「‥‥何だい、これ」

食器の音など欠片も立てない優雅な仕草で眼前へとサーブされた代物に、アメリカは苦りきった声で応じた。
真っ白なオーバルプレートには縁に金で蒔いた小さなメイプルリーフがひとつ。磨き抜かれた磁器は美しく、おそらく一点もの。もしかしたらオーダーメイドなのかもしれない。兄弟らしくなんとなし可愛い、品の良い皿だ。うん。

「何だいって、それこそ何だい?」

声質自体はアメリカとそっくりなものの、そのおっとりさ加減やフランス風の発音を加味した結果全く別物な響きをした兄弟の声には、清々しいほどに一点の曇りもない。曇りがなさ過ぎていっそ冴え冴えしている。
紅茶を淹れる手つきは随分と堂に入ったもので、よどみなく動く手が品の良いカップやティーポットを扱う様は、普段のおっとりのんびり加減からはちょっと想像できないくらいだ。

「はい、どうぞ」

そうして差し出されたティーカップを、アメリカは渋々と受け取る。
ふわり、紅茶の匂い。立ち昇るそれをまるで追いかけるように視線を上げれば、自分とよく似た、けれど確実に自分とは違う、湖水色の瞳とカチリと視線が合った。その一瞬後には、まるでどこかの宗教画で見た聖女の微笑みを返される。
俺の兄弟は男のはずなんだけれどなぁ、なんて、暢気というか現実逃避というか、まぁともかく美人な兄弟の笑みに、アメリカもまた、微笑み返したわけだが。

「‥‥で、兄弟。これは何だい?」
「何だいって、みたとおりのものさ、兄弟」

‥‥聖女の微笑を湛える兄弟の背後にどうしようもないブリザードが見えたのは、気のせいにしてしまいたいとアメリカは心の底から思った。今は7月だぞカナダ、そろそろ夏の支度をしたらどうかな?

「お茶と、茶菓子だね」
「そうだね、お茶と茶菓子だよ」

なんだ見えてるんじゃないか、微笑んで言うカナダの声はこの上もなく優しく、柔らかで、‥‥氷点下どころの騒ぎじゃないくらいに冷え切っていた。
カナダ、俺の兄弟。だから今は夏じゃないか、君の誕生日も過ぎた頃だろう?おっとり屋さんの君は忘れちゃったのかい、HAHAHA!

などと言える雰囲気でもなく。
アメリカは世界最大の氷河よりもハイプレッシャーな兄弟の視線に促され、改めて眼前に饗された品々へと、視線を向けた。
お茶と、茶菓子。この形容は正確すぎるほどに正確だ。なるほど茶と茶菓子だ。カナダが淹れてくれた紅茶と、カナダが出してくれた手作りの菓子。




ただ『カナダが作ったものじゃない、手作りの菓子』というだけで。




「‥‥何故いつも見た目は普通なのかな?フェイクかい?更なる恐怖に叩き落す為の策略なのかな?」
「知らないよ、イギリスさんに訊いてみれば?」

事も無げに言うアメリカの兄弟の声は相変わらずおっとりと優しかった。優しかったが、同じくらい容赦はなかった。
だが、アメリカは食い下がる。

「‥‥念のために訊くけれど、他の菓子っていう選択は」
「ないよね?ないでしょう。うん、ないよ、ないない有り得ない」
「あの、そこまで念入りに否定しなくても」
「だって僕が作ってたホットケーキもドーナツも、君が駄目にしちゃったんだものね?」
「う、」

兄弟の言葉に、アメリカは口ごもる。
確かに遊びに来て早々、「やぁ、カナダ!今日は俺の誕生日なんだから君は俺にホットケーキをつくるべきなんだぞ!反対意見は認めないからね!」と言い放ったアメリカに、けれど彼はしょうがないなぁという顔をしつつホットケーキを焼く準備をしてくれたのだ。ついでだからとドーナツも揚げてくれるという兄弟に、感謝のキスをしたのはほんの1時間ほど前のことだ。
そう、後は大人しくリビングでゲームでもしながら待っていればよかったのだ。

「あのねアメリカ?僕もカラフルなお菓子は嫌いじゃないよ?日本さんやフランスさんには受けはよくないけれど、僕は君のところの真っ青なシェイクだとか黒いケーキだとか、結構好きなんだ。好きなんだけどね?でもそれは自分で作るのとはまた別物なわけ。そもそも添加物は取り扱いに注意しないととんでもない色になったり味になったりしちゃうのは、さすがのうっかり屋で空気読まなくってハンバーガーばっかり貪り食っててそのくせ体重が増えないのは腹の肉より頭の中身が軽いからじゃないかなぁなんて本気で心配したくなる体力バカな君でも、知っていたと僕は思っていたんだけどな?」

カナダが微笑みながらチラリと向けたキッチン脇のゴミ袋には、ホットケーキとドーナツになる筈だったところをカナダがちょっと余所見をしている隙にあれやこれやと加えた結果生まれた代物の、成れの果て。
そのプレッシャー過多な視線にアメリカがひょいと視線を逸らせば、兄弟はそれはそれは美しく、優雅に、上品に笑ってみせたものだった。
上品に笑うカナダの笑みは、それこそ彼の年上の恋人が見た日にはきっとその場にうずくまって「可愛い可愛い可愛いなにこのコ可愛いいいい!!」と悶えたことだろう。ヒゲ面でそんなことされた日には鬱陶しくてたまらないこと請け合いだ。できれば自分の居ない場所でやってもらいたいものだとアメリカは心底思う。
そうだぞカナダ、可愛い笑みなんて恋人にだけ見せてればいいんだ。俺に振舞ってなんてくれなくたって俺は文句は言わないぞ?‥‥文句は言わないけれど、だがしかしこの茶菓子については文句を言わせてくれないか。

「‥‥なんでイギリスのスコーンなんだい」

そう、問題は、その一点のみだ。

別に、お菓子なんてなんでもいいのだ。アメリカは単純にもっとも近しい兄弟のもとへと遊びに来ただけで、そのついでに甘えて手作りの菓子をねだっただけであって、それ以上でもそれ以下でもなかった。たとえ作ってくれなかったとしても、なんだい兄弟冷たいんだぞ!とでも言いながらその頬をフニフニとつついてすねたポーズのひとつもとればそれで終わりなわけで、後は今夜のバースディパーティーには君も来ておくれよ!と言って招待状を手渡して、帰るだけだったのだ。

けれど、出てきたのはイギリスのスコーン。
‥‥絶対にこの時期に、この大陸に居るはずのない相手の、手作り菓子。

「他にお茶菓子なんてないし」
「けど、」
「僕の誕生日プレゼントに贈られてきたんだよ」
「‥‥‥‥そうなんだ」

さらりと告げられた理由に、アメリカは応じる。
声が震えなかっただけでも褒めてやりたいなんて思った自分を、殴ってやりたいと思った。




カナダとイギリスは、兄弟だ。
アメリカとカナダがそうであるのとはまた別の意味で。
アメリカが強く愛情深い保護者であった彼の腕を強引に振り払った後、彼らがどういう風に過ごしてきたかをアメリカは知らない。知る権利は、アメリカにはない。
世情に合わせるかたちで穏やかな主権獲得を果たした英領と、それを許した宗主国。
カナダデーをイギリスが祝福するのは、きっと彼の忠実な弟が独立を果たしたその年から、ずっと。









(俺のインディペンデンスデーはその存在さえ消し去ってしまいたいと思っているのに。)









ふと、柔らかな忍び笑いがアメリカの耳をくすぐった。
聞き慣れた笑い声は、己の兄弟のもの。
アメリカは知らず凝視していた、嘗ての保護者の手作り菓子から視線を外し、尚も忍び笑う兄弟へと、視線を遣った。

「カナダ?」
「‥‥うん、ああ、君は相変わらずだなぁって、思って。‥‥ふふ」
「カナダ、何を、」

言いさした言葉は、続くおっとりと穏やかな兄弟の声に、飲み込まれた。




「それはね、君に贈られたものなんだよ。アメリカ」




息を、呑んだ。




「‥‥何を言って。だって、これは君に贈られた、」
「うんそうだけど。でもそれは、アメリカのなんだよ」
「だから」
「ああ、正確には、アメリカのぶん、かな?」
「え?」

兄弟へと視線を向けたまま呆然とするアメリカに、カナダは穏やかに微笑むと、テーブルの向こうにあった椅子を持ってきて、アメリカの隣へと座った。
自分とよく似た面差しの兄弟が、此方を見て笑っている。
懐かしい笑みだった。‥‥ずっと昔、かつての保護者がアメリカへと向けていた微笑に、よく似ていた。

「僕の誕生日が1日なのは君も知ってのとおりだよ。そしてその日には、必ずイギリスさんは僕にプレゼントを贈ってくる。‥‥郵送でね。絶対に、この大陸には近づかない」

最後のくだりを少しだけ、寂しげに呟いた兄弟に、アメリカは複雑な思いに駆られる。
カナダとイギリスは、仲が良い。関係も深い。それでも、‥‥どうあってもイギリスは、彼の誕生日に、彼を祝いには来ない。来れない。
その原因は、言うまでもないことで。

「カナダ、」
「それは別にいいんだ。構わない。彼には彼の理由があるし、それに、お祝いはしてくれるからね」

穏やかな声で、カナダは話し続けた。アメリカの眼前に置いた、イギリスからの贈り物を載せたプレートの縁を細い指先でそっと撫でながら。

「毎年いろんなものをくれたよ。紅茶だったこともあるし、手の込んだ刺繍の入ったベッドカバーだったこともあった。薔薇のブーケや錬金術の本だったこともあったかな?あとはまぁ、独創的過ぎるケーキとかビスケットとか」
「‥‥最後のは遠慮したい選択だね」
「あは、気が合うなぁ兄弟。‥‥そして、今年はスコーンだったよ」

ちょん、とつつかれたスコーンがころりとプレートの上を転がる。
全く見た目は普通なのに、どうしてああも独創的過ぎる味なのだろう。あんな味じゃ何年経っても、‥‥何百年経っても、忘れられない。




紅茶の匂いと、焦げた菓子の匂い。柔らかな、彼の微笑み。
その匂いを、笑顔を、愛情を。アメリカは一度たり忘れたことはない。




「‥‥‥‥でも、それならやっぱりこれは、君のものじゃないか」

アメリカはプレートの上を転がったスコーンを見ながら、ぽそりと言った。
カナダの誕生日に、彼が贈って寄越したもの。ならばそれは、カナダを祝う為のものであって、この兄弟が言うように、アメリカのものじゃない。
けれどその言葉に、カナダはまたも軽やかに笑って言ったものだ。

「だからぁ。‥‥あのねアメリカ、今年イギリスさんが贈ってきたのって、凄い量だったんだよね」
「え?」
「うん、もうね、これどういう拷問だろっていうか、だってわざわざフリージング加工とかしてるんだよ?『オーブンで温めて食べろ。賞味期限は1年』とかって説明書きつき!パッキングが専門会社のものだったからてっきり市販のスコーンかなって思っちゃったくらいだけど、食べたらイギリスさんのだって即座にわかったよ、あはは」

軽やかな口調で結構酷いことを言っているカナダは、けれど優しい笑顔で。

「どれくらいの量って、うん、そうだね、一人で食べてたら賞味期限の1年どころか、2年くらいかかっちゃう量だよ。‥‥二人ぶん、なんだ」
「‥‥‥ッ、」

ヒュッと、アメリカの喉が鳴った。

食べきれない量のスコーン。
決して踏み入ることが出来ない大陸。
かつての彼の子ども達が住まう、その場所。
図ったように近い、彼らの誕生日。

かつて確かにあった、‥‥3人ともに過ごした、忘れようのない愛しい日々。




『愛してるよ、アメリカ。可愛い俺のお前。』




(イギリス、ねぇ、俺は、‥‥俺も)




「ねぇ、アメリカ。‥‥時間はね、確かに過ぎてるんだよ。動かないものなんてないんだ。僕達は長い、長い時間を生きていくけれど、それでも変わらないものはないんだよ。『いつか』を信じても、いいんだ。いつか会える、いつかこの気持ちは届く、プレゼントを直接手渡されるようになる、いつか、‥‥いつか心から、祝福の言葉を貰える。‥‥ねぇ、信じてよ」
「カナダ、」
「彼を、信じてあげて」

優しい兄弟の声がアメリカの耳をくすぐる。
真っ白なオーバルプレート、品の良いティーカップ。馥郁たる紅茶の匂い、そして、昔懐かしい忘れられない、お菓子の味。




『愛しているよ、アメリカ。可愛い俺のお前。』




「‥‥‥‥うん。そうだね、そうだ。俺も、信じてる、愛してる‥‥」

小さな声で、呟いた。
その声は隣に座って笑っている、アメリカの兄弟にだけ聞こえた言葉だけれど。
きっといつか、彼に言えるのだろう。
‥‥きっといつか、やってくる未来なのだ。









「‥‥‥‥で、やっぱり茶菓子はこれだけしかないのかい?」
「ないよ。ていうかそれ本当は今夜のパーティで君に渡そうと思っていたし」
「それはとんだいやがらせだね!」
「だってアメリカ、それ君の取り分なんだよ、君がきちんと処理してくれよ!僕だっていっぱいいっぱいなんだよ!」
「‥‥カナダ、君、結構口が悪いよね」
「イギリスさんに似たんだろ。君は意地っ張りなところが彼そっくりだよ」
「な‥‥ッ!」

肩をすくめて首を振る兄弟に、どう言い返してやろうかと思ったのだけれど。
其れより先に、この目の前に置かれた難物を処理するほうが優先事項だ。

真っ白なオーバルプレート、品の良いティーカップ。馥郁たる紅茶の匂い、そして、昔懐かしい忘れられない、忘れられるはずもない愛に溢れた彼のお菓子。

「まぁまぁ。あ、メイプルシロップかけるかい?」
「かけるとも!!」

忘れもしない独創的な味に、半ば意地ともいえる口調で言い返したアメリカの為に、カナダがゴトンとメイプルシロップをたっぷり湛えたシロップポットをテーブルの上に笑いながら置いてくれた。









数年後、パーティ会場へと姿を見せた彼の姿に少しだけ泣きそうになったのは、あの独創的過ぎる味を思い出してしまったからだ、と。
そんな言いわけをして、今も昔も変わらず忘れえず、愛しているそのひとを。アメリカは思いを込めて、抱き締めたのだ。









 いつかを信じて





the end.(2009.07.05)

ご本家でイギがメリカのお誕生日に来る、数年前
叶っていない「いつか」の言葉を虚しいと感じるか希望ととるかは、人それぞれです
でも、ポジティブシンキングは大事なんだよね
若者なら、信じて走れ。コケけても気にせずに走れ。走れ!

そしてこのお話のB面が此方『OPEN YOUR LIFE』