「‥‥では、今日の授業はここまでに」

凛と厳しい教育係の声に、少し幼いため息が唱和する。

「うー、終わったんだぞ!」
「ん‥‥」

ひとりはうんと伸びをして、ひとりはぱたりと机に伏せて。

開いたままの教科書代わりの古典文学集の上に、コロコロと子どもサイズに作られた可愛らしい万年筆が転がったのにチラリと視線を向けてから、教育係は良く似た面差しの兄弟が表すまったく正反対の反応をまったく表情を変えずに見遣った。

「アルフレッド様。椅子に座って足を振るのはお止めなさい。マシュー様。先ずは教科書を閉じて。それに軽々しく伏せてはなりません、首と背中が丸見えですよ」

その声に足をバタつかせていたアルフレッドはぴたりと動きを止めて頬を膨らませ、マシューは弾かれたように起き背筋を伸ばす。
そして視線は揃って、彼らの教育係へ。

「もうっ、アーサーは細かいんだぞ!」
「ご、ごめんなさいアーサーさん」

これまた正反対の反応にもアーサーはやはり眉一つ動かさず、淡々と机の上に広げた資料や書籍を纏めている。細かい字を読むためか、ごく薄い眼鏡をかけたその人は大半の時間は彼ら二人に至極甘い世話係なのだが、こと教育時間となると途端に雰囲気が一変するのだ。

「さあさ、お二人とも教書をしまって。明日は次の章から進みますから、よく読んで予習をしておかれますよう」

勿論復習も。そう当然のように言い添えたアーサーに、まだ小柄な兄弟はチラリと視線を一瞬交わす。
一概に復習とは言うけれど、それはかなりの広範囲の知識と記憶量で、晩餐後にはまたウンウンと唸りながら教科書を読まねばならないのだろう。
けれど、二人は何も言わない。
何故なら、彼が、アーサーがこうして厳しい理由は、すべて自分たちを想ってくれてのことだと理解しているからだ。
家名に恥じぬ立派な紳士となるように、どこに出ても恥ずかしくない教養ある大人になるように。
ずっと幼い頃から二人の傍に居てくれた、誰より甘くて綺麗なその人が、二人とも大好きだった。

「‥‥お?終わったか」

カチャリと図書室の小さなドアが開けられるのに、兄弟二人は同時に振り向く。

「フランシス!」
「フランシスさん」

軽やかな足どりでドアへと向かい、飛び跳ねるようにして抱きつくのはアルフレッドの役目で、後からおっとりと走り寄って、きゅっと袖を握るのがマシューの役目だ。

「おー、熱烈歓迎だねふたりとも。お兄さんチューしたくなっちゃう」
「それはいらないぞ!」
「ねぇフランシスさん、今日のおやつなぁに?」

口々に言い立てれば、お兄さんのチューはいらないか、そうか‥‥と目頭をわざとらしく押さえるもう一人の教育係に、二人はやはりチラリと視線を交わす。
キラキラと煌めくような容貌で、何をしていても(それこそ椅子に座ったまま居眠りして机に頭をぶつけても!)妙に優雅に見えるフランシスもまた、幼い頃から自分たちの傍にある存在だ。
大きなてのひらで、優しくて。
そして甘い匂いのする、美味しいおかしを作ってくれる。
二人にとって、大好きな人。

「フランシス、言葉遣い」
「んん〜?いいだろ、勉強終わったんでしょうが。息抜き息抜き」
「ったく‥‥」

自分たちを屈んで抱き締めてくれているフランシスの声が頭上に響く。同時に、すぐ後ろにアーサーの声。
足音をコトとも立てないウォーキングは一体どうやっているのだろう。それは二人の積年の謎なのだが、今はそれより。

「フランシス、お腹すいたんだぞ!」
「ね、おやつなんですか?」

ぎゅっと抱きついた温かい胸元をひっぱるように訊けば、温かい手のひらが二人の髪の毛をクシャクシャとかき混ぜた。それから一度、すこしだけ力を入れた腕に抱かれて、ドアの外へと導かれる。

「西の庭園にお席を準備しましたよ。今日はマシュー様のお好きなメイプルドーナツです。‥‥さ、お先においでになられて。紅茶は後ほどアーサーがお持ち致します。お勉強、お疲れ様でございました」
「‥‥お二人ともよく頑張りましたね。このアーサーが美味しい紅茶をお淹れ致しましょう。アルフレッド様には甘いフレッシュクリーム、マシュー様にはメイプルシロップをお持ちしましょうね」

深くつややかな大人の声に、兄弟二人はにっこりと笑顔を返す。
大好きな二人。自分たち二人の、大切な人たち。

「それじゃ行こうマシュー!ドーナツだって!」
「きゃぅっ?!もう、ひっぱらないでってば、アル」

軽やかに駆け出すアルフレッドに手を引かれ、おっとりとマシューが歩くような速度で走り出す。まるで正反対の二人は、‥‥けれど振り返って、ちらりと視線を交わして、笑う。




「はいよ、お前もお疲れさん。お兄さんチューしちゃう」
「‥‥‥‥ん。」




そっとアーサーの眼鏡を外して、甘い声で囁くフランシスに。
凛然と伸ばしていた背筋を少しだけ丸めて、その身体に凭れ掛かるアーサーに。

「ね、アル。あの二人、仲良しだね」
「うん。でも俺たちも仲良しなんだぞ!」
「そうだね」
「ずーっと仲良しなんだから。ねぇ?マシュー」
「うん」

ドアの隙間から見える、大好きな二人がそっとキスをするとても綺麗なワンシーンに。
正反対でそっくりな兄弟は、視線を交わしてもう一度だけにっこりと笑いあってから、美味しいおやつの元へと駆け出した。
きっとすぐに、美味しい紅茶と追加のおやつをもった大好きな二人が、来てくれる。




そんな、幸せな毎日。









the end.(2009.01.17)

オールナイトイギ投下物。
素敵な米加や仏加や英加執事は既に投下されていたので、
ちょっと方向性を変えて仏英(笑)