幸せって何だって、若い頃は思っていた。




「幸せー‥‥。おーいしーい‥‥」
「あはは、カナダさん、こちらも食べてみますか?」
「はぁい!」

ふわふわとした愛らしい声としっとりと落ち着いた愛しい声が、ごく近距離からステレオサウンドで耳を打つ。
文化に則って革靴を脱いだ足先は、やはり文化と文明の賜物である「コタツ」とかいう温熱器具に温められて温かい。
「コタツ」の上には持ち手のないコップに入れられたグリーンティと日本が出してくれた暗褐色の和菓子(知ってる、ヨウカン、というものだ)、そうして色とりどりの、甘い甘い匂いの、お菓子。
きっと、これを幸せじゃないなんていったら、「バチガアタル」んだと思う。
‥‥バチ、というのが未だに何なのかは理解できていないのだけれど。バチ‥‥あれか。ジャパニーズドラム・タイコを叩くスティックにそんなスペルのものがあった気がした。BA・CHI。‥‥あれが当たるのか?あれで殴るのか?結構太くて硬い棒だったぞ、日本の制裁ってのは意外に厳しいな。異文化は千年生きようが実に難解だ。

「それでね、こっちのはベルギーさんのところのブランドなんですけど、すっごくふわふわでね、」
「ああ、輸出テコ入れだとおっしゃって今年はベルギーさんご自身が持っていらしたんですよ。自信作というだけあってさすがに美味しいですねぇ」
「ふわふわしたチョコレートって不思議ですね」
「そうですね、うちの家の皆さんは身体機能上欧米の皆様と違いもっちりしたものが口にあいますし好みますから、その辺りの事情を考慮していただいたのだと思います」
「え、私と日本さんて身体が違うんですか?」
「世界は狭いようで広いということですよ、だからこそ美味しい異なる食文化が生まれるのです。‥‥おや、こちらのはずいぶん綺麗な色ですねぇ。我が家の方のメーカーさんですか。カナダさん、食べてみますか?」
「うわぁ、すごいジュエリーみたい!」

そんな、「ジュエリーみたい」なチョコレートを、それこそ宝石のように目を輝かせて見ている娘は実に可愛いと思う。俺の娘、身内としての緩やかな連帯の中にはあるものの主権国家、先進国の一角として国際舞台で立派に(若干薄めに)活躍している今でも、コイツは俺の娘なんだなぁ可愛いなぁ、となんだか自慢したいようなくすぐったいような、不思議な感じだ。

「ふわぁ、美味しい‥‥!ね、ね、日本さんも食べて?これすっごく美味しいです!なんだかね、ぱりっとしたあとでトローってするの!」
「それはようございました。どれ、ならば爺もひとついただきましょうか」
「美味しいなぁ‥‥あ、日本さん、あーんて!あーんってして!」
「なんと、」

そんな可愛い娘にきゃっきゃと寄り添われた上指先に摘んだチョコを差し出され驚いた顔をしている恋人も、これまた可愛い。小さな声で「二次元のみならず三次元でもフラグktkr!苦節2600年、これぞリア充というやつですねわかります私勝ち組!」と聞こえた気がしたが、東洋人らしい漆黒の瞳と口元に宿す淡い笑みはとてもとても見惚れるくらいに綺麗だったから、きっと気のせいなんだって流しておいた。

本日バレンタイン。恋人宅にて、可愛い娘と麗しい恋人と過ごす、柔らかな時間。
これで幸せじゃないだなんて言ったら、バチで殴られるに決まってる。




この日のために、大地の精霊や花好きな妖精と一緒に温室で育てたとっておきの薔薇を朝摘みして、はるばる出かけた東の果ての恋人宅の呼び鈴に出迎えてくれたのは、嘗て西の果てと思われていた新大陸の愛娘、だった。

「イギリスさん、いらっしゃい!」

そういってぎゅうぎゅうと抱きついてきた甘い匂いのする身体は、まぁ恋人が居ようが男として喜ばざるを得ないぷるんぷるんでふわっふわな柔らかな感触で、ほとんど条件反射的に抱き返して、ああコイツ本当いい乳してんなぁこの乳を他の男に渡すとか許せねぇ主に俺の隣国とかコイツの隣国とかには!‥‥と思ったものだ。

「こんにちは、いらっしゃいまし、イギリスさん」

そんな、父親と言い切るには若干雑念が入った思考に対恋人態勢への移行を促してくれたのは、俺の清楚で可憐な笑みを湛えた恋人だった。‥‥何故か手元でカシャカシャと、デジタルカメラ?らしき小型の機械を高速で動作させているのは気になったが、恋人間には知らなくていいこともあるよなと流しておく。だってあんな俺好みの笑顔浮かべてるヤツが、悪巧みとかありえないしな。別に娘との抱擁写真撮られたところで俺には問題ないし。

曰く、「この時期の日本さんちには美味しいチョコレートがいっぱいなんです!」という、甘いものが栄養源な年頃の娘ならではの理由でここ暫くこちらに滞在していたらしい。

「デパートに行ったり、あとね日本さんちのお菓子屋さんに連れて行ってもらいました!ミカンのアイスとかね、美味しかったなぁ」
「‥‥すまないな日本、騒がしかっただろ」
「いいえ、そんなことは。こちらこそ爺も久しぶりに若いお嬢さんとご一緒できて楽しかったですよ」

4、500歳ほど若返った気分です、という半畳は、まぁ日本だとか中国くらいにしかいえそうにない軽口だが、まぁ、見た限りでは本当に迷惑なそぶりではないので、安心したものだ。カナダは大人しいし可愛いしおっぱいだし(いや、おっぱいは関係ないか。ん?あるか?日本も男だしなぁ)、コイツの隣国が日本にかけてるあれやこれやに較べればマシ、といえばそれまでなんだけれど。

「近年はバブル期ほどの熱狂はなく、恋愛イベント以外にも『友チョコ』や『ご褒美チョコ』といって女性の方々ご自身が楽しまれる行事として定着しましたし、人ごみも落ち着きましたから。最近では各国のチョコを求めて近隣各国の方や、男性も買いに来られますし」
「へぇ‥‥」

とはいえ、それでも男には敷居が高いだろうチョコレートフェア会場に、言葉に不慣れなカナダのためとはいえ付き合った日本の苦労を思って、目顔で謝っておく。
視線での会話なんて俺の近隣諸国にはなかなか通じないのだが(‥‥考えてみれば俺の隣国はヒゲだのトマトだのデンマークだの、海を越えりゃアメリカだのと沈黙したくなるヤツらばっかりだ)、さすが世界有数の空気読み過ぎて空回りとか言われる国家というだけあるのか、いろいろ汲み取ってくれた上で小さくうなずいてくれたものだ。気にしないでいい、と。
思えば、日本とは出会ってそう長い時間が経っている、というわけではない。確かに数百年前、いわゆる大航海時代には彼のところの使節団も受け入れているから、生まれた端から消えていた欧州の都市国家のようにまったく新しい付き合いというわけではないのだが。やはり地理の関係上、本当に親しい友好を結んだのは、ごく最近であって。
そうして、世界を焼く大戦、血みどろの凄惨な闘争をはさみつつも、まるで奇跡のように甘やかな関係に落ち着けたのは、一世紀にも満たない、間で。

「クマ吉さんにはクマの形のチョコでいいと思います?」
「いや、それは共食い‥‥いやいや、ああそうですね、こちらの魚の形をしたのはどうですか?」
「あ!そうですね、クマ大門さんサーモンも好きですから」

けれどこんな風に、寛いでいる。
こんな風に、かつて悲壮な決意で、最初の宗主国と文字どおりの兄弟たる相手を振り捨ててまで、己の傍に居ることを選択してくれた娘と、のんびりとチョコレート品評なんて、している。

「イギリスさんにはね、これ、こっちの買ったんです。美味しそうでしょう?」
「ああ、そうだ私もカナダさんへ差し上げるものを買ったんでした。こちらですね」
「え、本当!?わあ、ありがとうございます!」
「どういたしまして。はい、どうぞ」
「あ、えっと‥‥それじゃ日本さんにはこれ!グリーンティの、あげます!」
「おや、それはカナダさんが持って帰るとおっしゃっていたものでしょう?」
「いいの。だってこれが一番おいしそうだし」
「でしたら、ほら。一緒に食べましょう。まだこちらにいらっしゃるのですから、明日のおやつにでも。ね?」
「いいの?」
「勿論」
「‥‥えへへ、ありがとう、日本さん。あっ勿論イギリスさんも一緒に食べましょうね?これね本当に美味しそうでね、‥‥」

一緒に、一堂に会して、過ごしてる。何気ない一日を、何気ない笑顔で。

「ねえイギリスさん、これイギリスさんのために用意したの」
「ああ、カナダさん、イギリスさんにもあーんてあれ、してあげてください」
「ふぇ?いいですよ。ふふ、なんだか小さい頃みたいだなぁ。ねぇイギリスさん、あーんってして?」

辺境の島国国家よと侮られ、生きる為に命を懸けて海へと出れば略奪者だと謗られた。
目も眩むような栄耀栄華の果ての裏切り、気が狂いそうな絶望と挫折に塗れてきた。
闘って、戦って、血と怨嗟に塗れて駆けてきた。駆けて、転んで這い蹲って、それでも駆け続けて。‥‥そうして、この場所に、辿り着いた。
遠い東の果ての国、温かな部屋に暢気に座って、響くのは楽しげな声。
舌にとろける甘いチョコレート。優しく甘く差し出され、寄せられる純粋な好意。

「イギリスさん、ねぇ、美味しい?」
「イギリスさん?」

幸せって何だって、若い頃は思っていたんだ。
幸せなんて自分には、掴めないと思っていたんだ。

ああ、けれど。

「‥‥うん。美味い」

美味い、なんて。
そんな、たった一言を真剣に聞いてくれる相手がいる。

(幸せって何だって?)
(ああ、それは、きっと。)




「美味いよ。‥‥ありがとう、カナダ、日本」









その俺の一言に、二人ともがにっこりと笑ってくれるものだから。
ああ、これで幸せじゃないなんていったら、バチに殴られるに決まってる!







the end.(2011.02.17)

「ところでイギリスさん、バチが当たるのバチとは『罰』のことであってドラムスティックじゃないですからね?」
「え!」
「それと先ほどお出しした羊羹、チョコレート味ですよ」
「え!!」

ちなみに人種間の唾液量の違いがもたらす食感(テクスチャ)へのこだわりは超えられない壁だと思います。

「ところで日本、あの、さっきから俺とカナダの写真撮ってるけど、あれどうするんだ?」
「いやそのあれは其れでして、まぁゲイツするというかでゲイツ?」
「‥‥?日本語は難しいな、よくわかんねぇけど、焼いたら一枚俺にもくれよ」

因みにイギリスにあーんってしてるのも撮りました。母子お昼寝風景とかも撮りました。
兄ちゃんに売りつけてゲイツ、コラッてメリカに売りつけてゲイツ。