さて、いきなり場面は変わって、親分のお家です。

親分はフランシスの親友として心を痛めているわけですが、そこはやっぱり本人ではないので。ごく普通に、親分は親分としての普段の日々を送っています。
今日は久しぶりの平日オフ。昨日はフランシスにもちゃんとメシ食わせたし、早く帰れたから昨夜はかぁええ家族とたーっぷりイチャイチャも出来て至極ご満悦な親分。ああ、家って素晴らしい。

「ロヴィーノ〜コーヒー飲む?飲む?お昼、イワシソースのパスタでええ?」
「飲む。パスタはポルポ入れろ」
「了解〜。‥‥大丈夫?身体つらいならまだ寝とってええで?」
「‥‥うるせぇよ」

そんないつまでたってもラブラブなカップル。
親分にとってロヴィーノは、本当に小さい頃から知っている相手で、ついでにもうその頃から彼と結婚する気満々でした。わりとガチです。いや、まぁ大きくなってからも大好きなんだからいいよね?(‥‥。)
可愛い可愛い、俺のロヴィーノ。頑張るよ。仕事もするし、ちゃんと稼いで、小さいながらも家も建てて、美味しいものたくさん持って帰って、たくさんたくさん、綺麗なものをあげよう。
笑いかけて、抱き締めて、キスをして、たくさんたくさん愛そう。
そう誓った相手。生涯かけて愛すると、この子の幸せを心から願うと。

あの親友にもそういう相手が出来たと、思ったのに。

「‥‥アホやなぁ、本当に」
「何か言ったか?」
「ん?ああ、いや‥‥」
「‥‥アイツか」
「あー‥‥うん。」

アイツか、というなりソファに寝転んで雑誌を読んでいたロヴィーノが起き上がったのに、親分はしまったわぁと内心思いつつコーヒーを淹れます。インスタントだけど。
親分は、あんまりこの話にロヴィーノを巻き込みたくありませんでした。まあ当然といえば当然です、なんせマシューさんが失踪した日に怒り狂って花瓶の水をぶっかけたロヴィーノです。自分も巻き添えになったし。
親分は、そこまでロヴィーノがマシューさんと仲が良いのを知りませんでした。時おり話には出てきたし、彼の丹精していた花たちを分けてもらっていたようだけれど、かといって滅多なことでは怒らない‥‥いや、結構下らないことでポコポコ怒ってはいるものの、本気で人を罵ったりしないこの子があんなにも激怒するほど、マシューさんのことを大切に思っていたとは、まったく知らなかったのです。
況してや、今回はどう贔屓目に見てもフランシスが200%悪いし。
けれど自分はフランシスとは、ガキの頃からの付き合いなわけで、親友で。ロヴィーノを愛しているのとはまた別の意味で、フランシスのことも愛しているのです。
‥‥だから、可愛い家族に親友を嫌い抜かれるのは、さすがにちょっと辛くもあり。なら、あんまり触れさせんとこうかな、と。

「‥‥‥‥‥‥あのヤローも、今日休みだろ。何してんだよ」
「うん、‥‥まぁ、あの子の行方知ってそうな人んところに、行くゆうてたなぁ」
「ふぅん‥‥」

自分の回答にもっと激しい皮肉なり何なりがくると思っていた親分は、ちょっとだけ拍子抜けしました。インスタントのコーヒーをいれたカップを二つ持って、妙にぼんやりとしている恋人の傍へと歩いていきます。
ソファにくったりと身を凭せ掛けて、膝の上に置いた雑誌を指先が撫でているロヴィーノ。

「‥‥どうかしたん?今日元気ないやんなぁ、俺、なんかした?」
「‥‥‥‥別に」
「そしたら、なんかあった?」

沈黙は肯定ととると、幼い彼に教えたのは自分。
親分はカップをテーブルに置き、そうっとソファに座ってから、可愛い恋人の身体を膝の上に抱き取りました。

「はは、こうしてると子どもの頃みたいやんなぁ」
「‥‥サイズが違うだろ、サイズが。バーカ」

ヒネた悪態ごと、抱き締めます。確かにもうすっかりと大きくなった彼は、可愛かった子どもじゃありません。ただし、子どもじゃないからこその触れ方ができる相手でもあります。

「どしたん?‥‥俺に、何か出来ることある?」
「‥‥‥‥。」

触れるだけのキスをたくさんして、愛情を込めて抱き締めて。
可愛い可愛い俺のロヴィーノ。愛してるよと全身で告げる。
そして全身で、告げられる。

この、なにものにも代え得ない幸せ。

‥‥親友も得る筈だった、幸せ。

「‥‥‥‥‥‥まだ、探すのかな」
「何が?」
「‥‥‥‥アイツ。マシューのこと」
「ああ‥‥探すやろなぁ。フランシスもなぁ大概アホやけど、‥‥失くしてから気がついたんやろ」
「探して、そしてまた辛い思いするのに?」
「したとしても。‥‥探すよ、アイツは」

こどもみたいに抱きついてくる恋人の背中を、そっと宥めるように撫でます。妙に不安そうにしている、‥‥何故だろうか。仲が良かった(人見知りなこの子が友人と呼べる相手が少ないのは、知ってる)マシューが居なくなったから?でもそれは、もう随分と経ってる。今、ここで。この子がこんな風に弱る理由はなんだろう。

この子は、何を知っているんだろう。

『また辛い思いをするのに?』

‥‥フランシスが(あるいはマシューが?)、辛い思いをすると。
何故この子は、断言するのか。‥‥断言するに足る、何かを。

「‥‥ロヴィーノ」
「‥‥‥‥一度だけ。聞いたこと、ある」
「何を?」
「聞いたのは名前、見たのは写真。一枚だけの。‥‥ずっとずっと大切に持っていたってすぐに解る、古いけれど、とても丁寧な手つきで触ってたから」
「ロヴィーノ、それって」
「どこにいるとか、何をしてるのかとか、そんなのは聞かなかった。けれど、アイツにとっての、大切な人間なのは、確か」
「‥‥‥‥‥‥、」

声が震えていた。きっと、迷ったのだろう。
言うべきか、言わないべきか。迷っていたのだ。
‥‥フランシスは、マシューを傷つけた。そして、マシューは逃げた。
それがすべてと言うならば、それで終わりなのだったら。きっとこの子は一生涯、俺にさえ、言わなかっただろう。ただフランシスを軽蔑して、もう二度と会わないだろうマシューに少し寂しさを募らせて。けれど、知らない場所で友人がもう一度幸せをつかめるよう、心から祈っていた筈だ。誰にもその痛みを(そう、せっかく得た友人を失う痛み。)見せることなく、静かに。
この子はそういう子だ。だから自分は、愛したのだ。

「でも‥‥でも、フランシスが、探すから」
「うん」
「必死に、やってるから‥‥っ」
「うん」
「チクショー、何でだよ、何でそんな必死に‥‥ッ!なんで、そんなの‥‥っ」

葛藤した。迷った。だって一度、自分の友人を深く深く、傷つけた相手だ。どれほど苦しんでいようが無視して軽蔑したところで、きっと誰も責めやしない。

けれど。




『ねぇロヴィーノさん?僕ね、フランシスさんのこと、本当に大好きなんです。‥‥大切なひとは、いたけれど。特別な人は、彼だけなんです』

泣きもしないで、言った彼。泣いているみたいに、笑う彼。
フランシスもお前のこと特別に思ってると、言ってやれなかった自分。
今なら、今だったら言ってやれるのに。
フランシスはちゃんとお前のこと好きだよ、愛してるんだよ、と。
お前のこと探してるよ、会いたいって、愛してるって言ってるよ、きっとそれは本当だよ、信じてもいい言葉だよ、なぁ聞こえる?

(マシュー‥‥!)

傷ついたまま、今も独りで泣いてるみたいに笑ってるの?




「‥‥そこの、雑誌に」
「‥‥‥‥これ?」

親分は、抱き締めたままのロヴィーノの身体越し、先ほどまで彼が読んでいた雑誌へと目を遣りました。
ロヴィーノが仕事柄、普段からフラワーアレンジメントの雑誌のほかにも、ともかく綺麗なもの、それは北欧や東洋の家具の本だったり、風景画集だったり、或いは星や月を特集した科学誌だったり、ともかく様々な雑誌を購読していることは親分も知っています。目の前にあるのは、そんな一冊。
‥‥遺跡や遺構の発掘を特集した、考古学の専門誌。
ぼんやりとした様子で、この雑誌を撫でていた彼の姿。‥‥もしかして。

「‥‥居たのか?」

抱き締めた身体が、震えた。




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