「おはようございます、アルフレッド様。本日のご予定を述べさせていただきます」
「ああ」

毎日毎日、一言一句変わらない第一声に、俺は一言だけ返答する。
まったく持って気合いの欠片も感じられない声だけれど、コイツもこれまた欠片も気にしないので、お互い様ってものだ。

「ご朝食後は9時より東洋史のご予定でしたが、教授の本田氏の体調が思わしくないとのことで音楽の授業に変更となりました。本日はローデリヒが参りますので後ほど楽器をお持ちいたします」
「アマーティがいいな。マシューに借りてきてよ」

窓の外に視線を飛ばす。うっすらと雲がかかっているけれど、その向こうには鮮やかな青が広がっている。庭の緑もつややかだ。きっと今日もいい天気になるだろう。

「相談して参りましょう。その後はバッシュが冬屋敷の件で提案がとの事。先日の油田採掘の利権についてもこの機会にご相談なさいませ」
「はーい」

そろそろ西の薔薇園が見頃な筈だ。庭師のルートヴィッヒは嫌がるけれど、花蜜を獲りにやってくる小鳥たちの鳴き声がきっと可愛らしく響くんだろうな。いいなぁ。

「語尾を延ばさず。ご昼食後はブラギンスキ氏との会談を。‥‥バッシュの同席は?」
「グレネードライフル抱えた会計士が同席ってどんな修羅場なんだい。いいよ、トーリスに来て貰うから」

薔薇園の向こうには、黒すぐりの樹がある。そういえばそろそろ熟す頃だよなぁ、午後こっそり抜け出して獲りに行こうかな。‥‥きっと、『彼』は喜ぶんだぞ。「では、美味しいケーキを作ってさしあげましょう」って。まあ、『彼』の料理が美味しかったためしなんてないんだけれど。

「トーリスではいまいち押しが‥‥まぁいいでしょう。くれぐれもフェリクスを呼ばないように。場が混乱しますからね」
「はいはい」

大体、目利きは悪くないんだよな。厨房に入る子牛や野菜類なんかの食材は『彼』がチェックしているわけだし。良し悪しもしっかり見分けているし、茶葉の選定なんて鑑定士顔負けだ。なのにどうしてあんなに料理は下手なんだろう。もう世界七不思議レベルだぞ!

「はい、は一回。その後は‥‥」
「あああもう解ってるよ!その後は朗読と語学の授業、今日の予習と復習だろう?!それでお前はマシューのマナー講座につきっきり!あわよくばイチャイチャ!違うかい?!」
「違いませんね。そのとおりです」

さすがはアルフレッド様。と、どこまでもしれっと言ってのける筆頭執事‥‥フランシスに、俺は勢い立ち上がった椅子に乱暴に腰を戻した。繊細な彫刻が施されたアンティークチェアが微妙にいやな音を立てたけれど、知ったことか!

「アルフレッド様?そのようにむくれられても、可愛いだけですよ」
「そういう台詞は俺にいうものじゃないだろう」

盛大なしかめっ面で言ってやれば、よくおわかりでいらっしゃる、だってさ!
ああもう、腹立たしい!

‥‥感情を表にあらわさないことは、幼い頃にいやと言うほど叩き込まれた。『彼』に。
結果、俺はどんな相手にだって「朗らか」で「誠実」な笑顔をいくらだってむけることができるし、一方で要らないものを、それが人であれなんであれ、眉一つ動かさずに切り捨てることだってできるようになった。気に食わない相手にムキになってかかずらってるなんて、俺の主義じゃない。
けれど、だ。

綺麗に撫で付けられたプラチナブロンド、春色の碧眼。
これ以上ないほど均整のとれた身体、漆黒のロングテール。
そして、嫌味なほどのアルカイックスマイル。

気に食わない!

(俺の大事な兄弟を!)

「‥‥‥‥なんでマシューは君みたいなのがいいんだろうね?」
「さて、私はマシュー様ではございませんので解りかねますが‥‥強いて言うならこの溢れる魅力のせいでしょうか?」
「そのだだ漏れの魅力とやらで俺は眩暈を起こしそうだよ」
「おやおや。倒れられました際には、願わくば『彼』の看病があらんことを!」
「願わなくてもそうなるさ」

だって、彼は。




「フラーンシース!」




「お、ご登場か」

バン!!と、重厚な造りのドアを壊さんばかりの勢いで飛び込んできた(それにも欠片も動揺しない辺り、執事長の面目躍如ってところか)人物に、フランシスがにこやかな笑顔を向ける。女の子ならばコロッといっちゃいそうな(気に食わないが、顔が抜群なのは認めるところだ)キラキラしい笑顔だけれど、あいにく『彼』には欠片も通用しなかったようだ。まぁいつものことだけれど。

「テッメェ、だからアルフレッド様の朝の教示は俺が行くっつってんだろーが?!この耳は飾りモンか、ああ?!」
「こんな綺麗な飾り耳だったら貸し出し依頼が殺到しちゃって大変だよねー。ってか、お前が暢気に紅茶選びに没頭してんのが悪いんだろうが。俺だってマシューんところに行くのをぐっと堪えて先にアルんところに来てやってんだろー?お前が遅いから」
「‥‥ッ、」

声を詰まらせた『彼』は、ギロリとものすっごく悪辣な目つきでフランシスを睨みつけたけれど、フランシスのほうはといえば何処吹く風。‥‥まあ、どうしてそうスルーできるのさ、なんて、付き合いが長いから、の一言で済ますんだろうけれどさ。
‥‥それも、気に食わないんだけど、さ。

だから。

「アーサー」

ハッと、彼が此方を向く。
たった一言、それで彼の視線を俺に向けるには十分。

「‥‥失礼致しました、アルフレッド様。おはようございます」
「うん。君は朝から元気だね、今日も」
「‥‥‥‥恐れ入ります」

恥じ入ったように深く礼をするアーサーを見て、ため息をつく。フランシスは苦笑をして、ヒラリと此方に手を振った。‥‥クソ、本当にこのわけ知り顔、気に食わない!
有能なことは、認めるけど。
‥‥ついでに手の早いのも、認めるけど。

マシューが綺麗になったのがフランシスのせいなのは、知ってる。
気に食わない気に食わない、気に食わない!!
‥‥けど、マシューが好きだっていうんだから、仕方がないのも解ってる。

(羨ましいなんて、言ってやらないぞ!)

「アルフレッド様?」
「ああ、‥‥うん、なんでもないよ。おはよう、アーサー」
「はい」
「おう、それじゃ俺はマシューんところ行くな。それじゃまた後でな、アル」
「うん」

軽やかな足どりで此方にウインク一つを残して出て行ったフランシスの背中に、「アルフレッド様だ、このクソエロ髭!」の声が投げつけられる。 ‥‥どうでもいいけど、絶対に俺の情操教育とか言葉遣いって意味じゃ、君のほうが悪影響及ぼしてると思うんだぞ。

「アルフレッド様、本日のご予定は‥‥」
「もうそれフランシスから聞いたよ」
「さ、左様ですか‥‥」

ああ、シュンてなっちゃったよ。解り易いなぁ、本当に。
俺にはあんなに、感情は表に出すなって叩き込んだくせに。
こんなに解りやすくて大丈夫なのかなって昔は思ったものさ。

‥‥それが、俺限定なんだって気づいた時には、本当に、どうしようって思ったものさ。

この人は俺のことを好きで好きで仕方が無いって、全身で言う。
いつだって俺が一番で、俺の為だけにここに居るんだって、言う。
言葉には出さないけれど。いつだって、いつだって言ってくるから。

「‥‥もう、仕方が無いよなぁ」
「え?」
「なんでもないよ。それよりアーサー、紅茶はまだかい?君の紅茶飲まないと、一日が始まった気がしないよ」
「‥‥は、はい!本日の紅茶は‥‥」

‥‥ほら、こんなに簡単に機嫌直しちゃって。解り易いったらないね。
大丈夫なのかなって、ずっと思ってるんだ。
思い過ぎて、‥‥もう、俺がついててあげなきゃ仕方が無いって。そういう。

(もしかしたら、マシューもそうやってフランシスのこと好きになったのかな?)

彼、結構「あの人本当に‥‥」とか言ってるし。
今度訊いてみようかな?おっとりしたあの兄弟と、やたらキラキラしたあの執事の馴れ初めを。

「‥‥のセカンドフラッシュで、生産地は‥‥アルフレッド様?」
「アルでいいっていつも言ってる」
「‥‥アル様」
「うーん、まぁ、今日のところはそれでいいよ」
「はぁ‥‥」
「それより、はやく。君の入れた紅茶、好きなんだから」
「‥‥はい」

ほら、そんな簡単に、そんなに綺麗に笑うものだから。









それで好きにならないなんて、無理だ!









the end.(2009.01.14)

絵チャに投下物を修正。(2009.01.16)
某F原さんの仏加執事を見て書きました。(´∀`)
執事の仕事?そんなもん知らん!(ゴラァ!)