休日の午後の、昼下がり。
事の起こりは、ありがちといえばありがち。
しかし怒るに怒れない。何故なら自分のミスだから!
「わぁ、壮観ですねぇ」
のんびりふんわりとした可愛い声は、きっと心からそう思っているのだろう。
確かに壮観といえば、そのとおりだ。滅多に見ることなんて出来ない光景だろう。あまつさえ個人宅でだなんてあり得ない。俺がテキスタイルのデザイナーだとかお針子だとか此れが好きで好きでたまらない!ってなら話は別だが、そういうわけじゃないし。ああそうさ、あり得ないとも。
そんなあり得ない光景が現実となっている新婚家庭なんて、俺とカナダの可愛い我が家くらいだとも!
「返品するんですか?」
「‥‥うん、ちょっとまぁ、渋られたけれど、一応了承してくれたから‥‥」
歯切れ悪く話す俺に、そうですか、とやっぱりふわふわした声で応じるカナダは、特に呆れているわけでもないらしい。‥‥まあ、至極短気で買う時は即決な上基本単位が桁違いな童顔の保護者や、まな板まで切れるミラクル万能包丁(切るな!!)を16本セット(ミラクルなら1本ありゃ十分じゃないのか?!)で売るTV番組を延々流している兄弟に較べたら、俺のちょっとした注文間違いなんて呆れるにも足らない出来事なのかもしれない。
例え部屋中に、やたら可愛らしいトリコロールカラーのリボンが溢れていたとしても。
事の起こりは、至極単純な話だ。
単純すぎて話す気にもなれないが(いや、決して失敗を話すのが惨めだとか思ってるわけじゃないぞ?)、話すとすれば一言だけ。
「注文単位、間違えちゃった‥‥」
「メートル単位を、センチ単位に間違えたんですね」
‥‥状況説明ありがとう。
項垂れながら呟いた俺に朗らかに応じて可愛い彼が手に取ったのは、鮮やかなトリコロールカラーのリボン。80ミリ幅一巻き10メートル。素材は一級品のシルク。‥‥の、周りにはゴロゴロゴロゴロゴ(中略)ロゴロゴロゴロ、同様の品と、グラスオーガンジーとシフォンの‥‥こちらは巻くと生地が傷むからか大きな袋に詰められていたのだが、やっぱりトリコロールに染められたふわりとしたリボンが大量に。
‥‥そりゃあ、な?トリコロールといえば、今の俺を象徴するカラーリングだ。好きじゃないわけない。しかしだ。何事にも限度ってのは存在するよな?‥‥ああそうだよ、ちょっとだけ、ほんの少しだけ模様替えをしようと思ったんだ。それだけだったんだよ!
この家には俺のこだわりが詰まっていて(ていうかこのコと暮らす為に難攻不落な保護者と兄弟から結婚を許される前から建てたわけだし)、玄関のノッカーから窓枠や梁に施した彫刻の一つに至るまで、こだわり抜いて建てたのだ。当然設計にも口を出したし、普段使いのファブリックは、カナダと一緒に丹念に吟味した。どれもこれも、大切な品だ。
だからこそ、維持にもこだわりたいと思うのは、そう不自然なことじゃないだろう?
「何に使うつもりだったんですか?」
「あー‥‥、カーテンタッセルと、あとまぁ小物のラップとか」
「可愛いですね。僕、トリコロール大好きです」
「うん、そう言ってもらえるとお兄さんも嬉しいんだけどー。‥‥でも、どう間違っても500メートルは要らないよな?」
「あー‥‥ははは」
‥‥ああ、カナの笑顔大好きだけど、そのいかにも慰め誤魔化し笑いは切ない!切ないよ!
そんな内心涙にくれながら、がっくりとソファに沈む。視線を下げた床とローテーブル上には、勿論カラフルなリボンの山だ。
忙しい時間の最中、ネットで吟味していた品。
あれでもない、これでもないと上司の目を掠めつつ品定めして、これなら!と思い発注を掛けたのが二週間ほど前。因みにその頃は本当に、唐突に泣きたいほど忙しくなった時期で。‥‥まあ出張が無かっただけでも御の字だが(またスペインに行けとか言われてたら「アンタが行け!」と隣国謹製化学兵器:別名スコーンを投げつけていたとも!)、ともかく忙しくて、発注先ショップから確認のメールがきたときもろくに内容も確認せず 「Oui.」って一言返しただけだった。今思うとアレは確認というか、マジですかアンタっていう、念押しのメールだったんだな‥‥。
『本当に500メートルですか?500センチじゃなく?』
そりゃ店の人間だって念も押したくなるというものだ。
人の話は聞きましょう。ご利用は計画的に。
遠い東国の友人の言葉が脳内に反響する。いつだって控えめ美人な笑顔の彼も、この有様を見たら少しくらい顔を引き攣らせるのではないだろうか。
「‥‥ンスさん、フランスさん」
「え?」
まあ、そんなこんなで色彩の洪水を前に沈んでいた俺を、引き上げてくれたのはカナダの可愛い呼び声だった。
ふんわりとした声ははるか昔から愛しくてやまないものの一つだ。
可愛い容姿も控えめな性格も、そして俺のことを一途に思ってくれる強い愛情も、何もかも好きでたまらないのだが、‥‥あの、カナダ?
「‥‥‥‥カナちゃん、なんか楽しそうね?」
「ええ、だってリボン可愛いし!‥‥あの、フランスさん」
「あ、ああ‥‥何だ?」
微妙に身体を引きながら答える。といっても、ソファに沈むように座っている以上、背凭れを越えては逃げられないわけだが。いやいや、逃げないけどな?でもほら、さぁ。
ソファに座った俺の足元に膝立ちで、あまつさえ俺の膝に手を載せたりなんかしてキラキラしたウォータリーカラーの瞳で見上げてくる可愛いコ、というのはなかなか視覚的にクるものはあるんだけどな?‥‥でもほら。さぁ!
「フランスさんの髪、結びたいです!」
「‥‥‥‥ああうん、そんな予感してた。」
可愛い可愛いカナダの両手に、ブラシとカラフルなトリコロールリボンが握られていた時点で、そんな予感してましたとも。ううう‥‥。
カナダは俺の髪を触るのが好きだ。
随分前に(そう、あれはまだ結婚前だ)疲れてるときちょっと甘えて「髪洗って欲しいなぁ」と強請って以来、時々俺の髪を洗ってくれるのをはじめ、ブローやトリートメントや、ともかく俺の髪いじりが好きになったらしい。
「フランスさんの髪、好きです」
「ああ、うん、ありがと」
俺としても、髪を触られるのは嫌いじゃない。
アジア系の友人たちのように洗いっぱなしでツヤツヤでいられるほど強靭な髪質ではないので、洗髪もケアも気をつけている。毎朝のブローもばっちり決める。世界のお兄さんはいつだってカッコよくなくちゃね!(‥‥って、しまったこれ某自称ヒーローな坊やの台詞に似てるよ‥‥。)
それは冗談としても、なによりカナダが髪を洗ってくれる時の優しい可愛い指使いは好きだし、場所がバスルームということもあって、その他のオプションも雰囲気次第でいろいろ‥‥ああこの前の服着たままのときはエロくて可愛くて最高だった‥‥
‥‥って、話がそれたな。ま、それはアレでそうだとしてもだ(指示語でかわす便利な話法は東方の友人に教わった。ビヴァ日本語!)、俺は髪を触られるのが嫌いじゃないし、カナダも俺の髪を触るのが好きだとしても、だ。
「‥‥でもさぁ、俺がトリコロールのリボンつけてると、もの凄〜く『自分大好き!』みたいな、アレなんだケド」
「そんなことないですよ、可愛いです」
いや、俺が可愛くてもなぁ‥‥。
優しく髪を梳られる感触に身を任せつつ、けれどポソポソと反論はしてみる。
ソファの背側に軽やかな足取りで陣取るなり、じゃあまず櫛を入れますね、と弾んだ声で宣言したカナダを、止める気はないけれど。
ちゃんと前向いててくださいね、と両のてのひらで顎のラインから頭ごと掴むようにして頭の角度を調整され、休日ということもあり無造作に流していた少し長めの髪先を摘ままれる。髪の根元に指を差し込むように入れられ、ゆるゆるとひっぱられる感覚。
「‥‥えーっと、カナちゃん、楽しい?」
「はい、すっごく。あ、リボン持っててください」
「はいはい‥‥」
ふわふわとした可愛い声は、背後から降るように。
肩越しに伸ばされた綺麗な白い腕が、俺の膝にグラスオーガンジーのリボンを落としこむ。
音も無く舞うように落ちた、淡く透けた生地は赤と白と青。フランスの、俺の象徴。‥‥勿論、嫌いなわけはない。だがしかし。
「自分大好き‥‥」
「可愛いじゃないですか」
全体にブラシを通したあとは指グシでまとめているのか、後頭部へ向けて地肌を滑るカナダの指先の感触。ほっそりとはしているが、意外に大きめな手のひらに見合った長い指先は、絡め合わせるように握りこめばそれはもう‥‥、
「フランスさん、手、邪魔です」
「‥‥‥‥はい」
そろそろと、自分の頭上に伸ばした手は、触れるより先に言葉で払われた。
目的の可愛い指先に行き着くことなくぱたりと腕ごと落とせば、つられてカックリ落ちかけた頭を「前向いててくださいってば!」と額をペシリと叩かれるように後ろに引き戻された。
視界の上端、うっすらぼやけたカナダの指先。
‥‥クソ、俺の髪なんかよりカナダの指先のほうが可愛いだろ。
んー、前髪も全部あげたほうがいいかな、なんて呟く声と一緒に、ふわりと体温が近くなる。
後頭部で髪を束ねている傍ら俺の頭部を抱きかかえるように身体を寄せてくるカナダは、今日も素敵に甘いイイ匂い。昨晩だって散々その甘さを堪能したけれど、‥‥あああもう、これなんの罰だ?注文間違った報いか?!
「カナダー‥‥」
「フランスさん、リボン取って」
たまらなくなって呼びかけた声は、スルー。素晴らしくスルー。‥‥泣いたら駄目か?泣いていい場面じゃないのかこれは。
目の前のテーブルと床にはカラフルなリボンの山。そして膝の上にもグラスオーガンジーのトリコロールリボン。其れを寄越せと肩に懐くように伸ばされた、可愛いカナダの甘い匂いの腕の白さ。‥‥‥‥ああああ、もう。
「フランスさんてば。リボン」
「‥‥なぁ、お前何でそんな髪結びたいの」
因みに、特にその質問に意図があったわけじゃない。
ありがちといえばありがちな台詞、つれないパートナーにちょっと甘えてみただけの。
だから、予想外な台詞を返されて一瞬思考が止まった。
「だってくすぐったいんです、フランスさんの髪」
「‥‥へ?」
「え?‥‥え、あ?!」
‥‥フリーズする思考で、けれどやっぱり考えた。
ていうかこれは考えるだろ。考えざるを得ないだろ。
くすぐったいって。‥‥それ、すごく微妙な言い方だって、解ってるのかカナダ?
普通、他者の髪が長かろうが短かろうが、くすぐったくはならない。
そりゃベラルーシやハンガリーちゃんくらい長髪だったら、風に靡いた髪が周囲に触れて、くすぐったい、なんてこともあるかもしれないがな。
風に吹かれたハンガリーの髪が隣りの坊ちゃんの服のボタンに絡んで、「ご、ごめんなさいオーストリアさん!」「いえ、ああ、今解しますから」「そんな、切って貰って構いませんからッ」「何を言ってるんです、綺麗な髪なのですから大事にしなければ」‥‥なーんて、傍からみればイチョイチョしてるだけのやりとりをしてるのをそういえば見たことがあったっけか。
長い髪なら、そういうハプニング(恋人同士だったら嬉しいだけの!)だってあるだろうけれど、だ。
なぁカナダ、俺の髪はそこまで長くないよな?
少し長めに整えてはいるけれど、ぎりぎり後ろで一つに束ねられるくらいで、長くはないよな?
長くはない、解けた髪がくすぐったいくらい、近くにいるのって。
お前の顔や、素肌をくすぐるなんて。‥‥そんな状況、ひとつだけだよな?
「‥‥‥‥カーナダ。」
「、ッ後ろ向かないで‥‥!」
我ながら大変やに下がった声だというのは自覚しつつ、けれど押えきれない気分を滲ませた声に被せるようにして、カナダの声が近距離で響いた。
肩越しに前へと伸ばされていた腕は即座に引かれて、けれど戻ることはなくそのまま俺の頭を固定してる。首と耳の下から顎のラインをホールドされて、確かに後ろは向きようがないのだけれど。
視界の下端、俺の顎を押えてるのは、ほんのり赤く染まった指先。
俺の頭を半ば抱えるように、鼻先を掠める甘いカナダの匂い。
‥‥そして膝の上には、トリコロールの可愛いリボン。
「‥‥カナ、今すっごく顔赤いだろ」
「み、見えないくせに何いってるんですかっ、あ、赤くなんて」
「なぁ、どこがくすぐったいって?」
「え、あ、」
「いつ、どこがくすぐったい?どんなとき?」
ホールドされたまま言葉を重ねていく。
可愛いカナダは矢継ぎ早の俺の言葉に固まって動けない。
そろそろ、俺は手を動かす。大丈夫、音はしない。‥‥だってこのコが膝に落としたとき、あんなにも無音だったわけだし?
「俺の髪があたる距離の時、」
「‥‥、」
「且つ、くすぐったいくらい、素肌に当たる状況で、」
「‥‥‥‥っ」
「且つ、お前の敏感な箇所に髪が当たるってことで?‥‥それって」
「ストップ!」
お、実力行使ときたか。
俺の口をふさぐ、さっきまで顎を捉えていた手のひら。
まったくどこまで可愛いことするんだかね、このコってば。
‥‥あったかすぎる、甘いお前の手のひらは、お兄さんの大好物よ?
「ひゃうッ?!‥‥って、わっ」
チロリと舐めた手のひらが離れた後を追って、今度は俺がホールドする。
肩越しに腕を強く引けば、低いソファの背越しだ、ほっそりとはしているが決して小さくはない身体を簡単にひっぱりこめてしまった。
ぱちりと合った視線。アクロバティックな体勢移動に驚いて見開かれた湖水色の瞳に、カナダが好きな華やかな笑みをプレゼントする。もう既に真っ赤だった頬に更に重ねて朱を刷いて、息を呑んだ唇にチュッと音を立ててくちづけを。
ふわりと頬を掠めたのは、優しいネコッ毛のシュガーカラー。
「おにーさんは頬がくすぐったいんだけどー」
カナはどこがくすぐったいの?
色を滲ませた声で吐息のように囁けば、膝の上に抱き上げた身体が震える。俺の、可愛い、愛しいカナダ。
ぎゅっと身を竦ませた彼を抱き込んで、何気なく視線を周囲に走らせた。
昼下がりのリビング。
テーブルと足元にはカラフルな色彩。
膝の上には、可愛い恋人。
‥‥‥‥それから、俺の手の中には。
「それじゃ、結んでおこっか」
「え?」
「こういうのもたまにはいいよな」
「‥‥‥‥あの、」
「どうせなら半分くらいは買い取ろうか。‥‥いろいろ、使い道ありそうだし?」
「‥‥‥‥え、ちょっとフランスさ‥‥、や、んー‥‥ッ」
くるくるっと手早く結わえた、オーガンジーのトリコロールリボン。
やんわり透けた生地の向こう、白いカナダの手首が映える。
ほらやっぱり、俺が髪に結ぶより、このほうが断然似合うって。
「カナ、可愛いなぁ」
「何言って、可愛くな‥‥ッ、や、あん、解いてくださ、」
そのままソファに押し倒してやわやわと身体をまさぐれば、可愛い声が俺の耳をくすぐってくる。
胸元に舌を這わせれば、ビクッとうっすら桜色の身体が震えた。‥‥ああ、なるほどね。
「‥‥カナ、くすぐったい?俺の髪」
すり、と敏感な場所に顔を寄せて囁けば、答えは無いまま髪の毛をひっぱられた。カナダの手首に結んだリボンが首筋を掠めて少しくすぐったい。
俺の髪とどっちがくすぐったいのかね、なんて思いつつ、甘い昼下がりを堪能すべく、可愛いトリコロールカラーに埋められたリビングで、可愛い恋人との触れ合いへと没頭していったのだった。
因みに、発注間違いのリボンは半数ほど買い取った。
予定通りにカーテンタッセルにして、ホームパーティのときにワイングラスや銀器をラッピングしたり、編み合わせてコースターにしたり、カフェカーテンっぽく仕立てて棚の目隠しにしたり。俺もこれで、カナの保護者なアイツほどじゃないが手先は器用だからな。
それでも結構な量が残ったわけだが、それは、まあ。
順次、楽しく有意義に、使ったということで。
「‥‥‥‥フランスさん、それで髪結ばないでください」
「なに、思い出しちゃう?‥‥今夜もしようか?」
「ばかぁ!」
la fin.(2008.09.21)
お父様ゆずりの「ばかぁ!」をカナがいうと途方もなく萌える(*´д`*)
F原様宅のチャットで貰ってきたリボンの、清純版であります!
エロいのは別腹です!(笑)