穏やかな初夏の風が吹き渡っている。
爽やかな風が吹き抜ける辺りは、祝祭の雰囲気に満ち満ちていた。
人の垣根でさんざめく広場にはごく古風な民族衣装を身にまとい踊る人々。その向こうには赤い式服に身を包んだ馬上の人が凛々と場を彩る。
活気に溢れた露天の土産物屋、さまざまな郷土料理を販売する一角からは食欲をそそる匂いがたちのぼり、辺りのひとを惹きつける。
どこかに舞台でも設えてあるのだろう、遠く風に乗って響き渡る、牧歌的な音楽と歓声。
自国には珍しい澄んだ青空に翻るフラッグは、ユニオンジャックに非ず。
自然を織り込んだどこか愛嬌のある意匠、同時に毅然と独立を主張する其れを、イギリスは抱え込んだ軽食をもそもそを食べつつぼんやりと眺めていた。
「うめぇな、これ」
バケツめいたカップには結構な量のプーティンが放り込まれていたのだが、もともと燃費が悪い、もとい食の量は多いイギリスは特に何を思うでもなく、のんびりと其れに手を伸ばしては、口に放り込んでいる。
腰掛けているのは石造りの階段の脇、出店で買ってきた紙皿の上にはメープルハムだの茹でホタテだのロブスターだのが山盛りで鎮座ましましている。置かれたミネラルウォーターのラベルは普段飲みつけているものではないが、どこか舌に馴染む味だ。‥‥それはそうだ、昔は飲んでいたのだから。あの街で、あの大地で。
歓声を、ぼんやりと聞く。
ロンドン、トラファルガー広場。見慣れた広場はこの日の為の彩りを刷いて、行き交う人の足はどこかゆったりと、ここが生活の場ではない非日常であると主張している。
異国情緒、というのは、どこか違うか。
いや、異国なのだけれど。もう、今では。
イギリスはぼんやりと、そんな事実を思う。特に意味はない。だってそれは、まごうかたなき事実、だからだ。
この時期のイギリスは結構、暇である。
一体誰のさしがね、もとい気遣いか、英国の緑美しき6月も半ばを過ぎる頃になると、イギリスのもとにやってくる仕事の量が減っていくのだ。
少しずつ、少しずつそれは減り。時には前倒してくるので局地的に忙しさを増すこともあるのだが、グラフを書いたなら正に右肩下がりな減量で、7月を前にする頃にはぱったりと仕事が、なくなる。
‥‥7月はバカンスシーズンですよ、どうぞ素敵な休暇を、サー・カークランド。
いい笑顔の部下は彼のその手に携えた大量の書類などまるでないもののように、空の手を所在無げに動かすイギリスから仕事用の端末を取り上げオフィスから追い出す。
毎年、毎年。7月が、始まる前に。
だから、イギリスは暇だ。実に、暇だ。
しっかりと自国の歩んだ歴史をその頭に叩き込んである上司も部下も、実に見事に空気を読んでイギリスを放り出す。‥‥もとい、そっとしておいてくれる。
7月だから。‥‥英国が愛した子どもを、失った月だから。
と、ぼんやりつらつら、そんなことを思ったところで、イギリスはふはぁ、と実に微妙なため息をついた。プーティンのせいで妙に美味しい匂いのするため息になった。
「まぁ実際、ぶっ倒れたこともあったかんなぁ‥‥」
それもまた、事実。イギリスはこの時期、体調を崩すことも多い。
だって7月だから。仕方がない。
そう、上司や部下、海峡向こうの腐れ縁を初めとするイギリスを知る多くの者たち、果てはその『元凶』扱いの相手にまで思われていることは、知っている。
‥‥だがしかし、彼らが慮ってくれるような体調の崩し方じゃないあたりを、さて今更どういえばいいというのだ。
「や、まぁアイツのせいといえばせいなんだがな」
事実。事実である、イギリスがあの、今となっては天下のKYな元弟を思って倒れるのは。
ただ、こう。なんというのか。違うのだ。
『そういう意味』では、イギリスは悩んでもいなければ、自宅にこもり人知れず涙を零すだとかそういうことも、実はない。‥‥そう思われているのだろうが、ないものは仕方がない。事実だ。
単純に、ムカつきすぎて(宣言しておこう、俺は凄まじく執念深い)寝不足になってぶっ倒れました!というのを、だからどう説明すればいいのかわからない。俺はそんなに繊細なロマンティストにみえているのだろうか。いるのかな。まぁそっちのほうがかっこいいよな。紳士っぽいしな。
プーティンをパクつきながらイギリスは思う。食欲はある。どうやら今年は元弟へのムカムカ度よりも食欲のほうが勝っているらしい。プーティンうめぇ。
‥‥今頃我が国はきっと辛い過去を想い泣き濡れていらっしゃるのだ、仕事くらい私達でどうにかして、そっとしておいてさしあげなければ、とか思われているのだろうか。だろうな。プーティン食ってるけどな。メープルハムうめぇ。
誰も彼も、イギリスを気遣ってくれる。
上司や部下、海峡向こうの腐れ縁にイギリスを知る者たち。そして『元凶』であるアメリカと、そしてもうひとり。
「そろそろあっちも朝か。今日はパレードとか言ってたっけな、陛下も今年は行くとか言ってたっけ‥‥」
祝祭日。
今、この広場と同じ理由の祝祭が、彼の地ではもっとずっと盛大に執り行われるのだろう。きっと今頃、その準備におたおたしている頃だ。
‥‥まぁ、おっとりのんびり、おたおたなのだろうがな。
まるで目の前に居るようにその姿を思い浮かべて、イギリスは笑う。
隣国から力ずくで奪ったあの子どもは、時間と歴史と価値観の流れにおっとりと身をゆだねるようにして、イギリスのもとから旅立っていった。ほとんど拘束力のない緩やかな連帯の中に、今もまだありはするけれど。
7月1日。イギリスのもとから、カナダが旅立った日。
けれどイギリスは、彼をあの地で祝ったことはない。
カナダはイギリスを呼ばない。呼べない。その3日後を思い、‥‥また自身もイギリスから離れてしまったことを思い、呼べないで、いる。
へふぅ、とこれまた微妙なため息をイギリスはついた。ほくほくの茹でホタテが素晴らしく美味い。
「気にすんな、っつっても無理なんだろうなぁ」
誰も、彼も。イギリスを気遣い、慮って7月を迎える。
アメリカと壮絶な戦闘の末、決別したのは事実。
カナダと緩やかな時代の流れの中、傍を離れたのも事実。
「けれどなぁ、カナダ。アメリカ」
けれど、その事実は。決して、哀しむべきことではないのだ。
時代が、彼らが、そしてイギリス自身が。
その別れを選んだ。この距離を選んだ。そうして今があるのだと、知っているから。
それこそが、真実、だから。
‥‥まぁ実際当時は泣き喚いて八つ当たりしまくり(主にスペインとフランスに)この野郎世界は俺のものなんだよバーカバーカアメリカのバーカ!と世界各地で大暴れしたわけだが。日に日にKYさを増していくアメリカを前に己の教育の失敗を見せ付けられ呆れすぎてさめざめ泣いたこともあったが。‥‥それがよくなかったのか。なかったんだろうな。しかしこのロブスターうめぇな。
誰もがイギリスを気遣い、慮ってくれる7月。ひとりで過ごす月。
‥‥祝いに行って、無理しないでいいのに、なんて言われるのは、結構、辛い。
いつかは、行けるだろうか?
いつかあいつらは、俺を呼ぶだろうか?
「難しいなぁ」
祝祭の地に初夏の風が吹き渡る。
願わくばこの風が、この想いが。かの地へと、愛しき我が子らへと届きますよう。
イギリスは呟いて、一時の祈りと共に残りのプーティンを口に放り込んだ。
爽やかな風が、美味しい匂いの呟きを浚って吹き抜けていった。
the end.(2010.07.02)
ブログから加筆して再録。
ハリスさんにカナダデーinロンドンのお話を聴いて。
うちのイギ様は結構割り切っています。
お母さんは案外丈夫だって、子ども達はいつか気がついて、笑いあえばいい。