「メリークリスマス」
さぁ、永遠を、誓おうか。
其れは溢れる色彩を纏った光り輝く人と交わす、甘い祈り。
目抜き通りは、色彩で溢れていた。
通りに沿う様に構えられたショップのショーウィンドウは輝くばかりに磨き上げられ、山葡萄の蔓や柊で編まれた愛らしいリースが静かに眠る店舗の未来を守るかのように掛けられている。
革靴が踏みしめる石畳のペイブメントは丁寧に掃き清められ、けれどところどころに白く清らかな雪の欠片が忍び込んでいるのが微笑ましい。
通りの中央は葉を落とした街路樹が古代ギリシャの哲学者然とした静謐な佇まいをして、けれど今夜ばかりは華やかな電飾を纏い天使や聖人のモチーフを従えて、それこそ弁論軽やかなソフィストのような存在感だ。
街を貫くこの大通りのみならず、街の隅々に至るまで華やかな色彩と静謐な祈りに埋め尽くされている。
行き交う人の表情も、世界でも早足で有名な都市であるとは思えないほど寛いだ、穏やかな表情だ。祈りの場へ赴くに相応しい正装で楚々と歩む美しい老婦人、愛する家族の待つ家路なのか、いっそ滑稽なほど可愛らしいリボンがかけられた大きなプレゼントを手に軽やかに革靴を鳴らすビジネススーツの男。夜通しパーティで踊って過ごすのだろうか、氷点下近い寒さなど意にも介さない大胆でコケティッシュなパーティドレスを纏って歌いながら駆けていく若者たち。
おもいおもい、色彩鮮やかな衣装に身を包み、思いを込めて行き着く先をもつ彼らに共通するのは、今日この日を言祝ぐ心。
「メリークリスマス、ミスター」
「ああ、メリークリスマス。素敵な夜を」
見知らぬ人と交わす優しい祈りの言葉。
色彩に溢れた街、華麗と敬虔の混ざり合う日。
空を見上げれば夜色に砂糖粒の菓子をまぶしたような、聖夜。
彼もまた、白く凝る息を履きながら通りを行く一人だ。
靴音も高らかに歩む、その足は揺らぐことなく。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス。綺麗なもの好きな妖精に攫われないように」
美しいドレスに身を包んで恋人と歩く女性には色よりも父親めいた口調で言祝ぐ彼の、揺らぐことのない足が歩を緩めたのは、トップスターのきらめきが目に飛び込んできた、曲がり角を曲がってから。
革靴が立てる足音は次第にゆっくりと速度を落とし、そうして、立ち止まる。
ちょっとした広場になっているそこは、普段は小さな露天が一つ二つ店を開いているだけの場所だ。特に何があるわけでもない、大都市ロンドンには数多あるだろう石畳の広場に、けれど今日は美しい主役の姿。
この日の為に運ばれてきたのだろうモミの木は、街中に顕現した妖精の住処のようだと、彼は思う。
美しき永遠の深緑を飾るのは輝く小麦の金、聖なる血の赤、純潔と永遠の愛を謳う白の電飾。色とりどりの小さな光は、まるで可愛らしく瞬く無邪気な妖精を抱いているかのようだ。
聖なる夜を彩る、美しい色彩。
エヴァーグリーンの背後に広がる大都市の石影、砂糖をまぶしたような銀藍の夜空、そして、それを見上げる人々の艶やかな装いと、輝くように敬虔な、心。
‥‥ああ、けれど。
「坊ちゃん、アーサー。なぁにぼんやりしてるの、遅刻屋さん。こっち、はやくおいで」
「テメェは本当に情緒がねぇな」
ぼんやりじゃねぇよ、モミの木見てただけだ、それに待ち合わせの時間だって遅れてない!
歳より幼く見られがちな猫の目を精一杯不機嫌に眇めて睨みつけるけれど、まるで効果がないのはもう、きっと仕方がない。と、イギリスは思う。
何故といって、この相手ときたら常緑樹も紅葉して朽ちていくほどの長い時間を、文字どおり『隣り合って』過ごしてきた相手なのだから。
ほら、その証拠に今だって。
「情緒がないのは坊ちゃんのほうでしょ。いいから大人しくお兄さんの腕の中にきて、キスさせてよ」
言うなり美しいモミの木の下、シックなコートに身を包んだ身体が、まるで優雅な舞の型のように動く。
なんてことはない動きだ。脇に挟んだプレゼントを落とさないよう、緩く片腕をイギリスへと伸べるように広げて。金色の巻き毛をふわりと揺らして。
鮮やかな春の空色の瞳をわためて、笑う。
まるで聖なる光のように。
まるで、今日この日瞬く色彩全てを身にまとって輝いているかのように。
美しき永遠の深緑を飾るのは輝く小麦の金、聖なる血の赤、純潔と永遠の愛を謳う白も、この男には敵わない。否、その全てを、この男は持っているのだ。
この美しく豊かな、輝く愛と美の国は。
「‥‥なんかムカつくな、殴っていいか?」
「聖なる夜に暴力反対!坊ちゃんご所望のブッシュ・ド・ノエル潰れちゃってもいいのー?」
「‥‥ちッ」
「舌打ちも禁止。‥‥ほら、」
広場に集う人並みを縫うようにゆっくりと歩み寄って、手を伸ばして届くか届かないかの距離。絶妙のタイミングで踏み込んだ男に肘をとられる。
たたらを踏んで身体を泳がせるのは予定調和、大して体格差などない筈なのにどうしてこうも、包みこまれるように抱きとめることが出来るのだろう。
ふわりとイギリスを包む、冬の匂いと、恋人の匂い。
「‥‥お前、冷えてんな」
「いやいや、いや。お仕事を懸命に調整して待ち合わせしてくれたお前への愛で心は燃え立っておりますよ?」
「ウザイ。」
「ヒドイ!」
交わす言葉は軽やかに、色彩溢れる聖夜に紛れるように、彩るように溶けていく。
「いいから、さっさと帰るぞ。つーか、なんか買って帰るか?ツマミと酒ならあるけど」
「うん?それでいいでしょ、ケーキもあるし。美味しい食事は明日作ってやるよ。スーパーならクリスマスでも開いてるでしょ。‥‥でも、帰る前に」
「ん‥‥ッ」
ちゅ、と可愛らしい音を伴う体温の一瞬の交換は、冬の匂いのする唇で。
夜に紛れて、またツリーに集まった視線は広場の片隅の二人のことなど気にしてはいないものの、それでも公衆の面前で為された遣り取りに、イギリスは顔をしかめて唇を擦りながら言葉よりも雄弁な視線で男を睨めつけるけれど、帰ってきた言葉には、もう何も返せない。
「だって、ツリーの下でするキスは、恋人たちの永遠を約束するんだろ?」
そう、色彩溢れる街の、誰よりも何よりも輝く笑顔で言われてしまっては。
イギリスは無言で踵を返し、再び革靴を鳴らして歩き出す。
聖なる夜の街は変わらず、あらゆる色彩に溢れて更けていく。
美しく彩られた町並み、色とりどりの装いをした人々。常緑を飾る光は妖精たちの無邪気な笑い声のように瞬き、空は砂糖粒の菓子をまぶしたような銀藍。
‥‥ああ、けれど敵わない。敵わない、美しい光を知っている。
振り返りもせず歩く後ろ、そんな光に溢れた足音が付いてくるのを背中で聴きながら、イギリスはひっそりと、零す。
「‥‥千年も居れば、今更約束する永遠もねぇだろ、馬鹿」
密やかな言葉は背後を歩く恋人にきっちりと届いて、思いきり腕を引かれる。予定調和で、泳いだ身体を抱きとめられる。
「メリークリスマス」
耳元で囁かれる、其れは溢れる色彩を纏った光り輝く人と交わす、甘い祈り。甘いくちづけ。
「イギリス、メリークリスマス。愛してるよ、千年前から」
「メリークリスマス、フランス。千年後にも、待ち合わせしようぜ」
the end.(2010.12.25)
キスしてもいいのはヤドリギの下ですけど、気にしない。
ちょっと主題がブレちゃいました