「あれ?」

零れた言葉はほぼ無意識だった。
異国だけれど慣れた街、慣れた街中のアパルトマンの共同扉を預かったキーで開錠、それから慣れた人の部屋へと廊下を歩いてもう一度、今度は彼の部屋の鍵を開ける。
ドアを開けると同時、ふわんとあの人の甘苦い匂いが香った気がして、ほんの少しだけ面映い気分になってからなんとなし巡らせた視線、その端で、目に入ったもの。

「‥‥お菓子の、バスケット?キャンディ?」

しかも、なんで玄関先に?

疑問はけれど答えてくれる人は、今は居なくて。
だから僕、カナダは、後ろ手にドアの閉まる音を聴きながら、預かった彼の鍵と、たっぷりの食材がつまったマルシェ籠を抱いて、首を傾げたんだ。




この部屋の住人であるフランスさんは、お菓子が好きだ。
っていうか、ごはんが好きなんだ。甘いお菓子も普段の食事も、大抵自分で作って、自分で食べてるみたい。みたいっていうのは、そりゃ僕も毎日一緒に居るわけじゃないから、想像の部分もあるっていう意味だよ。
うん、でもまぁ、僕がこうして遊びに来るたび一緒にマルシェに出かけて、肉に野菜に海鮮に、文字どおり山のように買って来て、甘い笑顔で歌なんて歌いながらお料理してくれてる辺りを鑑みれば、きっと普段も似たようなことしてるんじゃないかな?それに、近所にはいろいろ食生活が、ええっと、なんていうのかな、アレでソレなイギリスさんが居るから、ときどきごはんを作るためだけに海峡を越えてるみたいだし。
うん、ごはんが好きなんだろうね。作るのも、食べるのも。
だからまぁ、そんなフランスさんの家に、お菓子があること自体は、不思議でもなんでもないのだけれど。

「けど、なんで玄関先?‥‥あ、やっぱり市販のキャンディだ」

シックなポートレイトが飾られた棚の脇に、無造作に置かれていたキャンディバスケット。勿論、中にはキャンディが詰まっていて、一つ摘み上げてみればそれはやっぱり近所のスーパーマーケットに売られてる、というか僕の家でも同じように売られている、ごく有名なアメリカのブランドの、とびきりカラフルなキャンディだった。

珍しい。真っ先に思ったのが、それだ。

いっそ違和感って言ってもいいかもしれない。だって、フランスさんのおうちにアメリカの家のキャンディ?
‥‥ありえない!
いや、ありえないってまで言い切るのはどうかと思うけど、実際目の前にあるわけだし。けれどやっぱり、違和感は拭えない。
だって、いつだって「自分が一番!」ってアメリカとは別の意味で公言してるフランスさんだもの。それも、食べるものっていう、彼が今も昔も最も誇りに思っていてもおかしくない点で、敢えてのアメリカ産。‥‥スイスさんちのチョコだとか、日本さんちのワガシ、っていうなら解らないでもないけれどさぁ。
そもそもお菓子だって、フランスさんは簡単なものなら自分で作ってしまう。
コロコロっとした甘いマカロン、ドライフルーツを適当に入れたシンプルなパンケーキ、この前なんて僕が持ってきたメイプルシロップで、キャンディを手作りしてくれた!美味しかったなあれ、今日も作ってくれないかな‥‥って、いや、話が逸れた。そうじゃなくて。
そんな、ともかく、自国のお菓子が世界一!アメリカのお菓子なんて○○○で×××!‥‥くらい思ってそうな(うん、まぁ一応伏せておくよ)フランスさんが、市販のお菓子、それも他国の量産品を玄関先においてるっていう、この不思議な事態を、さて僕はどう解釈すべきなんだろう?
や、此処にある時点で、フランスさんが自ら買ったか、‥‥誰かに貰ったか、したんだろうけれどさ。
ああ、うん、貰う、貰うかぁ‥‥。
それが、いちばんありえそう、かなぁ?

フランスさんは、格好良い。
信じられないくらい、格好良い。

‥‥ってこの前アメリカと飲んだ時に真面目に言ったら、彼は甘いシェイクをチェイサー代わりに啜りながら「キミは間違ってはいないけれど、単純に趣味がこの上もなく最高に悪いね」と、肯定しているのに貶されるっていうどう返事したらいいのか困る高等な回答を貰ってしまったっけ。失礼なヤツだなぁもう。って、この話もどうでもいいんだけれど、まぁつまり、フランスさんは、外見は最高に良いんだよね。
だから、いろんなシーンで、いろんな人に声を掛けられる。
さりげなく道を訊きながら距離を詰めて、思わせぶりに微笑まれたりとか、いっそストレートに直球な、ええと、お誘い、を受けたりだとか。
ストリートで、カフェで、パーティ会場で、官公庁内で、果ては僕とのデート中に!それも、老若男女問わず!
‥‥何なんだろうね、あれ。本当、意味わかんないよ。‥‥嘘、解るけど。
解るよ、だってフランスさんが、僕の、恋人が。かっこいいっていう、それだけだよね。
だからまぁ、つまりだ。‥‥彼が大小さまざまな、プレゼントを受け取ってるの、僕、知ってる。
勿論僕には知られないようにしてるし、あんまりに高価だったり(指輪とか自動車とか遺産とかお城とか。‥‥や、遺産も大概だけど最後のはプロイセンさんから聞いたときには、お城って!?って、もの凄くびっくりしたよ‥‥)、直接渡してこようとする人は、やんわりと断っているみたいだけれど。それでもいくつかは受け取らざるを得なくなって、時々困ってるのも、知ってる。
とりわけ食べ物は(そこはセキュリティの問題上、ね?)受け取らないようにしてると、思ってたんだけど、な。

手のひらに乗せた、カラフルなキャンディ。
フランスさんの、好みじゃない、キャンディ。

市販のものだから?
どこででも手に入る、気軽なものだから?
‥‥それとも。




「くれたひとが、特別だから?」




「何してるのカナ、玄関で」
「めいぷる!?」

‥‥我ながら、面白すぎるびっくり声をあげたものだと思う。めいぷるって何。いやメイプルシロップは幸せになれるけどね?!
面白おかしい声だけじゃなくって、全身びくっと震わせた僕の背を押すのは、厚い、大きな手のひら。部屋のドアを開いたときに感じた、ふわんと甘苦い香り。体温を持っているぶん、ずっと甘い匂い。
ほら、玄関寒いでしょう冷えたらどうするの、なんて。
甘く歌うようなフランス語で、僕の肩を抱いて短い廊下を進むフランスさんに促されるまま、僕はようやっと部屋の中へと入ることになった。

「もう、何してるのカナってば、寒いから先帰っておいてねって言っただろう?どうしたの、寄り道でもしてた?」

あんな、玄関先でお兄さんお前に会うとは思わなかったよ。
僕より少し高い身長、厚い身体。大人のひとの、腕と声に、僕は少し仰のいて彼を見遣る。綺麗な空色の瞳が咎めるように、けれどそれ以上に心配そうに、微かに眇められて僕を射抜いてくる。

そんな、確かに外はもう冬の空気で寒いけれど、北極圏を抱える僕にしてみれば、これくらいの寒さは、どうってことないのに。
むしろ寒がっていたのは、一緒にマルシェを手を取り合って歩きながら寒さに時折肩を震わせていたのは、フランスさんのほうなのに。
寒いから先に帰っててって、直ぐに俺も追いつくからって、僕を優先させて、鍵を渡して先に返した、離した手のひらのほうが冷たくってちょっと寂しかっただなんて、知りもしないで。

‥‥知りもしないで、温かい腕で抱き締めてくる。
ほらもう、僕はなにも言えやしない。

「‥‥‥‥や、ちゃんと、あのまままっすぐ帰りました、けど」
「えー?ならなんで玄関で、‥‥って、カナ、手に何持ってるの?」
「え?」

温かな腕の中、ぼそぼそと言い訳みたいに応えた僕に、尚も何かを言い募ろうとしたフランスさんが、ひょいと握りっぱなしの僕の拳を取り上げたから、そこでようやっと僕は、玄関先で摘み上げたあのキャンディを、握り締めて持ってきちゃったことに、気がついた。

「あっ、えっと、そのこれは、」
「え?‥‥あれ、これ、玄関に置いてたやつじゃないのか?」
「え、あう、う、」

思考が、こんがらがる。

だって、甘苦い匂いに安心して息をついた、玄関先に置いてあったから。
だって、普段貴方が食べそうもない、市販のカラフルすぎるお菓子だったから。
だって、だから、もしかしたら、誰か大切なひとに、特別なひとに、貰ったものなのじゃないかって。




僕以外に、大切なひとが、出来たのでは、ないかって。




「‥‥もー、馬鹿だねぇお前は」
「あう、‥‥え?」

ぎゅっと抱き締められた腕の中は暖かで、甘苦い、彼の匂い。

「いや、馬鹿じゃないよ可愛いんだよね、ああもう可愛すぎるよカナダ、大丈夫かな、可愛いからかかっちゃう病気とか世の中にあるんじゃないかな?!そしたら真っ先にお前かかっちゃいそうだよ、まぁそしたらお兄さん必死で看病するけどね?!」
「へ?あ、え?その、なに、」
「ああ、俺のお前が可愛すぎて、お兄さん困っちゃうってこと!」
「はぁ‥‥」

ぎゅうぎゅうと、抱き締めてくる腕は痛くはないけれど、ちょっと苦しい。
いつのまにか(や、肩抱かれて部屋に上がるときだけど)僕の腕からとられていたマルシェ籠は、なんでもない風にリビング脇に設えてあるチェストの上に置かれていて、にょきっとまぁるい頭を出してるカボチャのオレンジイエローがなんだか温かい。パンプキンパイを作ってくれるって、言っていた。お菓子が、ごはんが大好きな、フランスさんのあまぁいお菓子。
‥‥えっと、結局このキャンディって、なんだったわけ?

その問いは口には出さなかったのだけれども、彼の察しが良いのか僕の思考がだだ漏れなのか、腕の中から見上げただけで頷いたフランスさんは、僕の手のひらから、その例のアメリカ産のキャンディを取り上げて、ちょっと苦笑して、教えてくれた。

「ほら、先週、アロウィーンだったでしょう?」
「ア‥‥?あ、Halloween?」

そう、と。
コクリと頷いた彼は、チラリと壁に掛けたオシャレなカレンダーに視線を遣った。
月替わりのカレンダーからは、既にその日付は落とされている。先月の、最終日、の。

「‥‥え、でもフランスさん、その日はなにも、ないって、」
「うん、そのつもりだったんだけどねぇ」

僕の髪をなでてくれながら、綺麗な空色の瞳が苦笑する。

フランスでは、ハロウィンは、あまり派手なお祭りじゃない。
そもそもの起源はケルトだから此方の大陸の筈なのだけれど、うん、普段ていうか、僕やアメリカがやってるみたいな工夫を凝らした仮装をしたりパレードやパーティをしたりっていうお祭り騒ぎは、しないのだ。
ここ数年は僕の兄弟の影響で、国内でもチラチラと楽しんでいる連中もいるけれど、みたいなことを苦笑しながら言っていたのは、何年か前。
あれからも特にこの国でハロウィンが根付いた、みたいな話は聞かないし、どちらかといえば翌日の万聖節の用意(花を用意するんだって)で手一杯、なんて聞いていた。
だから、Halloween でしょう?と彼の口から言われても、あまりピンとこなかったのだけれど、そんな戸惑いさえもフランスさんは察して、言葉を継いでくれた。

「うん、確かに俺のとこじゃそんな有名な祭りでもないし騒ぐ連中も少ないけどね。‥‥ええと、ちょっと前にこのアパルトマンに、可愛い小さな淑女とそのご家族が、転居してきて」
「え、女の子?」
「そう。アメリカから、帰国してきたんだって」
「あ‥‥」

帰国といっても、両親はともかくその子は生粋のアメリカ生まれのアメリカ育ち、アメリカの、風習で、風土で育っていて。

「それでまぁ、まだ小さな子どもだしね。この建物内くらいなら、付き合ってあげようかなってことになってね」
「‥‥それで、玄関に置いてあったんですね」
「そう。アメリカ育ちだし、あっちのお菓子がいいかなって用意したんだけどねぇ‥‥」

ちょっと買い過ぎちゃったよ、なんでアイツんちのお菓子ってあんな多いわけ?余っちゃって困ってるんだよね、なんて。
苦笑しながら、説明してくれたフランスさんは、クスクスと楽しげに笑っていて。

そっか。ハロウィンの、為。ご近所の、こどもの、為。
‥‥そっか。

「納得してくれた?」
「‥‥しました」
「焼きもち、やいてくれたんだ?」
「‥‥やいた」

だって、フランスさんアメリカのお菓子なんて食べないし。
だってだって、玄関に、食べもしないお菓子、置いてるんだもの。
だから、だから。

「誰か、特別なひとに、貰ったんじゃないかなって、」
「俺の特別はお前だけだよ、これまでもこれからも、ずっと」

抱き締められた腕の中、耳に注ぎ込まれるに囁かれる低い声は、滴るほどに甘くて、痺れるくらいに、熱くて。

「可愛い、可愛い俺だけのカナダ、愛してる、お前だけ。」
「‥‥うん」
「愛してるよ、可愛い俺の仔猫ちゃん。‥‥ねぇ、だからお前も」

ぎゅうぎゅう抱き締めてくる腕、繰り返し囁かれる甘い甘い言葉、それは全て僕のため、だから。
それなら、強請られている言葉に僕が返せる言葉、なんて。




「僕も、大好き。‥‥愛してる、僕の特別は、貴方だけ」
「‥‥ありがと」




それは、僕が彼に捧げられる、とっておき。
アメリカのカラフルなキャンディも、フランスさんの作る甘いお菓子だって敵わないくらいに甘い、甘い声で、精一杯、応えたんだ。









「‥‥ねぇカナ、今日の夕飯の後、キャンディ作ってあげようか。お前隙だったよね、メイプル味のキャンディ」

暫くそうしてぎゅうぎゅう抱き合って、あたたかくってトロンとなってたところに、とっても魅力的な提案が飛び込んできたから、思わず僕は顔を上げた。
そこに居るのはやっぱり世界で一番綺麗で格好良い、僕の恋人。

「え!ホントですか?!はいッ、大好きです!」
「だよね、ああそれにガナッシュも作ってあげる、マカロンもパンプキンパイも、明日の朝ごはんには三段重ねのパンケーキを焼いて、メイプルシロップもいっぱい掛けてあげる。カナ、いっぱい、いっぱいお菓子をお前に、あげるから」

一旦言葉を切られる。
切られて、世界を魅了する、世界一の笑顔で。









「お菓子をあげるから、ねぇ、イタズラさせて?」









‥‥ハロウィンはとっくに過ぎていたけれど。
世界で一番魅力的な人に、世界で一番甘い声音で言われてしまったんじゃ、握り締めたカラフルなキャンディなんて比較にならないくらいに甘く甘くとろとろに蕩けてしまうのなんて、仕方がない話だよね。
甘い甘いキスを了承がわりに僕から彼に仕掛けたのだって、きっと仕方のない話だよ、なんて言ったら、きっとまたアメリカはカラフルなキャンディでも舐めながら、呆れて言うんだろうな。
「キミは甘いものが好き過ぎるぞ!」とかね?














the end.(2009.11.09)

兄ちゃん、それはまるっきり悪いオトナの誘い文句です(笑)
兄ちゃんちでは「お兄さんアメリカの商業主義になんか踊らされないからね!」てツンしてるらしい^^
でも兄ちゃんちのユー○ディズニーはもちろんハロウィンイベントありますぞ^^
写真で見たら、なんかオブジェがちょう怖かったんだけど。