欲しいもの、わかって?









「横を向いて。‥‥違う。ターン、4分の一」

顔だけを横にやった状態から、メジャーを握りこんだままくるりと振られた指先の指示に従って、あわてて身体を動かす。
ふわりと身体にまといつくオーガンジーが膝や肩にくすぐったい。

「もう一回」

身体の側面をさらした状態から、さらに回って後姿を。
そのたびにさやさやと、清水の中で小さな鈴が転がっているような衣擦れ。とても綺麗。

「きついところはないか?布が引きつるとか」
「い、いえ。‥‥ない、です」

そうか、と事も無げに言った彼が寄り添ってくるから、その体温にびくっと身体が反応した。気づかれていなければいいけれどと、そっとその人を窺ったら、彼はウエストあたりのドレープが気になるのか、布地をしわにならない程度に握りこんで難しい顔をしていた。‥‥よかった、気づかれてない。
‥‥けど。

「あ、あのっ!イギリスさんっ」
「ん?」

思いきって名を呼べば、なんでもない顔でその人は、‥‥兄は、顔を上げてくれた。‥‥そう上げて!
だって彼ときたら、腰の辺り、すぐそばに跪いてる!

「どうした?カナダ」
「ど、どうしたって、その」

鮮やかな新緑に似た瞳が金色の睫に縁取られて、こちらを見上げてくる。綺麗な目。
自分の瞳の色が嫌いなわけじゃないけれど(だってこれは、あの甘く美しい最初の保護者がくれたものだから。)彼のような彩度の高い、光を吸い込んだみたいな色だったらなぁって、思ったことないと言い切るのは、嘘になる。それくらい、綺麗。いつだって思ってる。
綺麗で、大好きな色。‥‥ああ、けれど、今は!

(だってこんなに近づかれるんなら、もうちょっとダイエットしてウエストだって細くしてたのに!)

‥‥違う違う。今はそれも問題じゃなくって、いや問題といえば問題だけれど、けれどそんなこと言えるわけないから、とりあえず、別方面の疑問から攻めていくことにする。

「あ、あの‥‥この、お洋服、は」
「ああ、俺が作った」
「え?!」

‥‥攻めて、フリーズ。これって敗北?違うよね、ちょっと驚いただけ。うん。
だって、仕方がないよ。

「うん。よく似合ってる」
「え、あ‥‥う」

歳より幼い顔立ち(兄は気にしているようだけれど、私はとっても素敵だと思ってる)に、大人っぽい笑みを浮かべて。
よく似合ってる、って、跪いた兄が囁くように言う。

「どうした?」

どうした、って?‥‥だって、そんなの!

いくら器用だからって(料理以外、だけどね)、針仕事が得意だからって。
誰がこんな綺麗なドレスを縫えてしまえるだなんて思うだろう!




数時間前に呼び出されて、うきうきしながら訪れたイギリスさんのお屋敷。
美味しい紅茶を淹れてもらって、持参したティーサンドを一緒に食べて。
呼び出されてから慌てて作ったけれど、美味しいって褒めてもらえて、嬉しかったりとか。
いつもどおりの、和やかなお茶会。
格好良い兄の、凛とした姿にこっそりと見惚れながらの、いつもの午後。

「今日はお前にやるものがある」

和やかなお茶会の中の、ごく普通の会話のひとつ。
やるもの。贈り物。‥‥なんだろうって、わくわくしたのは否定しない。だって、兄がくれるものはいつも綺麗なものだったから。

綺麗な天使のモチーフのついた宝石箱。
精緻な薔薇のインタリオが施された手鏡。
縫い込んであるビーズが星みたいに輝くキルトの壁掛け。

他にもたくさん。どれもこれも素敵で、可愛くって、綺麗な贈り物ばかり。
たまたま手に入れたんだとか、屋敷を整理してたら出てきたからとか。
いろんな理由だったけれど、それでも嬉しくって堪らなかった。

だって、彼がくれるものだから。

だからまあ、今日も何をくれるのかなって、ティーカップを手渡されながら甘ったれたこと思ってたくらいで、「着替えてこい」って言われて、手渡された淡いピンク色のボックスに入れられてた其れを、ちょっと疑問に思いながらも、はい、って素直に受け取って。




「‥‥カナダ、どうした?‥‥気に入らなかった、か?」
「ふぇ?!‥‥えっ、違っ、違います!」

この数時間(というかここ数十分)の出来事を回想してたら、思いのほか長い間黙り込んでしまっていたらしい。君は人よりおっとりしてるから気をつけなよ、なんてよく隣国の兄弟にも言われてるのに、つい忘れてぼんやりしてしまうのは自分の悪いクセだ。
だから、あわてて腰の辺りにいる(‥‥慣れない!)兄の綺麗な目に自分の其れを合わせて、謝った。

「ご、ごめんなさい。だって、こんな素敵なドレス、イギリスさんが作ったなんて、えっと‥‥器用だなって、」

‥‥ああ、うまく言えない。
違うのに。言いたいこと、もっと他にあるのに!
うまく口にできないもどかしさに、唇をかむ。

手渡された箱から出てきたのは、とても素敵なワンピース。
淡い淡い桃色、ところどころに光を刷いたような金が刷り込んである。
襟は首もとまで詰まってて、けど鎖骨の辺りまではうっすら透けるふわふわの生地。
ふんわりと膨らんだスリーブは肘丈。背筋に沿って小さな包みボタンがたくさん並んでる(おかげで着るのにちょっと苦労した)。胸の下に切り替えが入って、ウエストまで身体のラインに沿って落ちた布は、そこからふわぁって広がるみたいにたくさんの布が美しいドレープを作って流れ落ちていく。前から見たら膝丈のスカート部分は、けれど後ろに長く裾を引いて、とても綺麗。
とても綺麗で、‥‥作った兄みたいに、綺麗で。

‥‥似合ってる、のだろうか。
だって、自分はこんな、綺麗なものが似合うほどに綺麗じゃない。
足も太いし、おしりだってぽてっとしてるし、おっぱいがおっき過ぎるってアメリカにはからかわれるし。性格だって気が利かない。大人し過ぎてみんなから忘れられてしまう。
全然、ちっとも綺麗じゃなくって。




綺麗な綺麗なドレスを作る、綺麗な綺麗な兄の。
大好きなこの人の、そばに立つには、似合わなくって。




「って、おい?!どうした、カナダ?!」
「え‥‥」

慌てた兄の声に、また少し散漫になってた意識がクリアになった。悪いクセ。お礼も言わないでぼんやりしてるなんて、どうかしてる。
お礼を言わなきゃ。たとえ全然似合わなくたって、‥‥この人が自分のこと妹以外に見てくれてなくたって。ちゃんとしなきゃって、思ったのに。
見上げてくる兄が、驚いたように目を見開いてる。
その澄んだ新緑の瞳に目をあわせて下を向いた瞬間、ほたりと零れた水滴に、自分が泣いているのだと悟った。

「‥‥え、あ」
「ど、どうした?何かイヤだったか?服が気に入らなかったのか?」
「違‥‥、ぅ、ふぇ」

伸ばされた手から、一歩身体をひく。
泣き止まないと、って思った。だって、馬鹿みたいだ。
イギリスさんからすればいつものように贈り物を渡して、お礼を言われることを想像しこそすれ、まさか泣かれるなんて思ってもなかったことだろう。
天使の宝石箱、薔薇の手鏡、きらきら光る壁掛け。
たとえたまたま手に入れたものでも、お屋敷にあったものでも、それをあげようって、贈る相手をカナダにしようって、この人が思ってくれるだけで喜ばないといけないのに。
大切な彼の妹で、忠実で従順な、可愛い妹でいなきゃって。
この人を困らせたくない。泣き止まないと、って。




「‥‥‥‥泣くな、カナダ」




触れられた唇に、涙は一瞬で止まった。




「‥‥え、イギリス、さ」
「ごめんな、怖がらせた」
「え?」

身体が、すごく温かい。
ふわふわとしたドレスの生地が、身体にぴっとりとくっついてる。さらりとしていてとても心地よい。
けれどそれ以上に、その上から抱きしめてくる腕が、自分より一回り大きな身体が、すごく温かくて、心地よくて。

「‥‥別に、へんな下心があったわけじゃなくて‥‥いや、なかったと言いきるのも嘘になっちまうけどな‥‥、あー、‥‥俺の手で、着飾ってやりたかった。俺の手で、綺麗になればと」
「あの、」
「ちょうど、バレンタインだし。これまでいろんなものをお前にはやってきたけど、これまでより少し手の込んだモンでも大丈夫かと‥‥。俺の、気持ちは、ばれないだろうと。‥‥ごめん」

大好きな、綺麗な綺麗な兄の声。
いつだって凛としていて、私のことを大切に大事にしてくれて、‥‥好きで好きで、好きで。
彼のくれたもの全て、すごくすごく大事にした。手鏡も宝石箱も壁掛けも、その他にもたくさんたくさんくれた綺麗なもの全て、ずっと大事にしてきた。この想いと一緒に。

この、気持ちと一緒に。




「愛してる。‥‥ごめんな、優しい兄でだけ、いられなくて」




綺麗な天使のモチーフのついた宝石箱。
精緻な薔薇のインタリオが施された手鏡。
縫い込んであるビーズが星みたいに輝くキルトの壁掛け。

綺麗な綺麗な、手作りの桃色のドレス。

イギリスさんがくれた全ての素敵で、綺麗な贈り物たち。
そして、明かしてくれた、私が欲しかった、ずっと欲しかった恋を。
受け取って、受け止めて。‥‥さぁ、今度は私が、贈り物を貴方に。

貴方の欲しいもの、全てを込めた、想いを。









「イギリスさん、あのね私、」









「スカートの‥‥うん、その辺を持って。そう‥‥360度ターン」

凛とした声に合わせて身体を動かせば、空気をはらんで裾が広がる。指先に捉えた滑らかな生地、柔らかく透けた素材はふんわりと空を舞って、スローモーションをかけてるみたいにほろりと零れ落ちてくる。とても綺麗。

「うん。いい感じだな。‥‥似合ってる」

正面から聞こえる、最後に少しだけ甘さを増した声に前が向けなくて俯いたら、綺麗な足捌きで歩み寄ってきた人の指先があご先を捉えて、やんわりと上向かされた。

「ほら、俯くな。綺麗なんだから」
「‥‥綺麗なのはイギリスさんが作ったドレスで、私じゃないもん」

鮮やかな緑の瞳を直視できずに、緩く目を伏せて言う。‥‥もっとちゃんと素直になりたいのにな。でも、綺麗なのはドレスであって私じゃないのは解ってるから、これも素直な感想だよね。
けれどイギリスさんは、その言葉にばぁか、って甘い声で言った。

「服っつーのは着てる人間を引き立てるためのものなんだよ。お前が綺麗だから、ドレスも綺麗なんだ。すごく可愛いよお前。似合ってる」
「‥‥‥‥‥‥うう、」

たたみ掛けられるように聞かされる言葉の連続に、面映すぎてますます彼の顔が見れない。絶対今、自分の顔赤いんだろうなって思うと、それを兄に、‥‥大好きな恋人に、見られてるんだって思うと‥‥。

「あ、あの、‥‥あんまり、見ないで‥‥」
「あん?ばか、見るだろそりゃ。恋人が綺麗に着飾ってんだから」
「も、‥‥お願いですからぁ‥‥」

もう恥ずかしすぎて泣き言めいた声で言えば、なんでかイギリスさんは言葉に詰まったみたいに、黙り込んだ。‥‥あれ、なんで顔が赤いんだろう?

「イギリスさん?」
「‥‥ッああ、いや!なんでもない。うん」

そう言って横を向くと、イギリスさんはなんだか小さな声でいろいろ言ってたけれど、とりあえず正面から顔を合わせなくてよくなったことに安堵する。「‥‥いやいくらなんでも急過ぎんだろ」だとか「‥‥の上で、言わせてぇ」とか聞こえたけれど。‥‥なんだろう?

「何の上ですか?」
「うわッ?!って俺何か言ってたか?!」
「え、えっと‥‥急過ぎるとか、何かの上で?とか」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥気にするな。うん、また今度な」
「はぁ‥‥」

妙に慌てたイギリスさんの姿を少し不思議に思ったけれど、気にするなといわれたから、気にしないことにする。‥‥それにちょっと、慌ててるイギリスさんの姿って、珍しいなと思ったから。
だって、彼は私の完璧な、綺麗な綺麗な兄だと思ってたんだもの。
いつも優雅で、優しくて。アメリカやフランスさんは、そう言うとなんだかげんなりした顔をしていたけれど。そうか、もしかしたら彼らはこんなふうな、ちょっと慌てたイギリスさんの姿を見てたのかも。

これからは、私も見られるのかな。
イギリスさんの、いろんな顔。‥‥恋人としての、彼を。

「‥‥ん?どうした、カナダ。笑ってるぞ?」
「え?‥‥ふふ、なんでもないです」

笑う、笑う。不思議そうな顔をする彼に、ドレスの裾をひらめかせてターンして、笑顔を贈る。
そうしたら、彼も笑ってくれるから。
‥‥これは、昔から。ずっと小さかった頃から、彼に引き取られた頃から変わらずに、私が笑顔を贈れば、彼も笑ってくれた。カナダ、優しい声で囁いて、抱き上げて。

「カナダ」

‥‥ねぇイギリスさん。
宝石箱も手鏡も壁掛けも、ドレスも。全部大事だけれど。

「イギリスさん」

(ねぇ、いま私が欲しいもの、わかって)

「‥‥カナダ」









優しい声で囁いて。抱き上げる代わりに、一番欲しかった甘い甘いキスを、贈られた。









 maidens fistivity





end.(2009.02.14)

服を贈るのは脱がせたいから。定説です。(´∀`)
イギイギの下心は贈ったドレスの構造です。‥‥後ろボタンは、一人じゃ着難いよネ。