英国紳士たるもの、常々心がけるべきは Don't Panic の精神だ。

Don't Panic。つまり、慌てない。つまり、平常心。
戦場にて鼻先を銃弾が掠めていこうとも、慌ててはならない。落ち着いて装備および地形を確認、反撃すべし。
職場に隣国からキスマークだらけの愛を込めない書状が届いても、慌ててはならない。部下に処分を任せ、自らは二番目の引き出しに入った呪術書を開くのが仕事だ。
オーブンを開けたらスコーンが消し炭‥‥いや、少々焼きが深く見えても、慌ててはならない。冷蔵庫には味が濃いめのジャムもクロテッドクリームもたっぷりストックしている。
紅茶を飲みながら「あー‥‥日本に会いてぇなー‥‥」などという呟きを仲の良い妖精に聴かれたとしても、慌ててはならない。「まかせて!」なんていいながら消えた気の良い彼女を追うのは(一応)人の身の自分では無理だ。
呼び鈴に玄関を開けたら清楚な恋人と可愛い可愛い娘が立っていたとしても、慌ててはならない。焼きたてのスコーン‥‥は少々、ほんのちょっとだけ焼きすぎたからアレは隣国に呪いついでに送るとして昨日焼いておいたスコーンと紅茶を振舞って優雅なひと時を、

「イギリスさん、お買い物行きましょう!」
「は?」

‥‥Don't Panic。

大変いい笑顔の恋人と娘に腕を引かれて玄関先で待っていたタクシーに押し込められてヒースローからあろうことか東の果てに住まう恋人の家の政府専用機に乗せられて(「うちの上司がちょうど帰国するところでして、ええ、経費節減ですよそうでしょう?」「よかったぁ日本さんのおうち結構遠いんだもの、ラッキーでしたねイギリスさん!」)意外に押しの強い恋人とおっとり可愛い笑顔の娘に両脇を固められてあっという間のフライト、あれよあれよという間に気がつけば東の果てのメガロポリスのど真ん中、人も物も溢れかえった狂騒めいた活気に満ち満ちた若い女性がきゃわきゃわと集うカフェに一人放り出されたとしても、ついでに周りの女性になんだか微妙な不思議そうな目を向けられたとしても!

「‥‥‥‥‥‥‥‥落ち着け俺。」

Don't Panic。英国紳士は慌ててはならないのである。
けれどどうせ放置するならせめてホテルのサロンあたりにしてほしかった。









「あー、楽しかったぁ。あ、イギリスさぁん、ただいま戻りまし‥‥たぁ?!」
「カナダさん、そんなに走ってはいけませんよ、また転んで‥‥ああ、ほら」

何杯めかはもう数えていない紅茶のカップを(微妙に薄いがまぁまぁだったのが救いだ)素早くテーブルに置き、俺はお約束のように転びかけたカナダを抱きとめた。‥‥ああカナダ、お前本当にしっかり育ったよな、そのおっぱいはお前の財産だ、大事にしろ。ヒゲやKYメタボに気安く触らせるんじゃないぞ、いいな。
ぷるるんぱふんと音でもしそうな柔らかな感触に親としての感慨を感じつつ、そっとその体勢を立て直してやる。ふんわりとしたハニーカラーの巻き毛が俺の顔や肩をくすぐって、起き上がったカナダはちょっと照れたように笑ったものだ。うん、大変可愛い。

「カナダさん、お怪我は?」
「はい、大丈夫です、イギリスさんが受け止めてくれたから」

心配してくれてありがとう、日本さん。
おっとりと可愛い声で、辺りに散らばってしまったカラフルなショッパーを上品な挙措で拾い上げてくれた日本へとカナダが礼を言う。うん、礼は淑女としての基本だぞ、合格だ、カナダ。

「さ、カナダさん、こちらに。‥‥イギリスさん、お待たせしてしまってすみませんでした」

カナダの為に椅子を引いた日本が、自らも優雅な仕草で席に着きつつタイミングを計っていたらしいウェイターへとコーヒーを二つ、あとおすすめのケーキを彼女へお願いします、と清楚な笑顔で伝える。ウェイターもまたにこやかな笑顔でオーダーを復唱したのち、身軽い足取りで開放された窓をくぐり、キッチンへと帰っていった。
デッキテラスの、オープンカフェ。
パリやロンドンの其れと較べるとなんとなくの違和感があるのだが、これがジャパニーズスタイルだと割り切ってしまえばどうということもない。
なにより一人女性が大半という店にほったらかされていたという状況から脱することが出来た‥‥いや、別に寂しかったとかじゃないからな。ちょっと居心地が悪かっただけで、強引に連れてきたくせに「それじゃこちらでお待ちください」「いってきますイギリスさん」とかなんとかにこやかに言われ連れ立って買い物(だろう)にいく後姿を見送ったのが寂しかったとか、そんなんじゃないからな!

「いいなぁトーキョー。みんなすっごくお洒落なお洋服着てますよね、可愛いの!」
「ああ、最近のお若い方にはうちの「カワイイ」がなかなかの評判らしいですねぇ。じいさんな私には少々刺激が強すぎますが」

相変わらずのふんわり愛らしい声でカナダが話す。通りを行く人間をおっとり眺めてはあの着方可愛いなぁ、なんて言ってるが、そういうお前のほうが可愛いと俺は思う。カナダの言葉を受けて静かに喋るのは日本だ。こちらはジャケットにコットンパンツにスニーカーというカジュアルな格好だ。彼といえば、会議で見かけるスーツスタイルか、正式な晩餐や或いは彼の家でみかけるキモノが目に慣れていたので、ある意味新鮮で、なかなかイイ。‥‥というか、もの凄く年齢不詳というか、どう贔屓目に見てもハイティーンにしか見えないんだが‥‥。

「もし、イギリスさん?」
「イギリスさん、どうかしたの?」

はっと気がつけば、向かいから静かな漆黒の瞳と心配げな青灰色の瞳が俺を覗き込んでいた。‥‥二人の手元にはコーヒーとケーキ。どうやら本気でぼんやりしてしまっていたらしい。失態だ。
けれど、そこで慌ててはいけない。Don't Panic。いついかなるときにも平常心で、落ち着いた態度がとれてこそ真の英国紳士だ。‥‥そして、よき親であり、よき恋人というものだ。うん。

「いや、なんでもない少し紅茶ばかり飲みすぎたから、」
「‥‥‥‥結構、待たせちゃいましたよね?ごめんなさい‥‥。でも、お洋服とか靴とか選ぶの、イギリスさんつまんないかなって思ったから‥‥」

‥‥しまった、ものすごく逆効果だった!
違うんだカナダ、そうじゃなくて、‥‥いや、そうなんだけど実際ワケわかんないくらいに待ったんだけど、そうじゃなく!待つのは別に、苦じゃなかったんだぞ?本当だ。ああだからその、綺麗な巻き毛のくるくるんとしたモノをしゅーんと落とさないでくれ!胸が痛いから!

「ああほらカナダさん、お顔をあげてくださいな。イギリスさんは別に怒っていらっしゃらないでしょう?」

そんなカナダの姿に内心で慌てまくる俺をフォローしてくれたのは、彼らしい上品で柔らかな笑みを浮かべた日本だった。
思わず救われた思いで彼へと目をやれば、目だけで俺へと優しい笑みを返してくれた日本は、静かだが暖かな声でカナダへと語りかける。

「日本さぁん‥‥」
「カナダさんが楽しく過ごされたのならば、イギリスさんもそれでいいと思ってくださいますよ。そうでしょう?」

最後のフレーズではっきりと此方を見た日本の無言の促しに、俺は微妙に勢い込んだ口調でカナダへと声をかける。

「あ、ああ、そうだぞカナダ。ほら、その、‥‥買い物、楽しかったか?」
「‥‥ふふ、はい。楽しかったです」

俺の言葉に、カナダは俯かせていた視線をそろそろと上げて、それからふんわりと、すごく可愛らしく笑ってくれた。ああ、本当に可愛く育ってくれた!俺の教育の成果‥‥いや結構ほっぽらかして育てたんだが、いや、うん‥‥。でも、アレだ。それでもこうして俺を慕ってくれているとわかる笑顔を俺に向けてくれるのは、とてもありがたいし、彼女の優しい心根がよくわかって、とても嬉しい。
足元に置いた服だか靴だかのショッパーを示しながら、カナダはほんわかとした口調であれこれと話をしてくれたものだ。
俺と日本はそれに穏やかに相づちをうちながら、話を聞く。

3人で囲むテーブルにはそれぞれの飲み物、そして菓子。
それが自分の淹れた紅茶や自作のスコーンではないことは少しだけ惜しいのだが、うん。今の空気は、俺の望んでいた優雅で豊かな時間の過ごし方に限りなく近い気がする。
清楚で優しい恋人がいて、可愛い可愛い娘が居て。‥‥うん。

こういう時間も、悪くはない。

恋人と、娘と。可愛い、俺の大切な二人を前に和やかにお茶を楽しむ。それはとても穏やかで、パニックとは無縁の状況だ。
‥‥ちょっと、その恋人との距離が遠いのは難点だが、それはまぁ、場所柄仕方がない話だしな。

「日本に会いたい」とロンドンで妖精相手に洩らしてしまった願望が期せずして叶えられていたことに改めて気がついた俺は、変わらずおっとりと可愛い声で話し続けるカナダと、それに穏やかに相づちを打つ日本を眺めながら、何杯めかすっかり解らない紅茶を片手に、パニックとは無縁の穏やかな幸せを噛み締めたのだった。




「えへへぇ、日本さん、本当に今日はありがとうございました!」
「いいえ、私のほうこそ久しぶりにお若いお嬢さんとご一緒できて、寿命が延びる思いでしたよ」
「もう、日本さんてば」

くすくすと可愛く笑いながら、カナダは日本に重ねて礼を述べた。

あの後、今度は俺でも一緒に居て違和感のない雑貨屋や茶葉の専門店、和食の惣菜を扱う店などを3人で廻った。緑茶と紅茶の違いについて議論したり、和菓子の製作を実演で見たり(カラフルさ加減からすればアメリカのところとさして色数自体は違わないのに、なんでこうもヘルシーに見えるんだろうか)と、楽しく穏やかにすごしたものだ。
すっかり日も暮れたころ、カナダはそろそろ時間ですからと言って俺たちと別れることになった。どうやら買い物もこの日本行きの目的ではあったらしいのだが、それとは別に、仕事もしっかりと予定に組み込んでいたらしい。てっきりこのまま日本の家で夕食と宿泊、と思っていた俺は、え、と言葉に詰まってしまったのだが、日本はといえば既に心得ていたらしく、では途中までご一緒いたしましょうね、と穏やかに返して、彼女の目的地近くまでゆっくりと歩いていった。
そうしていよいよ、お別れといった場所で、日本は礼を言うカナダへと彼が(正確には、彼と俺が、だ)手に携えていた荷物を示して、穏やかに言葉を継ぐ。

「お荷物は、私の家からカナダさんのおうちに送っておきましょう。かさばりますからね」
「はぁい。‥‥あっ、これは、こっち」
「はい、はい」

可愛いよい子の返事をしたカナダだったが、思い出した、とでもいった具合に、日本の手から袋を一つだけ、受け取った。
それは小さな手のひらサイズの包みで、不透明のセロファンのラップに小さな黄薔薇の飾りがつけられていた。
サイズからしてアクセサリか何かだろうか、これから出向く先の相手へのプレゼントか何かか?と、ぼんやりと考えていた俺は、ふっと流れてきたカナダの、ちょっとだけいたずらっぽく笑った視線に、思わず瞬きした。

「これは、イギリスさんに」
「え?」

はい、と差し出されて、思わず受け取って。
柔らかなラッピングが手のひらをくすぐったのに気を取られている隙に、カナダはにっこりと花のように笑うと俺の頬に柔らかなキスを一つ。
それから、軽やかに身を翻した。

「それじゃ、日本さんありがとうございました!またご連絡しますね」
「はい、お気をつけて」

とたとたとた。華奢な身体が駆けて行く後姿を、手を降っている日本の横で呆然と見送る。‥‥プレゼントと、キス。どちらもカナダから受け取るものとしては、もの凄く不自然なものというわけではないのだが。
‥‥こういうときこそ Don't Panic なのかもしれないが、いや、でも。

と、そんな混乱しきりな俺の隣から、ふふ、と軽やかな笑い声が聞こえてきた。

「日本」
「‥‥ああ、いえ、申し訳ありません。‥‥ふふ」
「日本、なぁこれ、」
「Father's Day、ですよ」
「え?‥‥あ、」

ストンと、腑に落ちた。‥‥ああ、なるほど。

「うちでは贈り物の定番の花は黄色の薔薇ですから。由来は、イギリスさんのお宅から来た『愛する人の無事を願う』、だとか」
「‥‥そう、か」

俺は、改めて手のひらの小さな包みを見つめた。柔らかで可愛いラッピングを施されたそれの中身は見えないが、そのラップに文字どおりの花を添えているのは、確かに小さな、黄色い薔薇。

「そうか」
「そうです」

日本の、静かな相づち。
じんわりとこみ上げてくる、愛しさだとか、幸せだとか。
そういうのを噛み締めながら、飽きずに手のひらのプレゼントを、俺は眺めたのだった。









「ところでイギリスさん、実は私も先ごろ、プレゼントを頂いておりまして」
「え?誰から。‥‥てか、どういう意図でだよ」

‥‥僅かに険悪になった俺の声に、けれど日本は何故か上機嫌に彼の屋敷の玄関を引き開ける。
カラカラカラ、と軽やかな音を立てて開いた扉に、どうぞと促されてけれど俺の言葉への返答はなかったから、なんとなくモヤモヤした気分を抱えたままとりあえず玄関へとはいり、上がりかまちへと腰かけ、靴を脱ぎかけた、ところで。

「プレゼントというより、メッセージカードですね。‥‥私イギリスさんのお宅にお邪魔する前に、仕事でフランスさんのところにいたのですけれど」

コットンパンツの、細い脚が視界に入る。
それはカナダのような、女性としての華奢さとはまた少し違う、けれど俺の気に入りの、恋人のパーツだ。

「ああ、そこでカナダと居合せたんだろ?」
「ええ。フランスさんも相変わらずカナダさんに甘いですねぇ」
「‥‥あの髭ワイン、カナにヘンな真似しやがったら国中のワインが全部リコリス味になる呪いかけてやる‥‥っ」
「あはは、うちに輸入するぶんにはかけないで下さいねその呪い」

トントン、とスニーカーの足先が玄関のタイルの上をノックする音に合わせて、頭上から上機嫌な声が降ってくる。

「その、メッセージなんですけど。‥‥ちょっと古めかしいカードにですね、可愛らしい文字で、『あなたの こいびと さみしいって、あいに、いって』と。」
「‥‥‥‥ッ?!」
「少し古めかしい英語でしたね。記名はありませんでしたが‥‥ええ、美味しそうな紅茶と少しだけ焦げたお菓子のような匂いが、した気がしますよ?」
「日本」

トントントン、とタイルをノックする脚から、少し上の指先に。
逆らわず腕の中に降りてきた身体を、しっかりと受け止める。
カナダのような、ふにふにぷるぷる感はない。けれど喩えようもないほどに、愛しい身体と匂い。‥‥ずっと会いたかった、恋人の。
イギリスさん、と甘い声が俺を呼ぶ。
‥‥とりあえず、今俺がすべきことは、だ。
Don't Panic の精神で落ち着いて、「まかせて!」といって消えた優しい妖精に感謝の念を送ること、脱ぎかけの革靴を素早く脱ぐこと。









それから、甘い笑みで「寂しがりの恋人に会いに行った私に、プレゼントはないんですか?」と問うた恋人へと、甘い甘い、キスのプレゼントをすること、それが最優先事項だった。









 PANIC ATTACK





end.(2009.06.19)

リクエスト『英加  カナちゃんを混ぜて百合親子(?)っぽく』

えー‥‥素晴らしくリクをこなせていない気がします‥‥orz
とりあえず、カナちゃんはおにゃのこで良かったのかな?ちっちゃいカナちゃん(ブリ天様の奇跡)が
どちらを「ママ」って呼ぶかとかそんなネタにしようかとも思ったのですが(笑)
あとぽちくんを出すタイミングを逃しちゃったんだぞ‥‥玄関に迎えに来るのに

『英日で年齢制限あり』についてはまた別立てでこなさせていただきますね!
リクエストありがとうございました(´∀`)