Who wants to buy this diamond ring?
She took it off her finger now, it doesn't mean a thing.
This diamond ring doesn't shine for me anymore.
And this diamond ring doesn't mean what it did before.
So if you've got someone whose love is true.
Let it shine for you.
This stone is genuine like love should be.
And if your baby's truer than my baby was to me.
This diamond ring can be something beautiful.
And this diamond ring can be dreams that are coming true.
And then your heart won't have to break like mine did.
If there's love behind it.
「うわ、」
何気なく、本当に何気なく目に付いて手に取った、其れの正体に気がついて思わず零れた唸り声に、24時間気配り上手な友人は即座に気がついたようだ。
「フランスさん、いかがなさいました?」
「ああ‥‥、いや」
鮮やかな手つきで捲っていたクラシカルな目録台帳を小脇に挟み、山と積まれた大小様々な物品を乗り越えて、蔵の持ち主が現れた。文字どおり山を為す物々、あのほっそりした小柄をいかにも動きにくそうな民族衣装で包んだ身で、一体どうやって乗り越えたのだか。
さすが極東の神秘の国、ニンジャは現代も健在らしい。
「何か、お気に召すものが?それとも気になる点でもございましたか?値段交渉ならば応じますが」
「や、そうじゃないんだけど」
「?」
言いよどむ客人に対し、小首を傾げてきょとんとした童顔を向けてくる。
目の前の青年よりもずっと年上にも関わらず、可愛いとさえ表現できそうな容姿と仕草に、客ことフランスは、其れを見つけたときの気まずさにも似た思いを忘れて思わず和んでしまったものだ。
さて、今フランスが和やかな気分で佇んでいるのは、蔵である。
それも至極伝統的な、純・和風建築。当然のように持ち主はフランスにとっても友人である日本であり、ここは日本の屋敷であった。
『フランスさん、今度、蔵を整理するんですけど。いらっしゃいませんか?好きそうなものがあれば無償か安価でお譲りしますよ』
『行く!』
電話越し、二つ返事で頷いて、シビアな仕事と甘い新婚生活の合間を縫ってはるばる訪れた友人宅。オリエンタルでロマンティックな東方文化の粋を前に、たっぷりと文化の香りに浸りながら物色していたのだが。
「‥‥‥‥あのさぁ、これ」
「はい?ああ、それ、結婚指輪ですよ」
「‥‥やっぱり?」
事も無げに回答された、その答えに些かげんなりした気分を味わいつつ、フランスは手のひらサイズの桐箱の中身を摘み上げた。
正確無比なラウンド・ブリリアント・カット。照明を極力抑えた室内にも関わらず、僅かな光を吸い込んで、まるで清廉孤高の王者の如く、それは美しく輝いた。正真正銘、本物のダイヤモンドリングだ。それも、どう考えても、恐ろしく高価な。
「ええっと、日本が貰ったものとか?」
「そんなわけないでしょう。‥‥いえ、貰ったといえば貰ったものですけど」
東洋人特有の流麗な動きで、フランスの手と指先から美麗な指輪がするりと取り上げられる。絹の張られた桐箱に、日本は丁寧だか無造作だか判別つきかねる仕草で、件の指輪を放り込んだ。
「昔お付き合いのあった方が、僕には必要ないとおっしゃるので。お預かりしたんです」
「つまり、質流れ品てこと?」
「いえ、対価は差し上げていないので。けれど受け取りにいらっしゃることは絶対にない、お預かり品ですね。‥‥要するに、縁を失われて必要がなくなった、ということです」
「ふぅん‥‥」
曖昧な相づちをうちつつ、フランスは桐箱に無造作に佇む愛の欠片を眺め遣った。
そう、結婚指輪は、愛の欠片だと思う。
愛の欠片、愛の証。いくらでも言い様はあるが、ともかくそこには、何らかの愛情が込められていた筈だ。暗く深い地中から見出され、磨き上げられ、ただ一人の指を飾る為だけに美しく輝く、世界最高の輝石。‥‥それを失うまでには一体どんな物語が、切なさ、哀しみがあったのだろうか。
些細なすれ違い、行き違い、嫉妬、そして破局。出会いの数だけ別れがあると世に言うが、けれどやはり、別れは哀しいものだとフランスは思う。
必要とされなくなった愛の欠片を、可哀想だとも思う。
だって、もしも自分が、あの子と別れることになったら。
こんなにも愛して、愛して愛し抜いているあの子との間に、愛がなくなったらなんて、そんなの考えるのも厭わしい。哀しい。
「哀しいな‥‥」
「そうでしょうか?私はそうは思いませんよ」
思わず零れた哀しみに、けれど返ってきたのは意外なほどに純粋な反論だった。知らず落としていた視線を上げる。
その先には、やんわりと微笑む年嵩の友人の姿があった。
薄暗い室内にあって、彼の深い黒瞳はそれ自体が輝石のように美しい色を宿していた。思わず、見入る。
「フランスさんのお考えも解ります。解りますが、敢えて申し上げるなら、指輪に罪はありません。‥‥ああ、金銭的な価値や人の情念がどうのというのではなく。そうですね、貴方は『愛の欠片』とおっしゃいますが、私は、いっそ愛そのものだと思います」
抑揚のない、彼の国の言語独特のたゆたうような語調で日本は言葉を紡いだ。自らが放り入れたダイヤの指輪をもう一度手に取り、それを愛しげに見つめる。‥‥それは、彼にこの指輪を預けた人物を想ってのことかもしれないし、或いは彼の中の『愛』を想ってのことかもしれないけれど。
けれど、その優しい視線は、フランスがその指輪を見て思ったそこはかとない哀しみを払拭するものであったことは、確かだ。
「愛のあるところへ、この子は行く。そして、様々な人の愛情を記憶する。‥‥愛を失った方の縁(よすが)とするには確かに重いもの。ならば、また新たな愛を注いでくれる場所に、この子のあるべき場所に、在るべき想いのもとに移動するのは、そう悪いことではありませんよ」
「‥‥そうか」
「それにね、フランスさん。貴方には‥‥いえ、貴方たちにはこの指輪、所有する資格がありますよ?」
そういって言葉を切った日本は、彼にしては珍しい、いたずらっぽい笑みを浮かべて言ったものだ。
「この指輪を預けられたとき、その方のおっしゃった口上が、すごく素敵だったんですよねぇ」
「え?」
「それが‥‥」
それから数時間後、交渉に交渉を重ねて買い取った華麗な瓔珞文も綾な古伊万里の大皿と一緒に、小さな桐箱が自宅へと帰るフランスの手の中にあった。
「ただいまー」
「はぁい。おかえりなさい、フランスさん。‥‥ん、」
ほら、クマ吉さんも挨拶してー、とソファに座ったまま抱きかかえたシロクマの腕をハタハタと振らせるカナダに、フランスは屈みこんでキスをした。唇に触れるだけの其れに、ちゅっと同じようなキスをお返しされる。
いくらかぶりの愛しい感触に、内心でニヨニヨとやに下がっていたフランスの何かを察したのか、カナダの腕に抱かれたシロクマが、妙な棒読み口調で「オウ、オカエリ」と言ったあと飼い主のパートナーであるフランスの顔を、そのもふもふっとした前肢でわし掴んで、引き離した。‥‥コノヤロウ。
しかしそんな同居人、もとい同居熊の妨害にも負けず、フランスはカナダへと腕を伸ばす。察したカナダが膝からクマを下ろして立ち上がり、そっと抱きついてきてくれるのを、フランスは幸せを噛み締めながら味わった。
「うー、カナ分補給ー‥‥」
「何ですかカナ分て」
「カナダの成分。元気の素。それないとお兄さん萎れちゃうわ」
「なに言ってるんですかぁ、もう」
夫婦喧嘩は犬も食わないというが、夫婦の他愛なさ過ぎる会話はシロクマだってうんざりだ、そんな声が聞こえてきそうなシーンである。ともあれ久しぶりの抱擁を交わしたカップルは、暫しそうして他愛なく睦みあった後でようやっとフランスが持ち帰ったあれこれへと気を向けた。
「わあ、綺麗ですねこの大皿。飾りますか?」
「いや、どうせなら使ってくれって日本が言ってたから、今度のホームパーティの時にでも使ってみよう。オードブルが映えそうだ」
「はーい。ふふ、楽しみだなぁ」
そう言って大皿をためつ眇めつしていたカナダが、その横にちょこりと置かれた桐の小箱に気がついた。
「フランスさん、こっちは?」
「ん、ああ、指輪だよ」
「指輪?」
フランスは小箱を開けると、カナダの手のひらにそっと指輪を握らせた。
それまでの居所であった蔵とは比較にならない光の溢れた室内で、至高の輝石がまさしく鮮やかなきらめきを放つ。
桐箱といういかにも和風な箱から出てくるには違和感のありすぎる(因みにこの桐箱は日本の自作らしい。剥きだしのまま預かったものの、そのまま置いておくにはさすがに忍びなかったと彼は言った)高価な装飾品に、さすがのカナダも目を大きく見開いてフランスを仰ぎ見た。
「ダイヤ、ですよね?え、高かったんじゃ」
「いや、ただで貰った」
「ええええ?」
続けられたフランスの言葉を聞いて思わず素っ頓狂な声を上げたカナダであったが、フランスの顔を見て、口を噤んだ。‥‥あまりに美しく、微笑んでいたからだ。
もとより華のある麗雅な容貌のフランスである、そんな風に微笑んだ姿は見慣れているカナダでさえ、まさしく息を呑むほどに美しい。
此方を見たきり口を噤んだカナダに、さらに煌びやかな笑みを向けたフランスは、指輪を握ったカナダの手のひらを上から包み込み、そっと、まるで神聖な誓いかと思うような真摯な声で、囁くように告げた。
「その指輪は、日本が故あって友人から預かった結婚指輪なんだってさ。その彼には、必要がなくなったからと。それで日本は指輪を蔵におさめてたんだけど、今日俺が行って、この指輪を俺達には持つ資格があるって言われてね。で、貰ってきた。正確には預かったんだけど‥‥まあ、ずっとこの家にいるだろうし」
「資格‥‥?預かるって、え、この家?」
唐突な指輪物語の展開に困惑するカナダへ、フランスはその指輪を受け取った際に友人から聞いた、曰く『素敵な口上』を甘く豊かな声で歌いあげた。
Who wants to buy this diamond ring?
She took it off her finger now, it doesn't mean a thing.
This diamond ring doesn't shine for me anymore.
And this diamond ring doesn't mean what it did before.
So if you've got someone whose love is true.
Let it shine for you.
This stone is genuine like love should be.
And if your baby's truer than my baby was to me.
This diamond ring can be something beautiful.
And this diamond ring can be dreams that are coming true.
And then your heart won't have to break like mine did.
If there's love behind it.
誰がこの指輪を買ってくれる?
あの人が外した指輪なんて何の意味もないのに。
このダイヤは私にはもう輝かない。今はもうなんの意味もない。
だからもし、本当に愛してくれる人が貴方に現れたなら、
貴方の為に輝くようにして欲しい。
この宝石は本来の愛の姿と同じく純粋だ。
もしも私にとってのあの人がそうだった以上に、貴方にとってのその人が誠実ならば、
そう、この指輪は美しいものになる。
この指輪ならば、夢が叶う。
私と違って貴方は傷心するわけもない。
もし、愛が心にあるのならば。
「‥‥愛は、此処にある。俺がお前を愛して、カナダ、お前が俺を愛してくれる以上、愛は此処に、俺達の心の中に溢れているよ。この指輪はきっと美しく輝き続ける。愛を吸い込んで、他のどんな宝石よりも美しく。‥‥なあカナダ、この家以上にこの指輪が美しくいれる場所なんて、ないよな?」
返される言葉はなかった。
けれど、震えるほどに甘いくちづけと、愛しい人の瞳から零れ落ちた涙は、きっと預かった指輪の輝き以上に美しく、何物にも代えられない愛を湛えていた。
今日も小さな桐箱は、愛に溢れた彼らの家で穏やかに過ごしている。
la fin.(2008.08.18)
『This Diamond Ring』Gary Lewis & the Playboys(1965) から抜粋。
指輪は貰って置いとくだけで、つけるとかじゃないのです
だって指輪交換はちゃんと済ませてるからね!(´∀`)
どうでもいいですけど、兄ちゃんよりイギお父様のほうが
カナちゃんに高価な結婚お祝い指輪とか贈ってそうだ(笑)