「カナダ、君、今日はこっちのフラットにいるんだろう?いいバーボンが手に入ったんだ、今夜一緒に飲まないかい?」
「いいよ」

数日に渡ったハイレベルな国家間交渉が漸く区切りを迎えた夕刻、軽い気持ちで彼を誘ったのは紛れもない自分だ。
理由なんて特にない。言葉どおりに出来の良いバーボンが手に入ったというのもあるし、長らく緊張を強いられた仕事を終えることが出来た開放感もあった。‥‥しかしそれらは謂わば理由の欠片というか、まあ、単純に彼と会って、ちょっと飲みたかっただけだ。こののんびり屋の兄弟と。
カナダと酒を飲むことは、結構ある。
隣国だし、なんと言っても彼は俺の最も近しい兄弟だ。100を越える国家が存在しても、その中で今も俺が『兄弟』と呼ぶことが出来るのは、カナダだけ。それが全てと言うわけじゃないけれど、気安くなる理由としてはそう外れたものじゃないだろう?カナダにしてみたところでそれは変わらず、つまみは準備するけど君も買ってきておくれよ、と言った彼の言葉は他の誰に向けるものより軽やかで素っ気無くてけれど気安い、いつもどおりのやりとりだった。
スーツと革靴を脱ぎ捨てTシャツにジーンズにくたびれたパーカー、履き慣れたバスケットシューズでストリートを歩く。片手にはバーボンと適当なデリカテッセンで買い込んだサンドイッチやフライドチキンを山ほど携えて、カナダがうちのシティでの住み家として借り上げているフラットを訪ねたのは、ほんの数時間前。

「Hey 兄弟、数時間ぶりだね!」
「Hi,アメリカ。頭の痛い議題がないってだけで君の顔が天使のようにみえるよ」

掲げた拳を打ち合わせたら、ささやかなパーティの始まりだ。
極上のバーボンとサンドイッチとチキン、彼が出してきたカナディアンウイスキーやジンジャーワインやビネガーチップス。室内には俺達二人と美味い酒とジャンクフードと他愛もない下らない話が満ちていた。それが全てでいつもどおりだった。いつもながらの楽しい兄弟パーティだった。うん、確かにそうだ。

「‥‥‥‥大体イギリスはタチが悪いよ、すーぐ昔の話をしだすし絡み酒だし」
「ああ‥‥彼ねぇ、未だに僕のこと君と間違うんだよねぇ。しょうがないったら」

俺達は酔っていた。
俺もカナダも酒に弱いほうじゃないけれど、むしろカナダはそのコップにはアルコール軽減装置でもついてるんじゃないのかいってくらいに強いのだけれど、それでも夜が更ける頃にはしたたかに酔っていた。
翌日はオフで、頭の痛い会議から解放されてハイテンションだったからかもしれない。ギスギスしなくていい、国家としてではなく個人として、兄弟として接することの出来る距離に安心していたからかもしれない。
床に足を投げ出して、ソファと互いの身体に凭れかかって、手には酒入りのグラスを持って。
くたりと力の抜けたカナダの身体はあたたかくて、彼がもたれかかって来るのと同じだけ身体を預けたら、なんだか可笑しくて二人で笑った。
酒を交わしながらの思考と会話にはとりとめがない。‥‥その内に、ころころと転がる話題は何故だか俺達の育ての親のタチの悪いクセについての話になっていて。

「エロいこと大好きだし。ていうか世界一レベルで料理が下手なくせして世界一キスが巧いってなんのジョークだい。そもそもどういう基準で世界一って決め‥‥」
「え、でも確かにイギリスさんキス巧いよ。初めてのとき僕腰が砕けたもの」

思わず酒を噴いた。そして当然むせた。

度数の高いアルコールはものの見事に気管を焼いてくれて、鼻の奥まで痺れるような痛みをお見舞いされる。その上で身体を丸めてゲホゲホとむせ返る俺に、カナダはと言えば「床はちゃんと拭いておいてくれよ」なんて、グラスを傾けながら心配の「し」の字もない言葉を投げて寄越しただけだった。‥‥‥‥いやいやいや、いや。ちょっと待ってくれよ。

「カッ、カナダ‥‥?!」
「何だい?あ、チキン最後の貰うよ」

デリのペーパーボックスからチキンを1ピース取り出したカナダは、まるで普通ののんびりとした動作でチキンに齧り付いている。蹲るように咳き込んでいる体勢から見上げれば、チキンの油につやつやと唇が濡れていて、そう、まるで濃厚なくちづけを交わした後のような‥‥、って、違う!

「ちょ、カナダ!き、君なに言って、違う、なにやって‥‥ッ!」
「何って、チキン食べてるんだけど。何だよ、今更あげないよ」
「そうじゃなくて!‥‥イ、ギリスのキスが、って」
「は?‥‥ああ、それ」

まるでなんでもない事のように軽い相づちを返したカナダは、指についたチキンの油を舐め取りながらなんでもない事のように、なんでも「ある」ことをのたまった。

「あの人の舌ってすごく丁寧なんだよね、わりと尽くしてくれるっていうか。お任せしてても丹念に口の中触ってくれるし、飽きさせないっていうか。強引過ぎないから追いかけてても適度にリードしてくれるし、タイミング取るのが巧いんだよね、キスもセックスも。‥‥あ、でも一回すっごい激しいの仕掛けてくれたことあったなぁ、アレはアレで相当趣向が変わってて面白かったっけ。バリエーション豊富っていうのかな。フランスさんは駆け引きが多すぎて疲れちゃうんだよね、ねちっこいしさぁ。テクニックだけでいえばフランスさんのほうが上かなって気がしなくもないけど、雰囲気読むのとやらしい感じはイギリスさんのほうが上かなぁ、やっぱり。‥‥って、あれ、アメリカ?何だい、潰れちゃったのかい?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。」




潰れてない。
いや、別の意味で潰れそうだった。主に心が。




カナダは、俺の現在唯一の兄弟で、‥‥同時に唯一の、大切な大切な恋人だった。

彼ときたらイギリスやフランス相手に話している時と較べると俺には格段に素っ気無いしつれないしなかなか会ってもくれないし、けれどそれは兄弟の気安さってことで納得してるし、俺に対しての甘えだとも捉えてる。それは間違いじゃないだろう。I love you に Me, too と可愛く微笑んで応えてくれたのも夢じゃないし、デートだってキスだって、セックスだってしてる。
酒を飲んで下らない話で盛り上がる兄弟なのも本当で、熱く火照った素肌を晒して絡み合って睦み合う恋人なのも事実。
‥‥そうとも、恋人さ。下らない猥談だってする兄弟だけれども、恋人なんだよ、一応!‥‥否、ちゃんと!れっきとした!

その恋人から、なんだって他のヤツとのキスについて滔々と語られなきゃならないんだ?!

‥‥‥‥ていうか、そうだったのか、イギリスと。フランスとも。

「‥‥あのさ、カナダ」
「あ、起きてた。ね、こっちのバーボン開けてもいいかな。飲んだことない銘柄なんだけど」
「瓶ごとあげるから。お願い、後で。‥‥あの、」

のろのろと、文字どおりにのろのろと倒していた上体を起こす。
ゆっくりとした動作で隣りに座るカナダへと向き直れば、きょとんとした視線が返された。‥‥俺と似ているけれど似ていない、どちらかといえばあどけない、おとなしやかな雰囲気。酔っているのと照明がスタンドライトだけなのもあって、くすんだ青の瞳が潤んで艶めかしさを増している。
コクリと喉がなった。伸ばした手は、振り払われない。

「カナダ」
「うん、何だい?」

頬に触れた指先を追いかけるように、柔らかな頬が擦り寄ってきた。メイプルシュガーの色をした髪が手の甲をくすぐる。その髪を耳にかけようと指先でかきあげれば、ん、と小さな声がうすく開けられた唇から零れ落ちた。
あわせた唇はやわらかくて気持ちが良かった。

「‥‥チキン味だ」
「ふふ、君はバーボンの味がするよ」

啄ばむようなキスは目を開けたまま、ちゅ、ちゅとささやかな音が二人の間に小さく響く。可愛らしいキス。唇を離した空隙に、あめりか、ととろとろと蕩けそうな声で名前を呼ばれて、カッと身体の奥が熱くなる。一瞬で全身を駆け巡った熱がまるで四肢の行動をジャックしたかのように、俺はカナダをソファの足元に押し付けるようにのしかかった。
恋人の、深い、キスを。

「‥‥カ、ナダ‥‥っ、は、ぅ」
「‥‥んぅ、‥‥メリカ、あ、イイ‥‥」

恋人の咥内は熱くて、舌は軟らかくて。そろりと撫でるように絡めあわされた舌を、夢中になって貪った。繊細で、ゆっくりと丁寧な働きを見せるカナダの其れは甘くて、おかしくなりそうなほどに気持ちがいい。気持ちが良過ぎるくらいに、キスが巧い。‥‥だから、つい。




「‥‥イギリスとも、こういうキスをしたのかい?」




‥‥‥‥‥‥気がついたときには、時既に遅し。
塀から落ちたハンプティ・ダンプティが元には戻らないように、零れた言葉は消えてなくなってはくれない。ひゅっと息を呑む音が聞こえた次の瞬間、気分が良さそうにやんわりと伏せられてた瞼がぱちりと上げられて、キスの距離からの視線をまともに浴びた。
身体を引いて即座に頭ごと目を伏せる。潤んだ水灰色の瞳にどんな色が含まれているのか、怖くて確かめることができない。

‥‥どう考えても、失言だ。それも失言中の大失言。

確かに、イギリスとのキスの話を持ち出したのはカナダのほうだ。だがしかし、それは『兄弟』のパーティで持ち出された軽い猥談にも満たない下らない話題であって、しかも過去の出来事だ。間違っても、『恋人』の時間を楽しもうという時に口にしていいことじゃない。

「‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥。」

沈黙が重い。身体の奥は確かに熱いのに、カナダに触れている指先は恐ろしいほどに冷たい。‥‥違う。恐ろしいのは、彼を哀しませることだ。
そんな、誰だって過去の行状をあげつらって責められるだなんて冗談じゃないに決まってる。だって過去は変えようがないから。
カナダが、イギリスやフランスと過去どれほど深い関係だったとしても、それを現在の恋人である俺が‥‥況してやこれから事に及ぼうとするときに言っていいことじゃなかった!

俺は意を決して頭を上げ、カナダへと視線をやる。
彼はまだ酔いが残っているぼんやりとした表情で、俯き加減に斜めに視線を流していた。緩く伏せた瞼にスタンドの淡い光を受けて、長く揃った睫毛の縁をきらきらと縁取っている。
合わされない視線に心臓が一つ大きく跳ねる。指先から熱が失われていくのがわかる。けれど、けれどこれは言わなければならない。謝らなければいけない。だって、俺はカナダの『恋人』だから。

「‥‥あ、のさ、カナダ」

掠れた声に一度だけ唇を舐めて湿らせ、言葉を捜した。

「ごめん、おかしな事言って。‥‥その、責めているわけじゃないんだ、ただ俺が、いや、下らないことを言ってしまって、‥‥だから」




「ねぇアメリカ、世界で一番気持ちのいいキスってどういうのだと思う?」




その声は思いのほか甘くて柔らかく、俺の耳へふわりと届いた。

「え?」

目を見開いてカナダを見返せば、水灰色の目に苦笑を混ぜ込んだ恋人が流れるような優雅な仕草で視線を上げた。‥‥怒っている様子は、ない。どころか、何故だか妙に楽しげでさえあった。
その様子に思わず見入っていたら、うっすら笑った唇が額に触れた。ちゅ、と可愛らしい音がする。

「‥‥カナダ?」
「あのね、確かにイギリスさんもフランスさんも抜群にキスが巧いけれど」

頬と、鼻先。
軽く触れるだけのキスは、けれど柔らかくて優しくて、‥‥想いの伝わるキスで。




「世界一気持ちのいいキスはね、恋人とするキスさ。‥‥ねぇアメリカ、僕は君とする全部のキスが、世界一気持ちがいいんだけれど。君はどうなの?」




そうして美しく笑った恋人を、俺は力いっぱい抱き締めた。
抱き締めたまま自分の背中から床に倒れこめば、くすくすと笑うカナダの重みがとても心地よい。俺より幾分華奢な彼の身体からはすっかりと力が抜けていて、それはある意味俺に対する信頼の証で、‥‥愛情の証だ。

「好きだよ、好き、君のことが大好きだ。本当だよ、愛してる、カナダ」
「うん」

胸の上から聴こえてくる事はいつものとおりに素っ気無い。
きっとこの先も、イギリスやフランス相手よりずっと素っ気無くつれなくされるだろうし『兄弟』としてケンカもするだろうけれど、でも。
抱き締めた腕を少しだけ緩めて、カナダの顎先を指でくすぐる。それに応じて、俺の胸に腕をつくようにして上体を起こした彼に、ちゅっと可愛い音のする、触れるだけの可愛いキスを。

「‥‥君とするキスが世界で一番気持ちいいよ」

キスの距離で、とびっきり甘い声で囁けば、「意見があってなによりだね、兄弟」とおどけた口調で返された。
‥‥けれど兄弟、もう『兄弟』の時間は終わりだぞ?

「さあ、恋人になってくれよ」

戯れるように服を脱がしあいながら囁けば、okey 代わりのキスが返された。









世界で一番気持ちのいいキスが、今夜きっと数え切れないほどに生まれる。









  マンハッタン X.Y.Z.










the end.(2008.10.12)

エチャででた話題「淫乱腹黒カナ」です(´ω`*)
続きでカナちゃんサイドのお話は此方から↓
あ、清純でメリカだけっていうカナダが好きな人にはお奨めしません、覚悟してね

『Between the Sheets』