「めいぷる!」
それは僕のマスターを呼寄せる、一番の呪文だ。
「‥‥で、送信、と」
「はいっ。‥‥、‥‥、‥‥送信成功です」
「ん。」
通信時の僅かなタイムラグの後、その言葉にほっとしたように口元を緩めたイギリスさんは、隣に座らせた僕の頭を優しく撫でてくれる。
そう大きくもない手のひらがくしゃくしゃと髪を掻き混ぜるのはどこかくすぐったくって、けれど僕は其れをじっとして、引き受ける。
だって、滅多にないからね。
「カナダ、今日のログは?」
「先ほど返信した、日本さんからの一件です」
そうか、とちょっと寂しげに笑うイギリスさんに、僕はどう声を掛けていいかわからなくって、結局沈黙する。
イギリスさんには、あんまりメールも電話も、こない。
僕はイギリスさんの携帯で、イギリスさんのスケジュールだとか上司の名前だとか、お友達の名前も知ってるけれど、あんまりメールも電話も、ない。
‥‥うん、まぁ仕方がないと思うんだけど。
だって、イギリスさんはあんまり携帯でお話しするのもメールを打つのも
得意じゃない。
最新の携帯である僕を買うときだって、適当に店員さんの言われるままに買ったら僕だった、っていうくらいだからね。
それに。ほら。
「ま、まぁいいけどな!別に寂しいとかそういうのはないからな!」
‥‥ね?性格上っていうか。
イギリスさんは、別にとりたててお友達が少ないってわけじゃないと思う。
フランスさんとか、アメリカとか。日本さんから長文のメール(時候の挨拶に始まって、敬具で終わるみたいなのだよ!)が来ることだってある。
けれど、ほら。親しいから、親しいほど?彼が、メールが得意じゃないっていうの、知ってるから。
お隣住まいのフランスさんはそれでお菓子持って訪ねて来るし、アメリカは手土産も何もないけれど、起きたらリビングでゲームしてたりする。日本さんはちょっと遠いから、あんまり直接は来ないけれど。
だから、メールや電話がないからって、イギリスさんがひとりぼっちっていうことは、ない。
一日の平均メール数は10通、50通以上メールをするグループもあるなんて統計もあるけれど、かといって、それらがないからって、別に友達がいないとか、非友好的だとか、そういうことじゃないの、僕は知ってるし、イギリスさんだって、解ってる、けれど。
「イギリスさん」
「うん‥‥」
ぼんやり、僕の頭を撫でてくれてるイギリスさん。
イギリスさんはガーデニングだとか刺繍だとか、いっぱい素敵な趣味を持ってて、本当は、携帯のアプリだとか、そういうのに興味ないの、知ってる。メールも通話も苦手なの、知ってる。僕だけじゃないよ、彼の友人皆、知ってる。
だから、イギリスさんには連絡が少ない。
だから、僕はイギリスさんに、通話や着信のお知らせをすることが、少ない。
‥‥うん。もっと、もっとね?使ってもらえたらな、っていうのは本音さ。
だって僕は、最新機種の携帯だ。たくさん機能だって持ってるし、もっともっと、イギリスさんの生活をサポートするような機能、彼は知らないけれど、持ってる(例えば料理のレシピをダウンロードするだとか!)。
「めいぷる!」って、何度だって彼を呼びたい。
そうやって僕が彼を呼ぶたび、ちょっとそわそわっとした嬉しそうな顔で僕の傍に来て、僕を抱き上げてくれて、そうして、頭を撫でてくれるのが、増えたらいいって思う。
‥‥でもさ、でもね?
「‥‥リビング用の、薔薇を少し切ってくるか。あと、水遣りと」
「なっ、なら、僕もご一緒します!あの、綺麗な薔薇、写真や動画に撮ったりできるし!」
「ん?‥‥そっか、じゃあ、一緒に行くか」
「はい!」
気分を切り替えるように立ち上がってコティジガーデンへと続くテラスへ足を向けるイギリスさんに、僕はメモリカードになるパーカーを羽織って彼の後を追いかける。
「あ、そこ段差あるから気をつけろよ。‥‥あ、水遣りでお前が濡れたらよくないよな」
「平気です、防水加工済みだから!‥‥ねぇイギリスさん、ガーデンのフォト集、ネットで公開しましょうよ。あと、綺麗な一枚をデコレーションメールのテンプレートに加工したりとか」
「へぇ、そんなこと出来るのか」
最近の携帯はすごいな、なんて言いながら、イギリスさんは僕が追いつくのを待ってくれて、段差のあるところじゃ、僕と手を繋いでくれたりする。
メールや通話だと、僕を通した向こうの人にいっぱい、いっぱい話しかけるイギリスさんが、今は僕のこと、見てくれる。
‥‥僕のことだけ、気にかけてくれる。
「めいぷる!」って。
それは彼が一番に僕のところに来てくれて、一番、僕が僕としての機能を果たしてる、呪文なんだけれど。
‥‥ああ、ああ、けれど!
「んー‥‥?カナダ、お前どっちの色がいいと思う?」
「えっと、右の、まだ咲いてないほうのがいいと思います。室内光度にいちばん映える色味ですよ。イギリスさん、写真とりますか?」
「ん、待て、葉を少し落とすから。‥‥気をつけるけど、棘取るから。あたらないようにしろよ。こっちに居ろ」
「はぁい」
そう言って庇われた背中に、ぴとりとくっつく。
あったかい、優しい背中。優しい、僕のマスター。‥‥メールも通話もない間は、僕だけの、イギリスさん。
だって楽しいんだ。イギリスさんと、いっぱいお話できるのが、楽しいんだ。
ああ、僕はやっぱり、携帯失格なのかな。困ったな。役に立ちたいのだって、本当なのに。
「ん、やっぱこっちのが綺麗だったな。サンキュ、カナダ」
「‥‥いえ、お役に立てて、嬉しいです、イギリスさん」
そういって笑ってくれるイギリスさんが、肩越しに僕の頭を撫でてくれたから、ちょっとだけ、泣きそうになった。
パーカーで拭おうとしたけどメモリーカードだったの思い出して、イギリスさんに抱きついて彼の肩で拭ったのが、ばれてないといい。