『こっちも甘くておいしいぞ』

だって、本当に美味しいって思ったんだ。馬鹿みたいだけれど。




たとえば恋人の家を訪れて、手作りの菓子が出てきたらどうだろう。
まあ、一般的には嬉しいひとのほうが多いと思う。好き嫌いがあろうが甘いものが嫌いだろうがその相手の料理の腕前が壊滅的だろうが、なんといっても恋人だ。愛しい相手の、手作りだ。もしも嬉しくないというのならば、それは恋人という関係性を見直すべきなのだと、俺は思う。
だがしかし、その手作り菓子が恋人のものではないとしたらどうだろう。
そしてその恋人が、例えば毎日甲斐甲斐しく料理をしてくれるような身内(母親とか、きょうだいとかだね)がいるわけでもなく、一人暮らしで、かつ、物理的にも心理的にもパーソナルスペースに対する意識が高い相手であったならば。

「‥‥‥‥どうしたんだい、これ」

不機嫌さを出来る限り抑えたつもりの声はけれど、それでも低くなってしまったことは否めない。

「アメリカ?」

きょとんとした、何を言われているのかわからないとでも言いたげな声は恋人ではなかった頃にはなかなか聞けなかった素直な、あどけないとさえ表現できる声だ。恋人特有の、あからさまにいえば肌を合わせた相手特有の、親しみを含ませた声。
そんな声が聞けるようになったことが、嬉しくないわけじゃない。
むしろたった一言で、‥‥まあ絶対に悟らせないけれど、ふにゃふにゃと絆されそうになる自分がいることは確かだ。
確かだけれど、ここはやはり、少し不機嫌なくらいがいいと心と声を引き締める。

「イギリス、」

目の前には大切すぎるくらいに大切な恋人と、手作りの菓子。

「これ、君が作ったのじゃないだろう」

‥‥恋人の手製じゃないことがまるわかりな、手作り菓子!

なぜ手製でないことが判るのかだなんて訊かないで欲しい。俺は確かにたいした味覚をもっているわけじゃないのだけれど、少なくとも普通の菓子と消し炭の区別はつく。今日は消し炭じゃない、よって恋人、つまりイギリスの手製じゃない。以上証明終了。

「ん?ああ、朝までヒゲがいたからな、宿代代わりに作らせたんだよ」

お前、プリン好きだったろ?なんて。
甘い声で言って笑うこのひとは本当に可愛くて、ものすごく馬鹿だとおもう。

朝まで?‥‥朝まで!
ああ、オーケイ解ってるさ。解っているとも。フランスがこの家に、イギリスの屋敷に泊まることなんてこの家の主にとってはハンバーガーにピクルスが入ってるくらいに日常のことで、精々が美味いものが食べられる、くらいの認識だっていうことなんて解りすぎるくらいに解ってる! 刺繍の邪魔だの可哀想な食生活に彩りをだのと嘯いてやって来るフランスの真意は実のところ解らない部分もあるのだけれど、ていうか実際ちょっと、疑っていたりもするのだけれど、俺がイギリスをがっちり捕まえていればいいだけのことだから気にしない。しないように、してる。

‥‥してるのに!ああ、もうこのひとときたら!!

「プリン、かい‥‥」

美味しそうな、手作り菓子。
思えば俺は、フランス手作りの菓子や食事を、結構食べてる気がする。
もともとあのひとは今目の前にいるイギリスと小さかった俺の領有権を争ってたひとで、しかも正式な条約で俺がイギリスと一緒に住むようになってからもたまにやってきてはあれこれと作っては食べさせてくれていた。
一度なんか、そうだよ、自分の作ったお菓子と、イギリス手製の菓子を両方持ってやって来さえした。

『これ、すっごく甘くておいしいよ!』

ああ、そうだった。あれもプリンだった。
ふわふわで、とろとろで。もういっそきらきらしてて。すごく甘くて美味しかったんだっけ。




‥‥ああ、でも、でもねイギリス。君は本当に馬鹿だ。




「‥‥そうだね、俺はプリンが好きなんだぞ何故って甘くて美味しいからねだからイギリス、さっさと冷蔵庫の中の消し炭も出してくるといいよ。」
「‥‥へ、」
「そうだよ、君の言うとおり俺はプリンが好きだからね、消し炭だろうと甘くて美味しく食べられるのさ消し炭だろうと」
「け、消し炭って何度も言うなばかぁ!!」
「君の作ったプリンが食べたいんだぞ」

紳士だ何だというわりに落ち着きの無い挙動で腕をシュッシュと振っていた恋人は、ふにゃふにゃになりそうな声を力づくで何気なく聞こえるよう仕立てた俺の言葉にぴたっと止まってプルプルと震えた後で、「し、仕方がねーな!言っとくけどこれはお前が好きだから食べるだろうとおもって作ったんじゃなくて、俺がただ食べたかっただけで、ちょっと作りすぎだだけなんだからな!あとフランスのプリンよりまずいとかそういうんでもないし!」とかなんとか。もういっそ定型文だよねそれと言いたくなるような台詞を吐いた後で、キッチンへともの凄い早足で歩いていく。
俺はその後姿を見つめすぎないように見送って、普段よりも忙しない足音が十分に離れたところで、ため息をつきながらソファの背に深くもたれたものさ。

「‥‥イギリスは、本当に馬鹿だなぁ」

馬鹿だ。馬鹿すぎる。馬鹿すぎて可愛い。可愛すぎてどうしよう。‥‥しまった、これじゃ俺のほうが馬鹿だ。
はあぁ、と身体中のなにかもやっとしたものを吐き出すように深く息をついたところで、ふわりと上品な甘い匂いが俺の鼻をくすぐった。
皿の上に綺麗に盛り付けられた、手作りの菓子。

そうだね、そうだったあの時もこんな感じだった。フランスのつくったプリンは皿の上でぷるぷると震えて、きらきらしてた。口にすれば舌の上でとろけてしまって、時代的にも甘みなんて簡単に手に入るような頃じゃなかったから、本当に甘くて美味しくって、驚いたものだった。
けれど、けれどだ。
そのきらきらと輝くような手作り菓子の隣りの、なんだか黒くってもしゃっとしてて、何故かぱりっとしていたそれ、そのプリンという名の手作りの消し炭も、本当に、甘くて美味しかったんだ。‥‥だって、イギリスが作ってくれたお菓子だったから。




『こっちも甘くておいしいぞ』




大好きな、大切なひとが俺のために作ってくれた、手作りの菓子だったから!




「‥‥‥‥本当に、馬鹿だなぁ」

イギリスが?俺が?‥‥ああもう、解らない。わからないけれど、もういいじゃないか。
だってイギリスは俺の為にこれからも兵器寸前の手作りの菓子をつくるだろうし、俺はそのいっそ作成過程をDVD録画してNASAで徹底解明したいような黒くてもしゃっとしてる其れを、平らげるんだから。
俺はため息みたいな息をついてから、机の上のきらきらと美味しそうなプリンを脇に寄せる。うん、これは後で食べよう。必ず食べよう。ほら、口直し用っていうか、うん。
‥‥別に、フランスの手作り菓子がイギリスの冷蔵庫に入ったままなのが気に食わないとか、イギリスに食べさせるのが悔しいとかじゃないんだぞ。

「イギリス!その消し炭を食べたら買い物に行こうよ、それからマックでハンバーガーを買って帰って今夜はハンバーガーパーティだ!消し炭より健康的だぞ!」

キッチンにいる恋人に聴こえるよう大声で怒鳴ったら、「今日はローストビーフにすんだよ!」と怒鳴り返された。ローストビーフ。イギリスの、得意料理。どうやら今日の晩御飯も消し炭らしい。
まあ、いいけどね。だって、恋人の手料理だ。
好き嫌いがあろうが甘いものが嫌いだろうがその相手の料理の腕前が壊滅的だろうが、なんといっても恋人だ。愛しい相手の、手作りだ。もしも嬉しくないというのならば、それは恋人という関係性を見直すべきだ。

「‥‥ほ、ほらよ、プリン。‥‥んぁ?そっちのは食べなくていいのかよ?」
「後で食べるよ」

キッチンから戻ったイギリスがそう言いながら置いてくれた皿の上にはやっぱり黒くてもしゃっとした、イギリスの手作り菓子。
『こっちも甘くておいしいぞ』なんて、まあ言ってはあげないけれど。
消し炭を食べている間、イギリスは隣に座ってちらちらと俺を窺ってくる。

「そ、その、‥‥美味いか?」
「うん?ああ、君は美味しそうだよね、いつも」
「っ、なんで俺についての感想になってんだよばかぁ!」









答えになってない!と喚く恋人を尻目に俺は手作り菓子を平らげる。
美味しすぎるフランス料理より残念すぎる恋人の消し炭のほうが俺は嬉しいんだから、彼との関係を見直す必要はないなと思ったものさ。馬鹿みたいだけどね。









 フールスイーツ





end.(2010.10.14)

竹林ネタ。
むしろアレは兄ちゃんがイギの料理をどうやって手にいれてきたのか部分が知りたいです、仏英だよね!(笑)