英国紳士は慌てない。
と、いうのがイギリスの信条であり身上である。 それが意見真っ向対立の議場だろうと、元弟の家で過ごす休日だろうと、だ。
慌てず騒がず、どのような状況にも冷静にスマートに。出来れば品の良いジョークの一つもオプションできればいい。
さて、そんなわけで。

「...Excuse me, Sir.」

聞き取りやすく滑らかな‥‥もっとも元弟などには四角四面で面白みがないなどと言われる、完璧な英国英語に緩く目を伏せながらも品の良い口元だけの笑みを添えて、イギリスは開けたばかりの扉を冷静に、閉めた。
エクスキューズミー、サー。室内に居たのは私が用のある"男性"が、"一人だけ"。
貴方に用があり来室したのだけれど、小用を思い出したので一旦失礼をするのをお許しください。‥‥という風に見える、さりげない、何気ない仕草で。
室内の状況には関係なく、あくまで冷静にスマートに。

「え、ぁう、」
「‥‥ん、分かってっから。行くぞ、ほら」

スマートに、己の半歩後ろにいた頬を真っ赤に染めて狼狽している柔らかな身体を殆ど抱き込むようにして、強制的に屋敷の主である相手の私室前から、退去した。

「あああああのッ、イギリスさ‥‥っ」
「静かに。カナダ。マティ。いい子だから、部屋に戻ってから。足音、普段どおりに」
「あ‥‥、」

英国紳士は慌てない。
生まれてこの方千数百年。揺るがない信条と身上に基づいて、イギリスは耳の縁まで赤く染めた娘を敢えて幼い頃の彼女を諭した時のような出来うる限り柔らかい、冷静な声で告げながら、この館で己が宛がわれている部屋へと続く廊下を歩いた。
冷静に、スマートに。
たとえ元弟、未だに自分の子ども気分が若干抜けきっていない相手の、見た瞬間に理解できるような分かり易い濡れ場に遭遇しようとも、慌てずに。
イギリスは、己の信条と身上に基づいた振る舞いで、英国紳士を全うしてみせた。




「ほら、紅茶」
「あ、りがとう、ございます‥‥」

一人掛けのソファに掛けさせた娘に、わざわざ本国から持ち込んだティーバッグで淹れた紅茶入りのマグを渡してやる。
イギリスの宛がわれた部屋には、保温ポットとカップが置いてあった。
散々KYと言われ自分勝手で斜め上だのと言われる元弟だが、思えば最近はこうしたちょっとした気遣いをしてくれるようになっている。用意されていたカップがティーカップではなくコーヒーマグな辺りはご愛嬌だ。この屋敷に滞在し始めた当初こそティーカップの所在を訊こうと思っていたものだが、すれ違う時間も多く、今では逆にアイツらしいと苦笑してそのまま使っているイギリスである。
気遣いか、あいつも成長したもんだな‥‥と、本人が聞けばうんざりとした顔をされそうな感慨を懲りずに抱きながら、イギリスは今だ赤みの引かない頬のまま、もそもそと紅茶をすするカナダの頭を傍らに立ったまま、意味もなく撫でた。
指先に小さな頭がピクン、と震えたのには、反応しないでおく。

‥‥まぁ、確かに。
いかな隣国、生まれながらの「きょうだい」とは言え。
否、きょうだいだからこそ、だろうか。

「アイツ、彼女いたんだな」
「えっと‥‥。紹介、は、してもらってました、けど」

兄の言葉にぽそぽそ、おっとりと応えるカナダの頬はうつむき加減でほんのり赤い。
普段からじゃれあって小さな喧嘩をしては次の瞬間には笑いあっているような、仲の良い兄弟の「男」の顔なんて、好んで見たいものではないだろう。
一応ノックはしたんだがな。と、イギリスは可愛らしく頬を染める娘の頭の撫でながら、しみじみ思う。

‥‥愛する相手とのセックスの最中なんて、ノックの音など雑音以下なものだ。

状況を整理すれば、所はアメリカ。半年近い長丁場の、世界規模の会議期間。
「俺の家を使わせてあげてもいいんだぞ!キミ一人でホテルに放り込むとどうせ飲んだくれて俺が迎えにいくことになるしね!これはヒーローである俺の義務であって、つまり俺がヒーローってことだよ!」と、ある意味どこかの誰かに良く似た(いや、自分はヒーローだなんて小っ恥ずかしい台詞を言ったことはないが)台詞に内心で苦笑しつつ、イギリスが元弟の家に厄介になりだして、早ひと月ほど。
無論、仕事での滞在である以上、主な活動場所は議場であったり視察先であったり、パーティ会場であったりなわけで、厄介に、と言っても実際には数日帰らないようなこともある。帰れば帰ったで家主の在不在に関わらず己の部屋で着替えをして持ち込んだ紅茶を飲んで眠りそしてまた仕事先へと赴く。世界規模の会議であるので、英米関係があらゆる部分で緊密な同盟関係にあるとはいえ、作業チームやセッションのグループが違えばアメリカと会うことすらない。
けれど、『家』に帰ればたまには会える。
「ん?あれ、キミ帰ってたのかい?ピザ買ってきたけど、食べる?」「おう、お疲れ。食う。なんか飲むか?ていうかお前コーラ以外を冷蔵庫に入れろ」なんてやりとりを、既に幾度も交わした。
招かれた自宅。用意されたマグカップ。さりげない気遣い。
小さな彼を保護していた頃とも、凄惨な戦いの末に袂を分かった頃とも違う、穏やかで何気ない遣り取りがアメリカと出来るようになったことを、イギリスはどこか面映ささえ感じつつ、密かにかみ締めたりもしていた。元弟の成長に、自分達の今の関係に。決して口にはしたりしないけれど、喜びすら感じていた。

‥‥ああ、成長。成長か。そうだな、成長だ。

会期の長い会議というのは短期集中の其れとは違い、合間合間で不定期ながら休日がある。もっとも名目が「休日」でも休日用のパフォーマンスめいたイベントに借り出されることもあるのだが、基本としてそれらは対外向けの上司の仕事だ。イギリス達、いわゆる『国』にとっては、多くの場合休みは、休みである。
休日には、勿論何をしようが自由というもの。

『イギリスさん、明日お休みですか?アメリカのおうちにいるんだよね、遊びにいってもいい?』
「ん。」

ふわふわとした電話越しの甘い可愛い声にイギリスが頷いたのは、昨晩の話。
隣国という立地が幸か不幸か、毎日自宅からの出勤という形で会議に参加中の娘の可愛いおねだりに、口元を緩ませながらイギリスが彼女を招いたのは、当然「自分の部屋」たるアメリカの、屋敷なわけで。

「イギリスさん、今日は、アメリカは?」
「あ?あー、‥‥今日アイツ居たっけ、予定すり合わせとかないと顔合わせねぇんだよな」
「あはは、アメリカのこのお屋敷、広いから。全然音とかしないんですよねぇ。市内のアパートだったらそんなことないのに」
「あの鳥の巣みてぇな雑然としたねぐらなら間借りしねぇよ」

ほにゃほにゃと笑って兄弟の消息を訊く彼女を伴い、広くて防音性に優れた屋敷を、家主にちょっと挨拶でも、と元弟の私室に足を向けたのは不自然なことじゃなかったはずだ。
イギリスとアメリカの休日が重なっていたのは偶然。
貴重な休みに、いろんな意味で成長した歳若い元弟が恋人と過ごそうと考えていたのは、知らなかったこと。

うん、だからまぁ、事故だ、事故。‥‥昼間から致してるのも、愛し合う、しかも歳若い恋人同士ならばおかしなことではない。

実際、イギリスにしてみれば、英国紳士の信条を抜きにしても、そう慌てることでもない。
男同士ということもあるのだろう。意図せず濡れ場を目撃したことは、相手の女性には申し訳なくはあるが、アメリカに対しては気まずくはあっても頬を染めて恥じらい照れるようなことでもない。むしろ自分がそうしたほうが気色悪い。そういう可愛い仕草は、可愛い女がやってこそ可愛いものだ、と思う。
今まさに恥ずかしげに俯いている、カナダのように。

ふと、イギリスは笑いたい衝動に駆られた。なんとなく。

「‥‥?イギリス、さん?」
「ん?ああ、いや」

実際に笑ったわけではなかったのに、気配が伝わったのかマグを手にしたまま俯いていた小さな頭が、少しだけ上げられる。
小さな頭の上に乗せたままだったイギリスの指を、細く柔らかいハニーゴールドの髪がくすぐるようにふわりと動く。
なんとなく。そう、なんとなく、イギリスは動く。

「カナダ」
「ん‥‥っ、ひゃ、」

一人掛けのソファ、肘掛けに軽く腰を乗せて頭に乗せた手はそのままに。
中身の減った紅茶入りのマグをやんわりと指を絡めるようにして奪ったのを追う湖水色の視線に、己を割り込ませる。柔らかな、己の娘であり、今では恋人でもあるカナダの、紅茶味の唇を味わう。

元弟に恋人がいたことは知らなかったし、彼が今日休みだということもイギリスは知らなかった。
けれど、その歳若い、すっかりと男として成長した元弟が数少ない休日を愛し合う恋人と過ごしたいと思ったのは、当然のことだ。‥‥なにせ、彼よりずっと年上の自分ですら、こうなのだから。

「‥‥んぅっ、ま、待ってイギリスさ、アメリカ、が‥‥っふゃ、」
「平気だろ、この家は広いし防音も効いてる」

マグを手にしたまま不安定な体勢で、恋人の柔らかな頬を食むようなキスの雨を降らせながら囁く。
低く甘い、男の声。恋人だけに聞かせて、恋人だけに見せる顔。
‥‥ああ、やはり少し悪いことをしてしまった。
予期せぬ事故で踏み込んで垣間見た、自分にとっては元弟でカナダにとっては兄弟の、あの顔は。すっかりと男に成長した彼が、恋人にだけ見せる顔だっただろうから。

「早く忘れてやんねぇとな‥‥」
「‥‥え?」

零した声は彼女に聞かせるためのものではない独り言だったけれど、キスの距離での声に甘く身体を震わせたのを見逃すイギリスではない。
また、少し笑いたくなる。

「カナダ」

かつて海を制した己の最愛の子どもだったアメリカが、いまや気遣いなどを覚えて快活で情熱的な熱を持つ大人の男に育ったように、おっとりと天使のように可愛らしいばかりだった娘であったカナダもまた、柔らかな身体を抱き締められて男を受け入れる蕩けるような悦びを知る大人になったのだ。
髪に触れる恋人の指先に震えて。
不自由な体勢のキスを恥じらいながら受け入れて。

「ん‥‥、ん、好き、イギリスさん」

甘く可愛い告白と、色に蕩けて潤んだ瞳。
美しくエロチックな彼女の姿を見ていいのは自分だけ。

‥‥ああ、笑いたくなる、己の独占欲と恋心!

「‥‥ね、ここじゃなくて、」
「ん。ベッド行こうな」

気遣いを覚えた元弟が用意してくれたマグカップの代わり、くったりと美味しそうに蕩けた身体を腕の中に抱き上げる。
慌てず騒がず、冷静にスマートに。信条で身上たるそれらは確かにイギリスの中にあり、それは議場でも休日でも変わらないわけだけれど。

「久しぶりだからゆっくりしようぜ。なんかこう、ねちっこいの」
「もう、‥‥ばか」

元弟の姿にあてられて、或いは歳若い恋人に合わせて?
そんなもっともらしい言い訳をジョークの代わりにさらりと用意し、後は恋人との過ごす甘い蜜の休日を堪能すべく、柔らかな寝台へと飛び込んだ。




「ハロー、イギリス?入るよさっきは‥‥ってソ、ソーリィ!」
「きゃっ?!」

けたたましい音を立てて閉じられたドアを、かなり上がってきた息と鼓動はそのまま、暫し呆然と眺めやる。‥‥ああ、そうだなノック。セックス中のノックなんて、本当に雑音以下だ。

「やだぁ、イギリス、さ‥‥ッ、み、見られちゃ‥‥っ、」
「あー‥‥、大丈夫だから、な?忘れちまえ。見たことも、見られたことも」
「でも、」

腕の下から見上げてくる、快感に潤んでいた瞳に困惑の涙を混ざらせた恋人をしっかりと抱き締めて、宥めるように、囁いた。

「いいから。‥‥ちゃんと忘れさせてやるから」
「ん、んッ、」
「俺にだけ集中してろ。‥‥ほら、」
「ひゃんッ、」

再び熱心に恋人の身体を辿り、自分の色と熱に染め上げていく。
己だけが聴いていい甘い声で鳴く彼女を堪能しつつ、イギリスは割と暢気に思考を巡らせる。
‥‥気遣いも恋人も出来た元弟には、やはりもう少し英国紳士的な慌てずスマートな対応を学んでから、独立して欲しかった。
イギリスの休日の残りは、マシューを蕩かせて甘い自分の記憶だけを残すこと、それからアルフレッドに英国紳士的パニック対処法を伝授することになりそうだ。

ついでだから、ティーカップの所在も訊いておこう。









 ジェントルホリディ





end.(2011.03.14)


その夜は元・兄と弟でお話し合いという名の猥談になって、メリカのレベルが1上がりました。