目を伏せて、俺の恋人は誰より優雅に笑う。




日本は視線をあまり合わせようとしない。

どうしても正面から顔を合わさなければならないときは、ネクタイのノットか額の辺りを見るのだといつか言っていた、あれは恋人になる前だったか後だったか。
俺達欧州では、視線を合わさないイコール不誠実、という図式が成り立つ国が多い。無闇な誤解を招くのは得策じゃないのではと指摘したこともあったが、これが我が国の国民性ですので、と優雅に微笑まれてしまってはどうしようもない。‥‥因みに、このときの微笑は少し伏せ目がちに、軽く口元を和服の裾で隠して微笑むという、なんていうか、もう、凄く可愛いというか可愛いというか、可愛いと言うか!「そ、そうか!じゃあ仕方ないよな!」と言うしかない笑みだった。勢いで抱き締めたら、小さな声で「ごめんなさい」といいながら俺の服の裾をきゅっと握り込んできて、それがもう本当可愛くて‥‥。
‥‥話が逸れた。ともかく、それからも幾度か(しつこすぎて嫌われるのはいやなので入念にタイミングを計りながら、だ!)似たようなことを口にしたことはあったのだが、その都度「まあ、それはそれで」だとか「考えてみます」だとか。答えは全部「イイエ」です的な返答をされた。なんてこった。

仕方がない事なのか、と思う。
国民性だと言う以上、そう簡単には変えられないのだ、と思う。

でもなあ‥‥。

「俺が目ェ見て話したいだけなのに‥‥」
「誰のー?‥‥がはッ、!」

いきなり湧いて出た隣国ワイン野郎に思いっきり拳を叩き込んでしまった。ああ、ついうっかり。脊髄反射で。

「お、悪ィなフランス。つい悪い虫は即殺のクセが」
「‥‥いやお前、全然悪いと思ってないよな。ていうか虫呼ばわり?!この色男つかまえて、虫!」
「あーうるせーなぁ、これなら大人しいぶん虫のがマシだぜ」

腹をさすりながらひとくさり文句らしきことを言っていたフランスを、無視して立ち去りかけて‥‥無視しきれず立ち止まったのは、次の台詞があったからだ。

「まぁなー。日本の目、真っ黒で可愛いし?アジア系っぽいうるうるしたまあるい目で見つめられて「お願いしますフランスさん」なんて言われたら、つい願い事叶えてあげたくなっちゃうんだよねーおにーさんとしては。ま、それで何度も騙されてきたわけだけど」
「な‥‥ッ!」

音がしそうな勢いで振り返った俺から軽く距離をとって(要するに拳の届かない範囲だ)、フランスがニヨニヨしている。‥‥この野郎、全部わかって言ってやがるな?!
‥‥いや待て、その前にだ。

日本の目が真っ黒で可愛い。まぁこれは良しとしよう。それは傍から見ても解る特徴だ。
アジア系っぽいうるうるした目‥‥、これもギリギリ許容範囲だ。たとえ目が合わなくたって、これくらいは見て取れる事実だから。

しかし、その次のはどういうことだゴルァア?!

「フランスてめぇッ、日本に何やって‥‥!」
「あー?バッカお前、貿易の話だよ、ぼーうーえーき。日本製品は性能良いけど高いからな、値段交渉でいよいよ行き詰ったときに、よく仕掛けられんだよ、日本に。目ぇがっつり合わせるっつーよりむしろ捕まえるって勢いで、お願いっつかもうアレほんと反則技だって。ほら、目は口ほどにものをいうってことわざがあんだろ、えーと英語でなんつったっけ‥‥あ?おい、イギリスー?」

ヒゲ野郎の声がドップラー効果で音階を変えながら遠のいていった。もとい、俺がもの凄い速さで走り去ったからが。

走って、走って走って走って。

「にほーん!」
「はい、なんでしょうイギリスさん」
「俺と目を合わせて話してくれ!」
「‥‥お断りします」




何故だ?!




だって、俺達は恋人だ。
触れ合って抱き締めてキスをして‥‥目を合わせて、愛を囁いてもいい筈の間柄だ。
触れ合った、抱き締めた、キスもした。
好きだと言った、目を伏せ、世界の誰よりも優雅に微笑んで頷いてくれた。
けれど、目だけはあわせられない。あの綺麗な、黒い潤んだ目だけは。
‥‥フランスとは目を合わせられるのに、俺じゃ駄目って。
何故、何で、なんで。

「イギリスさん」
「‥‥何だよ。俺と目も合わせたくねぇんだろ。も、もう俺のことなんざ嫌いなんだろ。俺の、俺のこと‥‥ッ」
「イギリスさん泣かないで」
「泣いてねぇ‥‥ッ!」

解ってる、我ながら説得力の無い声だなんてことは。
これほどあからさまに涙声で、小さな身体を縋りつくみたいに抱き締めて、綺麗な茄子紺の羽織に涙の染み作って。なんて酷い有り様だと、我ながら思う。情けない、傍から見りゃ、なんてお笑い草だと。

でも。

「イギリスさん」

腕の中の小さな身体が、擦り寄るように体重を預けてくる。
誰より可愛い、誰より大切な、けれど目を合わせてくれない恋人。

「イギリスさん、ごめんなさい、聞いて」
「‥‥‥‥。」
「貴方と目を合わさないのは、理由があるんです」
「‥‥‥‥え?」

はっきりと紡がれたその言葉に、俺は思わず日本の顔を見ようと身体を離しかけて‥‥離せなかった。
何故なら、日本がぎゅうっとしがみついてきたからだ。

「日本、」
「『目は口ほどにものをいう』。‥‥そういう故事成語が、日本にはあります」
「eye、‥‥なに?」
「目は口で語るより、ずっと雄弁に心を表すという意味です。言葉ではどれほど騙せても目は真実を語る、という意味もありますが、‥‥私が用いるのは、前者です」

しがみついてきていた日本が、ゆっくりと身体を離す。
さらさらとした黒髪が一瞬彼の目元に影を落として、それからふわりと、

目が、あって。









「貴方のことを、こんなにも、こんなにも愛していると。始終想っている心を、知られるのが恥ずかしかっただけです」









求めた、焦がれた、黒く潤んだ日本の目。
溢れた想いにゆらゆら潤んで、なんてきれい。なんていとおしい。









「貴方のことが、好きです、イギリスさん」
「‥‥ん」
「‥‥‥‥目をあわすのは、恥ずかしいんです」
「可愛いのに。俺はもっと見ていたい」
「‥‥‥‥ですからッ、国民性なんですってばッ」
「日本、」
「う‥‥、」

気弱な風な声を出せば、日本は押し黙ってまたぎゅっとしがみついて、俺の胸に顔を埋めてしまった。その目と同じ、黒い髪がサラサラと揺れている。ほんの少しだけのぞいた耳の縁が、赤い。
顔を伏せた恋人を、大切に大切にそっと抱き締める。

今だけは、その目が隠れていていいのかもしれない。









愛し過ぎてニヤついた、この顔は見せられたものじゃないから。









  Love understands love;
it needs no talk.





the end.(2008.06.26)

「恋は恋を識る、故に言葉を必要としない」
訳して、「目は口ほどにものを言う」
当初、日本はイギのこと下駄で踏みつけそうな勢いでSだったのですが
あんまりにイギイギが可哀相なので照れ屋の日本さんになりました。
うんでも日本はSだと思うよ(ニコ!)