※オリジナルキャラが主人公です
※ご本家『イタリアから出られない』に登場した部下のあの人の血縁設定
※ご本家のあのひとの外見そのまんまな感じで想像してください
※英加です
※OK?
可愛い子。さぁ、お前にとびきり不思議で、素敵な秘密の話を聞かせてあげよう。
その日、『彼』の執務室には奇妙な緊張感が漲っていた。
パラリと、書類の捲られる音を聞く。
その音につられる形で視線を微かに動かした男は、クリアボードのパーテーションの向こう、『彼』の背後に設えた窓から差し込む陽光に、緩く目を眇めた。
見るともなしに見た窓越しの空はいかにもこの街らしい、いつもながらの薄曇りである。おそらく今日中に1、2回は雨が降るかもしれないが、悪くはない天気だ。最新の防弾防音ガラス越し、微かに聞こえるのは通りを一つ越えたところにあるロータリーを行き交う自動車のエンジン音。滞りなく流れているのだろう、音に不自然な様子は窺えない。手元に携えた小型端末に随時送られてくる情報をチェックしたところで、地下鉄などの公共交通機関へのテロ予告もなければ、主だった事故の報告も入ってはいない。ラジオで聴いた自身の今日の運勢も上々だ。自宅からこのオフィスへと出勤する途上も信号に歩みを止められもせず、まぁうっかり機密文書を地下鉄の棚に置き忘れかけたりもしたが、無事にエントランスでタイムカードを捺す事が出来た。
世は全て事もなし、とまではいかないものの普段どおりの一日の始まりだと、男は思っていた。
職場である、『彼』の執務室へやってくるまでは。
「サー・カークランド?」
「ふぁわ、はいッ?!」
‥‥。『彼』の慌てきった声など、そうそう聞けるものではない気がする、と男はぼんやり考えた。いやそうでもないか。大西洋越しのKY筋肉メタボな『彼』の弟‥‥もとい、少々筋肉質で単細胞‥‥いやさ、おおらかに過ぎる我が国最大の友好国の青年がやってきたときなどは、意外にわたわたデレデレツンと騒がしい。
だがしかし。いくつかの例外を除けば『彼』はどちらかといえば物静かであるし(『彼』の趣味が刺繍や薔薇の丹精といった、この国の人間であればさもありなんと頷き称賛し賛同する穏やかで豊かなものであることは、このオフィスに勤めるものには周知のことだ)、少なくとも「遥か年下の」部下達に、こんな風に無防備というか幼げというかなんと言うか、ともかく素直な返事を返すことはない。
少なくとも、昨日まではこんなことはなかったはずだ。昨日の帰り際、若干浮かれていたような雰囲気が無きにしも非ずだったが、あれも普段の範囲内だろう。
(‥‥確か、エントランスの受付を勤めている女性職員に、今日は自邸に来客があるとかなんとか、穏やかであたたかな表情で、話して‥‥)
と、そこまで思考がいったところで、その昨日まではいつもどおりであった『彼』が、微妙にわざとらしい咳払いを前置きにしてハワードへと視線を遣ってきた。
麗しのエバーグリーン、6月の緑。女性であれば憧れて止まなかったであろう、澄んだ緑の瞳を『彼』はしていた。
「‥‥ん、ああ、いや‥‥。すまない、何だ?」
「‥‥‥‥‥‥いえ、その、お手元が止まっているようなので‥‥」
「ああ、‥‥」
‥‥‥‥。「ああ」に続く答えがない。
まるで眠ってしまったかのように答えは返されなかったのだが、ややしてからぱらりと、ようやっと、これでもかとおっとり、際限なくのーんびり、書類が捲られた音が聴こえたので、とりあえず緊張感なのか緊張なさ過ぎ感なのか謎の空気をまとう執務室‥‥というより上司については、スコーン生地よろしくくるくるっとまとめて脳内キッチンの冷蔵庫に寝かせ、とりあえず自身の手元の仕事に集中することにした。
男が『彼』に仕え始めたのは、そう遠くはない過去のことだ。
そもそもが諜報6課からの転属というか出向というか左遷というか栄転というか厄介どころ処理係というか、「まさか自分が」というセクションに配属された理由もよくわからないのだが、呆然としている間に新しいIDや住居を用意され、名前を変えて。あれよあれよという内に、『彼』と対面を果たした。
『彼』の身分(といっていいものかよくわからないのだが)を考えるに、もっと忙しい身かと思っていたのだが、『彼』は新しい部下として配属された自分を、手ずからの紅茶と菓子で饗し、やや幼い感じさえする外見に見合わぬ鷹揚な年長者の態度で迎えてくれたものだ。
「よろしく、ハワード。俺のことはどうとでも呼んでくれていい」
「はい。では、サー・カークランドと」
「わかった。‥‥ところでお前、どこかで見た顔だな?」
「は、‥‥いえ、私自身はお会いしたことはないですが、‥‥亡き祖父が、貴方に以前、お仕えしたことがある、と」
そう言ったハワードの言葉に、『彼』は微かに目を見張った後、笑った。
それは年長者の‥‥長い、永い、遥かな時間を渡る存在にしか表現しえないだろう笑みだと、ハワードは思ったものだ。
祖父に聞いた、それは御伽噺のように不思議な、奇跡の体現。
ハワードの祖父は、どこで『彼』と出会ったのか、どんな風に働いたのかを明かすことはなかった。当然のことだと今となっては思う。たとえどれほどの時間が過ぎようと、職責を果たし穏やかな老後を手に入れた後だろうと、スパイが過去の自分の行動を明かすことなどありえない。あるとしたらそれは故意のリークか、その者が一流ではないという証だ。
祖父はなにも語らないまま逝った。
祖父が一流であったかどうかは知らないし、判らない。だが、祖父だけが目にしたこと、祖父だけが知り心に刻み、その命もろとも葬り去ったことは、きっとたくさんある。
ただ、密やかに、ひとつだけ。『彼』という存在が在ること、一度だけ、『彼』に会い、仕えたことがあるとだけ、そっと孫息子に教えて。
「ハワード」という名前は男の本当の名ではない。この仕事について以来、数限りなく名を顔を変えてきたものだが、今回、『彼』に仕えるため今まで使っていた偽名を捨てることになったとき、真っ先に思い浮かんだのがこの名前だった。遠い場所へと旅立つ微睡みの縁に立つベッドの中で、激動の時代を生き抜いた祖父が、平和な母国に生きる可愛い孫息子にだけと特別に教えた名前の、ひとつであった。
以来、男は「ハワード」として『彼』、‥‥祖国イギリスその本人の直属として、仕えている、わけだが。
「‥‥サー・カークランド?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥んん、なんだい?」
‥‥‥‥‥‥。もの凄く間があった。あったぞ。寝てたんじゃないかって程度にはあったぞ。というか、「なんだい?」か。『彼』の口からはついぞ聞いたことのない口調だ。妙にくだけたというか若々しいというか幼いというか、いや外見には見合っているのかもしれないが、いやだがしかし!
ハワードは若干混乱した思考を、とりあえず脳内キッチン内冷蔵庫から取り出した問題点おまとめスコーン生地に無理やり練りこんで焼き上げて飲み下し、指摘するべきことを抽出しなおして、おもむろに口を開いた。
「先ほどから、あまり仕事が捗っていらっしゃらないようですが。何か、問題点でもありましたか?それとも、どこかお加減でも悪いのでしょうか」
スコーンから抽出した内容は随分と当たり障りのないものになってしまったが、要約しつつ失礼に当たらぬようヴィクトリアサンドに挟むとこうなってしまうのだから仕方がない。挟まなければ「寝るな、仕事しろ」で済んでしまう。比喩暗喩を愛する英国人として、その率直さ加減はいただけない。
「ふぁ?!い、いやッ、げっ元気、元気だよ、いや元気だぞ?!問題はない、うん。元気元気。すっごくとっても絶好調!ユーロスターも定刻どおりだよ!」
「そうですか。しかし手元の書類、それ3ページ目ですよね?」
ハワードは言いながらちらりと自身の机の上を見る。特に自分が優秀だとは思わないが、既に処理済みのものがそれなりに高く積みあがっていた。判断保留のものも含めれば、目を通した文字はかなりの数になるはずだ。
対して上司の手元にあるものはといえば、どう見ても、どう好意的に考えても、ハワードがオフィスに入って以来、変わっていない。
普段であれば一体どんな妖精の魔法を使っているんだという勢いで決済していく『彼』の、今日の異様なまでのおっとりのんびり加減は一体どうしたことか。
ついでにその、微妙にフランス語なまりの若者口調もどうしたことか。
何なんだ、そんなにポンドの対ユーロ価値が下がっているのか?あの国の大統領の身長が伸びたのか?今年のシャンパーニュワインに最高格付けがでたとか。フランスの銀行がスト封印宣言でもした‥‥いやそれは有り得ないかだってフランスだし。
ハワードはデスク向こうで冷や汗をかく勢い、のわりに妙におっとり、甘い匂いのする花でも飛んでいそうな空気をまといつつおろおろしている(器用だ、器用すぎる)、普段とあまりにもかけ離れた態度の上司をチラ見しつつ、手元の端末を手早く操って国際情勢、主に海峡向こうの隣国関係を確認する。
何もない。まったくもって何もない。
隣国との主だった諍いも‥‥まぁ『彼ら』個々人はどうか知らないが、公式上ではなく、同盟国各国、連邦内各地域とも状態も関係も安定している。ユーロスターも定刻どおりの通常運行。
いや、確かに我が国は様々な地域で一部戦争状態にある上、どこかのKYの影響をモロ被りして若干憂鬱な経済情勢だ。だがしかし、これ如きで倒れる我が英国ではないし、我が上司でもない。
端末から視線を返せば『彼』はいまだ、落ち着かない様子でそわそわとしている。
ハワードはさすがに心配になってきた。
手元の書類をまとめ、端末に入力していたデータを保存しアプリケーションを終了させると、立ち上がって上司の元へと足先を向ける。
「失礼、サー」
「なッ、何だい?!」
おろおろ、そわそわ、おっとり、そわそわ。‥‥なぜそこに「おっとり」の形容が入り込むのだ。そこは「おろおろ」するところだろう。いやそれも変なのだが!
ハワードはおっとりおろおろする上司を近距離から凝視する。
ワーキングチェアに掛ける上司はごくごく平均的な若者の身長だが、此方が近距離に立っている以上、見下ろすことは回避できない。はっきりいって上司に対する態度としては全く誉められたものではないのだが、実はハワードには上司が『彼』である以上、多少の不躾も許されるのである。
「なんとしてでもどうやってでもいいから『彼』をサポートしなさい。これ白紙委任状」と(恐れ多くも陛下の御璽入りの!)免責特権をつらつらと書き連ねた書状を投げ渡して自分を此処へ送り出した元所属の局長を思いだす。実のところその中には「酒場の修繕費は経費で落とせる」「ネコミミをつけたフランス人は撃って良し」等、受け取った当初はワケのわからない(‥‥そして暫くしてからしみじみつくづく理解した)ものも含まれていたのだが。
だが、免責事項云々以前に『彼』は、ハワードが英国民であるというだけで大概のことは許してしまうのだ。勿論、仕事は別にしてであるが。
その度に、『彼』が国民に抱く無辜の愛を感じ、ハワードは心を優しく抱き締められているような柔らかな思いと、愛しさに駆られる。
委任状などなくとも、この目の前に居る相手が『彼』である以上、ハワードは彼をサポートするのに力を惜しむつもりはない。
『彼』の為に持てるスキルを最大限発揮し、補佐し、守る。‥‥きっと、祖父もそうだったはずだ。
多少酒癖が悪かろうと、機密書類棚の横に堂々とポルノグラフを並べて置こうと、目の前に居る相手は我が愛しき『母国』、イギリスなのだ。
‥‥イギリス、であるはずなのだが。
おっとり、そわそわ。おっとり、おろおろ。
「‥‥サー。失礼ながら、今日はどこか違いますよね?」
「めいぷる?!」
ハワードはおもむろに切り出した。‥‥妙な驚き(?)の、声が返ってきた。めいぷるって。メイプル?the maple?サトウカエデのことか?
そのとき、ある種の連想ゲーム的な展開でハワードの脳内にとある相手の姿が思い浮かんだ。
甘い、匂い。
何をつけているわけでもないんですよ、とは本人から聞いた言葉だ。
訪れた『彼』の屋敷で、柔らかな空気をまとい二人差し向かいで紅茶を飲んでいる姿。
おっとりゆるゆると紡がれる、フランス語訛りの英語。淡い青灰色の瞳に金が混ざった茶色の髪。『彼』に似た部分などおよそなさそうに見えるのに、間違いなく『彼』の『弟』であり、『彼』個人の、もっとも大切な相手である、おっとり屋の、かの国は。
「カ‥‥、」
「失礼しますイギリスさん。紅茶の支度が出来ましたから少し早いですけどお茶の時間にしませんか?」
「ああ、そッ、そうだね!」
ハワードの紡ぎかけたその国名は、当の『そのひと』の、凛然たる張りのある声と、我が母国イギリスの少し甘えながらどこか安堵したような、おっとりふわふわした言葉に、遮られた。
その僅か数分後、ハワードは古式ゆかしく厳格な英国英語を滔々と、苦もなく紡ぐ青年から緊急だという書類を手渡され、まるで妖精の魔法のように執務室を退室することになる。
「ミスタ・ハワード。僕、少しイギリスさんにお話があるので、暫く彼の時間を貰えますか?」
「はい」
側近として上司のスケジュール管理もしているハワードへ、カナダがそう訊いてくるのは自然なことだ。この青年へは上司とはまた別の意味で敬意を払う必要があることも承知しているし、それ以前に、英連邦の一員、『国』同士の話であるのなら、ハワードの権限の範囲外である。
即答で了承したハワードに、青年は彼らしい、華やかな笑みを向けた。彼とは『彼』の屋敷に赴いた際、幾度も会っている。いかにも国柄といった、おっとりと甘い雰囲気の彼は、若者らしい率直さと人懐こさで、ハワードにも親しく応じてくれたものだ。
おっとりと甘い、フランス語訛りの英語を思い出す。
『可愛い子。さぁ、お前にとびきり不思議で、素敵な秘密の話を聞かせてあげよう。‥‥そう、不思議な『彼ら』のお話だ。』
ハワードの脳裏へ、祖父の言葉がこだます。
妙なほどに鮮やかな圧力のある青年の笑顔に促されてドアへと足を向けたハワードは、すれ違いざまその若者らしいきびきびとした動きの身体から彼が常にまとう甘い匂いにまざり、懐かしくも愛しい、古い薔薇の香りを感じた気がして、思わず振り返り、かけた。
「イギリスさーん‥‥、フリとかもう僕ムリ、無理ですってばぁ‥‥」
「こら、しっかりしろ。‥‥ああッ、もう悪かったって、泣くなよ。ちょっとしたイタズラで‥‥妖精に聞いたらすぐに戻るからって、だからその間だけ、‥‥」
ドアが閉じる一瞬、前。
『彼』の声が、『彼』自身を呼ぶ声を、聞いた。
それに応じる、澄んだ若者の声音が紡ぐ厳格な英国英語の、しかし喩えようもなく甘く、何か宥めるような、声と。
ハワードは振り返りかけて、けれど振り返らずにドアの閉まる音を背中に聴く。それから一呼吸置いて、そろりと振り返った。
そこにあるのは朝から奇妙な緊張が漲っていた上司の執務室。我が母国イギリス、完全防音のドアの向こうに、何があってもわかるわけもなく。
「‥‥‥‥‥‥‥‥確かに、とびきり不思議だ」
ハワードはぽつりと呟いた。不思議なほどに落ち着いている。
不思議な存在、不思議な、けれど愛しい我が母国。‥‥さすがに姿換えの魔法なんてものにお目にかかるとは思わなかったが。
まぁ、こういうこともあるのだろう。ハワードは思う。
ここは精霊と魔法が息づく国、イギリスだ。幽霊に住民票を出して何が悪い。極東の島国では、ゴマフアザラシに住民票を出したとBBCでやっていたぞ!
ひとつ息をついてから、ハワードは歩き出す。
カナダ‥‥の姿をした上司に(おお、なんと非常識!)手渡された書類はざっと目を通した限り確かに緊急のものだった。むしろ『他国』の姿をした彼がよくもこの書類を関係部署から渡され持ってこれたものだと感心すら覚えたのだが、それもあの不思議な上司のことだ、どうにかしたのだろう。
「不思議なものだ」
再び、呟く。
応えは求めていない。ただ、目にした光景の不思議さを言葉にしただけのことだ。応えは求めないし、誰にも言うつもりはない。
祖父も、こんな風に『彼』の日常を垣間見たのだろうか?
亡き祖父の、そして今も昔も変わらぬ『彼』の生きた激動の時代、それでもこんな風ななんでもない、少し不思議な出来事を、体験したのだろうか。
知る術はない。祖父は全てを胸にしまい、永遠の眠りについた。そして、やがて自分もそうするのだろう。
優しい『彼』から与えられる愛情を受け取りながら。
愛しい『彼』を取り巻く不思議をみつめながら。
‥‥そして、恋をする『彼』の、その行方を見守りながら。
「とりあえず、今は仕事だな」
ドアの向こうの不思議は放って、ハワードは自らの職務を全うすべく緊急の書類を片手に早足で廊下を歩いていく。
‥‥願わくば、自分が此処へと帰るまでに様々なアレコレが解決して、そして3ページ目から先の書類決済が、終わっていますことを!
因みに、ハワードがついでとばかりに自らも早めのランチと紅茶を楽しんで帰ってきたときには、全ての書類は処理が終わっていた。いつもながら魔法じみた速さだ。
ただ、ドアを開けた瞬間に飛び込んできた光景に、「‥‥失礼、サー」とだけ返してドアを閉めなおし、3分後、普段どおりの上司にばつが悪そうに出迎えられたことは、これもやはり自分が眠りにつく日まで、胸に秘めておくべきことなのだろう。
ただ、首筋のキスマークとサトウカエデのような甘い移り香については、ほんのりと頬を染めた甘い笑顔の青年が帰った後で、ヴィクトリアサンドに挟まずに少しからかってみるくらいはしても、いいのかもしれない。
平日のフェアリーテイル
end.(2009.09.21)
リクエスト『英加 人格入れ替わり』
‥‥すみません、逃げました。
機会をみて、なんで入れ替わっちゃったかとか執務室で何してんだとか書きたいと思います^^;
普通入れ替わりネタっていったら「‥‥えー、このカラダ弄って(自主規制)」ですよね?(変態)
やっぱりそっちですか、そっちですか?(訊かれても)
リクエストありがとうございました!