「はい、あーん」
差し出された金色のかけらを、俺はなんていうか、どうしようもなく下らないものを見る目で見遣った。
否、正確にはその金のかけらを指先で摘まむように差し向けてくる、金色の髭面のほうを、だが。
だって、指先の甘く芳しい金色には罪はない。
「‥‥何のまねだ」
「え?だからお前に林檎食べさせてあげようと思って」
だから、はい。あーんて、して?
小首を傾げて、にっこり笑われる。正直似合っていなさすぎて、いっそ似合っている気がした。しっかりしろ俺。‥‥そうだ確かこういうときは、素数を数えたらいいって日本が言ってた。「イギリスさんですから本来はプッチ神父よりジョースター家サイドであるべきなのですが。真の英国紳士ですものね!」とかなんとか、よくわからないことも言われたが。まぁ俺が真の英国紳士なのは本当のことだしな。それに日本の言葉がわからないのは、あれだな文化だよな。比喩や暗喩、遠まわしな言葉を好むのは最果ての文化を持つ島国国家としての俺と日本の共通点だと何かで読んだ記憶がある。少し嬉しかったのも、覚えている。
「坊ちゃーん?ねぇってば、お兄さん放置プレイとかあんまり好きじゃないんだけど。いやたまにはいいけどね?こう、いつ構ってくれんだろうって焦らされる感覚が、」
「プレイじゃねぇよ!ていうか俺はたまにもしたくねぇ!」
「ああ、お前わりと正統派だよなエロ大使のわりに。そうねクルマとか階段でとかお前のあの場所選択はわからんでもないですいいよねちょっと狭いところでぴっとりくっついてってのも解る解る。王道だよ正統だよ。でも俺としてはお前のあの巨乳志向はどうかと思うわけよ、おっぱいを愛するところは実に正統派なんだけどさぁ、巨乳ならなんでもいいっていうのは良くないね、愛がない。それに巨乳より美乳だろ。大きさじゃなくて全体としての形とか色を優先すべきであって、」
「馬鹿かお前巨乳のほうが顔埋めたときに気持ちいいに決まって‥‥ってそれも違う!」
ああもう、なんだってこんな話がずれてるんだ!そうじゃない、そうじゃなくて!
「はい、あーん。とか頭沸いてんのか!ていうか何で俺がお前の指から林檎食べなきゃなんねーんだよ、馬鹿」
吐き捨てるように一息二息で言い切って、俺は目の前の男を睨めつけた。
こちらを見つめてくるのは真っ青な瞳の、資源の無駄遣いな美貌。ああ無駄だ。本当に無駄だなんだってこんな変態にこんな姿を与えたのか俺らを作ったどっかの誰かは!‥‥いや、変態と相殺するためなのかも。せめて容姿だけでもという、だとしたら俺達を作ったどっかの誰かの配剤は実に精妙だと言えなくもない。まぁ若干相殺し切れてないけど。
「‥‥え、ちょっとイギリス、なんでそんな哀れむみたいな目してんの?」
「いや‥‥世界って巧く出来てるよなって」
「え?ああ、そうだね例えばお前の隣りに俺を持ってくるところとかね?‥‥まぁ世界の成り立ちはともかく、イギリス、あーん」
「って諦めてねぇのかよ!」
本当に相殺し切れてない変態だな!
とまぁ、がーっと一頻り怒鳴ったことで自分の中の何かが折り合ってしまったのか、苛々とした気分はストンと萎えてしまって、げんなりしつつ俺はフランスを見遣った。ああ、1000年オーバーの慣れとは恐ろしい。
「‥‥つーか、本当に何なんだよ、お前」
「いや、何だもなにも、お兄さんの林檎が手元にあり、お前は俺をほったらかしてぼんやりしてるし、だったらあーんてしてやってもいいんじゃね?って」
「因果関係が成り立ってない」
「ほぉら可愛いうさぎさん林檎だよー。ほれほれ、口開けろ」
「会話も成り立ってねぇぞ」
そうして唇に押し付けられる、指先には金色の欠片。
ふっと鼻先をくすぐるのは、果実特有の甘い匂い。
その向こうには、うっすらと笑った、フランス。
意味がわからない。
確かに今俺はソファにかけて、何をするでもなく寛いでいた。そもそも、夜も更けて夕食も終わった時分に妙にアクティブなほうがおかしい。
フランスはといえば何故か朝っぱらから「ボンジュー坊ちゃん。どうせろくなもの食ってないだろう可哀想な隣国にお兄さんが美味しいもの食べさせてあげにきました!」とかなんとかムカつくことを言いながら食材と思しき買い物袋を両手に携えてやって来て、そして予告どおり、まぁ絶対に言ってなんかはやらないけれど「美味しいもの」とやらを昼食にアフタヌーンティに夕食まできっちり食べさせられて、「デザートは今日は林檎な」とかなんとか珍しくお菓子じゃなくてまるごとの林檎とナイフを手に、何故かぴっとりと近過ぎるくらい近く、俺の隣りに座っていて。
そうして差し出す指先には、甘い匂いの金色のかけら。
‥‥意味がわからない。
「イギリス。可愛いうさぎちゃん。おくち開けてってば。林檎美味しいよ?」
「開ける理由がない」
「林檎が美味しいからじゃ駄目?」
「こうされる理由がない」
「俺が林檎を食べさせてあげたくて、お前が横にいるからじゃ?」
「‥‥因果関係が、成り立ってない」
成り立ってない。だって、自分達は、そんな関係じゃない。
千年を越す間ずっと傍に居ても、戦って戦って戦い尽くしてそれでも傍に居ても、些細な変態行為は想定内なんて慣れてしまっていても、朝から何のアポイントメントもなく現れて勝手にキッチンでメシを作って当然みたいに向かい合って食べていても。‥‥今こうして隣りに、まるで隙間なんて欲しくないってくらいにぴっとりとくっついて座り、おどけた口調とは裏腹の真剣な、甘い熱を宿した瞳で見つめ合っていても。
成り立たない。意味がわからない。
「成り立ってるよ、因果関係はあるよ、もう知ってるだろ、気づいてんだろ?‥‥なぁ、もういいだろう?美味しいよ?美味しいもの、いっぱいやるよ」
「フランス、待て」
「もう1000年待ったよ。なぁイギリス。美味しいものも、楽しいことも、気持ちいいことも、お前が好きなだけやる覚悟を、つけちゃったんだよ、俺は」
「‥‥ッ、」
わからないふりで、1000年をやり過ごしてきたのに!
「‥‥もー、何なんだよお前、俺は巨乳に顔埋めたいんだよ、巨乳サイコーじゃねぇか、馬鹿。バーカ」
「まあまあ、そこはほら、お兄さんの厚い胸板だって負けてないから。ね? 言っただろ胸は美乳だよ色とか形とか胸毛とか総合的なさぁ、なにより愛がある!」
「胸毛はさっきの選択肢になかった」
「だいじょーぶ、すぐに慣れるって!ほぉら飛び込んでおいで!」
「慣れねぇ‥‥ふかふかしてねぇ‥‥」
「1000年もすりゃ慣れるだろ?これまでだって、そうだっただろ?‥‥イギリス」
「あ?」
「はい、あーん」
ぴっとりとくっついていた身体を更にぴっとりとくっつけて、抱き合って、柔らかくもなければふかふかでもない厚い胸板とやらを確認させられながら、再び差し出された金色のかけらを、見つめる。
1000年慣れたおどけた口調、けれど1000年聞いてきた甘ったるい声とそれが含んだ熱、少し震えた指先を、見つめる。
「‥‥フランス、」
「なぁに?」
「因果関係は?」
1000年、見つめてきたまっすぐな視線を、絡め合わせてしまったら。
「それは俺とお前が、愛し合ってきて、愛し合っていて、愛し合っていく、恋人同士だからだよ。」
ああ、意味が解らないとは、もう言えない。
初めて交わした恋人とのキスは、1000年待ち望んだ、甘く芳しい、林檎の味だった。
シトロンエンド
end.(2011.05.01)
「巨乳‥‥」
「はいはいはい、金色の林檎(笑)はエロ本で我慢してねー?」
可愛い俺の林檎ちゃん。
霧深い島の森で甘い甘い林檎を先にくれたのは、お前のほうなの、覚えてる?