フランスの恋人は、小さく可愛いものが好きである。
か弱きもの、小さなものは彼にとって庇護の対象であり、惜しみのない愛情を注ぐ対象だ。
そんな風に小さなもの達へと愛を向ける姿は、実に微笑ましく愛らしい。

「なぁ、コイツってチョコ食えんのか?」
「え、さぁ?知らないけど」
「チッ、使えねぇなお前」

ただし、小さく可愛い生き物が好きでその光景が微笑ましく愛らしいからといって、当人の中身までもが小さく可愛いものだとは限らない。現実とは斯くも厳しく無常である。
‥‥えええ自分だって知らないくせに!ていうか舌打ち!舌打ちしただろこの眉毛!
小さく可愛いものを可愛い顔して愛でながら、大きな態度で実に可愛くない応答を返した恋人に、フランスは力いっぱい反論した。脳内で。
何故といって今日くらいは幸せに、甘い時間を過ごしたいからだ。

「はいはい、猫の味覚は知らなくても坊ちゃんの味覚は心得てる使えるお兄さんのショコラ・ショーですよー。召し上がれ」

ソファに掛けた恋人の肩越し腕を伸ばして、いつもよりほんの少しだけ距離をとって机に置いてやったマグは甘く幸せな匂いを添えた陶製らしい少しくぐもった音を立て、その素朴な音で恋人の目元を一瞬甘く緩ませる。可愛い。お兄さんちょっと胸がほわんとなりました。とかなんとか胸のうちで呟いて、思わずクスリと笑ってしまう。なんというか、驕慢で貪欲であった過去を鑑みれば、ずいぶんと幸せの沸点が低くなったものだ。
いいのだけれど、幸せだから。
と、見下ろすソファの上でも小さな笑い声。

「可愛いな、お前。‥‥ふは、くすぐってぇったら」

丁寧に梳られた長毛を、節の目立つ白い指がゆっくりと撫でくすぐっている。
それはとても優しい、慈しむような手つきで、ああ、こういうところがあるからお兄さんコイツが好きなんだよね、などと考えてみたりもするフランスだ。否、普段どおり悪辣な顔をしてえげつない裏拳を叩き込んでくる姿も嫌いではないが。‥‥嫌いではない。恋人への感情を形容するには微妙な言い方だが、この部分を「好きだ」と断言するのはそちらのほうが微妙である。被虐趣味‥‥拳もいいけど鞭とか似合いそうだよね、ピンヒールとか‥‥いやいや、いや。待て待て自分。そこは全力で目を逸らしておけ。
そんなセルフ命令で逸らした先の視線は、可愛い可愛い(鞭が似合いそうな)恋人。
と、その腕というか膝の上を占領する生き物。

ルルナァオ。

「なぁ、イギリス」
「んぁ?ちょっと待て、‥‥こら、そこもしゃもしゃすんなってぇ」
「‥‥‥‥。」

可愛い光景だ。
機嫌のよい可愛い恋人が、小さく柔らかで可愛い生き物を愛でている。
実に可愛らしい、実に愛すべき光景、なのだけれど。

ルルナァオ。




預かってこちらコイツがこんなに甘えた声出すところを見たことがなかったのはどういうことだ。というかお前確かにフランス生まれだな俺と好みが一緒ですね!




つまるところ、猫である。

「飼い始めたのか?」

「んにゃ、預かり物だよ。猫なんて暫く飼ってないっていったのに、一週間でいいからって言われちゃって」

ふぅん、と気のないというか気もそぞろな返事は当然、イギリスの気が膝上の猫に集中しているせいだ。
ゆっくりと柔らかな生き物の背を撫でる手つきは至極優しく愛情に溢れ、そういえばコイツは昔から小さい弱い生き物が大好きだった、と改めて思い出したフランスである。
『国』としての自我を得てからも結構な期間を森で過ごした彼は、当時共に過ごしていた小さな生き物を思い出すのか、未だに野兎や猫のような小型の生き物が好きらしい。尤もそんなことを正直に面に現すようなことは沈着冷静を旨とする英国紳士として恥ずべきこととでも考えているのか、なかなか素直に表現することなどないわけだが。
だが、やはり目の前に現実として愛玩対象があると、その箍(たが)が若干、緩みもするわけで。

「坊ちゃん?イギリスってば」
「んー‥‥」

スーツスタイルで薔薇のブーケに自作兵器もとい自作菓子を携えて今日という日にやって来たイギリスは、多分彼の(そしてフランスの)当初の予定では、今日一日くらいは平和的に、少しだけ素直に、愛情を表現してやらなくもない、とかなんとか、たぶんそういう予定だったはずだ。イギリスはあれで意外なほどにイベント事が好きだ。
勿論愛情を表現する対象は、恋人であるフランスである。‥‥あった、筈なのだが。

ルルナァオ。

「‥‥ねぇ、ショコラ冷めちゃう前に飲んでね?」

「ん?んー‥‥」

ひとりぶんきちんと空けられていたソファに、恋人距離で腰掛けながらフランスは言ったのだが、膝上の甘えた呼び声に夢中のイギリスからは、実に分かりやすい生返事が返るばかり。
ため息を飲み込んでもうひとつ持っていた己のマグを机に置けば、イギリスに手渡された薔薇のブーケがラッピングされたまま、白い湯気の向こうに揺れる。いつもであれば、花束に関してはくれた当人が花瓶に活け直してくれたりするのだが。

‥‥まぁ、その前にかーわいい猫が足に擦り寄ってきちゃねぇ‥‥。

猫のほうもどういう理由か‥‥いっそフランス生まれという出自で解決してしまいそうな勢いなのだが、イギリスを一目見るなり脚にすり寄りフランスが預かって以来聞いたことがなかったほど甘えた声で鳴き、それにまんまと絆されたイギリスがフランスへの挨拶もそぞろに猫を抱き上げてソファに落ち着いて、今に至る、というわけだ。

「ねぇ、イギリスー?眉毛ちゃーん?」
「眉毛ちゃんいうなバカ。‥‥こら、指舐めるなよ、ザラザラするって」

じゃれる猫を巧くあやしながらくすくすと笑うイギリスは、とても幸せそうだ。
うん、いいんだ、いいんだけど。可愛いし。今日は、幸せにしてあげたかったわけだし。結果オーライなんだけど。

意外にイベント好きなイギリス、と先に言ったがそんなもの、フランスとて似たようなものである。いわんや本日のイベントは自分達の関係性にあっては、重要視してしかるべき日。
スーツに花束、愛情過多すぎて殺人兵器持参のイギリスに負けないくらいフランスもさまざまな趣向を凝らした準備をしていたのだ。先ほど彼の前へと置いたショコラ・ショーもそのひとつであるし。

「猫も甘いの食えんのかな‥‥」

呟きながら、イギリスが猫を撫でる手とは逆のそれで起用に包装をといてみせたガナッシュも、同様である。
イギリスの好みに合わせて一から作ったガナッシュは、彼の味覚にあわせて市販のものより少し甘みを強く、少し柔らかめ。一口サイズだけれど少し大きめで。
伊達に千年も隣人をやってきたわけじゃない。フランスはイギリスの味覚ならば彼より把握している自信があり、そして今日この日に、イギリスのためのショコラを作った。

ルルナァオ。

「ん?なんだ、お前も甘いもん好きか。‥‥一つくらいなら大丈夫、だよな」

白い指先が無造作に摘んだキューブに、イギリスの膝上で好きなだけくつろぎ甘えきっていた猫の耳がピン、と立った。ふわふわとした尾がやんわりと振られ、自分を愛でてくれる相手の指に鼻先を向ける。
スンスンと動く鼻先をガナッシュに当てようとするのを、イギリスは喉を指先で掻いてやることで引きとめながら、愛に溢れた、優しい笑みを浮かべて猫を見ている。

‥‥ああ、うん。
フランスの恋人は、イギリスは。小さく可愛いものが好きなのだ。
か弱きもの、小さなものは彼にとっては庇護の対象であり、愛玩の対象であり、普段捻くれた彼が心置きなく愛情を注げる対象であることは、長い付き合いで知っているのだ、けれど。




「イギリス、駄目」
「ひょぁっ?!‥‥え、ちょっ、」




6月の緑をした瞳が、大きく見開かれてフランスへと向けられる。
か弱い、小さく可愛いものへと向けられていた其れとは違う、予想外のことに驚いた、きょとんとしたどこか幼い表情。
それはフランスにとっての愛情を傾ける、小さくはないけれど、可愛いいきもの。

「フラン‥‥ッ」
「んー」

れる、とガナッシュを舌で絡めとるように奪った後は、口の中で溶けていくショコラと一緒に白い指先をじっくりと舐めしゃぶって堪能する。わし掴んだ、華奢ではないけれど純粋に細い手首がぶるりと震えたのに、愛しさと悪戯心がうずく。

「‥‥はは、坊ちゃんお顔真っ赤ですよー?」
「うう、うっせぇバカ!な、そんッ、お、お前がへ、ンなことするから‥‥ッ!」
「だってお前が俺の愛情他のヤツにやろうとするから」
「は?‥‥ふぁ、」

怒りと羞恥がない交ぜになって実に美味しそうな色に染まった頬を、一頻り指先をねぶり終えた舌と唇で緩く食みながら低く囁く。

「そのショコラはお前用の愛情詰め込んでんだから、他のヤツにやらないでよ」
「‥‥そ、んな、おま、猫相手に何言って、」
「猫でも駄目。お前への愛情詰め込んで作ったんだから、お前だけが受け取って。‥‥愛してる、イギリス」
「‥‥っ、」

フランスの恋人は小さく可愛いものが大好きだ。
か弱いもの、庇護すべき対象、惜しみない愛情を注ぐ相手。甘えて鳴く可愛い呼び声には恋人特製のショコラも霞む、と、言うのならば。

ルルナァオ。




猫のような可愛い鳴き声じゃないけれど。
今日という聖人に祝福された恋人達の日を幸せに過ごす為、甘い声でイギリスの心を掴んでみせようじゃないか!




「お兄さん猫には負けません」
「‥‥なに張り合ってんだよ、ばか」

他愛のない半畳と呆れた風を装った甘い返答の合間、ちゅ、ちゅ、と可愛過ぎるリップ音を楽しみながらキスを交す。

「‥‥ショコラ・ショー、飲んでない」
「あとでまたあったかいの作ってあげるから。‥‥なぁ」
「仕方ねぇなぁ、もー‥‥」

言いながらもくたりと身体を預けてくれた恋人の腰を軽く抱き、寝室へのお誘いを重ねてキスで訊ねかければ、するりと立ち上がった身体が足音のない、猫めいた動きでフランスの寝室へと消える。
実に美味しそうな後姿を、ねっとりと視線で追った後、さて。とフランスは視線を落とした。

‥‥本当なら腰を抱いてキスしながら、と行きたかったところだけど、一応ご挨拶を、ね?

「今回は俺の勝ち。お前にはあとでお前用の美味いもの作ってやるから我慢なさい?」

イギリスが立ち上がるのに合わせてそっとソファに下ろされ、そのままころりと寝転んだ猫は、先ほどまでの甘えた態度はどこにやったのやら、どことなく不機嫌そうな空色の瞳を預かり主へと向けて。

ルルナァオ。

一声鳴いてから視線を逸らし、浮かれた足取りで恋人を追っていった背中を見ることもなく、優雅に身体を丸めると猫らしい午睡に入った。









因みにその日の夕方は、意中の相手が寝室から姿を現すや甘えて鳴いて可愛くじゃれついた猫が、イギリスとのバスタイムを勝ち取った。

「えええええお兄さんもお風呂でイチャイチャしたいです!」
「うるせぇよ。あ、風呂上りショコラ・ショーな。‥‥ん、くすぐったいって、そこ舐めるな」
「そこってどこ?!」
「だからうっせぇつってんだろ!!」








the end.(2011.02.15)

手直しして再アップ。
ふらネコはピカルディのおうちのネコだったり。