やわらかな生地のフレアスカートが爽やかな夏の風に揺れている。
天へと伸ばした右腕の細さと白は眩いほど、パフスリーブのボレロの裾を飾る精緻な手編みレースが良く似合っている。
ほんわりとやわらかな微笑。視線はキラリ光る、指先へ。
華奢な指をいっぱいに広げて、ヒラリ翻る背景は青空。
「‥‥えへへ」
「なぁにカナ、ご機嫌さんだね?」
「ひゃっ?!」
華奢な肩を包み込むように乗せた手のひら越し、青年は彼女の体温と震えを受け取った。
空へと伸べていた腕はぱたりと落とされ、振り返り様にハニーカラーの巻き毛が柔らかく中空を舞う。青年に良く似たサラサラの其れは、背後から覗き込むように身をかがめた彼の顎を軽くくすぐって、ふわり、舞い落ちた。
仰のくようにして見上げてくる、アジサイ色の青をした瞳に艶やかに笑いかければ、ミルクカラーの頬に僅かな桃色がほんのりと重ねられる。
「フランスさん」
「はぁい、カナダの素敵なお兄さんのご登場ですよー?」
歌うような軽口に「もう、なに言ってるんですか」と笑うカナダの眦に軽く吸い上げるくちづけを落としたフランスは、肩にかけていた手をそのままスライドさせて、細い腰を背後から抱き取るようにして彼女を抱き締めた。青年の腕の中に納まるサイズの身体はけれど意外にメリハリが利いていて、みぞおち辺りで両の指先を組み合わせて抱くフランスの腕にふにふにと女性特有のまろやかな柔い感触をもたらした。
素敵過ぎるぷるぷるな感触に、フランスは内心で盛大にニヨニヨと鼻の下を伸ばしたものだが、勿論それを端麗な面に出すことはしない。
その代わり、先ほどまでカナダが空へと伸べていた腕について、滴るほどに甘い色気を含んだ声で問うたものだ。
「後ろから見てたら、随分とご機嫌で腕を伸ばしてたみたいだけど?どうかしたの?」
「‥‥えへへぇ。ね、フランスさん、これ見て」
「うん?」
フランスの問いかけに、再びふんわりと花が咲きほころぶような笑みを浮かべたカナダが、今度は自分の頭ほどの高さへとその華奢な腕を上げてみせる。
指先まで力を入れて五指を全て開いてみせた、彼女の右手、薬指。
太陽の光を受けて美しく光る、愛らしい細工。
「指輪?」
「うん!」
イギリスさんに貰ったの!
そう、最高に愛らしく微笑み、軽やかに弾んだとびきり甘い声音で旧知の青年の名を口にする己の恋人に。
フランスはなんとも名状し難い、苦笑めいた微笑みを口元に刻んで応じたものだ。
イギリスは、カナダにとっての『母親』である。
いや、イギリスが男性の姿形を取っている以上、『兄』であるとか『父親』と表現するほうが適している気もしないではないのだが、しかし二人の関係を知る身としては、『母親』以外のどんな形容も不適に思えてくるから不思議だ。
もっとも、『兄弟』と言うならアメリカが、『父親』という意味ではフランス自身がその続柄に適しているわけで、となれば残る『母親』の地位をあのフランスにとっては生まれてこの方喧嘩三昧な腐れ縁に附するのも、間違ってはいないでもない気がしなくもないのだが。‥‥自分でも言っていて肯定否定が判らなくなった。どっちだ。
「あのねこの前イギリスさんにアフタヌーンティにお呼ばれしたときね」
「カナっ、アイツの食物兵器は食べてないよね?!」
「サンドウィッチとビクトリアサンドを私が作って持っていきました。‥‥じゃなくて、イギリスさん、その日の朝に棚の整理してたみたいなんだけど、そのときに出てきたとかって」
「えー?どれ‥‥へぇ、ビーズ細工か。イタリア‥‥古いヴェネツィア辺りの、手製のものかな」
「どこで手に入れたとかはイギリスさんも覚えてなかったみたいですけど、でも可愛いからっていって、私にくれたんです!」
「あー、まぁ、アイツがつけて似合う類のもんじゃないしねぇ‥‥」
普段どおり、フランスよりは少しおっとりめの、けれど今は嬉しさに興奮気味なのか、彼女にしては早口な説明にフランスは言葉を返しながら、小さな手を取り件の指輪をしげしげと眺めた。
ミルクカラーの球形ビーズを中心に、鮮やかな瑠璃色のオーバルビーズを同心円に五つ。陶製のビーズでかたどられた其れはシンプルな花の意匠だ。ビーズを繋ぐのは華奢なゴールドのワイヤーで、パーツを繋ぐだけではなく優雅な蔦文様の曲線を描いて全体をより立体的に見せている。繊細なアクアカラーのグラスビーズが小さなリーフを一枚花の横に添え、水晶だろうか、多面体カットされた石が一粒、愛らしい意匠を貴族的な上品さへと昇華させていた。艶やかな金色の枠もまたキャストではなく、完璧なハンドメイドである。
アンティークとしての付加価値を除けば目が飛び出るほどに高価というわけでもないだろう。
しかし手錬の細工職人による一点物であることは確実の、可愛さの中にすんなりと上品さと高級感を溶け込ませた見事な作品だ。
滑らかで小さな手を包み込むように取り、指輪を眺めるフランスに、ご機嫌なカナダが甘い声音で言葉をつむぐ。
「ね、可愛いでしょう?」
「ああ、そうだな。似合ってるよ、お前に」
フランスの素直な称賛に、カナダがにっこりと笑って己の右手を取る恋人の手へと、白く華奢な指先を絡め合わせてきた。夏の日差しを受けた指輪が鮮やかにきらめき、滑らかな彼女の指先を美しく彩る。
己の指に填められた指輪を眺めては歌でも歌いだしそうなほど上機嫌な恋人を腕の中に抱きつつ、フランスはやはり苦笑めいた笑みを口の端に上らせたものだ。
さすが『母親』の見立てというべきか、その愛らしくも上品な指輪はカナダの雰囲気にしっくりと馴染んでいる。
もともとイギリスの屋敷にあったものということは彼女の為に誂えたものではないのだが、長く英国領であり現在においても英連邦として彼と公式な繋がりを持つカナダには、どこか雰囲気というかカラーというか、イギリス「らしさ」とでも言うべき何かがよく馴染む。
嘗ては己の腕に抱いて小さな小さな彼女を養育した身であり、また現代にあっては恋人という甘やかな関係にあるフランスとしては、微妙にほろ苦い気分に駆られなくもない、二人の関係。
(‥‥いや、いや。そう、あの眉毛とこのコは親子。そして俺達は恋人。お菓子は別腹みたいなものだよね!)
‥‥比喩が的確なのか否か、非常に微妙なところではあるが、ともかくどうにか納得しようと恋人をぎゅっと抱き締めたフランスの目に映ったカナダの素敵なおっぱ‥‥否、素敵なプロポーションを引き立てる服に、さらにげんなりした気分にさせられた。
彼女の『母親』の手仕事は完璧だ。そう、料理以外は。
たとえば、あの腐れ縁の屋敷周りを華やかに彩るコティジガーデン。艶やかな薔薇、瑞々しくも愛らしい果実をつけるベリーやハーブの寄せ植え、コックスなどの花果樹。緑滴る華やかな屋敷は、なるほど可愛いもの好きの女の子が憧れてもおかしくはない。美しいそれらは全てイギリスがひとりで世話したもの。因みに現在のカナダの家周りを飾る薔薇垣もイギリスが丹精したものだ。
彼の作る緻密で精緻な刺繍や手編みレースもまた見事だ。テーブルクロスからベッドカーテンに至るまで、カナダの家には文字どおり英国製のものが数え切れないほどにある。
「‥‥ねぇカナ、その服お兄さん見るの初めてだよね?」
「え?あ、これはイギリスさんがこの前縫ってくれたの。縁取りのレースも手編みなんですよ。可愛いでしょ?」
「‥‥‥‥うん、すっごく」
ああ、そのワードローブの中までも!
(‥‥いやいや、いや!だから親子だってば!母親とその娘!!そして俺たちは甘ーい恋人!!クッキーとビスケットが別物なのと同じことでーすーう!!‥‥あれ、これホントに違ったっけ?)
「‥‥あの、フランスさん?どうかしましたか?」
「ふぇ?!え、ああ、いやなんでもないよ?うん、なんでもない」
「‥‥?」
無意識のうちに深く己の思考に嵌まり込んでしまっていたらしい、ハタと気がついた時にはフランスの腕の中の恋人は、その身体を反転させて、フランスの広い胸へとたたんだ華奢な腕を縋らせるようにつき、高い位置にある恋人たる青年の顔を見上げてきていた。
そのなんとも無垢で純粋な色の瞳に、フランスは脳内で『母親』と『恋人』と書かれた天秤の、後者側へと必死で錘を増量させながら、にっこりと笑ってみせたわけだが。
「えーっと、ごめんねーお兄さんちょっと考え事してました」
「‥‥‥‥。」
「え、えっと?カナちゃん?」
『母親』へと傾きたがる脳内のバーチャルな天秤へせっせと重りをぶち込んでいたフランスであるが、不意に黙り込んだリアルな恋人に、一旦脳内増量作戦を中断し、そっと腕の中のカナダへと、意識を集中させた。
自身より優に二回りは小柄なカナダは、腕の中にすっぽりと納まっている。
先ほどまでフランスを見上げてきていた視線は落とされ、身長差から彼女の長いハニーブラウンの睫が頬に淡い影を落としているのを見ることが出来た。
その頬は、うっすらと柔らかな桃色に染まっていて。
そう、それはひどく甘い、甘い色。
「‥‥カナダ?」
「‥‥わ、私がいるのに、考え事なんか、しないで」
「っ、」
フランスの脳内天秤が『恋人』側へと落ちた。I'm winner!コレくらいの英語なら俺も知っているとも!
「‥‥うん。ごめんね、ていうか考え事の中身もお前についてのことだったんだけど」
「駄目。私がここにいるんだもん、私のこと見てください」
「‥‥うん」
そっと身体を寄せてくる柔らかく甘い恋人を、フランスは強く、けれど優しく宝物を抱くように抱き締める。
もう一度彼女の耳へと唇を寄せ、ごめんね、と囁いた。
意識して甘い色気を溶かし込んだただひとりへと捧げるためだけの声に、カナダはふるりと身体を震わせる。
その反応は、彼女にとってフランスが『兄』でも『父親』でも、そして『母親』でもない証左。
『恋人』だからこその、甘い戦慄き。
そして交わした甘い甘い、恋人仕様のくちづけも、また二人だけのもの。
「‥‥カーナダ。ねぇ、お兄さんもお前に指輪、贈っていい?」
「え?」
最後に軽く可愛い音を立てて終えたキスに、甘やかな息をついた恋人を腕の中に閉じ込めながら、フランスは甘く甘く、囁く。
腕の中、顔をあげてきょとんと無垢な視線を向けてくる彼女へとフランスは微笑むと、カナダの腰を抱いていた腕を静かにほどき、フランスの胸元へとたたんで置かれていた恋人の手を、そっと掬い上げた。
右手の薬指には、彼女の母親から贈られた愛らしい指輪。
そう、だから。
「この指に似合う指輪を贈っていいのは俺だけだと思うんだけど、どうかな?」
白く繊細な彼女の指のうちの一つに、フランスは中世の騎士のような美しい所作で、唇を落とす。
その柔らかい、少しだけ体温の高い恋人の唇が無言で語った意味を理解したカナダが、サァッと頬に朱を散らせたのに、フランスは華麗な美貌と愛の国の呼び名に相応しい艶やかな笑みで、最愛の恋人を強く抱き締めた。
恋人から贈られた美しい指輪を填めたカナダが、晴れ渡る青空へと手を伸べて上機嫌に笑うのは、一つ季節を越した頃。
長い巻き毛を爽やかな秋風に遊ばせながら、背後から己を抱き締める恋人の呼び声に、おっとりと振り仰ぎ見る。
「フランスさん」
花が咲きほころぶような笑みに甘やかな呼び声を添えて、胸元へと身体を預けてくる彼女をしっかりと抱き締めながらフランスもまた美しく笑い、そっと白い指先を絡めあわせるようにして手を繋ぎ、彼女と共に、天へと腕をかざす。
穏やかな秋の日差しに煌く指輪は美しい。
恋人達の左薬指には一対の指輪がしっくりと、馴染んでいた。
指輪物語
end.(2009.08.16)
タイトルが思いっきり英国産なのはわざとだよ(笑)
イギリスママンはいつだって完璧です。(・∀・)
カナちゃんにねだられて渋々リングピロー(ちょう乙女チック)とか作ってそう。
カナちゃんのベッドは英国特製の総レースカーテン天蓋つきお姫様ベッドです(´∀`)