その小動物の目下の好物は、なんの変哲もない青い繊維らしい。
「キャベツ、美味いか?」
「みっ」
明朗快活、人の言葉ではないくせ意図だけは十分に掬い上げることが出来る声に、イギリスはソレに与えた食事より、やや彩りの良い己のサラダボウルの中身をつつきながら、そっか、と短く返事をした。
いつの間にやら、気がつけば屋敷に住み着いていた謎の小動物と、こうして意識して共に暮らすようになったのは、そう遠くはない過去のことだ。
例えば、朝起き抜けにカーテンを引き開けた窓の桟に、空色の瞳を眠そうに細めながら座って(?)いたり。例えば、執務室の机上、そ知らぬ顔で同じ大きさくらいのインク壷の横に並び、こちらを見上げていたり。
果てはフリーザーを開けたらカップアイスの上にぴるぴる震えながら座って「みっみっ」と鳴いていられた日には、さすがのイギリスもその存在を認めざるを得なくなったのだ。
‥‥因みに一緒に取り出したアイスをぴるぴる震えながらも食べたそうにチラチラ視線を遣っていたのだが、さすがに凍えたせいか妙に硬くなった身体を慌てて温かなタオルで包んだりフィンガーボウルに湯を張って即席のバスを設えている間に眠ってしまい、アイスはイギリスもその生物も食べないまま、再びフリーザーへと仕舞われた。
そんなこんなでイギリスは、謎の小動物と寝食を共にするようになった。
妙にふにふにとした、真っ白な球形。
重力にかややぺしょんと下膨れで、澄んだ青い瞳がふたつと、いつも笑っているような小さな口がひとつ。一丁前に眼鏡、のようなものを目元にのせている。
小さく澄んだ声で鳴き、気がつけばイギリスの足元を追うようにむいむいむいむい移動しているので、今では歩き出す一歩前に辺りを確認するのがすっかり習慣となってしまった。さすがに踏んだら寝覚めが悪い。
拾い上げて肩や頭上に乗せておけば、後は自分でバランスを取りつつ「みっみー♪」とご機嫌な歌(?)を歌っている。
当初は新しく生まれた妖精だろうかと、庭に棲み時に新しい者達への名づけもする古参の精霊に訊いてもみたのだが、彼らも知らないというばかりで未だ正体は謎だ。一応、自分が知らないだけの一般生物かと、英国最高学府に所属する既知の学者への問い合わせや、国際動物保護連合のリストブックを確認をしてみたりもしたのだが、当然のように存在は確認されなかった。これで本当に新種の生物だったら、即ワシントン条約対象になりそうだ。なにせイギリスの千有余年の生においても、一度たり見たことがなかったのだから。
そんな保護珍獣候補は、今はイギリス邸のダイニングのテーブル上で、のんびり暢気にご機嫌に、キャベツを貪り食っている。
勿論この小動物の存在を認めた頃は、一体何を餌として与えればよいのかなど知るべくもなく、とりあえずと思いつく限りの餌を並べてみたものだ。妖精達が一般に好む冷たい清水やミルクや薔薇の花びらに始まり、昆虫飼い用のフレークスナック、小型動物と仮定して茹でた鶏肉とベーコン、キャベツとナスとキューカンバの薄切り、ついでに英国らしく栄養価を考慮してマーマイト添えクラッカーを並べてみたところ、他には目もくれずキャベツをむっしむっしと食べ始めたので(‥‥クラッカーを慎重に避けてキャベツへとたどり着いたのは偶然だろうそうに決まっている)、以来彼の主食はキャベツに固定している。
固定している、わけだが。
「お前さぁ、他のモンも食えるのか?」
「み?」
ツイツイ、と手にしたサラダフォークの尻でふにふにとした身体をつついたところ、こてん、と向こう側に(しかし己の身の丈より遥かに大きいキャベツはしっかりと咥えたまま)倒れかけたので、慌てて手のひらで包みこむようにして体勢を立て直してやる。
元の通りにキャベツと共に平皿へとそっと戻してやれば、まるで自分に起こったことが理解できていない‥‥というかキャベツに集中し過ぎで他のことはどうでもいいというか、ともかく平然と食事を再開した。まぁ転んでいる間ももっしもっし食べていたが。
まぁともかく、とりあえずキャベツが彼のお好みらしい。
今のところそれ以外を要求された覚えはない上、キャベツは近所のスーパーマーケットで通年手軽に手に入る。ハウス栽培万歳。手間が掛からずなによりだ。
だがしかし、とイギリスは思う。
「やっぱさぁ、別のモンも食えたほうが人生(?)楽しいだろ。俺が作ってやってもいいし」
それこそ止めろ人生(?)の妨害!死亡フラグ!ワシントン条約違反だ!
‥‥などと、仮に海峡向こうの隣国が同席していたならば涙ながらに訴えたかもしれないが、幸か不幸かこの場に居るのはイギリス、そしてそのキャベツを貪り食う謎の小動物のみである。
イギリスは己のサラダボウルをつつきつつ、時折フォークをタクトのように振りながら、小動物の食事風景を観察した。
小動物はそんな視線をものともせず、キャベツに夢中だ。
「キャベツが食えんなら、レタスとか食べられんじゃねえか?ピーマン‥‥いや彩りならトマトとか、ラディッシュ、パプリカ、‥‥あ、フルーツも草食ならイケるかも」
ブツブツと零しつつ、イギリスは己のサラダボウルに放り込まれた野菜とフルーツの名を挙げていく。切った野菜とフルーツにオリーブオイルをかけただけのサラダだが、食事に重きを置かない彼にしては頑張ったメニューである。
名前を挙げてはフォークで刺し、口に放り込みながら、イギリスは次回の食事の際にソレに出して(試して?)みる野菜類を脳内にリストアップしていたのだが。
「‥‥ん?どうした?」
「み。」
気がつけば、ソレがすぐ手元にいた。イギリスが卓の端に乗せた手首にふにふにした身体をすり寄せ、透き通った空色の瞳が食事中のイギリスを見上げていた。
正確には、食事をする彼の、フォークが握られた手を、である。
「‥‥なんだ、これも欲しいのか?」
「みっ!」
普段から妖精たちと人語以外の何かで会話をしているイギリスにとり、言語の隔たりはあまり苦にならない。もとより妙に行動がヒトくさい小動物である。つまりは、キャベツ以外の野菜類にも興味を覚えたということだろう。
みっみー、と歌とも強請り声ともなんともつかない声をあげつつ、ふにふにとした身体を揺らしてイギリスに主張する様は、なかなかに愛らしいといえなくもない。イギリスは苦笑し、この食いしん坊め、と指先でつつく。ぷわわんとした弾力が面白かった。
「‥‥つっても、俺もあらかた食べちまったなぁ」
呟きながら見遣ったサラダボウルには、言葉どおり既にたいした量は残っていなかった。精々が葉物のきれっぱしと、フルーツの欠片が転がっているくらいである。
小動物は、イギリスの手首に擦り寄りながら身体を揺り動かし、尚もご機嫌に歌っている。
イギリスは元来小さなものに優しい、甘い性分だ。一旦気を許した相手には、求められるだけ与えてしまう節がある。古い言葉を解し深い智慧と真の公平さを持つ高位の精霊相手であったなら、恐ろしい契約や誓約に繋がりかねないので言動にも注意するのだが、‥‥コレ相手は、大丈夫だろう。どうみても、なにも考えてなさげだ。
とりあえずと、ボウルの底に残っていた千切りにしたキャベツを一本、渡してみる。
ソレに与えるキャベツは玉から剥いで洗っただけの一枚葉なので、形の違う千切りキャベツに最初は喜んでむいむい食べていた小動物だが、食べているうちにそれが普段から食べているものと同様のものであるとわかったのだろう、しょぼーんとしたように小さな眉らしき部分をヘタらせてしまった。もっとも、それでも完食しているあたり食いしん坊なのは確実だが。
あまりのしょんぼり具合に、些か可哀想な気分になったイギリスは、一つ大きく残っていた庭で採れたコックス‥‥林檎の欠片を、フォークに刺した。サラダにするために若いものを選んだので、刺した感触はやや硬い。
カシュリとフォークに刺された其れに、ふわふわした身体がぴょっこぴょっこと飛び跳ねる。
「‥‥‥‥いやいやいや。デケェだろ、いくらなんでも」
その小動物は、イギリスの握りこぶしよりは大きいが、開いた手のひらよりはいくらか小さい。
カットしたコックスは、小動物よりやや小さいが‥‥単純に容積比で考えて欲しい。人は、いくら身体が大きいからといって己の半分以上の量の食事など、しない。無理無理。23歳が19歳を食うようなものである。‥‥期せずしていささか不穏当な喩えになった、いやいや、いや。
イギリスは妙に混乱した頭のまま、手元で跳ねるソレを手のひらで撫でて落ち着かせようとした。
「みっみっ、みっ!」
「待て、お前にはこの大きさは無理だって」
「みー!」
「や、だから‥‥」
むいむいむいと、白いふにふにした身体がイギリスの手首や手のひらに押し付けられる。相当この、淡い黄金色の果実が気になるらしい。
仕方なし、イギリスはフォークに刺した其れを口に運ぶと、半分ほどを齧り取った。カシュ、と瑞々しい音と共にいかにも若い甘酸っぱい味が口の中に広がったが、咀嚼するより先にフォークの先に残った小さな欠片を、きらきらした視線でイギリスを見上げている相手へと慎重に差し出した。
「‥‥ん、」
「みっ」
自身も口へ林檎を咥えているせいで喋れなかったのだが、口元へと差し出されたそれに意図が解ったのだろう、ぴょっこぴょっこ飛び跳ねていたソレは、イギリスの指先に摘ままれた林檎の欠片に、そろそろと口を近づけた。
カシュ。イギリスが齧りとった音よりも格段に小さな、けれど同じ音が、指先で響く。
むぐむぐと小さな口が動かされているのに、イギリスはほっとひとつ息をつく。問題は、なさそうだ。
ということは、フルーツ一般や、他の野菜も食べることができるのかもしれない。肉類は‥‥いや、最初に与えたときに食べようとしなかったのだし、こちらはまだ要観察だろう。きちんと脂を抜いたり、小さく切ればもしかしたら‥‥
「‥‥み、」
「んぁ?」
と、イギリスが口の中の林檎を始末しつつ、またしても次回小動物用お食事計画(頼むからイギリス料理は!イギリス料理は止めてあげて!とどこかからヘンな思念が届いた気がした。ムカついたので明日にでも海峡向こうへボージョレー・ヌーヴォがサルミアッキ味になる呪いをかけようと思う)を策定していたとき、小さな声が手元から上がった。あわてて視線を落とす。が、特に問題はある様子はなく、小動物がカシュカシュと小さな音を立てて、林檎を齧り取ろうとしているところだ。‥‥が、気がついた。
「‥‥あ、齧れねぇのか?硬いか?」
どうやらその小さな謎の小動物の小さな歯では、サラダ用の硬めの林檎は、些か硬過ぎたらしい。みれば、欠片には小さな可愛い歯形がいくつかついてはいるものの、最初に与えた時とさして大きさが変わっていなかった。
「みー‥‥」
「あ、待った!泣くな、泣くな」
全身でしょんぼりがっかり感を、文字どおりに体現する姿に、イギリスは口内の林檎飲み下すと慌てて林檎の欠片ごと、そのふにふにした白い身体を手のひらに掬い上げた。己の視線の高さまで、手のひらに乗せてソレを持ち上げる。微妙に青いつぶらな瞳が、こころなし潤んでいるように見えて、心が痛んだ。
‥‥前述どおり、イギリスは元来、生来、小さく稚い者に弱い性質だ。
庭や家に住まう小さき者達は勿論のこと、長い生の中で片手では足りない数の植民地を抱えて、時には怨まれつつもそこそこうまく、小さな者達を育てあげていったものだ。
いくつもの小さな、温かくやわらかな手を握って、歩いてきた。
中には特別だった者もいたが、それは既に遠い過去の話だ。
けれど、今でも。小さなものに泣かれるのは、イヤなのだ。
「‥‥なぁ、泣くなよ」
「みー‥‥」
ぴるぴると震えながら、小さなふわふわした生き物が泣いている。よほど、キャベツのほかに与えられた林檎が嬉しかったのだろう。だがしかし、小さな歯では満足に噛み砕けず、泣いているのだ。
イギリスはその一連を見て取ったあと、ひとつため息をついてから、ソレに渡していた林檎のかけらを摘まみ上げた。取り上げられたと思ったのか、みっ、と慌てた涙声が聞こえたが一先ず無視して、其れを己の口へと放り込み、数回咀嚼してから。
「‥‥‥‥、ん、食べられた、か?」
「‥‥、み、み。」
「そか。‥‥ほら、もうちょっとな?」
そう優しく囁いてから、再びふにむにとした唇らしき部分を己の舌でかきわけて開けさせ、噛み砕いて柔らかくした林檎を口移しに与える。
甘酸っぱい林檎の匂いと、青いキャベツの匂いがイギリスの鼻をくすぐる。
舌先に当たる小さな小さな歯の感触、ふにふにとした白い小動物の、ふるふるっとした震えになんとなし、声を立てずに笑う。
野生の動物達が我が子に与える食事の如く、己の口内で柔らかくした甘酸っぱい果実を与え終えたイギリスは、口の中に含まされた柔らかい林檎をむぐむぐと咀嚼するその生物の、嘗ての我が子を思い起こさせる青く澄んだ目の縁に、ちゅ、と可愛らしい音を立てるキスを落とす。それから、そろりと机上へとその身体を戻してやった。
白くてふわふわとした身体を、手のひらで撫でてやる。
あたたかくて、柔らかだ。嘗ての、我が子たちのように。
「みっ、みー。」
「お前も、これからおっきくなんのかな」
今は手のひらサイズだが、これから先、もしかしたら大きくなるのかもしれない。‥‥あまり大きくなられると困るが、踏み潰す心配がない程度に大きくなるのなら、いいかもしれない、とは思う。
けれど。
「お前は、俺のそばにいてくれるかな」
愛した子ども達はやがてイギリスの手を乱暴に振り払い、或いは優雅に一礼をして、去っていった。
この生物も、なのだろうか。
もしもコレが妖精であれば、例えば精霊の幼生などならば、長じて姿を変え、旅立ってしまうかもしれない。一般動物ならば、その希少性からどこかの研究所なり何なりに奪われてしまう可能性も、なくはない。
後者ならば、己の権力で抑えることもできるだろうが、そうでなければ。
コレが、旅立ちたいと思ってしまったならば。
自分には、止めることは、
「みっ。」
ふにり、と。
己の頬、というより殆ど耳の脇に押し付けられた、柔らかく温かな感触に、イギリスはマイナスへと傾いていた思考を中断させられた。
目の前にはダイニングテーブル、空になったサラダボウルと、平皿。そして。
「‥‥お前、いつの間にそんなとこまで上がったんだよ‥‥」
「みっみっ、みー。」
耳元で、朗らかな声が響く。
肩のシャツ越し、柔らかい身体がむいむいと揺らされる。可愛らしい声。
イギリスが束の間の思索に耽っている間に、どうやったのかイギリスの肩まで、その小動物が上ってきていた。肩の上はソレの定位置のひとつなので、違和感はないの、だが。
「ばか、くすぐってぇよ、こら」
短い間隔で温かなものが吸い付いてくる感触に、イギリスはくすぐったげに笑った。まるで柔らかな子どもの指でつつかれ、摘み上げられているようだ。
実際には、妖精ともなんともつかない謎の小動物に頬へキスというか、甘く食まれているのだが。
けれど、懐かしい感触だと思った。
小さな子ども達と過ごした、優しく幸せだった頃。
‥‥あの幸せには、もう届かないけれど。
「‥‥そうだな。今は、お前がいるからな」
「みっ」
「なんだよ、一丁前に返事すんのか?」
「みっみっ!」
「わかった、わかったって。ははっ」
イギリスは、その柔らかく温かい生物を肩に乗せたまま立ち上がる。
今はいいのだろう。この温かな小動物は今この時イギリスの傍に居て、イギリスを慕ってくれている。一緒に食事をして、共に眠ることさえ出来る。
「みっ。」
「‥‥うん、そうだな」
ならば、その柔らかく温かな身体を抱き締めて、愛してやるのが当然だろう?
「よし、そんじゃ林檎採りに行くか。今度はお前が一人で食べられる、柔らかい熟れたヤツ採ろうな。林檎、美味かったか?」
「みっ!」
イギリスは肩に乗せたソレを一度手のひらに落とし、一つキスをしてから頭の上へと乗せ直した。肩よりもこちらのほうが安定するのだ。尚もご機嫌に、その小動物は愛らしい声で鳴く。好物のキャベツをおなか一杯食べ、初めての林檎もそれなりに食せてご機嫌なのだろう。
むいむいと身体を揺するソレに、落ちるなよ、と一言声をかけてから、イギリスは空になった食器を手に、キッチンへと向かった。
とりあえずこれからの予定は、小動物の新たな好物になりそうな甘く熟れた果実を、たっぷりと収穫することだ。
「‥‥アップルパイ作ったら、食うのかな?」
「み?」
遠く海峡向こうから、ママンの作ったアップルパイは忘れられないものなんだってよ、なんて。
苦笑交じりに聞こえた気がした。
the end.
イギ+草食系もちメリ(仔)。仔メリだからほのぼのオチだよ(・∀・)