蝉時雨が、脳内を揺さぶるように降り注いでいる。

「暑いですね‥‥」
「ああ、暑いな‥‥」

庭にはひっそりと、青柿。 潤んだ長く熱い夏を青いままに密やかに過ごして、秋を待っている。
甘い夕焼け色の秋の姿を想像して、この方は柿はお好きでしょうか、なんて考える。
まあ、何を出しても美味しいと言ってくれるひとではあるけれど。

「入道雲。あちらは雨でしょうか‥‥」
「‥‥ニュウドウグモ、とはなんだ?」

積乱雲のことですよ、と言ったついでに『入道』についての説明。
律儀に頷きながら私の話を聞いてくれる、真面目すぎるくらい真面目な姿が微笑ましい。

「ああ、蛙が鳴いていますね、此方にも雨が来るんでしょう」
「それも日本の伝承か?」

生真面目に聞き返してくるひとに微笑を添えて頷いて、その他夏にまつわる伝承をあれこれと口にしていく。
そのいちいちに頷いて、そういえば其れに似た話なら家にもあるぞ、とあれこれと口にする彼を、見ていた。

「しかし、暑いな‥‥」
「ええ、まったく暑いですね‥‥」

そしてループする会話。
だって、夏だから仕方がない。
降り注ぐ蝉時雨も、猛る入道雲も、雨を呼ぶ蛙の声も。
夏だから。暑い暑い、夏だから。


けれど離されない手のひらの熱だけは、夏でなくとも一年中、感じていたいものだから。


「んー‥‥、暑いんで、今日の夕飯は素麺でいいですか、ドイツさん?」
「いいぞ。暑いしな。‥‥それに、日本の作るものはなんだって美味い」

そう言って更に握りこまれた彼の手のひらの熱に、眩暈がするほど気持ちがいいと感じたのは、今は黙っておこうと思う。
矢車草色の瞳を、泣きたいほどに愛しいと思ったことも、今はまだ。




手を繋いだまま、蝉時雨と蛙の呼び声に紛れて囁かれた、愛の言葉を受け取るまで。









title/蝉時雨
das ende.(07./2008)

夏の季語をたくさん使ってみようテキスト。
タイトル『蝉時雨』、文中の「青柿」「入道雲」「素麺」「矢車草」も夏の季語です。