「話にならないね」
軽やかで優しい、若者の声だった。
発言と同時、白い指先から放られたレジュメが机上へと放られる。
ほんの数枚つづりの紙束だ。会議の資料用、さほど上質というわけでもない白い紙に踊るのは綺麗にタイプされたアルファベット、国際言語として通用する至極普通な英語である。
放られたレジュメは慎ましやかな音を立てて、磨きぬかれた木製のオーバルデスクへと着地する。それは空気をはらんで机上を滑り、静かに行為者の眼前、腕の届く範囲外へと移動することで、その内容を一言で斬って捨てた発言者の意図を、明確に表示してみせた。
白い紙の上に踊るのはごく普通の英語で綴られた‥‥至極特殊な提案だ。
「まったく、話にならない」
重ねての発言だ。普段はおっとりしているはずの声は、やはりおっとりはしていたのだが、そこに含まれる温度は、斬りつけるような鋭さは、段違いだった。
日本は視線を前方へと固定したまま、先の発言とその行動に、レジュメの作成者たる隣席の若者の気配が一瞬で激しく張り詰めたのを、皮膚感覚として受け止めた。
気配を感じる、などという生易しいものではない。ある種の物理的圧迫さえ感じられた。‥‥己へと向けられているものではないと知っていてさえ、心臓を直に撫でられるような。
それは超大国の傲慢と威信、冷酷さ、無情さ。‥‥純然たる敵意。
「君。‥‥カナダ。それは、この提案に反対という意味かな?」
普段は軽い脱力さえ感じられる快活な若者の声は、今は至極フラットで落ち着いた色をしていた。
外見も実年齢も、日本やこの場に居並ぶ大半の国に較べればはるかに若い彼は、しかし同時に世界の頂点にある(‥‥経済的にも、軍事的にも、だ)超大国であると、その声が語っている。
一瞬で議場の空気が極限まで張り詰める。
日本は丹田へと力を入れ、意識して気息を整えた。
自分が、『日本』が竦むわけにはいかない。たとえどれほどの心許なさを重圧を感じようとも、素の心を気を計らわず表すことはすなわち外交の敗北である。外交が下手だとどれほど他国から言われようと、日本は『日本』としてこの場に自分の居場所がある意味を心得ていた。
‥‥同時に、不甲斐なさもこれ以上はなく噛み締めてもいたのだが。
しかし、今この時日本の心の動きに注目するものはいない。
今この場の全ての視線を‥‥アメリカの激しい無言の圧力さえ、真っ向から受けて立ち平然と発言しているのは。
「言葉どおりの意味だよ。全てにおいて"NO"、いや、反対ですらないね。まったく話にもならない。この案件を挙げるというならば、僕は即時退席させてもらう」
「‥‥ッ、」
アメリカから瞳をひと時も逸らさず言いきり、言葉どおりに席を立ったカナダは、一人議場を後にした。
‥‥思いのほか優雅な足取りは育ての親のどちらに似たものだろうと、日本は隣席で立ち竦むアメリカの握られた拳に気をやりながらも些か場違いなことを、そのしなやかで堂々たる背中を見送りながら思った。
ごく限られた国が集まる会議とはいえども、そう常時堅く重苦しい議題ばかりを取り扱っているわけではない。
わりとくだらない案件でああでもないこうでもないと議論することもしばしばだし、もう少し真面目なところでは予め各国間による根回し、非公式の会合などの下準備を経て結論を用意した上で話し合うこともある。
適度に議論して、落としどころに落とす。ある意味茶番めいた会議だが、まったく意味がないわけでもなく。‥‥そう、それだってたまには荒れることもあるのだ。今日のように。
日本はスーツに身を包んだ小柄な身体を出来うる限りせかせかと動かして、広い建物内を歩き回っていた。
今回のホスト国であるアメリカが用意した議場兼ホテルは彼の国土のサイズに合わせてか、とても広々としたつくりをしていた。先ほどまで議論が交わされていた会議室はそろう人数に合わせてかこじんまりとしていたのだが、建物自体は広々と雄大なつくりだ。本来の彼らしい、ほんのりと素朴さを残した豪放な感じは、己には持ち合わせのないアメリカという国の美点だと日本は思う。
もっとも、こうして"人を探す"という行為への不向きさ加減には、些か閉口したくもなっていたのだが。
「日本!」
凛然とした背後からの呼び声に、足早に進んでいた日本の足が止まる。
「‥‥イギリスさん」
振り向いた先にいるのは、ほっそりとしつつも強い迫をもつ青年の姿だ。
スーツに着られた自分とは違い、スーツ発祥の地らしくトラディショナルなスタイルのスーツを隙なく着こなし、小物類もシンプルだが上等のものを身に着けている。豪奢な太陽の金を宿した短めの髪が風もないのにふわりと揺れていた。
彼も欧州の人間にしては小柄なほうなのだが、日本と較べるとそもそものコンパスが違う。さすがは紳士の国というべきか、優雅さをきっちり保った早足に見えない早足で一気に距離を詰めたイギリスは、日本の傍まで来ると、ほわりと僅かに口元を綻ばせた。
「ここに居たか、探した」
「あ‥‥それは、申し訳ありません」
「って、べ、別にどうしてもお前に会いたいとかッ、話したいからって探してたわけじゃないからな!これは、お、俺のためだ!」
イギリスの言葉に日本は一度だけ瞬きをすると、ぺこりとお辞儀をして謝意を表す。
開国後の早くから付き合いがあり一時は同盟関係にさえあった彼の国は、その動作が日本式の詫び方だと心得ているらしく、わたわたと慌てた末に少し捻くれた返礼をくれた。普段からのイギリスらしい、素直ではない物言いに日本もまた、ほろりと口元を緩ませる。と同時に、会議中に張り詰めた心の緊張もまた、ほんの少しだけ緩んだものだ。
「はい。ありがとうございます、イギリスさん」
「‥‥あ、ああ。わかればいい」
控えめに微笑んで重ねて礼をとれば、イギリスは頬をほんの少し赤らめてから視線をそらし、軽い咳払いをしてみせた。‥‥自分に比すれば彼もまた若い部類に入るのだが、それでも既に千年を越す時を渡ってきた列強の一角であることを思えば、いっそ初々しいほどの仕草に日本は和やかな気分になる。なんやかや言いつつ、この国は日本に優しいのだ。
‥‥今ここに日本を探しに来てくれたのも。その優しさの一つなのだろう。
ふと脳裏を過ぎった事実に、日本は微かに気分を重くする。
そう、彼が日本を探しに来たのは‥‥有り体にいえば、慰めにきたのだ。
捻くれた彼は決していわないであろうが。
白い頬を微かに染めて(なんとも可愛らしい風情だ)、しきりに咳払いをしていた優しい紳士へと日本は改めて向き直ると、もう一度、深々と頭を下げた。
「誠に申し訳ありませんでした」
「や、だから俺がきたかっただけで‥‥っ、」
「先ほどの議場の席。‥‥彼を諌めねばならなかったのは、私でしたのに」
「‥‥‥‥ん、ああ、それか」
日本は厳しい表情で顔をあげると一度だけ唇を噛み、ぐっと腹の辺りで両の手を握り合わせて言った。
そういえば、あの席上でも自分はこうして手を握り合わせていた。‥‥発言も、することなく。
「いいさ、お前には無理だろう」
「‥‥申し訳ありません」
「責めてるわけじゃねぇよ。言わなきゃならないって意味では、俺も同じなわけだし」
「しかし、」
事も無げに言ったイギリスに対し、尚も言い募ろうとした日本の言葉を、その深い緑の目で押しとどめられる。その瞳にやどった苦々しさに自分と通ずるものを感じ取り、日本は暫しじっと彼の瞳を見つめた後で、「‥‥はい」と、小さな、小さな声で頷いたのだった。
先ほどの会議に上げられた提案は、アメリカ発のものだった。
当然レジュメは彼と彼の上司、スタッフが用意したものであったわけだが‥‥これが、予想以上に特殊というか‥‥はっきり言って、呑める類のものではなかったのだ。それはレジュメを受け取り、快活で強引な彼の説明を聞いた他の国達も同様だった筈だ。
あまりにも、参加国の負担が重過ぎるのだ。
勿論アメリカも相応の負担を強いられる内容ではあった。だが、他国の負担は、場合によってはその国家なりの丈というものをやや超えかねない内容で。
なるほどアメリカはいいだろう。誰もが自分の利益を優先する案を持ってくるのは当然といえば当然である。が、それにも限度というものはある。あとは、そこから誰がどれだけ譲歩し、主張し、意見を取り入れ、妥当な意見へと集約していくか、なのだが‥‥。
「ああ、さすがにあれはなぁ‥‥」
「はぁ、‥‥ああ、いえ、善処しますというか‥‥」
「それ日本語で『いいえ』って意味だろう」
「え、あ、まぁ、アレですよね、はい」
「日本語は曖昧過ぎるな。だからつけ込まれるんじゃないのか?」
「はぁ」
個性的過ぎる眉を顰めて言う古い友人に、日本は曖昧な相づちを返して言葉を濁す。スイスあたりならば「もっと自分の意見をはっきりと言うのである!」と怒り出しそうな返答だが、幸い目の前に居るのはどちらかというと行間を読むのが上手な島国である。島国同士相通じるものがあるのかと他国には皮肉交じりに言われたりもするのだが、それは置いといて。
「‥‥まさか、私のほうにも事前調整なく議題提出をされるとは思わず」
「俺は外交筋から聞いてはいたんだがな。‥‥あのガキ、俺の忠告10割シカトしやがった」
そう言うなり、強めのため息をついたイギリスは、ガシガシと豪奢な色味の少し硬い金髪を掻きまわす。
それをみた日本もまた、薄い肩を僅かに落としてため息をついたものだった。
大国であるアメリカには、数多くの同盟国、友好国がある。
いわゆる先進国と呼ばれる国とは概ね良好な関係を保っているし、世界のトップに君臨していると言って過言ではない彼に追従する国は数限りなくいると言ってもいい。
内実はともかく、という強い但し書きつきで。
そう、ほぼ全ての面においてアメリカの味方となってくれる国は、ごくごく少数だ。
元宗主国である、英国。
戦後復興に深く関わった、日本。
そして‥‥
「‥‥カナダさんがあのように強くものを言われる姿は、久しぶりに拝見致しました。それも、アメリカさんに」
ぽつりと零した言葉は、日本の本音だった。
カナダ。同じ大陸を二分する、もっとも親密度の高い、兄弟のような国。
常日頃からおっとりとしているからか、微妙に‥‥いや、結構に影が薄いだのぼやけているだの言われ、実際日本もアメリカと幾度も間違ったことがある。
それほどに彼らの外見は似ていて、そして内面は違いすぎるほどに違っていた。‥‥と、思っていた。
無理も当然の如く無邪気に主張するアメリカ。そんな我が侭に苦笑し結局は受諾するカナダ。
そんなある意味バランスの取れた、仲の良い兄弟。
その印象を、先ほどの一幕で見事に覆された。
短いセンテンスで痛烈な言葉を吐く辺りは、イギリス似なのだろうか。
音楽的な響きを持った軽やかなもの言いはフランス譲り。
よくよく考えればそれはアメリカも十分に持ち合わせているものであり、そういう意味では彼ら兄弟が、寄ると触ると闘っていた欧州の2大国に育てられている、というのが非常に納得できた。
そういう意味では、カナダもまたいつものおっとりふんわりばかりではなく、今日のような一面があってしかるべき、なのだろうが‥‥。
「彼にも辛い意見でしたでしょうに、しっかりと発言なさって。‥‥まったく、己の不甲斐なさに情けなくなります」
キリ、と日本は強く唇を噛む。
アジアにおける最大の同盟国だとの表向きの評判の裏、アメリカへの強すぎる依存と追随を他国に冷めた皮肉な目で見られていることはとうの昔に承知済みだ。
自分には、アメリカに頼らねばならない理由もそうせざるを得ない事情もある。あるのだが、‥‥肝心の場面で一言たりと諌めることがかなわず、何が同盟国か。
真に『対等な』同盟国ならば、カナダのように主張すべきだった。
「一言、カナダさんにお声をおかけ致したく、先ほどから探していたのですが‥‥」
それが、カナダの退席後立ち竦んでしまった議長国アメリカに成り代わり、少し長めの休憩を宣言したイギリスの言葉を聴くなり、そっとひとり会議場を抜け出して日本が広大な議場を歩き回っていた理由。
何を言うのか、言いたいのかは自分でもよく整理できてはいないのだが、それでもなにか、あの、いつもおっとりと優しい人に、何かを言いたいと思ったのだ。
しかし、そんな自己嫌悪に気分を重くしていた日本へと掛けられた言葉は、自身に対する肯定でも否定でもなく。
「ああ‥‥。アレはなぁ‥‥まぁ、頑張ったっつーか、頑張らされたっつーか」
「え?」
無意識のうちに俯かせていた顔を上げて見たイギリスは、なんとも微妙な表情をしていた。
‥‥立派な眉の辺りは、少し顰められて不機嫌そうだ。ほんの少し淡く染まった目元も、そうだろうか?いや、どちらかといえば照れているような、あるいは嬉しそうな‥‥。くっと口角を落とした口元は、悔しそう?緑の瞳は、相変わらず綺麗で、これは‥‥なんだろう?
「‥‥あの、イギリスさん?」
「え?」
「‥‥‥‥いえ、その‥‥、どうされましたか?」
特になにも意識せず零した問いかけはなんとも曖昧な仕上がりで、言った日本も微妙に当惑してしまった。言われたイギリスは言わずもがなだろう。複雑すぎる表情を、きょとんと妙に可愛い呆けたものにして日本へと視線を返してきたので、日本は妙に焦った気分になる。
「あ、いえその、何でも‥‥はい。あ、それよりカナダさんに。一言申し上げたいのですが、一体何処にいるのやら‥‥」
「んー‥‥行くか?」
「え?‥‥って、イギリスさんカナダさんがどちらにいらっしゃるか知っているのですか?!」
あわあわと曖昧に濁した言葉に思わぬ返球を受け、日本は思わず大きな声をだしてしまう。己らしからぬ声に日本は恥じ入ったのだが、普段から主張の激しい欧州に慣れているイギリスは頓着することもなく、一瞬遠くを見る目をしたかと思うと、「こっちだ」とすたすたと歩き始めた。
当然、日本もその後を追う。自分よりやや広い歩幅をピッチをあげることで補い並んで歩きつつ、日本はイギリスへと問いかけた。
「あの、イギリスさん。どうしてカナダさんの居場所を?控え室には、いらっしゃらなかったのですが‥‥。」
「いや、カナダの居場所は知らねぇけど。‥‥アイツのいそうな場所は知ってっからな」
「え?」
‥‥微妙に低く不機嫌そうな声音で言い表された『アイツ』が、カナダではないことだけはなんとなく解った、のだが。
カツカツカツと革靴の規則正しい足音が二人ぶん、広い建物内に響き渡る。
今回アメリカが用意したのは参加国の宿泊施設も兼ね備えた‥‥というか、ホテルをまるごと借り上げる形の開催場だった。警備の関係上、こちらのほうがやりやすいのだろう。日本もイギリスもホテル内に部屋を貰っている。勿論カナダもだろうが、宿泊する建物は議場とは別棟なので、退席した彼も自室に帰ったというわけではないだろう。今後全ての会議をフルでボイコットするというのならばともかく。
イギリスの足はよどみなく動く。
目的地を知らされないままに歩くのはなかなかに疲れるものだが、日本としては彼についていく以外にないのでその足を必死で追った。
建物内には人の気配は少ない。勿論最低限、参加国をもてなす為のスタッフと各国が連れてきた最小限の随行者はいるのだが、それでもここがこれほど大きなホテルだということを考えればほとんど人にすれ違わないのは不思議なものだと日本は思う。
もともと自分の家は広さに対して住まう者が多い。これほど人少ななのは、いっそそわそわと不安な気分にさえさせられる。
だから、だろうか。
前方に察したひとの気配に、まったく無防備に視線をやったのは。
「‥‥っ、フ」
「っと、」
上げかけた声を抑えつけてくれたのは、隣に居たイギリスだった。
手で口をふさぐのでは間に合わなかったのか、顔を肩に押し付けさせて全身で抱き込み、引っ張り戻すようにしてちょうどあった柱の陰へと身を隠す。‥‥まさに、隠す、という感じだ。
まぁ、それも似合いだろう。
他者の‥‥それも、見知った相手同士の熱烈なキスシーンをまじまじと眺めやるのは、あまりに趣味が悪いというものだ。
「‥‥え、あの、イギリ」
「‥‥‥‥っのクソワイン、あの髭残らず毟ってやろうか」
日本の前では常に優しく紳士な態度を崩さないイギリスにはごく珍しい暴言に、抱き締めてくる腕の中で日本は困惑した。
勿論、その一瞬前に見た光景にも、だ。
長い廊下を抜け、庭園のあるフロアへと降り、コンシェルジュのいるロビーを素通りして高く瀟洒なつくりをした天井のホールを横目に辿り着いたのは、やや広めのフロアにいくつかのソファセットが設えられ、それを観葉植物や洒落た衝立で巧妙に間仕切った、応接室のような場所だった。もっとも、現在歓談している人間はいない。本当に、このホテルに入ってくることの出来る人間はごく僅かなのだ。
そして、件の2人もソファで歓談しているわけではなかった。
彼らがいたのは、部屋の端。そもそもが人の視線を巧妙に切るようデザインされた応接フロアにあって、さらに人の視線から逃れられるだろう場所である。‥‥密会(と、言っていいものか日本には分かりかねたが)には、最適の場所だと思われた。
「ん‥‥、ぅ」
甘い、鼻にかかった声が微かに聞こえる。加えて、少し粘った水音。ここ数十年は色事から遠ざかっている日本ではあるが、さすがに先に視界に飛び込んだ映像と重ねてあわせれば、それが何を意味する音であるのかとか、その声がどういった類のときに出されるものであるのか、を想像するくらいはできた。
カァ、と全身の体温が2、3度上がった気がした。ああ、今日はきっと母国は真夏日ですと埒もないことが頭の隅を過ぎる。
自分とて長い長い時間を木石のように生きてきたわけではない。それなりの経験は積んでいるのだが、いやそれにしたって。
「ふぁ‥‥ッ、あ、ふら、‥‥す、さ」
「ん、‥‥可愛い声」
普段はおっとりと愛らしい声は、今はとろりと蕩けた甘くおっとりとエロティックに可愛い声になっている。
対する自称・愛の国の青年はというと、普段どおりの無駄に色気のある声に、これでもかと甘い何かをぶちこんだような声音だ。
甘い何か。‥‥そう、たとえば、愛しさである、とか。
勿論、その愛しさは親子愛に付随するものではなく。
(‥‥‥‥‥‥ううん、そういう関係でしたか)
尚もキスは続行しているようだが、それなりに順応性の高い日本は目の前の関係をスルリと自分の中に落とし込み、納得する。そして、尚も自分を抱き締めてくれているイギリスの肩の辺りをポンポン、と叩いた。
「‥‥ん?あ、わ、悪いっ」
「ふぁ、ああ、いえ。こちらこそお手数を掛けまして。‥‥それと、あの、お静かに」
「う、あ、‥‥ああ」
ぱっと腕の中から開放された日本は、あわあわと動揺するイギリスを今度は逆になだめる。
向こうに居る恋人達とは、なにせキスの音が聴こえてくる程度には近距離なのだ。‥‥気づかれると、さすがに少々気まずいだろう、双方。
出来る限り雑念を払って耳を澄ます。‥‥まだキスを交わしている2人には、此方に気づいた様子はない。
それを幸いとして、日本はまだあわあわとしている(いろんな意味でギャップがあり可愛い人だとつくづく思う)イギリスの腕を引いて、さらに少しはなれた位置にまで場所を移動した。キスの音は聴こえなくなったが、姿を窺うことが出来る位置だ。
「‥‥なんとまぁ、お2人は恋人同士だったのですねぇ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥不本意だがな」
「おや、お父様は納得できないご様子で?」
「誰が父親だ!つか、父親っつったらあの髭ワインのほうこそ父親だろう」
「そういわれるとそうですね」
益体もない会話を交わしつつ、日本はそっと、フランスとカナダの姿を見やった。フランスの腕がカナダの少し細身の身体を抱きこむようにして抱き締めている。濃厚なキスを終え、少しぼんやりとしているカナダの額にフランスがそっと唇を掠らせている。‥‥ある意味、普通のキスより恥ずかしいと思うのは自分だけだろうか。
けれど、悪くはない光景だと素直に思った。
自分達は人に似せてはいるが、人ではない。
長い長い年月を渡る存在で、そこには文字通りの星の数ほどの出会いと別れが存在する。物でさえ、朽ち綻びていくのに、自分達は残る。
手のひらから全ては滑り落ちる。落ち続けるそれを、けっして掬い上げることは出来ない。
けれど。
もしも、自分と同じ時間を渡る、相手ならば。
出会い、別れ‥‥、そしてまた再び出会える相手であるならば。
フランスとカナダの歴史は史書上のことでしか知りはしないが、‥‥ある程度は知っているつもりだ。出会いと別れ。勿論その舞台に、今自分の隣に立ち、不機嫌そうに眉を顰めて彼らを窺っている人物がいたことも。
「‥‥ああ、だから、ですか?」
「あん?何が」
「いえ‥‥カナダさんが、あれほどはっきりと意見された理由」
「‥‥‥‥‥‥それ以外に、ねぇだろ」
むっつりと不機嫌そうに、けれど何故だか誇らしげに言い切ったイギリスに、日本は苦笑する。
‥‥そう、アメリカの提出した案は、あまりにも参加国に過酷な負担がかかるものだった。そう、とりわけ、‥‥フランスに。
「ううん、アメリカさんにそのつもりはなかったのでしょうが、なんといいますか、フランスさんはいろんな意味で命拾いしましたねぇ」
「あのヤロウを毟れるっつーだけで俺はアイツの案に賛成してやりたい気分だ今まさに」
「またそんなことを。イギリスさんもかなりキツかったですよ、あれ」
呆れた口調で言えば、イギリスは妙に拗ねた顔でフイと顔を逸らした。
どことなく普段より言動が可愛いのは、目の前で繰り広げられる自分の弟と腐れ縁の逢瀬に様々な思いが去来しているからなのだろう。従順な弟であったカナダは今も可愛がっているし、なんだかんだいいつつ、イギリスはフランスを気に入っているのだ。主に顔の造作と料理とボコり易さをではあるが。‥‥ツンデレの面目躍如です、とこっそり日本は思ったものである。
と、そこに向こうから僅かにではあるが、声が聞こえてきた。
「だって‥‥アメリカってば、勝手ばっかり‥‥!」
「ほら、もういいから怒らない。カナの眉間に皺が残ったらおにーさん泣いちゃうよ」
「う‥‥」
「まぁねー‥‥アレは俺としてもちょぉっとキツイので、イギリス辺りに反論させようとは思ってたけどねぇ。それよりさきにお前がキレたから、お兄さんびっくりしちゃいましたよ」
「うう‥‥」
「俺のために怒ってくれたんだよね?カナは優しいなぁキスしていーい?」
「‥‥さっき、いっぱいしたじゃないですか」
「さっきのキスはお前を宥めるキス。今度のは、お兄さんの感謝のキスだよ。‥‥カナダ」
「‥‥フランスさん、‥‥ん、ぅん」
「ん。‥‥まぁ、アメリカも兄弟にこっぴどく叱られて反省しただろうから。許してやりな」
「‥‥‥‥フランスさんが、そう、言うなら」
「そうそう。お兄さんカナにかばわれてすっごくキューンとしちゃったよー。カナかっこいい」
「‥‥えへへ、そう?」
「そう。‥‥まぁ後のフォローは日本やイギリスに任せて。‥‥もう少し、カナの可愛いところ、見せて?」
「ん、もう‥‥」
そうして、そっと唇を重ねて。カナダのしなやかな腕がフランスの首にするりと掛けられたところで、ふっとフランスの視線が目の前の恋人以外へと飛ばされた。
パチン、とウインクつきで。
「‥‥‥‥あのクソ髭、確信犯かよ」
「気楽に言ってくださいますよね、まったく‥‥」
けれど、まぁ。
ふぅ、と二人してため息をついた。どちらからともなく目を合わせる。
「‥‥カナダさんのほうはフランスさんが宥めて、連れてきてくださいますよね」
「なんとかなるだろ、つかするだろ。しろよ髭」
「ならば、私達のすることは、ひとつですねぇ」
「だなぁ‥‥ったく」
はぁ、とため息をついて金髪を掻く、アメリカの『欧州最高の同盟国』を、日本は苦笑しつつ見上げる。
「まぁ、私達、アメリカさんが大好きですからねぇ」
「なッ、ち、違うぞ俺はあのガキのことなんか‥‥っ!」
「はいはい、昔は天使みたいに可愛かったんでしょう?」
「‥‥そうだよ、ったく本当どこで子育て間違ったんだか‥‥昔は『イギリス♪』とかいってすっげぇ可愛かったのに‥‥」
「はいはい。‥‥さ、アメリカさんを宥めに参りましょうか」
「‥‥仕方がねーなぁ。ったくあのクソアメリカ、しょうがねーったら。昔はあんなに‥‥」
尚も子どもの頃の元弟を思い出しているのか、ぶつぶつと呟きつつ元来たみちをやはりスタスタと姿勢よく歩いていくイギリスの後姿を、軽い足取りで日本は追いかけた。
背後には、恋人達。
日本は歩きながら規則を整える。
そう、自分も真っ向勝負だ。自分は『日本』、アメリカの対等な同盟国。
「勝負です、アメリカさん」
‥‥愛する人のため、強い兄弟へ真っ向勝負を挑んだカナダの勇気を見習って、私も頑張ってきましょうか。
純愛闘争
了.(2009.05.06)
リクエスト『G8で仏加、ちょっとカナ目立たせて(RICCOさん)』
‥‥ええ十分解っております。カナ目立ってないですよね。
もう一つ、気を見て仏加メインのお話を書きますのでご勘弁を‥‥!
RICCOさんに限りまして、お好きに煮るなり焼くなりどうぞです。
リクエストありがとうございました!(´∀`)