フランスには、現在一名、恋人がいる。
嘗ては一名が二名だったり十名だったりそもそも数を把握してない、なんて時代もあったのだが、それも今は昔。
現在は、一名だ。

「暑い‥‥」

そしてその一名が現在、目の前にいるわけだが。

「うん、暑いんだろうね」

凄くよく解る、といった風にフランスはうんうんと頷いた。
首を縦に振って賛意賛同、あるいは同意を示す。きっと万国共通だろうから、本国から遠く大洋を隔てたこの国でもきっとそれは同意として通じるだろう。そもそも目の前の恋人を抱き上げ『国』たらしめたのは、フランスなのだ。

「‥‥‥‥‥‥うん。でもね、カナ?」

うんうんと頷き、一頻り、‥‥否、じっくりたっぷり目の前の恋人を眺めてから、フランスはおもむろに、重々しい口調で言ったものだ。

「暑くても、ちゃんと服は着ようね?」

言い終えて、手土産にと持ってきた洋梨のタルトを彼女の為に可愛らしくしたラッピングこと差し出した。
暑さのためにかくったりとした彼女の手が包みを受け取る前に、ぽよん、と素敵すぎる反発がフランスの手へとタルトを通して伝わってくる。
ぽよんぷるるん。文字にするだに素敵な感触だ。タルト越しだけれども。

「‥‥フランスさん、おっぱいじゃタルト受け取れません」
「いや、カナのおっきなおっぱいなら乗せられるかなーと思って」

無理だったね。そういってフランスはタルトの包みを手元へ戻す。
そうですね。おっとりのんびり結構投げやり、色気の欠片もない同意が、返される。
その拍子、ぷるんとやっぱり揺れた恋人の発育よいおっぱいの、可愛くやらしいピンク色した先端に、フランスは最愛の恋人が上半身裸で出迎えてくれた玄関先で、ため息をついたものだった。
背後ではシャワシャワシャワと、夏虫が猛暑にも負けずに歌っている。

‥‥ああ、ほっそりと華奢な腰に纏わりつくジーンズとちょこっとだけ見えてるミントグリーンの下着に、お兄さん泣いちゃいそう。




「あのね?カナ。お兄さんお前が暑がってるのはよーく解りました。」
「‥‥‥‥。」
「でもちょっと、その格好はどうかと思うぞ?」
「‥‥‥‥。」
「いや素敵だけど。とっても絶景だけど。でもね?お兄さんとしては、ぽろりよりチラリのほうがいいと思うのよ」
「‥‥‥‥。」
「‥‥ママンが見たら怒るぞ、きっと」
「それはヤだ」

ぐったりしきりの声ながら、いつもの甘い恋人の声が返ってきたことにフランスはとりあえずこのコ寝てはなかったのねーと安堵する。‥‥尤も反応した単語が彼女の母親(だとしか言い様がない)の名前だというのに、ちょっとしょっぱい気分にもかられたのだが。

「ヤダ。イギリスさんに言わないで」
「うん、わかった言わない。言わないから、ちゃんとお洋服着よう?」
「‥‥‥‥暑い。」

隣に腰掛け、イヤイヤ、と首を振る恋人は凄まじく可愛い。
深く腰掛けたローソファにジーンズの脚を引き上げて、踵でソファの端を捉えて膝をたて、パウダービーズクッションを腿と胸で挟み込むようにして丸まっている。どうやらパウダービーズのシャリ感に加えて、なんと保冷剤を内蔵できるつくりになっているらしい。無駄に高性能なクッションである。

開け放った窓からはそよとも風は入ってこない。窓から差し込む陽光を得てフローリングにくっきりと刻まれた影は、エッジも鋭く美しい文様を描いていた。
そういえば、ソファセットの位置が変わっている。どうやら陽光を避けて、移動させたらしい。

フランスがぼんやりと微妙に配置の変わった恋人の屋敷の内装を眺めていると、再び隣りに座る恋人がごく小さな声で、暑いの、と呟いた。
ふるふると首を振る彼女に合わせて、髪留めでアップスタイルにされたハニーカラーの巻き毛がふわふわと揺れる。綺麗で真っ白なうなじには、5日前にフランスがつけたキスマークがうっすらと残って大変色っぽい。
まぁ、白いうなじどころかうっすらと汗をかき、触ればしっとりと瑞々しい背中からパンティが覗く細くくびれた腰まで、丸見えなわけだが。

「だって、暑いもん‥‥」
「エアコンつけていいから」
「‥‥エコしなさいって、上司に言われたんだもん‥‥」

‥‥余計なことを言いやがってあの×××。
他国の上司に使うには些か不穏当な言葉を、フランスは脳内にて吐き捨てる。
否、エコロジーは悪くない。二酸化炭素排出量削減は大事なことだ。
大事なことだが、二酸化炭素量と着衣率が正比例ダウンするのは、どうだろう。
フランスはしみじみと考える。
自分も人のことは言えない程度に脱ぐのは大好きだけれども(あ、なんかどこかから蔑んだような目線感じた!)、けれどそれが、可愛い可愛い最愛の恋人の着衣率というのは、話が別だと思うのだ。

勿論、フランスとて恋人の裸体が嫌いなわけではない。むしろ大好きだ。ヌード最高。おっぱい万歳。
だがそれは、自らの手で善がる彼女の服を一枚一枚剥いていったり、或いは目の前で恥じらいつつ一枚一枚脱ぎ落とされていくのをじっくりたっぷりねっとり眺めたり、そういうのが大好きなのであって。

「‥‥ニュートラルぽろりより羞恥心チラリズム‥‥」

うっかり零れた呟きに、保冷剤内臓の高機能クッションにぷるぷるおっぱいと一緒に顔を埋めていた恋人が顔をあげ、「ふらんすさん、なにか言った?」とおっとりぐったりした声で訊いてきた。シャリ、と鳴いたクッションの縁からむにむにと押しつぶされた恋人のおっぱいが零れている。‥‥畜生クッションの分際でおっぱいむにむにだと?!悔しい!しかもユニオンジャック柄ってそれフランス様に対する果たし状か?!駄目ムリ勝てないから止めてスコーンも落とし穴も呪いもヤダヤダヤダ俺のライフはもうゼロよ!!いやもうちょっとくらいは頑張れるかも。

「ふらんすさん」
「ああ、なんでもないよ。っていうかホントに暑いのねお前。舌まわってないぞ」
「うー‥‥」

苦笑して言えば、恋人は再びユニオンジャック柄の高性能クッション(嫉妬対象)に顔とぷるぷるおっぱいを埋めた。身体を丸める彼女の姿は、もはや色っぽさを通り越して稚いこどもの仕草に見え、フランスははやり苦笑しつつ、腕を伸ばしてハニーカラーの頭を優しく撫でた。

「暑いよぉ、フランスさぁん‥‥」
「ああ、はいはい可哀想にね」

甘い声は普段どおりだが、どうにも本当に暑くてぐったりしているらしい。
なるほど彼女は北極圏に国土を持つ、どちらかといえば北国である。緯度からいえばフランスもさして変わらないはずなのだが、欧州は偏西風の影響か此方に較べて気候も通年穏やかで、暖かい。つまり、暑いのは好きとはいわないが、今のこの程度ならば、慣れている。他方カナダはといえば欧州に較べて寒冷な気候、の筈なのだが、どういうわけか此処暫く平年よりもずっと暑い日が続いているとのこと。
訊けば例のシロクマも暑さを厭ってカナダを残し北へと帰って(?)いるらしい。さもありなん、彼はその名のとおりのポーラベアだ。暑さは殊更に堪えるのだろう。
そして、その飼い主である彼女も、また。

「ごめんね、お土産は冷たいデザートにすればよかったな」
「ううん、タルトも好き‥‥」
「うん、もうちょっとしたら冷えると思うからな?そしたら食べような」

うん、と力なく頷く彼女の、汗を含んでそこはかとなくしっとりした恋人の髪を撫でてやりながら、フランスは柔らかな声で言ったものだ。
こうも暑さに弱っているなら、特製のアイスクリームなり何なり、氷菓子を作ってきてやればよかった。持ってきた洋梨のタルトも冷やして食べる為今は冷蔵庫に入れてあるが、あまり冷たい菓子とは言えないだろう。
なんだったら、今から少し車を借りて街に出て、彼女の好きなアイスか何かでも買ってきてやろうか。

と、そんなことをぼんやりと考えたフランスは、自分の思考に不意に苦笑したくなった。

嘗て、恋人が二名や十名、或いは数を把握しきれないくらいにいた頃は、こんな風に考えることは、絶対にありえなかった。
相手が男にせよ女にせよ、自分は常に傅かれるほうであり、跪いて愛を語られる側だった。無論相応の語らいを美しい母国語で囀り、優雅で時に隠微な技術を駆使した恋愛の駆け引きを、楽しんでいた。
‥‥仮に当時の恋人達が半裸で己を迎えてくれたのであれば、それは愛を語らう為の駆け引きであり、ある意味(どこかの腐れ縁ではないが)戦闘服なのだ。
暑いから、そんな単純な理由で裸体を晒して恋人を迎えるなんてこと、有り得ないことだった。
そんな情緒のない恋愛なんて自分がすることになるとは、思いもしなかった。

フランスは、現在たった一人の可愛い恋人の、小さな頭を撫でる。
格好だけはこの上もなくいやらしいのに、その理由ときたら暑いから、なんて色気の欠片もない理由で。
幾度もその腕の中で鳴かされた男の隣に、肌を晒してくったりと力を抜く、ああこの無防備さよ!

‥‥今俺がこのまま押し倒して、イヤがって泣く彼女を無理に襲ったとしても、咎められない気もするんだけど、どうかな神様。

「‥‥‥‥いややっぱ無理スコーンも呪いも落とし穴もやめて俺のライフはもうゼロコンマですごめんなさいすみません」
「え?」

普段よりも少し潤んだ、けれど甘さは変わらない恋人の怪訝そうな声に、フランスはうっかりと海向こうの恋人の母親がマント(麻地で夏仕様)を翻し「全力で呪うぞ!」と気勢を上げている光景をありありとイメージした挙句声に出して謝り倒していたことに気がついた。‥‥神様よりも彼女のママンで腐れ縁のほうが数倍実害がある。
隣を見れば、暑さに相当体力を削られているのか、熱に潤んだ湖水色の瞳とふっくらしたピンク色の唇が此方を向いてきょとんとしている。ほんの僅かの視線下方修正で拝める素敵なまろい谷間は、やはりユニオンジャック柄にふにふにと押しつぶされて、大変エロチックだ。

けれどしかし、今はこの可愛く無防備な恋人の、憂鬱を取り除いてあげるの優先で。

フランスはよっこらせーとばかりにソファから立ち上がる。
重みから開放されたソファがキシリと弾んで、隣に座っていた彼女の華奢な身体をぽよんと揺らしてソファにころりと転がした。
きゃう、となんとも可愛く無邪気な声にフランスは苦笑して、転んだ拍子に解けたのかふわりと辺りに散ったハニーカラーの巻き毛を、腰をかがめて一房指先に絡めとり、チュ、と軽やかな音をたててキスをした。
暑気に当てられつつも、驚いたように顔を上げた恋人に滴るような色気を乗せた笑みを向け、うっすらと汗をかいた額にもキスをひとつ。

「‥‥なーんでもないよ。ああ、そうだ。暑いんなら、お兄さんこれから冷たいアイスでも買ってきてあげよっか。何がいい?やっぱりメイプル味かなー、作るより早いしちょっと車貸してもらえたら、そうだなアイスクリームショップのあるところだと1時間くらいで行って帰‥‥、」
「えええ?ヤダ、駄目!」

言葉半ばで返って来た声と視線に、フランスは思わず口を噤んだ。
瞬きしてソファに寝転ぶ恋人を見れば、先ほどまでのぼんやりさを僅かに拭った代わりどこか慌てた風に潤んだ瞳を揺らして、フランスへと視線をむけている。

「カナ?」

反射的に名前を呼べば、返ってきたのは少し拗ねたような、けれど甘さを含んだ、表情で。

「‥‥だめ、行っちゃ」
「ええと、でもアイス欲しくない?暑いんでしょ?」
「‥‥‥‥いりません」

おっとりのんびり、気だるげな動きでカナダが身体を起こした。ユニオンジャック柄のクッションはソファに取り残されて、フランスの視界には再びぷるぷるぽよんとした素敵な絶景が飛び込んでくる。
長い巻き毛が恋人の華奢な肩を飾るように、汗と一緒に滑り落ちる。‥‥ふんわりとしたまろやかな胸、可愛い色をした先端の少し横には、彼女のうなじにつけたものと、同じマーク。
思わず喉を鳴らしたフランスの耳を、甘く拗ねた恋人の言葉が柔らかくくすぐる。




「‥‥服、着ろっていうなら着るし、暑いのも我慢します。だから、フランスさん行っちゃ駄目。‥‥せっかく会えたのに、私置いてどこか行くとか言わないで」




首筋に掛けられ引き寄せる華奢な腕も、チュッと可愛い音を立てた唇も。
甘くて熱くて、ああもう、まったく!




フランスには、現在一名恋人がいる。
彼女は無防備で、暑いからなんて理由で服を脱いで恋人を出迎えるし、恋人に諭されるよりママンに怒られるほうを嫌がるし、おっとりぼんやりして恋の駆け引きとは無縁だけれど。
でも、誰よりも可愛くて誰よりも愛してる、現在から未来に至るまでたった一名彼女だけ、フランスのとびきり可愛い最愛の恋人。

「‥‥ねぇカナ、別の意味でもうお洋服着なくていいよってお兄さん言いたいんだけど、駄目?」
「んんー‥‥。クッションの保冷剤、入れ替えてきてくれるなら?」









暑さのせいかいまいち色気は足りないけれど、愛ならたっぷりしっかりと。
甘くて熱く深いキスを終えたところで、とりあえず「暑い」の一言がなかったのにフランスはちょっぴり安堵しながら笑って、甘くて熱い恋人の身体を、しっかりたっぷり、抱き締めた。









 シンフォニア・ノビリッシマ





end.(2009.06.20)

「アロー?なぁ日本ちょっと頼みあるんだけどさ、抱き枕作ってくれない?
なんかこう高性能クーリング機能付の!柄はトリコロールで」
エッチ疲れと暑さにくったり寝ちゃったカナちゃんを扇いであげながら、横でにっさまにお電話兄ちゃん。
お支払いは円と冷たいお菓子でお願いするでゲイツ。

リクエスト『仏×にょ加』
可愛い感じの話の予定、とか言っていましたがこれ書いた本日があまりに‥‥暑く‥‥。(笑)
あい様、リクエストありがとうございました(´∀`)