綺麗というのは、それだけで価値がある。
美しいもの、優れているもの、麗しいもの。どれもこれも、見た瞬間に人の心を震わせ、和ませ、時に息が止まるほどの感動さえ与えてくれる。それは美しい夕映えであったり、職人が丹精込めて作り上げたティーカップであったり、色鮮やかに咲き誇る薔薇であったり、‥‥ひと、であったり。




「おはようございます、マシュー様」

天鵞絨めいた艶のある、低く深い声が僕の朝の目覚ましだ。
その後でシャラシャラと緻密な刺繍の施されたカーテンをゆっくりと引く音、サッと差し込む眼裏からでも解る朝の曙光に、僕はまだ眠りたがる瞼をこじ開ける。
そして、飛び込んでくる金色の光に、いつも息を呑むんだ。

「マシュー様?」
「‥‥ああ、うん、おはようございます、フランシスさん」

それが僕の一日の最初の言葉で、もう決まり文句の領域。
少し掠れた寝起きの声に、彼の鮮やかなロイヤルブルーの瞳がふわりと微笑むのも、もはや予定調和めいていて、だから僕は、朝からすごく、すごく。‥‥困ったりもする。

(だって、朝からこんな世界で一番綺麗なものを見れるなんて、嬉しいより困っちゃうよ!)

綺麗なものは、好きだ。だって、それだけで説得力がある。
綺麗っていうだけで、もうなんでも許してしまいそうな強い力があると思う。
美しい夕映えを見たときの胸を締め付けられる畏れ。
熟練の職人による一点物の食器を手にしたときの慄き。
どれも、心にストレートに入り込んでくる力っていう意味じゃ同じだよね。
‥‥そして、彼の、僕の執事の姿かたちも、そういう強さを持っていて。

(‥‥やっぱり、ちょっと困る。)

「マシュー様、本日はアルフレッド様とのご朝食の席を設けましたので、ダイニングでのご朝食となっております」
「あれ、そうなんだ?」

その彼の言葉に僕は欠伸を引っ込めて聞き返したものだ。

アルと朝食を一緒にとるのは久しぶりだな、なんて。
だって、普段は彼が寝室(この部屋だよ)まで持ってきてくれるからね。
アル‥‥アルフレッドは僕の同い年の兄弟だけれども、同じ屋敷に住んでいるわけじゃないから(建物が建ってる敷地は同じなんだけれど、建物自体が離れてるんだ)朝食から一緒にいられるっていうのは、すごく珍しい話だ。そして勿論、嬉しい話でもある。

「アルがこっちにきてくれたの?」
「ええ。‥‥あちらにご滞在中でしたご親族が昨夜お帰りになられたとのことで。アーサーから連絡がありました。アルフレッド様もご同席を大変楽しみにしていらっしゃるとのことですよ」
「‥‥ふふ、そっかぁ」

執事の言葉に笑いが零れるのを抑えきれなくって、きゅっと両の手を握り合わせて笑ったら、あれこれとテーブル上に着替えを用意していた彼も一緒に笑ってくれた。‥‥うん、わかってくれてる。

僕とアル‥‥アルフレッドは同い年で、同等の腹から生まれたっていうことで、ことあるごとに較べられてる。
まだ幼い(‥‥といっても、14にはなっているのだけれど)どちらが家名を継ぐか、どちらがその資産を‥‥膨大な領地も金銭も栄誉も、全て手にするか。周り中が勝手に囃し立て、競い、争っているのだけれど。
けれど、僕とアルフレッドはとても、仲が良いんだ。うん、見栄でもなんでもなくって。アルフレッドもそう思っていてくれるのは解ってるから、親族たちが勝手に思っているような僕達の間に諍いだとか競争だとかは、まったく存在しない。
‥‥それに実際問題、僕は彼に全てを譲るつもりだしね。もっともこの件に関しては僕と僕の執事、そしてアルの執事であるアーサーさんにしか言っていないことだけれど。(アルはまだちょっと子どもっぽいところがあるから、いろいろゴネられると困るからって言ってないんだ。)

「さ、そういうわけでマシュー様、今朝はちゃーんと服装を整えましょうね?」
「う‥‥、はぁい」

言い聞かせるような甘やかな声に、うっかりうんざりした声で応じたら、執事が笑ったのがわかった。
だってしょうがないだろう?朝からきっちり第一ボタンまでとめてリボンタイ、なんて首がきゅうきゅう言っちゃうよ!
とはいえ、きちんとした格好で、というのはマナーなわけだし。アルも彼の執事のアーサーさんも、会うたびに何故か僕の衣装の細かな点に気がついては、かっこいいだとか流行の型だとか、褒めてくれるからいいといえばいいんだけれど‥‥。

「タイの色はどうされますか?」
「フランシスさんにおまかせでいいよ」

欠伸をしつつそういえば、彼が苦笑したのがわかった。‥‥だって、僕がどうこう言うよりも、絶対に彼に任せたほうがセンスがいいのだもの!アルやアーサーさんが褒めてくれる服装も、全部フランシスさんのセレクトだし。

僕の執事のフランシスさんは、凄く綺麗なひとだ。

スラリとした体型に妍麗な美貌、髪は社交界の女性全てが羨みそうなプラチナブロンドで、瞳は息を呑むほどに美しいロイヤルブルー。長い手足を持て余すでもなく、いちいちの動作が呆れるくらいに優雅。
そんな綺麗な彼が、僕の執事。‥‥困っちゃうくらいに、完璧な執事。

「マシュー様?いかがなされましたか。‥‥お加減でも?」
「え?あ、違うよ、平気。‥‥タイは、右のがいいな」

僕の言葉に一言、かしこまりました、と応えて右手に持っていた(実のところ、彼が左手に持っていたものと何処が違うのかよくわからなかった)タイとシャツなんかの服一式を片手に、僕の傍へとやってくる。
下着に始まってシャツ、ソックス、トラウザーズ、サスペンダー、リボンタイ、ベスト、ジャケット。それら全部を丁寧に着せ掛けてくれる彼の手つきは、とても優雅だ。

直ぐ傍に、きらめく金髪。‥‥なんて綺麗。

「マシュー様、御髪を」
「うん」

ベッドに腰掛けた僕の髪を、どこからか取り出した櫛で梳いてくれるフランシスさんの手つきは、とても丁寧だ。正面からそっと抱き込むようにされて髪を梳られる。彼の身体が近い。
執事としての正装に包まれた、綺麗な身体。
綺麗な、ひと。

「‥‥はい、整いましたよ、マシュー様」

スル、と彼の温もりが離れていくのに、僕はふっと仰のくようにして彼を見上げた。
朝の光を浴びて金髪が光を反射する。ロイヤルブルーの瞳が、光を湛えて一瞬深い煌めきを放つ。
とても綺麗。綺麗なひと。

「‥‥‥‥マシュー様」




ふ、と。彼が笑う。とても美しく、笑う。
柔らかな、熱く甘い唇で笑って、熱を、分け与えてくれる。




「‥‥ん、ぅ」

くちゅ、と粘ついた水音を立てて終えたくちづけに、はぁ、と一つ息をついた。だって、口の中をすっごくゆっくり探られて、息をしてる暇がなかったんだもの。
頬には彼の手のひら。あたたかい、彼の熱。

「マシュー様。‥‥マシュー」
「んァ、フランシ、す、さん」

綺麗で、美しくて、したたるような甘さを湛えた声で執事が、‥‥僕の恋人が。僕の名前を呼ぶ。美しい声、心を締め付けられるほどに、綺麗なひと。

「‥‥ん、ごちそうさま。」
「‥‥‥‥もう、それ、朝の挨拶じゃないよ」

甘くて、けれどどこかイタズラっぽいその声に、僕は目を逸らして応えたものだ。‥‥だって、あの綺麗なロイヤルブルーと目を合わせてなんて、恥ずかしくってたまらない!
ぎゅ、って服を着終えた身体を抱き締められる。あたたかい。‥‥綺麗で強い、優しい僕の執事、僕の恋人。

「ダイニングへは‥‥ああ、少し時間がありますね。いかがいたしますか?先においでになりますか」
「‥‥玄関に迎えに行きます、アルが喜びそうだもの。‥‥でも、その前に」




立ち上がって、見上げる。ロイヤルブルーの瞳を、甘い綺麗な瞳を見上げて、‥‥それだけで通じるから。




ちゅ、と可愛い音を立てて終えた本日二度目のキスに、「続きは、今夜」と耳元で囁いた執事を置いて、僕は部屋を飛び出した。
玄関ではアルが待っているだろう。
‥‥それまでに、この頬の赤味がひけばいいな。

だって、あんなにも綺麗だから。
見惚れてしまうくらいに美しいから、僕はいつだって困ってしまって、許してしまって、‥‥恋してしまって。

(‥‥ああ、困る。)




マシュー、と後ろから掛けられる声に廊下で捉まって甘い強いキスを受けて、玄関で待たされたアルがちょっと不機嫌になっちゃったのは。
これもやっぱり困り事、だったのだけれど。









the end.(2009.01.27)

‥‥あれ、英加のネタにするつもりだったのですが。あれ?