※『いつかを信じて』の続きです。先に其方をお読みください
※米英は殆ど出てません。仏加です
カチャカチャと、使い終えた食器類を片付けていく。
今日出したプレートを含めたティーセットは、随分と前に贈られたオーダーメイドの品だ。銘は既に現代には存在しない窯元のもの。けれど優れたアンティークとして現代においても世界中にその名を誇る工房の、特別誂えの一点物だ。
小さな、小さなメイプルリーフ。
サトウカエデが好きなのだと彼に言ったのは、さて何がきっかけだっただろう。
「もう、思い出せないや」
呟く言葉は小さく、一人きりの家に響く。
否、いつも一緒に居るあのシロクマは、きっと今も邸内のどこかにはいるのだろうが、今はその大柄な身体が嘘のように気配を感じない。眠っているのだろうか。
そういえば、あの頃の自分もこんな風に気配を殺していた気がする。
最愛の存在に最悪の形で腕を振り払われた彼の傍に、誰よりも居たはずなのに、今はもうあまり思い出せない。
思い出すほどの思い出を、持っていないともいえる。
彼は、決して自分を‥‥『英領カナダ』を、見なかった。
傍に誰かが居ることはわかっていただろう。彼の作る料理を食べた、様々な政策も練った、抱き込まれて、一緒に寝たことさえある。
けれどその大半を、彼は忘れてしまっている。‥‥自分も、忘れてしまった。
誰もが辛かった時代。
このセットをくれたのは、幾度目かの誕生日でのことだった。
多分、まだ片手でカウントが出来るくらいの頃。
あの頃は飛行機なんてものはなかったから、何ヶ月もの航海の果てに、己の元へとやってきた。
海上輸送貨物として水に濡れないように梱包された、素っ気無い箱。
その中に驚くほどに美しい、メイプルリーフ入りの真っ白な磁器のセットと。
『おめでとう』
一言だけの、言祝ぎ。
そうだ自分は、あの一言だけで。
「それだけで、もういいって、思えたんだよ」
「何が?」
背後から不意に掛けられた甘い声に、危うく取り落としかけたプレートを慌てて胸に抱え込んだ。水気を切っていたタオルごとだったので、微妙に胸元がひんやりとした気がする。どうせもう少しで今夜のパーティ用に着替えて出かけるから、構いやしないのだけれども。
それより。
「‥‥フランスさん。いついらしたんですか?」
「さっきだねぇ。ていうか、チャイム聴こえなかった?」
「あれ?」
答えと問いがセットで返された言葉に、首を傾げれば甘い苦笑が返ってくる。
眉尻の微妙に下がった微笑も、世界の恋人を自称するこのひとにかかればこの上もなく美しい表情だ。
ほんの少しだけ見上げる位置にある、春の空色の瞳を見るともなしに見つめていたら、ふっと甘やかに笑んだ瞳が、両の頬と唇への甘いキスと抱擁に姿を変えてプレゼントされた。
抱き締めてくる腕はとろりと甘い、好い匂いだ。‥‥そう、幼い頃に自分を抱き上げてくれた頃と、寸分違わぬ、優しく甘い其れ。
「フランスさん」
「ん、お前は本当にのんびり屋だね。なに、食器の整理?」
「ああ、いえ。使ったの片付けてるんです」
髪に顎先を埋められるような抱擁をそっとほどかれて、けれど腰を抱いてくる腕は拒まずごく近い距離での会話は、密やかで。
甘い距離の会話は親しさに溢れていて、ひどく落ち着く。
‥‥昔この人に抱かれて眠った名残かもね、とは関係性の変わった今となっては、言えないけれど。
「ふぅん、また随分といいのを」
胸元に抱き込んだままのプレートを見た恋人が、軽く片眉をあげることで驚きを示して言う。さすが愛と美と芸術の国というべきか、皿一枚でその素性を知ったらしい。それには、今日の主役の為でしたから、と軽く応えれば、それで通じたらしき彼はクツクツと笑ったものだ。
「なに、兄弟のところに一足先にプレゼントでも強請りにきたのかね、あのこどもは」
「ああ、なんか渡し忘れてたパーティの招待状を届けてくれたんですけど。ていうか、渡し忘れるって酷いと思いません?隣りなのに」
「んん、まぁ、それは兄弟だって甘えられてるってことでしょ?」
「そうかなぁ‥‥」
ほんの少しだけ不満げに呟けば、ならお前はお兄さん存分に甘えてくれていいのよ?なんて。
それこそ甘すぎるくらいに甘い声で、囁かれる。
抱き締められて、安心する。
この腕を取り戻したのは、そう遠くはない過去。
誰もが辛かった時代。‥‥自分だって、辛かった。
優しかった養い親の腕は既に遠く、ずっと傍に居たはずの宗主国は自分を見ようともしない。兄弟は傷をつけるだけつけて去り、それから幾度も直接、刃を交えた。
辛かった、辛かった、辛かった。
(でも、「いつか」を信じていたから。)
いつか、イギリスは自分のことを見てくれるだろう。
(サトウカエデが好きだといったのを覚えてくれていた、綺麗なティーセット、『おめでとう』の言葉。)
いつか、アメリカとまた笑いあい、手をとって遊べるだろう。
(気軽に遊びに来ては僕にお菓子をねだる、無邪気な兄弟。)
‥‥いつか。いつか、優しく愛してくれた人に、もう一度、「愛している」と。言われる日を、ずっと、ずっと待って。待ち焦がれて。
「‥‥フランスさん」
「ん?」
腕に抱かれて聞く、優しく甘い声。
今も昔も変わらない、否、昔よりもずっとずっと甘い声を、自分は手に入れた。
(だから大丈夫だよ、アメリカ。)
「いつか。‥‥いつかあの人が、今日この日をこの大陸で迎えられるようになったら。そしたら、一緒にお祝いしてくれますか?」
「ああ、いいよ。お祝いしてあげる。‥‥意地っ張りなアイツらに振り回されまくったお前を、いっぱいいっぱい、労わってあげるよ」
勿論、お兄さんの美味しいごはんとワインと、たっぷりの愛でね!なんて。
ぎゅっと抱き締めてくれる恋人の腕に、少しだけ泣きたい気分にもなったけれど、けれど泣くのは、やめておこうと思う。
それから数年後、ひっそりとパーティ会場の隅で待ち焦がれていたひとを抱き締めて、泣きそうに笑っていた兄弟の姿に。
ぼんやりとその光景を見つめていた自分の手のひらをしっかりと握って、頑張ったね、と言ってくれた恋人に、自分もやっぱり、泣きそうに笑ったのだ。
OPEN YOUR LIFE
the end.(2009.07.05)
イギとメリカ関連で一番迷惑被ったのはカナダさんです間違いなく
まぁ兄ちゃんも思ったほどの利益がなくて散々でしたが‥‥
自分ちは戦場にされる、体の良い市場扱い、米英の緩衝地帯、意見は悉く無視
泣きたくもなるけれど、でもポジティブに乗り切っていたら可愛いなぁと。
今後は二人にネチネチ嫌味言ったりしつつ(笑)兄ちゃんのたっぷりの愛情を受け取ってください(´∀`)
BGM/YOSHIKI LOVINSON『トブヨウニ』タイトルもここから