「星が、輝いていましたね」


いつも静かに話していた。
決して声を荒げることなく、かといって阿(おもね)るふうでもない。
淡々と、けれど言うべきことは決然と。
話していた。あの、星降る夜も。


「花は、とても美しかった」


晴れた日に庭を散策した。
庭を造るのは趣味というより性分のようなもので、転居や普請の都度いちから庭を造ってきた。数千、数万と草花を丹精してきた。
けれど、あの日ほど美しく咲けと。
ただひとりの為に華やかに美しく咲き誇れと、祈ったことはなかった。


「小鳥が、優しく鳴いていました」


世界は目まぐるしく転変して、こなさなければならないことはそれこそ星の数ほどにあって。
部屋に閉じこもり互いが互いの職務をこなしていた日、その沈黙を彩るように窓の外で奏でられた鳥たちの優しい歌声を、同時に顔を上げて聴いた。
目を合わせた。
密やかに、笑いあった。


「イギリスさん、」


輝いていた。
美しかった。
優しかった。

共に過ごした、全ての日々。
既に過ぎ去った、全ての日々。


「日本、」


ああ、俺は、告げなければならなかったのに。


『星が輝いていますね』
───お前のその瞳のように

『花が美しいですね』
───お前のその心のように

『小鳥の声が、とても優しいです』
───それはお前と一緒に聴いているからだ


そう、あの時も、あの時も、あの時も。
告げなければならなかった言葉が、確かに、あったのに。




「「さようなら」」




別離の言葉など。
告げたくは、なかったのに。




《星よ おまへはかがやかしい
《花よ おまへは美しかつた
《小鳥よ お前は優しかつた

だが たつた一度も 言ひはしなかつた

《私は おまへを 愛してゐる と
《おまへは 私を 愛してゐるか と

(立原道造『さわやかな五月に』より)




1923年08月17日 日英同盟解消









title/無言集
the end.(June/2008)

立原道造は私一押しの詩人です
現在拍手にある『片蔭』に続いているようないないような