」
「んー‥‥?機嫌いいな、充電がフルか?」
「はい、昨日早く眠らせてもらったから」
「そか」
「でもイギリスさんも早く寝ないと駄目ですよ」
「あー‥‥」

善処する、なんてもごもご言うのに僕は苦笑して、内臓クロックをチェックしてから改めて彼を抱き締めた。‥‥うん、待ち合わせまで、もうちょっとくらいなら大丈夫。

「寝ますか?」
「んー‥‥」

ベッドの脇、寝ルナ起キロって顔をしたクマ彦さんに、僕はもうちょっとだけって、目顔で謝って。
ぼんやりと可愛い顔で眠るマスターを、抱き締めたんだ。
イギリスさんと二人、イイ加減ニ起キロ!ってクマ吉さんに叩き起こされるまで、あと5分。
飛び起きて、笑いあって。




「おはよう、カナダ」
「はい、おはようございます、イギリスさん」




こうして、僕とイギリスさんの一日は、始まる。









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