「かっこいい爺さんになりたいんです」
いつも思うことだが、日本という人物は唐突だ。
かなり唐突だ。そして、わりと突拍子もない。
なので、いつも返せる言葉はといえば、口下手な自分にはごく限られている。
「‥‥む、そうか」
「はい、そうなのです」
こくりと頷く彼はこの上も無く真面目だ。
凛とした民族衣装に身を包み、象牙色の手元には俺の前に出されているものと同じ、仄かな甘みが薫るグリーンティ。すっきりとしていて美味いと思う。俺の手元にはよろしければこちらも、と出してくれた生菓子があるが、こちらも大変美味だ。‥‥美味なのだが。
誤解の無いように断わっておくが、反対を意味する接続詞を用いているものの別段菓子に問題があるわけではない。菓子は美味い。俺の家でだすクーヘンを、彼は「美味しいです」といつも食べてくれるが、彼の供してくれる菓子もまたクーヘンに負けず劣らず美味いと思う。生菓子は良い。西の隣国ではかなり人気が高いらしいので、是非俺の家でも流行らせたいものだ。いや対抗しているわけではないぞ。‥‥いやいや、だから菓子の話ではないのだ、菓子の美味さが如何こうという話ではなく。
「そこで日々研鑽を積まんと勉強しているのですが、なかなか‥‥」
「‥‥そうか」
ほう、と息をついて茶を啜る姿は実に清楚である。
男に清楚というのもどうかとは、以前口にした際にピシリと言われたものだが、だがやはり、清楚、と表現するのがよいと俺は思う。可憐といわないだけマシと思って欲しいとは、さすがに言葉にはしなかった、というか出来なかったが。以前、キュートだのラブリーだのと口にした北米の大国を巴投げで見事に投げ飛ばしていた姿が脳裏を過ぎる。「張り手でも良かったのですが‥‥国技はやはり大事にしなければ‥‥。しかしがっぷり四つ相撲とするにはさすがに体格差がありすぎますね」だのとやはり清楚にいっていたが、アメリカにしてみれば巴投げされるのも張り手(というか、明らかに張り手には不必要なハリセンが彼の背後に背負われていたことについてはやはり言及しないでおくべきなのだろう)をかまされるのも同じことなのでは、などと思ったものだ。何が言いたいかといえばつまるところ俺も清楚な彼に投げられるのは御免ということだ。
その清楚な彼は、「かっこいい爺さん」になるべく日夜勉強に勤しんでいる、という。
ほう、と日本は再度ため息をつく。
絹の触り心地の黒髪が音も無く揺れた。実に清楚だ。
‥‥まぁ、その丁寧に脚をたたんで正座した脇には、男性向けのファッション誌、らしきものが山積みになっているのだが。あれが男性向けグラビア誌であったなら少し興味が‥‥いやいや、いや。
口下手というのはこういうときに良い。思ったままを口に出す(そして日本には巴投げされ北米の兄弟である相手には3時間説教をされる)アメリカや、口に出したとしても(会議場でエロ本を堂々と読めるあの勇気は一体何処から来るのかいつか聞いてみたい気もする。碌な答えは返ってきそうに無いが)頬を染めて「ああ、あれこそがギャップ萌えというものです‥‥!」と何故か感銘を受けて貰える(‥‥本当に何故なんだ)イギリスとは違い、口や態度に出さなければ例え脳内で何を呟いていようとも、伝わることはない。
其れが良いのか悪いのかは、ケースバイケースだろうが。
「‥‥その雑誌は?」
脇においてある雑誌について言及する。
「ああ、ここ4、5年ほど我が国の中高年の皆様の間では、イタリアくんやフランスさんのおうちの皆さんを参考にした『チョイワル系』のスタイルが人気の定番となってきていまして」
「‥‥‥‥ちょいわる、とは?」
はい。と頷く彼は外見上どう矯めつ眇めつ見たところで『中高年』という言葉が相応しくない気がする。
まぁこれも口に出せば「それは私もう爺さんです。中高年ではなくて立派に高老年ですから、ちょっと若ぶってみえるかもしれませんが‥‥」と、実際言葉だけであれば事実なのだろうが事実イコール正論ではないのだという事に加えて自分が言いたいのはそういうことではないという訂正に非常に困るというかなんというか、ともかく口下手な俺には説明しきれないだろう事態に陥ることは必至なので、これまた口にはださないでおいた。
「そうですねぇ、なんと申し上げればよいのか‥‥。『ちょい』というのはちょっと、少しです。『ワル』はそのまま『悪』ですが、卑怯、不正義という意味ではありません。少しワイルドな‥‥いえ違いますね、こう、危険な匂い、雰囲気のする、‥‥意外に説明が難しいですが、まぁ昨今人気のモデルさんなんかですと、フランスさんやイタリアくんのおうちのトラッドを、品を崩しすぎない且つ軽妙でありながら一筋縄ではいかない雰囲気の、スタイル、と。こんなところですね」
そんな風な説明を、日本は脇の雑誌の表紙などを示してくれつつ解説してくれたわけだが、‥‥チョイワル、か‥‥。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。髭とネコミミの変態と、朝昼晩24時間体制でパスタパスタ歌って踊っているヤツらだぞ?」
「‥‥‥‥いえ、その、そう言われてしまうと、返答に困るのですが。いえ、でも、お二人ともまだお若いですから!円熟味と申しますかそういうのはまだ醸されていないと申しますか、えっと、ほら、少なくとも見た目は!」
「‥‥まあ、な」
そういわれれば、外見上はそうなのだろうが。
其れを言ったら自分もそうなのだとは、何故彼は気がつかないのだろう。
と、これもまた口には出さないまま、手元のグリーンティを口にすることでとりあえず間合いを保つ。
しっとりと舌に語りかけてくるような、仄かな甘みはとても美味で、身体の中から安らげるような風味がある。‥‥彼のようだ、とも思ったが、やはり口にはしなかった。
その彼、日本はといえば、先ほど様々に示してくれた雑誌類を再び脇に下ろして、はぁ、とこれまでより若干深いため息をついた。
「ええ、なんと申しますか‥‥。チョイワル、というよりも。イメージチェンジといえばよいのでしょうか」
「イメージチェンジ」
鸚鵡返しに発した言葉に、日本はやんわりとした笑みを浮かべた。
「ええ。‥‥ほら、優柔不断だの、事なかれ主義だの、ヘンなところだけに拘るだの、ね。そう言った評から、脱してみたいと思ったのです」
「日本、」
伏し目がちの間の縁は髪と同色の黒に綺麗に縁取られ、その奥に収まった夜色の瞳もやはり、綺麗だと思う。口元も鼻も、どこもかしこも細やかな造作。遥か東方の、島国。
「大体ラブリーだのキュートだの、ありえませんよいい年の爺さんつかまえて。イギリスさんやフランスさんにしたって、従順で口下手なヤツだとかでしょうし、アメリカさんなんて私のこと優しい甘っちょろいおじいちゃんくらいにしか思っていないでしょう」
でもしかし、それでは嫌なのだ、と。
優しく甘いだけではないのだと、主張したい、ということ、なのだろう。
なるほど理解した。日本の言うことは大概突拍子も無いが、詳しく話を聞き出せば一応の筋が通っている。
清楚で従順に思えて、ラブリーでキュートに見えて。
けれど身体の奥深くに、決して靡かないものを持っているのだ。日本という、そのひとは。
(‥‥ああ、それは、実に。そういうところが、本当に、)
「大体ですよ、優しい甘っちょろいおじいちゃんてなんですか。爺なのは否定しませんが、かといって私がいつもいつも甘いと思っていたら本当に痛い目に見せてやるんですからねあのスットコドッコイ」
「‥‥あー、具体的には、どんな風にだ。とりあえず会議に影響の出ない程度にしておいてもらいたいのだが。再来週のEU会議にアイツを招くのでな」
「え?えーと、そうですね‥‥魔改造したMの字のハンバーガーを輸出してやるとか」
「喜びそうだぞ、それは。いつだか『オッオー、チキンタツタ最高だよ!』とかなんとか言っていたぞ」
「く‥‥ッ!ええ、よし、バンズもチキンも日本サイズ維持。これはどうでしょうか」
「む、それは堪えそうだな」
「えっ、そうですか!」
凛と伸びた背筋も清楚に、思案深げに、実に他愛のない『痛い目(対・アメリカ)』を思い巡らせていた彼へ、口下手なりに評をしていっていたところ、その一言で彼はぱっと顔を上げて。
それは嬉しそうに、笑うものだから。
ああ、なんというか、自分は口下手で気の利いたこと一つ言えないわけだが、‥‥ここはひとつ、頑張りどころ、なのだろう。
(‥‥そう、その様は、実に。そういうところが本当に、俺は、)
「フフフ、爺の本気を分からせてやりますとも、アメリカさん‥‥!」と静かに意気込む日本を前に俺は無言で立ち上がると、きょとんとして此方を見上げてくる彼を横から、抱き締めて。
「‥‥え、ドイツさ、」
「別に俺はお前のことを優柔不断で従順だとも思っていないぞ」
‥‥従順な相手はそもそも巴投げなど掛けないだろう、最大の同盟国に。
ほっそりと、己に較べれば華奢とさえ表現できそうな小さな身体を抱き締めれば、しっとりとした和菓子と仄かなグリーンティの匂い。口に含めば美味だと知っている、穏やかで、手元にあるだけで‥‥抱き締めるだけで。
心が柔らかく、あたたかくなる、ただひとりの相手。
「優しいだけのおじいちゃん、だとも思っていない」
ヒク、と腕の中の彼が震える。少し低い体温、しっとりとした絹の触り心地の髪、繊細な身体。優しさを全身に湛えたような、柔らかなひと。
しかしけれど、彼は優しいだけではない。優しくて、其れでいて気高く清楚に凛々と、美しい。
‥‥そして。
「俺の、可愛い恋人だと思っている」
口下手なりに頑張った結果は、とりあえず巴投げはされなかったとだけ、報告しておく。
その後の展開は恋人として、自分たちのみで共有するべき時間だったからだ。
ごく私的な恋人達の印象論議
the end.(2010.04.04)
本田さんはいついかなるときもイギ様萌えなんだと思います
ドイツはきっと付き合う前は日本はイギリスが好きなのだとか思ってたよ
メリカに厳しいのは本田さんの虫の居所がちょっと悪かっただけですよ(・∀・)