おにぎりがどうしてこんなにおいしいのか、というと、ひとつひとつ手で握っているからなのですよ。
(太宰治『斜陽』より)










日本の家には現在二つの炊飯器がある。

ひとつは小さめの、普段使いのもの。最大容量は2合で、勿論独り身の生活には其れでさえ多く、普段は朝に一合炊いた後は昼、夜とそれを分けて食べている。以前は小さな同居犬の食事も手作りしていたからもう少し多めに炊いていたのだが、現在は犬種別年齢別各種揃った美味しい(‥‥かどうかは勿論食べたことがないので分からないが)市販フードが揃っているので、本当に自分用の食事しか用意しなくなっている。
そうしてもう一つが、普段使いではないもの。
大きい。ともかく大きい。実を言うと業務用だったりするそれは格好こそ無骨だが、どさりと炊ける2升炊き炊飯器。先日某メーカーから火力の強いIH炊飯器の良品が出たとネットニュースで読み、買い換えたいなとぼんやり思っているのだが、いかんせん値が張る。‥‥経費で落としてやれとこっそり思案しているのは、上司には内緒だ。

だがしかし、経費で落としたところで頭っから怒られることでもないだろう。

何故と言って、これは日本個人が使うものではない。
来客に使うためのものなのだ。‥‥一応、『国賓』の彼らに。

「にほーん!これ美味しいぞ!」
「これじゃわかりませんよアメリカさん。どれです、エビマヨですか?‥‥あ、照り焼き鳥ですね。もう一つお作りしますか」
「ああ、頼むよ!」
「はい、はい。ああ、ほら、カナダさんもお作りしましょうね。何がいいです?」
「あ、いえ。僕はなんでも‥‥」
「カナダはタマゴが好きなんだぞ!玉子焼きを頼むよ!」
「それアメリカさんの好きなものじゃないでしょうね‥‥カナダさん、玉子焼きでいいですか?甘いの」
「は、はい!タマゴ大好きです、僕」

溌剌し過ぎな澄んだ声とおっとり語尾の甘い声、声質はそっくりだが決して間違えようのない二つの声に日本は薄く笑いつつ頷いてから、大活躍中の大きな炊飯器の横、水を張った桶へと手のひらを浸した。




唐突にやって来た北米の青年達を日本が家に迎え入れたのは、3時間ほど前のことだ。
おっとりと話す片割れの腕には、予め受け渡しの予定が組まれていた(とはいっても今日ではない)書類一式が収まっていたのだが、そのおっとりした兄弟の腕を引き摺る‥‥もとい、仲良く手をつないでやって来たもう一人はといえば、当たり前に手ぶらだった。いつものことだ。

「やあ日本!兄弟が日本に遊びに行くっていうものだからね、迷子にならないように連れてきてあげたんだぞ!」
「迷子になんてならないよ!それに遊びに行くわけでもなくって、仕事の書類が‥‥って、キミひとの話聞いてるのかい?!」

話が噛み合っているのかいないのか微妙な兄弟二人を、日本はとりあえずうっすらと笑って家へとあげたものだ。どういう表情をしていいのか分からないときについ笑ってしまうのは国民性である。他意はない。呆れているとか諦めているとか呆れているとかそういう意味も、ないわけでもないこともないでもない。‥‥自分でも肯定否定が分からない。
ともあれ、玄関先で賑やかにじゃれあう兄弟を自宅にあげて、とりあえず予定通りにカナダから書類を受け取った。その間のもう一人はといえば先日買ったばかりのアクションゲームをしながら大人しく‥‥いや、「Oh!」だの「Ouch!」だのと、文字どおりアメリカンなリアクションをとりつつ遊んでいてくれたので、まぁ静かではなかったのだが、わりと平穏無事に事を済ますことができた。そうしておっとりと話すカナダと今回の件に関する今後の軽い調整をし、ひと段落ついたのが、ちょうどお昼を過ぎた辺り。

「さて、なにかお出ししたいのですが、なにぶん用意もしておりませんで」
「いえあの、急に来た僕らが悪いんですから」
「いえそれはいつものことですのでお気になさらず」
「そうだぞカナダ、気にすることないんだぞ!」
「貴方はもう少し気になさい、まったく。‥‥ふふ」

良く似た姿で対照的なことを言う兄弟にいっそおかしみを誘われて、日本は小さく笑った。‥‥自分よりずっと年若い彼らだ。まだまだ子どもなのだと思ってみれば、そう悪くもない。
そんな日本の少しだけ解けた気分が目の前の二人にも伝わったのか、一呼吸ぶん目を合わせてにっこりと笑いあった兄弟の笑顔があんまりにも無邪気で可愛かったものだから、日本はうっそりと立ち上がり台所へと足を向けたのだ。

「ま、何かお作りしましょう。おとなしく待っていてくださいね」

そうしてとりあえず間を持たせるためにと、朝の残り飯でおにぎりを作ってだしたところ、双方から大変な好評を得ることになり。
大型炊飯器が大活躍する、冒頭に戻るわけだ。




「オニギリは、スシとは違うのかい?」
「寿司はお酢を混ぜた少し酸っぱいご飯でしょう。おにぎりは素のごはんを塩でコーティングします。味付けと衛生上の配慮です。日本古来の携帯食といいますか、いわばファストフードですね。寿司もそうといえばそうですが‥‥おにぎりのほうがお手軽ですね」
「ファストフード!シェイクはないのかい?」
「ありません。あ、お茶入りますか?」
「日本さん、僕淹れますよ」
「おやおや、ありがとうございます。‥‥日本茶にはメイプルシロップは合いませんよ、入れちゃ駄目ですからね」
「えええ、美味しいとおもうんだけどなぁ」
「さすがにそれは俺も賛成できないんだぞ、カナダ」

食べつつ、作りつつ。
最初こそおかかだ昆布だと伝統的な具材をいれたおにぎりを出していたのだが、日本食に慣れてない彼らにはつらいだろうかと考えた末、日本は少し濃いめのおかずを具材にすることにした。
甘い玉子焼き、照り焼きチキン、小エビの醤油マヨネーズ和え。ハンバーグをカットしたもの、シソの葉を入れて。‥‥予想的中、大好評である。

「うーん、天むすなんかもいいかもしれませんね。エビのてんぷらを巻いたものなんですが」
「ワォ!美味しそうだね」
「美味しそうだなぁ」
「ふふ、また今度いらした時にお作りしましょうね。用意しておきますから」
「やったぁ!楽しみなんだぞ!」
「楽しみです!」

大はしゃぎの兄弟に、日本としても悪い気はしない。
おにぎりを手抜きというつもりはないが、それでもお手軽簡単、アメリカにもいったとおりの文字どおりの fast food である。それを手放しで喜ばれるのは果して良いのか悪いのか。

「‥‥まあ、おにぎりも立派な日本文化です」

呟きつつ、日本は水に浸した手のひらに塩を馴染ませ、熱い白米をその上に落とす。
緩く成形した後、具材を中央に置いてから包みこんで、きゅっと握る。すぐに食べるので固過ぎず、かといってほろほろ崩れるようでは意味がない。手首の返しを聞かせて三角柱、いわゆるおにぎり型に形をつくって、できあがりだ。具材は小さくカットした照り焼き鳥、具の味があるので味付けのない焼き海苔を巻いてから渡す。

「はいどうぞ。アメリカさん」
「Thanks!」
「いえどういたしまして。カナダさん、すぐにお作りしますので待ってくださいね」
「はぁい」

おっとりした返事に微笑みかけて、ふたたび手を水に浸して塩を取る。
もっしもっしと豪快に食べているアメリカと、その傍らでにこにこしつつ待つカナダ。‥‥可愛らしい光景ですねぇ、と日本は和やかに考えた。
体格からいえば、日本などとは比べ物にもならない立派な身体を二人とも持っている。無邪気に笑いあってじゃれる姿は確かに子どもらしさを残しているものの、スーツをピシリと着こなして公の場にいるときは、下手をすれば日本のほうが年下に見られかねない外見である。
けれど、やはり可愛いものだ。

「はいどうぞ、カナダさん。甘い玉子焼きですよ」
「ありがとうございます!」
「うう、美味しいんだぞ、おにぎり。マックでも作らないかなぁ」
「ウチのハンバーガーショップにはライスバーガーというものがございますねぇ」
「そうなのかい?」

興味津々、といった体で日本を真っ直ぐに見つめてくるスカイブルーの瞳に日本は微笑んで頷く。その傍らにはほんわりと笑ってタマゴ入りのおにぎりを食べるカナダ。

「簡単なお品ですから、ご自宅でもお作りになればいいですよ」
「そうかい?誰でも作れるかな」
「まあ、炊いた飯を成形するだけですからねぇ。イギリスさんでもきっと出来ますよ」
「彼はごはんを炊くのを失敗するから無理なんだぞ!」
「フランスさんは作れるよね。ていうか、あのひと日本食大好きだからもう作ったことあるかも」
「今度ねだってみればいいだろう?『可愛いカナの為にお兄さんが愛をたっぷり詰めて作ってあげよう!』とか言いそうじゃないか」
「あはは、声が微妙に似てたよさっきの台詞!‥‥え、言うかな?」
「言う言う、絶対。でもたっぷり詰めるんならエビマヨのほうがいい」
「玉子焼きいっぱい入ってたらいいなぁ‥‥」

日本はおにぎりを握りつつ、兄弟のかわす会話に必死で笑いを堪えていた。ああフランスさん、貴方甘い玉子焼きに負けてますよ。
とまあ、遠い大陸の向こうでくしゃみをしていそうな保護者二名に思いを馳せていた日本だったが、続けてさらりと告げられた兄弟たちの言葉に大きく目を見開くことになった。

「でも、日本の作ってくれるおにぎりが一番美味しいんだぞ」
「そうだよね、やっぱり」
「‥‥え?」

おもわず、手が止まる。
けれど目の前の兄弟はといえば、無邪気に頷きあうばかりで。

「‥‥ええと、‥‥それはまた、何故でしょう?」
「え?何故って‥‥うーん、何でだろ?なんででも?」
「だよねぇ、何ででも、だよねー」

同じタイミングで首をかしげ、感覚的な同意をしあう兄弟。

「まぁイギリスには無理だぞ。世間の常識的に」
「フランスさんでも無理かなぁ」
「はぁ‥‥」

同意ともなんともつかない言葉が零れた。その間も日本は殆ど無意識でおにぎりを握り、つくった其れを大皿に置く。

それこそ、世間の常識を鑑みれば、自分のつくる其れが一番美味しいということは、ないのだ。
そもそもがお手軽料理なわけだし、‥‥まぁイギリスのアレはソレとしても、件の美食国家がおにぎりを作ったとして、自分が握るものよりものすごく不味い、というわけでもないだろう。むしろ不味くつくれるイギリスのほうが不思議なわけで。
フランスの美食ぶりは日本も十全に知っている。
イギリスがアメリカを大事にしているのは疑いようもない事実だ。
溢れるほどの愛情を注ぎつづける、保護者たち。

「‥‥まぁ、イギリスの作ったものを食べないでもないけどさ」
「うん、フランスさんが作ったのも、きっと美味しいだろうけれど」
「日本、いつも一生懸命作ってくれるし」
「いつも優しいから」
「あと俺たち、君のこと好きだからね!」
「ねー」

うんうん、と頷きあう兄弟。
もっしもっしとおにぎりを咀嚼しつつ、互いのおにぎりの具材を確かめあって笑う姿は、とても世界を率いる大国たちとは思えないほどに無邪気なもの。

年経た大国達が愛し尽くすのもわかる。
慈しみ、守り可愛がるのが、理解できる。

他愛なく無邪気で、歳若い兄弟。‥‥世界を照らす若者達。




(‥‥ああ、なんて可愛い、こどもたち!)




「‥‥おだてても何も出ませんよ」
「えー?」
「え、えっと、お世辞とか言ってるわけじゃないですよ?」
「‥‥‥‥ミートボールと筍はいかがですか?」
「食べる!」
「食べたいです!」
「はい、はい」

声を合わせて高らかに言った兄弟に、日本は笑ってごはんへと手を伸ばす。
誰でも作れるお手軽料理。
けれど、そこにありったけの愛しさを込めて、可愛い可愛い子どもたちへ。









「今度いらっしゃるときは連絡してくださいね。天むすの準備しますから」
「わかったぞ!」
「楽しみにしてます」

にこやかに笑って手を振る二人を門前で見送って、日本は一気に静かになった邸内へと引き返す。
気がつけばもう夕餉も近い時間帯だ。天の縁は赤く染まり夜の気配、どこからかほんわりとした匂いがただよってくる。

「‥‥いい匂いですねぇ」

美味しいごはん。誰かの為に誰かが用意する、愛に溢れた食卓。
くぅん、甘えた声をあげて足元に擦り寄ってきた飼い犬の頭を、そっと撫でる。

「さ、私達もごはんにしましょうか」

言いながら、軽やかに笑って去っていった兄弟の後ろ姿を思い出す。
歳若い青年たち、この先の世界を引いて行く者。
願わくば、彼らがいつも笑っていられるよう。

「おいしいご飯を、作りましょうね」









こどもには、ごはん。元気に食べて笑っている姿がいちばんいい。









  キッチン・マム





終.(2009.02.12)

こどもはおなかいっぱい食べて笑ってるのが一番です。
世界中そういうふうになればいいよね。ね。
甘い玉子焼きとミートボール+筍は、昔ちびっこに作ってやってた中で
一番喜ばれたモンです(笑)こども味〜(´∀`)