『‥‥メリークリスマス、マシュー』

優秀で勤勉なテレフォンラインで数千キロの旅をしてきた声は、未だ数千キロ離れた場所から離れられない彼の心情そのままに、どこか掠れて疲れてしまっているように、聴こえた。
まぁ実際、彼も疲れているのだろう。

「メリークリスマス、アーサー‥‥、イギリスさん。空港ですか?公衆電話、ですよね?」

本当は、訊くまでもない質問。
優秀で勤勉なテレフォンラインはお疲れ気味の彼の声のみならず、背後に漣のように広がる英語中心のたくさんの人たちの声を僕に伝えてくれる。 商談に間に合わないビジネスマンの次善策を練る声、長時間空港に留め置かれて不機嫌になってしまったのだろう幼児の涙声、休暇と合わせて南国へヴァカンスへと旅立つはずだった人の苛立った声。‥‥そうして彼と同じく、クリスマス休暇に合わせた帰省や訪問に間に合わず、郷里で待つ家族や異国で待つ恋人へと詫びる、切ない声。
遠く聴こえるのは、積雪で閉鎖された滑走路と、減便されたりフライトを無期限見合わせした旨を伝える、航空会社の放送。

『すまない、携帯のラインが混線してて、使えなくて』

ため息交じりで僕の人としての名前を呼んでくる、電話の後ろに並んでいるひとを意識しているのだろう。きっと彼のように、せめて「メリークリスマス」だけは伝えようとしている、愛すべき国民達を慮りながら。

彼の国は、ここ50年でもっとも寒波が激しくなる年らしいというのは、数週間前の気象庁の発表どおり。
当の『国』たる彼がうんざりしながら「今年もかよ‥‥」と呟いたのを訊いたのは、クリスマス休暇をどう過ごすかを相談していた、今年最後の世界会議後のことだ。

「ああ、去年もイギリスさんち、凄く雪降りましたよね」

実は去年真っ白になったブリテン島(だってアメリカが「是非撮っておくべきだね!」って撮影した衛星写真、すごく綺麗だったんだよ!アメリカも何だかんだ言うくせイギリスさんのこと大好きだよね!)に「あ、雪ウサギみたいで可愛い」と思ったのはちょっと秘密にしとくね。‥‥因みに、同じこと考えたらしい日本さんに、真っ白なふわふわのファーのおみみさんが付いたケープを贈られてたの、知ってるけど。そしてそのケープがクロゼットの三番目の棚に入ってるの知ってるけど。あれ付けてくれないかなぁ、写真撮るのに!すっごく可愛いと思うんだ!

『‥‥ぁう、ま、まぁ、雪なんかに動じる英国の紳士淑女じゃねぇけどな!』

‥‥。そういって去年も『こんな雪なんて数十年に一度なんだから除雪車新調なんてしねぇよ。金ねぇし。紳士淑女たるもの、雪如きで動じねぇんだよ』と強がってた結果の、翌年がこうだったわけだけどね。いやいや、僕そんな意地悪な指摘しないよ?ていうか、天候はイギリスさんのせいとは言い難いしね。
でも、ちょっと面白いし可愛いなって思っちゃったよ。だって、イギリスさんの台詞に同調するように、テレフォンライン越しのたくさんの声が「そうだ、そうだ!」みたいなこと言ってるんだもん。

『‥‥でも、行けなかったのは、悪いと思ってる』

一転して、しょんぼりとした声。
そうだった。今年最後の世界会議の後、クリスマスをどうするかって相談したときに、彼は言ってくれたから。

今年は、家族でもあり恋人でもあるお前と、過ごしたいって。

イギリスさんと、恋人、っていう関係になってから初めてのクリスマス。
去年は確か、電話を貰ったんだっけ。サンタクロースが行方不明とか、ちょっとばたばたしてるみたいで、あんまり話せなかったんだけれど、それでも僕に電話しようって思い立ってくれたことが、嬉しかった。凄く。
其れより前は‥‥いつだったかな?カードを、貰った。クリスマスカード。彼の家を代表する作家の、とっても素敵でウサギのイラストが可愛いカードだった。最近ではすっかり廃れてしまった、流麗な手書きのカッパープレートの飾り文字。素敵なクリスマスを、なんて一言。

‥‥貴方が居てくれるだけで僕のクリスマスは素敵になるのに、なんて言葉は、生涯届かないんだと、思ってた。

『‥‥ごめん、な』

テレフォンライン越し、しょぼくれた声が聴こえる。

数百年、父だと思ってたときは聴けなかった声だ。
数百年、兄だと思ってたときは聴けなかった声だ。
この、一年。恋人になって初めて聴けた、声だ。

ああ、ああ、なんてことだろう!

「イギリスさん、ごめんなさい」
『は?』
「ちょっと萌えました」
『‥‥はぁ?!』
「あ、間違えた。えーと、要約すればあなたが好きってことです。メリークリスマス、マイシュガー」
『ちょ‥‥ッ』




焦ったり慌てたり、無防備な恋人の声に胸が高鳴るなんて、僕ってそんなSっ気があったのかなぁ!?




「イギリスさんもう今年は来なくていいんでお家に帰ってください」
『え、ちょ、カナ‥‥違、マシューっ何言って‥‥ッ』

なんだか数千キロのテレフォンライン越し、いろんなことを喚かれてたみたいだけれど、なんだか僕はもう心が一杯になっちゃって適当なこと言って通話を切っちゃったよ。
直接会えないのはすごく寂しかったけれど、だって、こんな僕だけに特別な声、聞かせてくれたって思ったら、もう寂しさなんて吹っ飛んじゃったもの!
いつ再開されるかも定かでない空港でフライトを待ってるだなんて、そんな不自由な真似僕だって恋人にさせたくないさ。
家に帰って、あの昔から変わらないお屋敷で、紅茶でも飲みながら僕を待ってて欲しい。

「雪なんて、いつか止むんだから」

それが3日後、一週間後、一ヶ月後かなんて、解らないけれど。

「何百年も待ったんだもん、春になるの待つのなんて、容易いことさ」









それから約4日後、バニラアイスに熱い紅茶をかけてもふもふ食べてたところに鳴り響くチャイム、僕の家のドアを普段の紳士っぷりを放り投げてぶち開けて入ってきた、真っ赤な顔のイギリスさんと。
なんだかもう、何百年ぶんものクリスマスをまとめて祝われたっていうかいろいろされたっていうか、‥‥まぁ、初めての、恋人としてのクリスマス休暇を、満喫したっていうことだけ、記しておくね?

詳細については、僕らだけの秘密だよ。







the end.(2010.12.25)

ヒースローの航空便が雪の影響で減便されたことについて
今年の英国は寒いらしいですよ!
追記:ちょっと手直し。より一層加英っぽく。