「だって、面倒だもん」
「お前なぁ‥‥」
こういうとき、こいつは俺の娘なんだなぁと思う。
白く華奢な指先が、長い巻き毛を解している。
‥‥と、この字面だけで想像する光景は、ちょっとロマンチックであったり、或いはエロかったりしてもいい光景だと思う。どちらかというと俺はエロいほうがいいな。いやこれはこの場では関係ないんだが。
白く華奢な、女の指。少しふっくりしているのはまだ少女らしさが抜け切っていないからか。何にせよ、性別とは偉大だ。身長なんて今じゃさして変わりゃしねぇのに、女だってだけでこんなにも可愛い。
そしてその可愛い指が甘そうな色をした長い巻き毛に差し入れられ、解している。いわゆる手櫛というやつか。ああ、可愛い光景だな。‥‥字面、だけならな。
ああ、そう、その「解している」という前に、わしわしとか、がっしがっし、とかそういう擬音を入れないでいればな。
「‥‥カナダ。お前それ、髪傷むんじゃねぇのか?」
「えー?だって、絡まっちゃってほどけないんですもん」
ちょっと唇を尖らすようにして俺を振り返ったカナダは、可愛い。何度でもいうが可愛い。
可愛いのだが、こんがらがった髪をがっしがっしと解こうとする手つきはなんというか、容赦が無い。無さ過ぎる。もはや大雑把などという生易しい表現で括っていいのかさえ躊躇われるくらいだ。
「うう、解けないよぅ‥‥」
「巻き毛は大変だな」
つくづく思う。
こういう場面を見るにつけ、短髪の直毛でよかったと思わずにはいられない。たとえ隣国の髭にボサボサだといわれようが、そういえば実にムカつくことに昔は毛虫呼ばわりされたこともあったが、こんなふうに巻き毛が苦労するなら俺はボサボサだろうと短髪直毛の髪でいい。むしろ、俺が巻き毛だったらその場で鋏を取り出して、‥‥、
「‥‥ってお前はなにやってんだ?!」
「へ?」
目の前の光景に考えるより先、白い手首を掴んだ。
細く滑らかな肌の手首だ。指で簡単に握り込んでしまえる華奢な手首はちょっと力を入れたら折れちまいそうなんだが、実際にはその手こそ俺の手首くらい簡単に折れるだけの膂力があることを知っている。伊達にシロクマを飼っていない。
そう、そんなシロクマに較べたら、シャキシャキと音を立てる重い鉄鋏など、そこらの櫛なんぞよりも軽いものかもしれねぇんだけど!
「え、だって解けないからもう切っちゃおうかなって。長いし、少しくらい切ったってわかんないし」
「わかんないし。じゃねぇよお前はぁ‥‥」
朗らかに言ってのけたカナダに俺は心底ぐったりとして返したものだ。
カナダはなんというか、大雑把だ。
髭の手から奪い取った当初からこの子どもはぼんやりというかおっとりというか、まぁ隣国が隣国だったせいで俺の記憶にも若干補正が掛かっているのかもしれないけれど、それにしたって、ぼんやりだった。そして大雑把だった。
どこがどう、とポイントでいえないくらいに、なんというか、全体的にうっすら大雑把なのだ。隣国のアメリカが何事につけてもアレなぶん目立ちにくいんだが。
大体、髪が絡まったからって即切ろうとかするか?!
「‥‥もういい、前向いてろ。俺が解いてやるから」
「?」
俺のため息の意味が全く理解できないのかきょとんとしつつも、はぁい、と少し甘えた口調の声は可愛くて、行儀よく鏡に向かう姿もやはりとても可愛い。びっくりするくらい可愛い。
小作りな顔も、ふわふわの髪も、しっかりばっちりぷるぷると発育した乳も、綺麗な曲線のぽってりした尻も。実にいい。すこぶる可愛い。
彼女が世界中からの好感度を一身に集めている『カナダ』であることを差し引いても、道をあるけば10人中5人、いや6人くらいは振り返るほどには、整った造作をしている、と思う。
「切ったほうがはやいのに‥‥」
「駄目だ」
だがしかし大雑把。
いや、性格が悪いわけじゃないし、粗忽というわけでもないのだ。ただこう、万事に大雑把。絡まった髪が面倒だからって理由で鋏を取り出すくらいには、大雑把。‥‥ええい、誰の影響だ。
「‥‥‥‥‥‥。俺か‥‥」
「え?何か言いました?」
「いや‥‥」
俺はなんとも言い難い思いを胸に抱えたまま、ふわふわの髪を背後からすくいあげて、もつれた箇所を解していく。
ハニーゴールドというにはやや淡い、何か甘い印象のする髪色に、しんなりとしたねこっ毛はよく合っている。あれだけ大胆すぎる扱いなのにふわふわのサラサラなのはどういうことだろうかとちょっと思わなくもない。くるくると巻いた毛先も可愛いし、少し長めの前髪が頬に落ちかかって揺れているのも可愛い。
ああ、誰に似たのだろうか、っていうまでもないなこの巻き毛は。
「お前、この巻き毛はやっぱフランス似だよなぁ」
「そうですか?」
‥‥あいつは、あれだ。口に出して認めるのはどうにも尻のすわりが悪いのだが、中身が10割残念なぶん、神様がせめて見た目くらいと張り切った結果に違いないと確信するくらいには、見目が良い。
さすが最初の父親というだけはあるのか、全体的にカナダはあの髭に似ている。今も話す英語はどこか甘いフランス語の発音を宿しているしな。ああ、残念な中身が似なかったことについてはどれだけ安堵しても足りないくらいだが。
「イギリスさぁん、」
「もうちょっと」
甘えた口調で俺を呼ぶ声に、絡まったねこっ毛を解しながら応える。‥‥確かに解しにくい。うん、これが俺の髪だったら、そりゃ確かに鋏だな。即鋏だな。鋏を持ってくるのも面倒で靴に仕込んでるナイフを先に出すかもしれない。問答無用で刈っちまってるな。
そんなことを思いながら、ふわふわとした毛先を丹念にほぐしていく。ほんのり甘い匂い、メイプルシュガーみたいにサラサラの細い髪。ああ、そう、この髪質は間違いなくフランス似だろう。毛先がくるっとしているのも、色は‥‥どっちにも似てないか。敢えて言うなら俺か。
「まだ動いちゃだめ?」
「駄目。‥‥てか、やっぱお前、俺の娘だよなぁ」
いきなり鋏出すところも俺に似たのか‥‥。だよなぁ。ああ、大雑把。畜生、いらねぇとこばっか遺伝しちまったな。
コイツの二番目の父親として、兄として、何を残してやれたかって時々考える。植民の歴史云々は抜きにしても、出来れば紳士、いや淑女的な部分が遺伝されてりゃいいんだが。‥‥されてるよな?大雑把だけじゃないよな??
「イギリスさん」
「‥‥んぁ?」
するり。と、腹っつか、胴回りに抱きつかれた感触で俺は我に返った。
見れば、手のひらにとって解していたやわらかなねこっ毛がない。
気がつけば、前を向いて椅子に掛けていたはずのカナダが、椅子に座ったまま上半身を反転させて、俺の腹に抱きついている。‥‥あー、なんか微妙な位置にふにふにたふたふしたものが当たってんなぁ。いやぁ、本当イイカラダに育ったよなコイツ。
湖水色の瞳は俺よりフランス似の部分だが、それを縁取る甘い色の睫は髪と同じ色。俺に似て、俺に似た、
「‥‥んだよ、膨れても可愛いだけだぞ?」
「だって!」
甘い甘い声で言ってやれば、やはり俺と同じ、甘い甘い声が返ってくる。
白く華奢な指、小作りな造作、たっぷりとした胸、ぽってりとした尻もどこもかしこも甘いのを、もう知っている。
「‥‥髪じゃなくって、もっと私のことぎゅってして、構って。」
ほら、そうやって抱きついてくる甘い身体。甘い言葉と、体当たりの、まっすぐな恋情。
「‥‥お前のそういうとこ、誰に似たんだ。俺か?髭か?」
「どっちでもいいですっ。もう、さっきからイギリスさん、私のこと子ども扱いしてるでしょ!」
「んー?」
俺の腰に抱きついたまま見上げてくる頬っぺたはぷうっとふくれてて、子どもみたいだ。
確かにこの娘は俺の子どもで、けれどもう、それだけじゃないから。
『ぎゅってして、構って』?‥‥それだけで足りるはずねぇだろ。こどもじゃないんだから。
腹に抱きついてる身体を、脇に腕を差し入れて抱き上げる。
そうだな、子どもだったらこのまま、胸元に抱っこできるんだろうけれど?
「‥‥ん、ふゃっ」
「舌。‥‥こっち、寄越せ、ほら」
「んんっぅ、‥‥ァン」
綺麗にくびれた腰を抱き、ふわふわのねこっ毛越しにうなじを固定してから唇を食む。少しだけほころんだ唇を割って歯列を舐めれば、引き起こしたカナダの膝から力が抜けたのか腰を抱いた腕に掛かる重みが増した。‥‥甘い、甘い重み。俺の娘だから、だけじゃないからこその。
柔らかく熱い咥内を舐め可愛い舌を吸い上げて、控えめに絡めてこられるのに好きなようにさせてやる。最後は勿論俺が主導権をとって、最高に気持ちよく。
「‥‥ほら、子ども扱いじゃ、こんなことしねぇよ?」
ちぅ、と最後に下唇を吸い上げるようにしてくちづけを終えれば、正面から抱き合うくったりと力の抜けた柔らかな身体が、さっきとは違う重みで抱きついてくる。
「‥‥‥‥も、ばかっ、イギリスさんのえっち!」
「エッチな俺に構って欲しいんだろ?」
「うー‥‥ッ」
ぎゅうぎゅうと若干痛いくらいに抱きついてくる腕はほっそりと、ばっちり当たってるたふたふした胸は気持ちよくって、背中にはふわふわの巻き毛。ああもう、いくら俺に似て大雑把だからって切るなんていうなよ、可愛いんだから。
「イギリスさんが言うんなら、ちょっと、頑張ってみます。面倒だけど」
「ん。」
ぽそぽそと可愛い声でそんなことを言う、可愛い可愛い、俺の娘。
「‥‥だからもっと、恋人扱いして。」
甘い声に、勿論なんて言葉を返す暇があればキスのひとつもするのが俺だし、それに可愛く恥じらいながらも応えてくれるのがカナダだ。
こういうとき、コイツは俺の恋人なんだなって思う。
「んぅ、ねぇ、もっと、」
「お前なぁ‥‥」
‥‥エロいところは俺に似たかな?
マイクロサテライトに訊け
end.(2010.09.20)
「フランスさん、髪のお手入れ教えてください」
「ん〜?いいよーおいでカナ、手取り足取り腰取り教えちゃうよハァハァ!」
「わかりやすいオヤジ発言してんじゃねぇよ、滅べ髭ワイン!」