俺は、どちらかというとスタンダードを好むほうだ。
スタンダードというか、トラディショナルというか。
まぁ、流行りものはちょっと苦手だ。‥‥断じてネットが苦手とか、よく解らないとか、そういうわけじゃないぞ!ないからな!

で、だ。だからというわけじゃないのだが。

「菊。菊、こっちこい」
「はい」

俺の呼び声に、座布団(綿から打った手作りだ)でまるまっていた菊がぴょこりと身体を起こして、此方へと歩いてくる。
歩くたび、襟元につけたベルが可愛い音を立てた。この前マシューと買い物に行ったときにアイツが見立ててくれたもの。本当に可愛い。‥‥ん?どっちがだって?そりゃ、マシューも菊もだ。

いや、それはともかくとして。

「アーサーさん、何ですか?」
「ん?うん、ちょっとな」

ちょこりと俺の足元に座り込んで、菊が首をかしげた。それにあわせてサヤサヤと黒髪が涼しい音をたてる。
ああ、毎朝毎晩入念に櫛をとおしている菊の毛並みは本当に素晴らしく綺麗だ。我が猫ながら。いや、我が猫だからか?
ともかく、菊は可愛い。本当に。

うん。だからだ。

「ちょっとこれ、入ってみろ」
「‥‥‥‥。」

背後から取り出した其れを、菊の前に押しやる。
ふり、と一度だけ黒いしっぽが振られて、それから菊が俺を見上げてきた。

「アーサーさん」
「な、何だ?」
「貴方がネットで何を見たのか、すごくよく解るんですけど」
「‥‥‥‥‥‥。」

そういえば、菊は俺が仕事に出ている間、俺のパソコンで遊んでいるんだっけか。
なんかこれ、人気だったらしいし。
きっと、菊はとうの昔に見ていたのだろうが。
‥‥俺は昨日、初めて見たんだが。

「ねこ鍋‥‥」
「だ、だめか?」
「いえ、別に駄目というわけではないですが‥‥」

私も猫のはしくれですし、と呟く菊は、ふりふり、尻尾を振りながら土鍋と俺を交互に見ている。
因みにこの土鍋というものも、実は初めて見た。当然ウチの台所にあるはずもなくて、隣家から借りてきたものだ。ちょっと強引に。「ちょ、お兄さんもみたい!菊ちゃんでねこ鍋ハァハァ!」と言うエロヒゲはちょっと、いや容赦なく、腹に拳叩き込んで沈めてきたのだが。そろそろ気がついた頃だろうか。まぁあのまま百年くらい眠っててくれても構わないけど。
‥‥話題がそれたな。そうじゃなくて、今は目の前の菊だ。あと鍋。

「あのですね、アーサーさん」
「何だ?」
「ねこ鍋は、土鍋のひんやり感が好きで、あの中で眠っちゃうんですけど」
「そうなのか?」
「今の時期、ちょっと寒いんで、ひんやり感は、ちょっと‥‥」
「あ。」

‥‥しまった。季節を考慮に入れていなかった。

あまりの己の間抜けっぷりに、うっかり微妙な顔になる。
ふりふり、ふり。菊の黒いしっぽがやっぱり微妙な感じに揺れて、‥‥ああ、気まずい。

いや、ねこ鍋があんまりに可愛かったから。
だから、ついうっかり季節も忘れて、菊でねこ鍋とか、すっげぇ可愛くね?ブルーレイもんじゃね?と思ってしまったから。
そして、それをマシューにみせたら絶対に「うわぁ可愛い!アーサーさん菊ちゃんすっごく可愛いですよ!」とかなんとか言ってくれると思ったから。

「そっか‥‥寒いよな、そうだよな‥‥」

カレンダー上ではとっくに春、けれど窓の向こうはといえば、ヘタすりゃ雪さえ降りかねない、寒空だ。
そりゃ、土鍋でひんやり、なんてまっぴらだろう。

飼い猫に無理を言ってしまった自分が情けないというかアホらしいというか、ともかく微妙な気分で、菊の頭を撫でつつ、土鍋を横に押しやった、ところで。

「あ、あの!アーサーさん!」
「ん?ああ、何だ?」
「あの、土鍋でひんやりは、さすがに寒いので、」
「ああ」
「‥‥アーサーさんのお膝でぬくぬくしたいのですが、駄目ですか?」
「!!」

俺の膝にちんまりとした指先で触れて。
ふりふり、ふり、黒いしっぽを揺らして。
ああ、可愛い、菊は本当に可愛い。

「‥‥おッ、お前がどうしてもしたいっていうんなら、構わねぇけど!」
「はい。どうしても、ぬくぬくしたいです」

にっこりと笑う菊を、抱き上げて胡坐をかいた膝上に、のせる。
くるん、と小さな身体を丸めて俺の膝に落ち着いた菊が、ぬくぬくです、と小さく呟いた。
ふりふり、ふり。黒いしっぽ。可愛い。




そのまま眠ってしまった菊の、まぁるいフォルムの背中がゆるやかに上下するのを見守った。
目下の悩みは、この体勢を崩さずにどうやって机の上にあるブルーレイカメラへと手を伸ばすか、だ。









the end.(2009.03.01)

かわいいふたり。