幼い者にとって、親は絶大な影響力を持つ。
例えば、アメリカ。彼は大雑把でKYな反面、意外と器用である。
なにせ彼の育ての親とも言うべき存在は『あの』イギリスだ。
様式美に溢れたティータイムを毎日楽しみ、緻密な刺繍を手慰みにし、庭造りに数年単位どころか数百年単位で取り組むような人物の手元で短いながらも過ごせば、器用にならないわけもない。‥‥料理の腕前については言及しないとして。
幼ければ幼いだけ、親の影響というものは計り知れないものがある。
例えそれがごく僅かであろうと、長じてのちどれほど形を変えようとも。
根幹の部分に、必ず影響は残る。親とはそういう存在だ。
「‥‥うん、だからまぁ、君が器用なことは当たり前なのかもしれないけどさ」
すそそそ、と径の大きめなストローからひんやりと甘くて美味しいシェイクを啜り上げながら、カナダは普段どおりのぽわぽわした口調でしみじみと言ったものだ。
大手ファストフードチェーン、新発売のシェイク。透明なストローを上ってくる其れは鮮やかなスカイブルーだが、何故かパイナップル風味である。色が綺麗だからいいけれど。
「ん?なにか言ったかい?」
「うん、君は器用だなって。‥‥何それ?」
ふかふかとしたお気に入りのソファに深く凭せ掛けていた上体を起こして、カナダは隣に座る兄弟を見遣った。
正確には、兄弟の手元を、である。
「まだ作りかけなんだぞ。‥‥一口」
「はい」
省略しすぎの要求に、けれど応えられるのはそれこそ兄弟として育った者同士の強みというべきだろう。こちらをちらりとも見やしないアメリカに、カナダはストローの端をひょいと向けた。はむ、と形よい唇がストローを銜えるや、スカイブルーがストローを駆け上っていく。‥‥自分とは段違いのスピードで。
「あッ、ちょっと君、それ僕まだ一口しか‥‥って全部?!全部飲んだね?!」
「ごちそうさま。うん、美味しいんだぞ」
「どこが一口なんだい、君ってやつはーっ!」
用済みのストローから唇を離しながらの言葉に、カナダはやはり用済みになった空のシェイクカップを手元に戻しつつ恨めしげに呟いた。カップを文字どおりシェイクしてみる。悲しくなるほどに軽い。
カナダは一口ぶんだけ微妙にパイナップル風味のため息をつく。
「僕だってまだ一口しか飲んでなかったのに‥‥」
「もう一つあるからそっち飲みなよ」
恨みがましいカナダの口調に返ってくるのは軽やかな返事だ。もっとも、軽やかなのはいつものことだが、今日のカナダの兄弟は思いもかけず素敵な代案を提示してくれた。
「でも、こっちは君のだろう?」
「いいよ」
ふぇ、と返事ともなんともつかない気の抜けた声でアメリカを見遣れば、彼は相変わらず自身の手元に視線を落としたっきりだ。
細かく、丁寧に動く指先は普段の大味な兄弟の指先とは些か表情が違っている。もっとも、迷いを見せずに忙しなく動く姿は、彼らしいといえば彼らしい。
カナダは兄弟の指先をぼんやりと暫し眺めたあと、テーブル上に投げられていた特大のビニール袋からテイクアウト用のシェイクカップとストローを取り出した。中身の色はスプリンググリーン。なのにアップルオレンジ風味というこれまた新発売のシェイクである。
カナダはめずらしい兄弟の言葉にぽわぽわしつつもきょとんとして、けれど両手はしっかりと美味しそうな匂いのするビニール袋へと、おっとり迷いなく伸ばされた。
状況を整理すると、ここはカナダの家で、目の前の特大ビニール袋はカナダの兄弟が持ってきたランチである。
ランチというからには当然食べるものが入っているわけで、シェイクのほかにも見慣れたMの字が躍るペーパーに包まれたハンバーガーやらナゲットやらポテトが無造作に押し込まれていた。その量たるや、例えば少食な太平洋を隔てた年長の島国がみたらその絵面だけで満腹になりそうなものなのだが、そこはカナダも伊達にアメリカの兄弟ではない。Mの字のついたハンバーガーはメイプルドーナツと同じくらい好物の項目にがっちり含まれているし、なにより若いので食事量は実のところアメリカと大差ないのだ。あまり目立たないだけで。
‥‥そうとも、アメリカが傍で同じくらい食べてるから目立たないだけで、決して自分自身が目立たないとか、そういうことじゃないんだぞ!
状況整理のついでにカナダは考えなくてもよい、というか考えたくないところに行きかけた思考をMの字躍るビニール袋を漁ることで散らした。シェイクを取り出すついでに、いくつかのハンバーガーやポテトを机の上に取り出し並べる。鼻先を掠めたジューシィな匂いに、ほにゃんと口元を綻ばせながら、シェイクのカップと紙製の袋に収まったストローを手に取った。
‥‥と、そこにずい、と自分のものではない手のひらが突き出される。
「1.ハンバーガー、2.ポテト、3.シェイク、4.ストロー。いらっしゃいませ、どれになさいますか?」
「5.ストローの外袋。紙縒り(こより)にしてくれたらベストだね!」
ファストフードの店員風なカナダの問いかけに返されたのは、ナゲットにつけるマスタードの種類を告げるかのようなアメリカの大変朗らかな声だ。
もしもその返答がファストフードのスマイルプライスレスな店員に向けてのものであれば、本気でいろんな意味でプライスレスなスマイルが返されたのかもしれないが、あいにくなのか幸いなのか、現在彼の隣に座っているのは、気心の知れた兄弟であり。
はいはい、と口で端を噛み切ったストローの外袋を指先で縒って紐状にしてから手のひらに載せる、カナダなのである。
而してその紙縒りはそのままアメリカの指先へと吸い込まれるように消えて、‥‥そして、形を変えてカナダの眼前へと現れた。
「うん、出来たんだぞ」
「‥‥‥‥うん。君、本当に器用だよね。イギリスさん譲り」
「ソイツは褒めてるのかい?」
「うん」
「それならお礼にプレゼントを添えて差し出さなくちゃね!‥‥さ、手を出して」
「?」
そういって、ようやっとカナダへと視線を向けたアメリカは、朗らかな口調に相応しい、爽やかな笑顔で兄弟へと手のひらを、‥‥正確には手のひらの上に乗せた小さな紙細工を差し出し、するりとカナダの指先へと、其れを填めた。
「‥‥指輪」
「Right!」
どこかのクイズ出題者のような明快な声でカナダに応えたアメリカは、そのストローの外袋製の小さく愛らしい指輪をぽわぽわした兄弟の指ごとそっと持ち上げると、パチンと華麗にウィンクしてみせた。
そう、先ほどからアメリカが作っていたのは、紙縒りで編んだ指輪であった。
カナダは己の指に填められた紙細工を、まじまじと見つめた。
それは単純にこよりを輪っかにしてつないだものではなく、丁寧に編まれたものであった。リング部分はどうやっているのか一定幅できっちり編み上げられ、くるりと指を一周するサイズで継ぎ目も繋がっている。さらには飾り石の代わりなのだろう、紙製のバラらしき飾りがちょこんと乗せられていた。
「‥‥器用だねぇ、君」
指輪を填めた手のひらを矯めつ眇めつ眺めながら、本日何度目かの同じ台詞も頷ける出来である。
しかも、それが普段は大雑把でKYではた迷惑な兄弟の大きな手で編まれたものとなればなおさらだ。
カナダは一頻りその紙製リングを眺めやったあと、己の指先から繋がれた指や腕を経由して、製作者たる彼の兄弟へと視線を向けた。
アメリカは、機嫌がいいような何事かに呆れているような、笑っていいのかうんざりしたいのか判別つき難い‥‥というかその全部なのだろう、微妙な表情をカナダに返してきた。そんな兄弟の表情を、指輪と同じくらいまじまじと眺めやる。
「アメリカ?」
「‥‥作り方なんて、忘れたと思ってたんだけどなぁ」
そう呟くと、アメリカは一つ大きく息をついてからカナダの手を放すと、ソファの背もたれへと身体を投げるようにして凭れ掛かった。カナダは座ったソファ越しに、その身体の重みぶんの振動を受け取る。
ぽふん、と揺れたソファにあわせてもう片方の手に持ったままだったシェイクが揺れる。
アップルオレンジの甘い匂い、鮮やかなスプリンググリーン。‥‥春の、緑。
ふと、カナダの脳裏を遠い遠い昔の記憶が過ぎった。
「ああ、‥‥指輪ね」
「そう、指輪」
一言で、通じ合える。これもやはり兄弟の、幼い頃の穏やかな時代を、同じ養育者の下で過ごした兄弟ならではのものだ。
「ピクニックに行ったね」
「ああ、彼のまずーいお菓子をバスケットに詰め込んで」
「紅茶は美味しかったと思うけど?」
「壊滅的な料理も紅茶の美味しさも本当にいつまでたっても変わらないな、彼は」
「いいお天気だったよねぇ。空が凄く、透明な青で」
「野原で、さ。グリーンが、とても綺麗だった」
「そうだね」
遠い遠い過去の記憶。
彼ら兄弟にとっては昔から‥‥言葉には出さないが、今も、大切な。育て親との、和やかな記憶。
見上げた先はスモッグに侵されていない冴え渡ったスカイブルー。
風が走る緩やかな丘陵をどこまでも埋め尽くすスプリンググリーン。
とぷん、とカナダの手の中の鮮やかな色をしたシェイクが揺れる。
ぽそり、とアメリカが指先の可愛らしい指輪をつつきながら呟く。
「彼に教わったんだ。シロツメクサの指輪の作り方」
「イギリスさん、昔から料理意外は器用だったものね」
「指輪と、花冠の作り方。うん、実に少女趣味だな!」
「‥‥あれ?僕、覚えてないんだけど、作ったの。指輪は覚えてるけど‥‥一緒に居たよね?」
「君眠っちゃってたんだぞ。一緒に遊んでたのに、それで俺が暇になってその辺のクローバーを毟ってたら、彼が片膝に乗せて、教えてくれたんだ。君が覚えてるのは、俺があげたものだろう」
「へぇ」
因みに君はもう一方の膝に懐いて眠ってたんだぞ、と呟く兄弟に、カナダはへぇ、ともう一度曖昧な相づちをうった。
「イギリスのところにいたのなんて、ほんの少しだけなのに」
「‥‥そうだね、君と居れたのは、僅かだった」
「うん。少しだけだった」
立ち竦むカナダを置いて、泣いて詰るイギリスを振り払って。
瞬く間に育ち、そうして出て行ったアメリカ。
兄弟を捨て、育ての親を捨て。振り返ることもなく、駆けて行った後姿。
‥‥けれども。
「‥‥覚えてるんだね」
「‥‥うん、忘れたと思ってたんだけどなぁ」
ふふ、と苦笑めいた笑いがアメリカの口から零れ落ちた。
普段の快活に過ぎる笑い方とは違う、大人びた笑い方だ。
長い年月を生き抜いてきた欧州やアジアの連中には散々っぱら子ども扱いされるけれど、それでもやはり自分達‥‥カナダも、アメリカも。数百年を過ごしてきたのだ。生まれてから此方の記憶は膨大、すでに忘れきってしまったことも多数あるはずなのに。
小さな指輪の作り方。
膝に頭を乗せ見上げた鮮やかなスカイブルー、抱かれて見渡したスプリンググリーン。
「覚えてる、ものだな」
「そうだね、‥‥小さい頃のことは、特にね」
「イギリスのまず〜い料理こそ忘れられたらよかったのにな!」
「え、無理だよアレは一度体験したら忘れられないよ」
「まったく、イギリスはパンジャンドラムなんて開発してないでスコーン量産してドイツに送りつけてればきっと連合国の圧倒的勝利で戦いは終わったんだぞ!」
「‥‥そいつは盲点だったね。凄いよ兄弟!出来ればあの頃思いついててくれたらもっとよかったんだけど」
「ヒーローにも出来ることと出来ないことがあるんだぞ!」
軽口の応酬は、軽やかに笑い合って終える。
並び合ってソファに凭れて、シェイクと指輪を携えて。
すそそ、とカナダはスプリンググリーンのシェイクを一口啜った。甘くて美味しい。
「カナダ、一口」
「はい。‥‥ってまた君はあぁ!!」
すそそそそそそそ、と携えたカップからこれまた凄い勢いで啜り上げられていく春色のシェイクに、カナダは予定調和のように喚いてみせた。
うん、美味しいねこっちも!と快活に笑うアメリカを、すっかりと軽くなったカップ片手にねめつける。
「一口!ひとくちって言ったのに!」
「指輪の代金だよ」
「プライスレスだよね、ファストフード店員のスマイルくらいプライスレスだよねストローの外袋製指輪?!」
「いや、俺の愛が詰まってるからそのぶん上乗せで代金徴収」
「‥‥君の愛はシェイク一口ぶんかい」
「足りないかい?」
「足りない!」
「なら、」
なら、上乗せで。すぅ、とスカイブルーの瞳が笑う。
「んぅ‥‥ッ」
「‥‥ン、」
引き寄せられるというより、むしろ引き倒されて受けたキスは、アップルオレンジ味だった。
キシリとお気に入りのソファが控えめに鳴く。
いつの間にかカナダの手からは限りなく空に近かったシェイクのカップは無くなっていて、コトンとテーブル上に兄弟で恋人の長い指先が其れを器用に置くのを、キスの合間に掠め見た。
ストローの端に、スプリンググリーン。
‥‥不意に、過去の記憶が脳裏を掠める。
『カナダ!カナダ、ねぇ、手を出して』
『?‥‥なぁに、アメリカ』
ちゅ、と最後に可愛く甘いリップ音を残して離れた唇を、カナダは暫しぼんやりと眺めた。ごく近い距離。
同じ育て親の元で、離れるあの日までいつも一緒だった、兄弟。
‥‥そして今また、一緒に居る、恋人。
カナダは笑った。
「‥‥思い出したよ、アメリカ」
「ん?何をだい?」
「君が、あのシロツメクサの指輪くれたとき。そういえば、あの時もキスされたなぁって」
「‥‥‥‥‥‥あー‥‥、」
すぅ、とアメリカの頬に赤みがさした。
「『誓いのキスだよ!ずっと一緒にいるんだぞ!』とか言ってたくせに、その数年後には独立しちゃうんだからね。まったく」
そう言うなりカナダはわざとらしいほどにはふぅ、とため息をついて、己を組み敷く恋人へと目を向けた。
その視線の先、アメリカはといえば彼には少々珍しいほどにうろたえているのか、視線を方々に流しやったあと、開き直ったようにカナダへと視線を合わせてきた。
「今一緒にいるんだから、いいだろう?」
ひたりと向けられる彼の瞳はスカイブルー。‥‥遠い昔の、空の色。
「‥‥‥‥まぁ、そういうことにしておいてあげてもいいけどね」
クスリと笑って応えれば、まるで子どもの仕草でむくれたアメリカが、子どもでは出来ないキスを仕掛けてくる。意外に器用。‥‥キスが巧いのは育て親に似たのかな?なんて埒もないことを考えた。いや、それなら僕だって巧いはずだろう。
何せ、自分にはイギリスのほかに、もう一人の育て親が‥‥
「‥‥君もやっぱり、育て親に似てるよ」
「ん?‥‥どの辺りが」
「皮肉交じりの口説き文句が凄く巧い」
「んー‥‥フランスさん、ことあるごとに僕のこと口説いてたからねぇ」
「あのロリコン髭め」
「ま、僕らも大概ファザコンだから、お互い様じゃないの?」
「えー‥‥?」
「ならマザコン」
「その言い方はもっと嫌だ」
きっぱり言い切ったアメリカに、カナダはクスクスと笑った。
そして笑いながら、そっと恋人の顎を撫でる。ピクリ、と震えたアメリカの手ごたえに、内心でニンマリと笑いつつ。‥‥手練手管は、キステクニックが世界最高の育て親か、はたまた自称世界の恋人の父親譲りだろうか?
埒もないことを考えていたら、ふ、と視界が陰った。
アップルオレンジが唇を掠める。
「カナダ、」
「なんだい?」
「『誓いのキスだよ。ずっと一緒に居るんだぞ!』」
それは遠い日の約束。‥‥果たされなくて、けれど今は、また傍に。
だから。今、もう一度。
「‥‥それじゃ一緒に居て、二人で出来ること、しよっか?」
ストロー製の指輪と、スプリンググリーンのシェイク味のキスを誓い代わりに。
「‥‥‥‥君、やっぱり口説き文句が父親似だね。フランス譲り」
「それは褒めてるのかい?」
「うーん、微妙なところだけど、君の口説き文句は大好きだぞ」
「それならお礼にプレゼントを、って言いたいけど、僕には指輪の持ち合わせがないね。‥‥だから、僕でいいかな?」
「君がいいんだぞ」
ふんわりと笑っての問いかけに、キスの距離の恋人もやはり笑うものだから。
カナダは首にかけた腕でそっと恋人の頭を引き寄せて、甘い甘いキスを仕掛けた。
幼い者にとって、親は絶大な影響力を持つ。
イギリスに育てられたアメリカは、彼に倣って器用に指輪を編んでみせる。
フランスに抱かれ育ったカナダはといえば、素敵な口説き文句で恋人を篭絡する。
けれど一番似ているのは。
『愛してるぞ、アメリカ』
『愛しているよ、可愛いカナダ』
「好きだよ、アメリカ」
「俺も。‥‥一緒に居ようね、カナダ」
甘い、甘い声で愛を伝え合う。その声、その想い。
根幹の部分に、必ず影響は残る。親とはそういう存在だ。
jim-dandy
the end.(2009.04.19)
リクエスト『兄弟だったり恋人だったりな米加』
‥‥リクに応えられているのか微妙です(苦笑)
ありがとうございました。リク主さんに限りご自由になさってくださいませ〜(´∀`)