花火の弾ける音が、辺りの歓声を浚って短い夏の空に高らかに響き渡る。
夜空を鮮やかに彩る其れとは違って未だ明るい夕刻の花火は晴れ渡る空に何も描かないが、その音を契機に周囲の盛り上がりは最高潮に達した。
近代建築と英国様式の交じり合う風景に翻るのは、この地を抱く自然を意匠した国旗。途切れることのない歌声、行き交う人々の歓声、陽気に杯を合わせる音。
多民族国家、おっとりと牧歌的な国民性も手伝ってか、それは火のついたような熱狂ではない。ただ純粋に、誰もがこの日を楽しみ、寿いでいる。
この国は長い時間と幾万の言葉による交渉の末、現在の形を成した。
血で血を洗う抗争の果ての独立、建国も珍しくはない中、大多数がこうして自らの国の誕生を素直に祝うことが出来るのは、実に幸福なことだと思う。
「俺なんて血みどろの革命の号令みたいな日だしねぇ‥‥」
それはそれで、人間という生物が生み出す途方もない熱を、信念を。感じられて良いのだけれど。
呟きは、発言者以外の聴衆を持たなかった。
吐息めいた言葉はどこか気だるく、正装に身を包み窓辺の椅子に凭れるように座る己の姿は、どこか古い絵画のようにみえるだろう。己は、『フランス』は。そういう存在だ。
在外公館、上階の一室。この国では祝日となるこの日は詰める職員も少なくどこか疎らで、同時にどこか浮かれた雰囲気でもあった。公館には本国から出向している職員も多いが、勤める土地の祝祭の雰囲気に乗らないほど生真面目な国民性でもない。無論、現地採用の人間にとっては母国の建国記念日だ。加えて現在二国間には深刻に係争中の事柄もない。
ぼんやりと座る窓際からは祝祭に沸く市内が一望できるが、ふと視線を足下に戻せば、公館の前門には自国の大三色旗と共にいつ見ても愛らしいこの国の国旗が仲良く掲げられていた。その横にメッセージボードらしきものが見えるが、恐らくこの日を祝う言葉が美しき母国語(ああ、この国にとっても、そうなのだけれども。)で、書き付けられているのだろう。
なんとなく、笑う。
既に自分は、『フランス』は、この『国』自身に、お祝いを伝えている。
勿論祝い事は、言祝ぎは幾度伝えても良いのだけれど。
言葉には魂が宿ると教えてくれたのは、極東の友人だったか。
悪しき言葉よりも、良き言の葉を。
そうすることで相手にも、同時に己の内側にも言葉を染みこませる。
「誕生日、おめでとう」
呟く言葉は、自分自身が『彼』に確かに告げたこと。
今日この日のために、おっとりとした彼は寸暇を惜しんで忙しく立ち働いていて、けれど自分の言葉を受け取るためにわざわざ時間を空けてくれた。
『ありがとうございます、フランスさん。』
己の言葉と百合の花束に返されたのは、少し照れたような、おっとりと甘い声。今日は彼の、誕生日。
嘗て己の手元にあって奪い去られ、そうして宗主となったあの寂しい男の腕から離れ、放たれた日。
「誕生日、誕生日、かぁ‥‥」
誰に聞かせるでもない呟きは続く。
誕生日というならば今日は紛うかたなき誕生日だ。彼は勿論、宗主である青年もまた、弟であり従順で忠実な子どもでもあった彼の巣立ちを祝っている。‥‥諸々の事情からあの男自身はこの地を踏んではいないかもしれないが、気長で平和な交渉の末に離れていった彼を、同時に、時に辛く当たられながらも兄として母として己を守り育ててくれた男を、今もまだ身内として大切に想いあっていることは、知っている。
だって、彼らは家族だったから。
長い長い時間を共に過ごしてきた。‥‥血で血を洗う抗争の末決別した子どもの親として、兄弟として。長い長い時間を、想いを共有し、手を取り合って生きてきた。
手を、取り合っていたからこそ、離せた。‥‥新しい、柔らかく甘やかな関係を。築けた。
「誕生日、おめでとう、」
言祝ぎを呟きながら窓辺に掛けていた手のひらを、見つめる。白い手のひら。嘗ては小さな小さな、メイプルリーフのような子どもの手を、確かに握っていたのに。
自分には、離す手さえ、なかった。
だって、もう、繋いでいなかったから。
‥‥あの優しい子は、ずっと忘れなかったと言ってくれたけれど。
「誕生日‥‥、」
言葉が、途切れる。
翻る国旗、沸き立つ歓声。
今日は彼が、可愛いあの子が生まれた日。
かつてこの美しい大地で拾い上げ抱き上げたあの子が、自分の手元ではない場所で、『カナダ』になった日。
‥‥ああ、あの子は俺が見つけた子どもなのに。
‥‥俺の与り知らないところで、変わってしまったなんて。
(誕生日、おめでとう、なんて。)
「‥‥ゆ、る、せない」
零れた言葉に、フランスはバッと口を塞いだ。
口元を覆う手のひらが震えている。招待されている晩餐用にと着込んだ礼服の下、じっとりと身体が濡れている気さえした。
座る窓辺の外からは、今日のこの日を祝う声。可愛いあの子を、『カナダ』を祝う声。
平和な独立を果たした国家、ソフトパワーとミドルパワーを生かした柔軟で友好的な外交姿勢、多民族の融合、連邦盟主との優しい緩やかな連帯。‥‥個人的には、兄から恋人へと、甘い想いの転換を果たし、寄り添い、微笑む。
ぱたり、口を覆う手のひらが落ちる。ほろり、正装の上に、雫が落ちる。
誕生日。今日は彼が生まれた日。可愛い俺のあの子が、兄であり母であり恋人である男の手の中で生まれ変わった、日。
‥‥ああ、言葉に魂が宿ると、いうのならば。
「誕生日、おめでとう、なんて。」
‥‥言えないよ。俺には生涯、心の底からは言えないんだ、カナダ。ごめんね。
こだます歓声が、次第に夜闇に染まる美しい夕空に響き渡る。
誕生日おめでとう。幾千、幾万の声があの可愛い子どもを、今は美しく成長した青年を寿ぎ、祝う。
あの子は、笑っているかな。‥‥大洋の向こうで兄弟の独立に傷つき泣き暮らしている嘗ての宗主国を、恋人を、心配しているかもしれない。優しく、一途な子だから。
嘗て自分の手をとった最初の男のことなんて、忘れているかな。
‥‥ああ、ずっと忘れなかったと、優しく残酷なあの子は言ってくれたけれど。
「誕生日、おめでとう、カナダ。こんな狭量で嘘つきな男は、忘れてしまいなさい。」
言葉に魂が宿るというのならば。
この言葉こそ己を縛り、零した涙と共にいつか可愛い面影を忘れてしまえたならいいのに。
(出来やしないことなんて、わかっているけれど。)
the end.(2010.07.15)
意外としつこい兄ちゃん(酷)
もしかしたら自分こそが、イギリスの立場にいれたかもしれないのにって思ってしまう
もしも、の仮定を思ってしまうのは、長く生きていたら仕方がないのかなと思うのです